終着
「え……?」
何だか話がどんどん大きく……そう思ってたら今の発言で玉宮さんが少し固まった後、そう
呟いた…… ゲームマスターさん と言うのも長いし……私もマスターと呼んどこうかな……
「 ゲームマスター に成れば今回みたいに ゲーム用の世界を用意し参加者を招待出来る
よ…… 会場となる世界とシステム は自分で作ってもいいけど、その雛形も充実してて今回
のゲームはその1つに手を加えたもの……ゲーム終了時に 報酬となったエネルギー が余れ
ば自分のものにしてもいい……私は 生存した参加者 に全て使うよう勧めてるけど」
この世界がウソなら、るな……朧月瑠鳴[おぼろづき るな]という存在もウソになる……
だから私は本当はるなと会ってない……でもさっき実際に会えば仲良くなれたのは確かだって
マスターが言ってた……だったら悲しく無い……何だか考え事してたけど玉宮さんが発言した
「……つまり、 あたしの能力《操作》をゲームの主催と運用に必要な能力に変更する ……
それが可能という事ですか?」
玉宮さん凄いなぁ……私は所々しか理解出来て無い…… ゲームマスター かぁ……私には
無理だなぁ……そういう 能力 貰っても扱い切れる気がしないや……やがてマスターが返事
「今回くらいの規模で開催するなら、だけどね……その上で私のように、 このゲームを野良
で開催する為に必要な能力 を結構選べるよって話です……」
「公式戦とか……あるの?」
野良開催ってそういう事だから、私は一応そう呟いてみたけど……すぐにマスターが言った
「そうそう、大会ルールとかある感じで、人間で言うところの衆人環視みたいに観客も大勢だ
から、 ゲーム進行を停滞させない とかあるし…… 報酬の総量を誤魔化さない 、 報酬
欲しさに参加者を意図的に死亡させない ……そんな方向性の制約もあったり……それらを踏
まえて ゲームマスターとしての質と力量が評価 されてく感じです……野良でもお客さんは
呼べるし、過去の試合内容を閲覧可能にだって出来る…… ゲームマスターランク が上がれ
ば、やっていい事が増えるよー……その頃には自身で出来る事も増えてるだろうし」
「悪事が過ぎれば粛清もありそうですが…… ゲーマスターランクを上げるゲーム が始まり
そうですね……」
玉宮さんの言う通りだろうなぁ…… 参加者 って何も知らされてないも同然だし一方的に
騙せるから、それを取り締まる存在って必要……運営する側にも色々……あ、マスターが発言
「 ゲームマスター同士 で縦にも横にも関係が作れて交流も出来るから…… 他のゲームマ
スターから運営の手助けをして貰う 事も出来て……余程規約に違反しない限り ゲームマス
ター側である間はゲーム内で命を落とす事は無い ……興味があるなら 願い の候補として
どうかな? という感じです」
「となると、本当に私の取り分も使わないとダメだね……」
そもそも私は ゲームに参加して生存 さえすればそれでよかったんだし、そんな大きな力
を扱うなら玉宮さんが相応しいから……でも玉宮さんは私にも 願い を叶えて欲しそう……
「とりあえず、この話とその話は 願い が浮かばなかった時の最後の手段という事で……」
早速釘を刺されたなー……んー……何か考えた方がいいのかな……程なくマスターが言った
「《操作》は 複数の物体を思い通りの結果に動かす方法を見出し実現する感覚 に長けてる
から、ついつい勧めちゃう……普通は 自分の能力を他の参加者の能力で上書きする という
選択肢から紹介するんだけどねー……これだとエネルギーの消費量も事前に判るから確実で、
余裕があればその内容をカスタマイズする事だって可能……今回計上されたエネルギーの総量
なら私が今まで 参加 させた 参加者の能力 のほとんどから好きなの選べるくらいだし」
「どうやって考えればいいかは解ったし……ひと息入れようかな……というわけで宵空さん」
「え?」
玉宮さんが発言の途中で私の方を向いて突然話し掛けて来たから私は意表を突かれ声が出た
「 宵空さんの本来の姿 を見とこうかなって……今なら、どんな不都合もマスターが何とか
してくれるんだし」
玉宮さんが更にそう言ってきた……玉宮さんには教えてもいいけど……その不都合は私だけ
の問題だから、どうしようも無いんだよなぁ……別な不都合は何とかしくれると思うけど……
「いいものじゃ……ないよ?」
「まぁ驚くくらいはするかもだけど……宵空さんが心配してるような事は全部、しないよ」
玉宮さんがそう言ってくれたけど……それなら……というか嬉しいね……あ、返事しなきゃ
「ありがと……じゃ、見せる」
「ではこのリングを頭から飛び込んで四つん這いで着地する感じで潜って下さい……何か燃え
てるけど、ただのエフェクトだから火傷とかしません……潜った部分から 本来の姿 になる
