はねつき(中編)
辺り一面真っ暗だ……
無理もない、今は夜なのだ。夏の日差しの強さも、少しは和らぎを見せる時間だろう。
さて、辺りを見回してみよう。いや……そうだ、 何も見えない 、そうだったな……
少なくとも、翼の羽ばたく音が絶える事はない。 周り には日中と同様に、 はねつき
どもが、わんさかといるのだろう。最初の日と比べ、随分と数が増えたものだ……前回のかみ
つきは最初は3匹で一日4匹増えた……では、はねつき達はどのような増え方なのだろうか?
はねつきは、 参加者 を発見次第、直進し、襲い掛かる。かみつき同様、見付けた獲物を
喰らおうとするが、一度飛行を始めると方向を変える事が出来ない。かみつきと違い、再生能
力にも乏しく、上空まで戻ってやっと、何時間もかけて負傷箇所の回復を始める有様だ。
とにかく、はねつきの 参加者 を判断出来る能力は有難い……ただ、 その方向に参加者
がいる という情報しか分からないので、集団の中に突っ込んで行った時は、すぐには特定出
来ないのが苦しいな……そして最近は数が増え、皆が一斉に向かったかと思うと、金色の体液
を流しているはねつきしかいない事も増えてきた……はねつきは 参加者のいる方向 に加え
仲間の体液 にも反応する……かみつきとは違い、時間経過による消滅が無く、常に上空に
いる分、その性能はかなり低いという事か……咄嗟の事だったが、 こうした のは正解だっ
たのだろう……たが、ここで疑問が出て来る。
このまま、はねつきがどんどん増えて行くと、最終日は相当な数になる……その時、このは
ねつきたちは どのような行動 を起こすのだろう? それはなかなか興味深い疑問だが……
今はこのまま様子見を続け、他の 参加者 たちを探しておくのが賢明だろう――
八月十四日
「何でこんな水着買っちゃったんだろう、私……」
桂眉子[かつら まゆこ]ことマユが、近場の海で砂浜の上に立ち、赤いコーラルのキャミ
ソールの下に着た、黄色寄りのコーラルカラーで上下のビキニ……と言っても、目のやり場に
困るほど露出が酷いものではなく、頭にはパープルの縁取りがオシャレな、サングラスを掛け
ている……マユはベージュ色の髪のポニーテ-ルだ、これくらい主張しておけばいいだろう。
……せっかく氷室新[ひむろ あらた]の方から海に来るよう誘ってくれたんだ……無難に
腹まで隠れる白い水着を選ぼうとしたから、こっちを 選ばせた 。さて、先週の映画の時、
マユは終始ギクシャクして何も話せずに、何だかんだで連れ回されていたな。ところで、その
映画とはデフォルメされた動物アニメだったのだが……最後の方で何故あんなガチなデザイン
のロボットが出て来たんだ……? 誰もが腑に落ちない顔で映画館を後にしていたぞ……これ
なら後日1人で見に行った ローニン・リザード を見た方が、まだよかったんじゃないか?
さて、こうして海に来る事になった経緯だが、あれはアニメ視聴後の、休憩中の時だ……
「海、行きてーなー」
アニメの感想で何とか盛り上がろうにも、あの内容でどう話を広げろと……そう悩んでいる
時に、マユの目の前の氷室が、そうぽつりと言ったので、マユが答えた。
「う、海? 海かー……そうだなー……行きたいねー」
アニメに海は出て来なかったが、ロボットの登場で火の海は出来ていたな……さて、マユも
ぼんやりと答えただけだったが、氷室は更に続けた。
「友達みんな呼んでさ、がーって泳いでさ、意味も無く砂浜を走ったりさ……」
マユがそのまま、ぼんやりとするとする中、氷室は続けた。
「もう海、絶対海だよな? マジ海。海に行くしか無い! なぁ、桂。行こうぜ、海!!」
突然熱く語り出した氷室に圧倒されたマユは思わずこう言った。
「え? あ、うん。そだ、ね……」
確かにこれは、賛成とも聞こえるよな……そう捉えた氷室はこう言った。
「よっしゃー! 来週の日曜とかどうだ!? みんなで行こうぜ、海!!」
と、言うわけだ……さて、その みんな が早速来たようだな……
「ま、ゆ、ちゃーーーーん!!!!」
第一声を上げたのが朧月瑠鳴[おぼろづき るな]。背がやや低めだが、その強いくせ毛の
金髪を膝の裏まで伸ばし、緑を基調としたスカート部分にヒラヒラの付いたワンピース水着で
その緑は単色ではなく、上が明るい黄緑で、下が青緑のグラデーションの利いた、シンプルな
がらも朧月の威勢のよさにピッタリの水着だ。
「ひさしぶり」
その後ろからやって来たのが、宵空満[よいぞら みちる]。背はそこそこあるが、マユの
方が高いな。そして、少し空色のフード付きパーカーをそのまま水着にしたようなラッシュガ
ードを着ていて、その下に黒……と見せかけ、目を凝らせば紫だと分かる、上下の水着だった
「桂さん、今日はよろしくお願いします!」
そして、ツインテールのピンクの髪に上下がピンク色のフリンジ・ビキニを着た玉宮明[た
まみや めい]が挨拶をした。
3人ともマユと同じクラスの 有明高校一年の生徒 だが……せっかくこうして女4人が並
んだんだ、もう少し詳細を見て行くとしよう。
背の高い順に並べれば、マユ、宵空、玉宮、朧月の順になり、 大人っぽさ で並べると、
宵空、玉宮、マユ、朧月になるが……胸の大きさで並べると、朧月、マユ、玉宮、宵空になる
そう、朧月瑠鳴……子供っぽい背丈とその幼い顔付きで、赤いランドセルでも背負えば、
小学生 でも通りそうなのだが……胸の部分だけがどう見ても、 子供じゃない 。
そんな朧月がワンピース水着なのだから、この4人の中で一番胸元が丸見えで、最も目のや
り場に困るのは、間違いなく朧月である……さて、最後の1人がようやく到着したようだ。
「うぉーっ! みんなオシャレだなー! しっかし、いい天気だぜ!!」
銀髪で男性らしい髪の長さの氷室の登場だ。黒の海パンというシンプルな装いで、背はマユ
より高い。その体付きは軟弱どころか、お姫様抱っこも問題なさそうな筋肉はありそうだな。
「駆も来ればよかったのになー……最近、全然誘いに乗って来ないんだよ……」
氷室が鶴木駆[つるぎ かける]の事に触れた後、こう言った。
「それじゃあ、あの海に向かって競争だ! 泳ごうぜ!」
水着の女性4人を目の前にして、これである。氷室と一緒に朧月まで飛び出して行ったがな
その後しばらくの間、氷室と朧月が気の向くままに比較的浅い所をぐるぐる遊泳していると
ひと泳ぎを済ませた、玉宮がそのピンク色のツインテールの毛先から海の水を滴らせながら、
まだ、泳がずにいるマユに話しかけてきた。
「桂さん、泳がないんですか? こんなにいい天気で目の前には海もあるのに……泳がない何
て勿体ないですよ……」