感じで行こうかと思います」
マスターがそう言うと私の比較的目の前に金色の大きなリングが出現し……その全体が着火
するかのように虹色の炎が勢いよく燃え上がり……少し収まったけど十分激しい……にしても
四つん這いで着地かぁ……それは無理だね……だって私の脚は……とりあえず走り出して飛び
込まないと……玉宮さん、どんな顔するかなぁ……そこは覚悟を決めるしか……そうこう考え
てる間に玉宮さんがリングの傍で待機してる……いい加減、走るかな……虹色に燃え盛る金色
のリングまで辿り着いた私はそのまま飛び込むと、何かを一瞬で盛大に吹き消した時に出るよ
うな音が聞こえ……地面が見えて来たので順々に着地……リングは完全に通り抜けたし、これ
でもう私の 本来の姿 ……見えてるのかな……? 玉宮さんの表情は……あ、何か喋りそう
「マスター、さくちゃん先輩……朔良望[さくら のぞみ]さんの 本来の姿 って生物でし
たか?」
「外見は生物と認識されるであろう形状で、生物と言える物理的な内部構造を備えてました」
「じゃあ 生物じゃ無い参加者 ってあたしだけか……捨てられてたし、ガラクタの類かな」
率直な感想どころか他の事考えてる……大して気にならないって事にもなるけど、無反応と
いうのも寂しいな……そう思ってたら私の周囲を練り歩き始めて……特に口調を変えずに発言
「正面から見るとカエルみたいだなー……横から見れば閉じた口の線が波打ってるのもあって
ワニっぽくもある縦長気味の顔で、胴体は短い部分同士が幾つも繋がり続け結構な体長を形成
……頭と尾以外のそれらの形状は共通してて……」
最初は私の正面と真横を往復してたのが発言の途中から1周するように歩いてて、更に発言
「胴体の左右には桃の果肉の黄色と皮のピンク色を混ぜた……サーモンピンクに少し青みを加
えたような色かな……そんな綺麗な色をした柔らかそうな触角みたいなのが、たくさんあるけ
ど……これ、脚かな? 尾の左右にも同じピンク色のが4本、狭そうに生えてる……」
「その柔らかいのはトゲで、脚じゃない……でもその色のトゲだけは鞭のように変形が利いて
……あ、体持ち上げるね」
私はそう言いながらムカデのように節が連なる構造の体の前方を持ち上げた……この姿自体
出来れば見せたくないし、自分で見るのもアレだから各部分の色や形をあまり把握してないけ
ど……体の裏側って見たくても見れないから全然知らないんだよなぁ……早速玉宮さんが言う
「なるほど……この間接があるか怪しい太くて短めの突起部分が脚で本数もいっぱいある……
背面が鮮やかな紫色なのに対し腹部は燃えるように真っ赤……脚は接地時にやや押し潰された
ような形で広がり気味だけど、その足裏からは割と長い指らしきものが4方向に生えてて……
どの指先も丸く膨らんでるけど、その4本指の大方は十字を変形させたような形状ではあるも
のの各生え方には法則性が無いなー……この指、結構左右に動かせるんだ……脚全体が湿って
るから血で染まったような印象受けちゃうけど足裏部分は水色……あ、もう足着けていいよ」
そんな色してたんだ……見ようと思っても青サーモンのトゲで隠れてるから諦めてた……脚
の数なら足裏の感触で数えられるけど、やった事ない……でも足の指4本がデタラメな方向に
生えてる事は薄々……この指は縦は苦手だけど横なら意外と動く……あ、上体を地面に戻そう
「全体の形状は正面から見れば綺麗に左右対称……装甲とも言える紫色部分は単色じゃなくて
金箔みたいな色と光沢を放つ箇所が所々の割合で好き勝手に分布……脚は両側に1対だね……
トゲは正面から見て放射状に並んでて、前後2本を1組とすれば片側だけで4組あるけど……
各根元部分が何だか生えたトゲに引っ張られたかのような、結構盛り上がった形してるなぁ」
「え、じゃあ節ひとつでトゲ16本あるの?」
「節の数次第では全部で250本以上あるかもね……背中のトゲの色は足元から数えて1本目
がピンク色で2本目がマゼンタ、3本目が水色で4本目が真っ赤だけど……それは正面から見
て手前のトゲの話で……奥の方は3本目が真っ赤4本目が水色と、後半2本が逆転してる……
この関係は全ての節で一貫してて……あと全体的にピンク以外の発色が本当に凄まじい……」
「顔は……どんな感じ?」
「形状はさっき言った通りで横から見ると縦縞模様だけど……水色の顔に例のピンクを波打つ
ように塗った感じの分布だなぁ……口からは牙が所々で程度を問わずはみ出てて……その全て
が背中のトゲと同じ、青みを感じる真っ赤で暴力的な色……」
「多分口を開けば、その真っ赤な牙が夥しく並んでる……開けたくないけど」
「それと……トゲは紫色からのグラデーションじゃなくてトゲの色で亀裂のような模様が走り
始め、先端に行くほど紫の塗装が剥げ落ちてトゲの色が剥き出しになってる……トゲの色部分