そう言えば、玉宮はかみつき最終日前日の大型ストアでの騒動に巻き込まれた人物だった。
探ってみる価値はありそうだが……その前にマユが言いたい事があるようだ。
「うーん……と、ね……泳ぎたい気持ちは……あるんだけど、さぁ……」
そう、ぎこちなく返したマユは氷室の事を意識しているのだろう……では、そのぎこちなさ
の流れから、 言わせて おくか。
「そ、それよりさぁ! 以前、大型ストアで変な生き物がたくさん発生して、玉宮さんもその
場にいて危なかったって聞いたし、次の日ショックで学校休んじゃったじゃない! 一体どう
やって、切り抜けたのか、聞いてみたいなーって……!」
マユにそう言い終え させる と、玉宮の表情は不意を喰らったような表情をした後……何
やら不機嫌そうな顔をしたかと思うと、マユの後ろに回り込み、その薄手で中が透けて見える
キャミソールのすその部分を掴んだかと思うと、マユにこう言った。
「何か……はぐらかされたような気分。何でここでショッピングの時の話? あたしはね、桂
さん……あなたに 泳がないんですか と聞いているんです……」
そして玉宮はキャミソールを掴む手を強め、そのまま上に引っ張り上げようとしながら……
「このキャミソール、泳ぐのに邪魔ですよね? そうだ、このキャミソールがあるから、泳げ
ないんだ……だったら、脱がしてしまえば、泳ぎに行けますよね……?」
玉宮が強引にマユの赤いコーラルのキャミソールを捲り上げようとするので、玉宮の手が、
マユの胸の下の方に引っ掛かる……さっきも言ったが、マユの胸は普通にでかいぞ? マユは
玉宮の腕を掴み、何とか抵抗しているが、そんな事をしていると……
「賑やかだね」
宵空がこの現場にやって来た。お前もその空色のパーカー脱げよと言いたいところだが……
ラッシュガードはそのまま泳ぐ事が出来る立派な水着だ……まさに宵空満の為にあるようなア
イテムである……さて、その宵空に玉宮が気付き、振り返りながらこう言った。
「あ、宵空さん。あのですね、桂さんがキャミソールを脱いでくれなくて……」
それを聞いた宵空は、マユの方に近付き、その首筋に顔を近付けたかと思うと、まるでキス
をする時のような表情で目を閉じ、ふっと息を吹きかけてきた。
「きゃっ!」
当然、マユは驚いて声を上げ、玉宮を掴んでいた手も離してしまった。その結果……
「脱げたー!」
玉宮はマユのキャミソールを一気に引っ張り上げ、そのキャミソールが脱げた事が分かると
まるで何かの大戦に勝利した一軍の将が自軍の旗を掲げるかのように、そのキャミソールを掴
んでいた。こうして、マユの黄色寄りのコーラルのビキニの上下がマユの肢体を覆う姿が白い
砂浜の上で、露となった。
「うぅ……恥ずかしい……」
マユは顔を赤らめながら、腕を交差させる形で、その豊かな胸を隠そうとしているが……ま
ぁ、隠し切れてないよな。そして、宵空が玉宮からキャミソールを取り上げてこう言った。
「じゃあ、このキャミ預かってるから泳いできなよ。それにしてもスケスケだねこれ……」
宵空がマユの赤いコーラルの薄手のキャミソールを眺めていると、玉宮がそれを掴み……
「あ、それならあたしが預かります。今泳いで来たばかりなので、ここは宵空さんが!」
玉宮がそう言うと、宵空はキャミソールを手放し、落ち着いた声でこう言った。
「そう……? じゃあ、泳いでくる。……ありがとう」
そんな感じで、全員が一通り泳いだ後、氷室が突然、こう言い出した。
「海と言えばやっぱりビーチバレーだよな! やろうぜ!」
だが、そう言う氷室は肝心のボールを持って来ていなかった……まさに勢いでの発言である
そこを玉宮が、ボールなら持って来たと言ったので、そのピンク一色でバレーボールよりや
や大きめの柔らかいボールで、一同はビーチバレーを始め、しばらく続いていたのだが……こ
こで朧月が勢いよく叩いた為、ボールが遠くの方へ飛んで行ってしまう。
マユがそのボールを目で追っていると、自分が取りに行きますと玉宮がそのボールを追い掛
けるべく走り出し、しばらくすると……
「きゃ……」
「わぁ」
か細い声と、玉宮の声が聞こえ、少し物音がしたので、マユに 向かわせて みると……玉
宮の上で、腰に届きそうな長さの淡い水色の髪をした少女が、向かい合わせで倒れていた。
とりあえず、その傍で地面を転がっていたボールをマユに 拾わせて いると、2人とも起
き上がり、その水色の髪にスカートの無いワンピース水着を着た少女に、玉宮が怪我は無いか
確認をし、玉宮の方も問題なかったようだが……そのワンピース水着の柄はリアルな宇宙空間
で所々に銀河もあり、上半身の大部分を覆うワンピース水着の面積の広さを活かしていた。
「あら、あら! まぁまぁ!!」
突然、何かに喜ぶかのような声が聞こえてきたので、何事かとマユが振り向くと、そこには
薄いオレンジの髪が脚の間から見えるほどの長さで、上下に別れたシンプルな白い水着を着た
女性が、マユたちのいる方に近付いて来た。
およそ、一週間ぶりか……淡い水色の髪の、豊満なボディにほど遠いが、そこそこの膨らみ
はある背の低い少女が、朔良望[さくら のぞみ]。薄いオレンジの髪を輝かせた、マユと同
じくらいの背丈で、胸の方はマユと同じかそれ以上か……? とにかくその女性の名前が……
「あ、あの……お久しぶりです! 朝比奈さ……」
マユがその女性に挨拶しようとすると、それを遮るかのように、その女性は叫んだ。
「はい! わたし、アサヒナです! 朝比奈真白[あさひな ましろ]です!」
マユがその大きな声に圧倒されていると、向こうにいた、朧月、氷室、宵空の3人もここに
やって来た。さて、玉宮が初対面の朝比奈に挨拶していた。
「朝比奈さん、はじめまして。あたし玉宮明と言います。こちらの可愛い連れ子さんは、妹さ
んかな? んー、でも髪の色が違いますね……」
有明高校一年の玉宮は、同じく有明高校 二年 の朔良に向かってそう言った。
後輩に年下だと思われた朔良はその事を気にする様子は無いが、初対面の相手に戸惑ってい
るようだ……ここで、朧月が飛び出して来たかと思うと――
「なに、この子! かっわいいーー!!」
突然、朧月がそう叫びながら朔良に飛び掛るように抱き付くと、そのまま向かい合わせに倒
れ、朔良は朧月の下敷きになった。朧月、その人は先輩だし、お前より身長はあるんだぞ……
「うぉー! 水着美女発見!!」
氷室はそう言いながら朝比奈の方に突撃をし始め、朝比奈がそれに気付くと、すたすたと、
朔良の方へ向かい、語りかけるように朔良にこう言った。
「さくちゃん……大丈夫? 怪我は……無い?」
朔良は首を縦に振り、朝比奈に自身が無事な事を伝えたが、声に出さなかったのは周りに人
がいるせいだろうか? さて、朝比奈の方に向かった氷室だが……到着したようだ。
「あ、あの……オレ……!!」
氷室が自己紹介でもするのかと思っていたその時。
「有明高校一年、氷室新」
突然、マユが口を動かしそう言った。状況の掴めない氷室だったが気を取り直し……
「え、えーと。今……」
「今、みんなでビーチバレーをやっていたんですが。朝比奈さんも一緒にやりませんか?」
そして、またもやマユの口が動き、氷室の言葉を遮る……なるほど、他の女に色目を使った
から、拗ねてるな? マユ。
「さくちゃん……どうしようか?」
朝比奈がそう尋ねると、朔良は何とか口を動かし……
「……や、る」
本当にか細い声だ、まるで引っ込み思案な親戚の子供を見ている気分だぞ。
さて、そんな感じでビーチバレーの人数は7人になり、それを終えると海の家で適当に食事
を済ませた後、マユ・朝比奈・朔良・氷室の4人、朧月・玉宮・宵空の3人と二手に分かれて
行動をする形になり、氷室が朝比奈を口説こうとしていた。
「あの、朝比奈さん!」
「まゆちゃんは……最近、映画とか見たりしましたか……?」
氷室の威勢のいい声に対し、朝比奈はゆっくりとした口調でマユに話しかけた。
「この夏で一番話題だったアニメとローニン・リザードですねー」
「朝比奈さん!」
マユが普通に答え、氷室には御覧の通りの対応で、マユが更に続けた。
「朝比奈さんは、何か見たんですか?」
そう言うと、朝比奈は目を輝かせながら元気よく答えた。
「ローニン・リザード! さくちゃんと一緒に見に行きました! ポスターを見て、トカゲさ
んが可愛いなと思って見ましたが……もう、どうしましょう!」
先日も言った通り、ローニン・リザードは感想を求められると困る作品である。
「最初が蟹鍋で始まったのは、前作であるローニン・クラブ繋がりでしょうか……でも一番、
面を喰らってしまうのが……最後の……」
マユがそう言うと、朝比奈は答えた。
「ローニン・オクトパス!」
浪人にそのまま上からタコを被せたような風貌だったが、このタコの問題をマユが言った。
「CG処理一切無しの正統派特撮時代劇! という触れ込みだったのに、あのタコ……足の部
分の動きがやたらと滑らかで不自然で……完全にCG使ってましたよね……」
そう、それだ。おまけに 新時代の幕開けだ と言って斬り掛かる所で終わった事から……
監督は完全実写のプライドを捨て、これからはCGを使って行くぞという宣言にも思えた。
「きっと! 次はちゃんとよく出来た着ぐるみで続編が出ますよ! 今回は、CGを使わない
監督が突然CGを使って終わったというサプライズなのです!」
朝比奈がそう確信したかのような声を張り上げていると、そこに……
「あ、朝比奈……さ――」
氷室が無視されているとも気付かずに朝比奈に呼びかけていた、その時だった――
突然、何か空気の中を突き進むかのような音が響き、4人の傍に影が出来て、膨らんで行っ
たかと思うと……次の瞬間、その場所の砂浜が盛大に巻き上がり、それが落ち着いた後には、
大型犬くらいのサイズに長い首と尻尾が生えた、背面はピンク色に血を混ぜたような色で、大
きな翼を持った不気味に赤い一つ目の化物…… はねつき がその顔を引き抜いていた……ず
っと朝比奈にしがみ付くように隣にいた朔良も、それを見てますます怯え出していた……
「な、なんだぁ!」
「あ、あれって……!」
氷室が驚き、マユは1週間前にはねつきを目撃していたからか、あまり驚いていない。そし
て朝比奈はと言うと……怯える朔良の髪を撫でながら、はねつきを真っ直ぐ見つめた後……
「こんにちわ。私、朝比奈と言います。朝比奈まし――」
ご丁寧にお辞儀までしていたが、俺はここでマユに大きな声で 悲鳴を上げさせた 。
「きゃぁああーーーーー!!!!」
これで、周りの3人の心理はパニック状態に傾き、冷静な判断も削がれるだろう。
はねつきは 参加者 をその目で捉えると、こうして襲い掛かって来る。つまりこの3人、
朝比奈真白[あさひな ましろ]、朔良望[さくら のぞみ]、氷室新[ひむろ あらた]の
中に、少なくとも1人以上の 参加者 がいるという事だ……! これでようやく俺も この
ゲーム に参加出来るな……まぁ、マユが死なないように上手くやってやるさ――
久方ぶりにはねつきが海の方へ向かったと思ったら、見知った顔があった。常に 参加者
を探し続け、上空を漂い続けるはねつき……もっと数の多い時ならば、今頃このはねつきに続
き、他のはねつきどもが次々と同じ場所へ向かって行ったのだろうが……生憎、この辺には今
し方、新しく向かったのと合わせ2匹のみ……いや、ここに 3匹目 がいるな……本当にこ
の距離からでもハッキリと見えるのだから、はねつきの視力は恐ろしいものだ。これなら夜に
なると視力が無くなるという配慮にも納得が行く。はねつきどもの数は既に何十匹にも膨れ上
がっていたが……これで夜も視力が維持されていたら、出歩く事など無理な話になるところだ
ったな。あそこまで、はねつきの数が増えても、普段は漂うようにゆっくりと動いている上に
ランダムと言っていい程にその方向はバラバラだ……運がよければ普通に出歩けそうだが、日
に日に数を増す事で 参加者 を 目で捉える 機会を増やしていくわけか……さて、今はこ
うして実際にはねつきが 参加者 を見付け、飛び込んで行ったのだ……新のいる4人の方と
もう1匹のはねつきが向かった先の3人……この中の誰が 参加者 なのか……しっかりと見
極めさせて貰うぞ! しかし、こうして複数の 参加者 が同じ様な場所に固まっている場合
では 参加者のいる方向 が分かるだけに過ぎないのは不十分と言えるな……
「私がこの変な生き物を引き付けます! 朝比奈さんたちはその間に遠くへ逃げて下さい!」
俺はマユにそう 言わせる と、3人は素直に走り出したが……朝比奈は朔良の手を掴み、
氷室はその2人を守ろうと背後に付く……今の発言で3人が散り散りに逃げると思ったのは虫
がよ過ぎたか……とりあえずマユに、こう 言わせておく か……
「ほ、ほら……こっちへおいで……」
俺はマユに手招きをするような 手付きをさせ はねつきに 話しかけさせた 。もっとも
このまま振り返り氷室たちの所に向かうのだろうが……そう思っていると、はねつきは身体を
時計回りに旋回させ、氷室たちが走る方向に顔が向くと、翼を大きく羽ばたかせ……そのまま
突進して行った。よし、ここは……
「氷室くん! あぶない!! 右に曲がって!!」
マユにそう 叫ばせると 3人で固まっていた氷室は右方向に曲がり、はねつきが左と右の
どちらに曲がるかを見ていると……はねつきはそのまま加速を続け さっきまで氷室たちがい
た場所 の砂浜に頭から突っ込んだ。どうも、 最初に決めた方向に真っ直ぐ飛んで行く だ
けのようだ……さて、ここから先はマユに任せてみよう。
「氷室くん!」
その途端、マユは氷室の方に走り出した。囮になると言う話はどこ行ったんだとなるが……
まぁ、いいだろう。マユが氷室の所に辿り着くと、朝比奈と朔良も合流する形になった。
「氷室くん! 大丈夫……?」
マユが心配そうな表情で氷室に声をかけると、氷室は言った。
「桂、囮になる何て無茶な事するなよ……それにしても、何々だよ、コイツ……」
さて、はねつきは首を引き抜き、今にも飛び掛ろうと羽ばたき始めていた。ここは……
「氷室くんと私、朝比奈さんと望ちゃんの二手に分かれて、そのまま逃げ切りましょう!」
マユに 行動させる 場合、その時に得た情報を宿主に認識させるかどうかを選ぶ事が出来
るが、基本的に 残している 。朝比奈と朔良を手製の学生名簿から見付けた時くらいしか、
意識の遮断 はしていなかった……マユが朔良の名前を知ったのは海の家での昼食の時だが
高校二年 という情報はまだなので、マユは未だに朔良を年下だと思っているだろうな……
さて、こうして氷室と朝比奈を分断させる事が出来、マユは氷室に手を繋がれながら走って
いる……さぁ、氷室新が 参加者 かどうか、これでハッキリするぞ……はねつきは今、 ど
っちに向かった ? ここで、氷室が後ろを振り向いた後、こう言った。
「追って来てない……のか?」
マユにも 振り返らせる と、はねつきの姿は確かに見当たらない……が、上空に飛び上が
り、氷室を再びその目で補足する可能性もまだあるので、マユにこう 言わせた 。
「ちょっと……休もうか」
そのままマユに上空を眺めさせたところ、一向に来る気配は無い。氷室新……どうやら 参
加者 と考えなくてもよさそうだ……ただ、俺のように《寄生》をしているのなら、まだ可能
性は拭えないが、これで朝比奈真白、朔良望の少なくとも片方が 参加者 である事が確定し
た。さて、このまま逃げてもいいが……せっかく氷室と二人切りなんだ、マユに 任せよう
「助かった……のか?」
氷室がそう言うと、マユの口が動き始めた。
「でも、朝比奈さんたち……どうなったんだろう……」
そして、氷室も言った。
「心配、だよな……」
その言葉を聞いたマユは、屈んでいた状態から、すっくと立ち上がり言った……
「じゃあ……助けに」
氷室も立ち上がり、マユに続いた。
「行くか!」
そうして、マユは氷室と一緒に朝比奈と朔良の2人を探しに走り出した。進むにつれ大きな
音が聞こえて来たので、その方向に行く事で、合流はそこまで難しくも無く辿り着いたが……
「いっせーー……のー……っで!」
玉宮の何かの合図が聞こえたかと思うと、次の瞬間、2匹のはねつきがその場所に向かって
来たかと思うと、互いに直線上だったらしく、2匹は向かい合わせに衝突し、上手い具合に互
いの頭が潰れたようだ……そして、その2匹は不気味な唸り声を上げ始めていた。
「やったぁぁあー!!!」
朧月が歓声を上げていたが、それを見ていた宵空が朧月を掴み、そのまま走り出すと……
「みんな! 今の内にさっきの海の家の中へ! 急いで!」
玉宮がそう言いながら走り出すと、一緒にいた朝比奈と朔良も走り始めていた……飛び上が
っている内に建物の中に入るか……あの四方がコンクリートの海の家なら、はねつきの目から
逃れるのには打って付けだな。とりあえず、マユと氷室もそこに向かう事にしたが……玉宮明
が何故、 建物の中に入る事が有効 なのを知っているのか、そこは気になるな……
「大丈夫、なのかな。建物を突き破って来たらどうしよう……」
そう宵空が不安がっていると、マユがこう言い始めた。
「とりあえず……私はスルーされてたみたいだから、外を見て来る……こないだ買った双眼鏡
荷物の中に入れっぱなしだったし……」
そして、外で太陽が目に入らないように、双眼鏡で青い空を眺めた……こうした、はねつき
が空にいるかどうかの観察は初めてではないが、本当に腹の側がこの空と同じ色のはねつきは
見付けるのは面倒だ。しかしはねつきが上空にいる時は、鳥が飛ぶくらいの高さで、胴体部分
だけで大型犬くらいの大きさの上に翼も広げている……不自然に空が揺らいでいる所が無いか
目を凝らせば何とか確認する事が出来る……そして、それが確認されないまま1時間が経った
「建物の中。安全でしたね!」
朝比奈が嬉しそうにそう言うと、せっかく海の家の中にいるからと食事にしようと言う流れ
になり、その食事を終える頃にはもう、18時を過ぎていた。
「あのヘンなヤツが、まだうろついてるかもしれないが……そろそろ解散にするか?」
氷室がそう言うと、皆もそれに賛成のようだ。まだ不安は拭えないながらも、それぞれが海
の家に預けておいた荷物を回収し、シャワーも着替えもマユが見張っている間に済ませたらし
く、マユが家に辿り着いた頃には全員無事に帰れた事が通信による連絡のやり取りで判った。
「氷室くん、今日はありがとう。海、楽しかったよ!」
締め括りにマユはメッセージを送り、ベッドの中に潜り込む頃にはすっかり疲れたようで、
静かに寝息を立て始めていた。……今日は収穫があったが、もっと 参加者 を探る機会もあ
ったな……その辺は反省だが、今はただ、マユにお疲れ様とだけ、言っておくか。