には金箔が一切無いから、尚更そんな印象に……ヒビの入り方はトゲ毎に違うなぁ……あとは
正面からだとカエルの目玉に見える部分から真っ赤なトゲが突き出るように見事な長さで生え
てるくらい」
「トゲの長さはどれも結構長いのかな……そこまで硬くないから重みや風で変形したような」
「そうだね。先端へ行くほど垂れ下がりが顕著になってて曲線を描いてるけど……どのトゲも
体長の3分の1は超えてるくらいかな? じゃ、実際に触っ――」
「あ、ダメ」
咄嗟に声を出したから伸ばし掛けてた玉宮さんの手が止まってくれた……多分大丈夫だとは
思うけど……この様子を見て、さっきからずっと私たちを眺めてるだけだったマスターが発言
「見ての通り 《潜在》の本来の姿 は全体が湿ってて、今だとどんな不都合も何とかなるの
で、ただの粘液に触れたのと同じ結果になるけど……これがまだゲーム中で特に人間の姿だっ
たら、この無味無臭で無色透明である粘液成分が体の何処かに触れた途端、 死亡 してたよ
……それも本当にごく僅かな量でね」
「では遠慮なく……うーん……力を加えれば少し曲がるけど……曲げ過ぎると折れるくらいの
強度ってところかな……つまりマスター、その成分って」
「 毒 だよ。小さじ1杯もあればヒトを百億殺してもまだ余るくらい強力な神経毒で、細胞
などの生物的な組織を猛スピードで壊死させ順次分解してく感じ……こっちを 能力 に採用
してたら壊す毒……《壊毒》[かいどく]って名前にしてたかな」
「揮発性だっけ? その性質も凄く強くて体内で次々と生産され、トゲだけでなく体表全てか
ら湧き出て来るくらい分泌されるから、私の周囲にいる生物はあっという間にドロドロと溶け
てく……それを主に食べるんだ……だから私は肉食で、生きた肉には決して有り付け無い……
口の中での分泌も激しいし……」
宵空さんがそこまで喋ると何かが蒸発し続けるような静かで激しい音が聞こえ始め……宵空
さんの体の至る所が不自然に揺れ動いてる……つまり絶え間ない毒の蒸発で陽炎みたいな事に
なってるわけで……今までは観察の為、マスターが分泌を切ってたんだね……マスターが発言
「基本的に つき たちには再生処理があるから倒される事無いけど《潜在》が 本来の姿
になれば まがつき 以外の つき 全ては急速に溶け崩れてくから、それで倒せる……あと
今回《操作》が 《分裂》の本来の姿に《寄生》した《寄生》 の中へ飛び込む場面があった
けど……あの時《潜在》が 本来の姿 になれてれば《寄生》も《操作》もまとめて 死亡
させる事だって出来た…… 《分裂》の本来の姿 が相手でも吸収される前に壊死が先に働く
上に 現時点での自らの複製を作成するのが《分裂》の能力 だから、 《潜在》の毒も複製
対象 ……要するに 本来の姿の《潜在》が傍にいるだけで本来の姿の《分裂》を死亡させる
事が可能 でしたって話……ちなみに まがつき 相手だったら、 まがつき の性能全てが
半減するくらいに留める予定だったよー」
とりあえず私の毒はこのゲームでもヤバイみたいだね……ずっと黙ってた玉宮さんが喋った
「真っ赤な腹部と脚は柔らかそうだけど、それ以外は鎧のように硬そう……サイズは大きめの
ワニくらいかなー……でもこのゲームでのサイズって、どれくらい当てになるんだろう……」
「外見は元の姿そのままだけど、サイズに関しては私の調節が入ってる……少なくとも その
世界の主な住民よりは大きくする方針 だよ……でも《寄生》は大きくするよりも侵食速度を
上げた方がいいので小動物にも寄生出来るあのサイズに、《分裂》は小さくしても建物をすぐ
飲み込んで肥大化するから最初から建物サイズにした……まぁ当てにしない方がいいね」
「世界が変われば大きさも相対的に変わりそうだしなぁ……あ、ねぇ……玉宮さん」
何となく私はそう呟いたけど……大事な事を思い出して私は玉宮さんに話し掛け……続けた
「私の 本来の姿 はこんなだけど……実際目の当たりにして……」
そこまで言うと私は曲がりくねるように少し動き回った……さっき少し言ったけど生えてる
トゲはある程度変形するから、動けば一斉に揺れるんだよね……それと毒が分泌されては蒸発
するとはいえ、足元で液状に溜まりがちだから足音が気味のいいものじゃない……数百本の鮮
やかなトゲが小刻みに動く様は、何処か物々しそうだし……そろそろ歩みを止め、発言しよう
「どう思う? 遠慮しないで答えて……お願いだから」
仮に毒が無くてもさ……るながこの姿の私を見て人間の姿の時と同じ接し方をしてくれると
は思えない……こんな姿でどう言われるか何て、判り切ってる……だから私は粛々と口走った
「見てるだけで気持ち悪い姿だろうし動けばそれが更に悪化して……居るだけで周りの生き物
を殺して溶かして……もうさ……どうしようも無いよね、私……」
そう言い始めたら何だか悲しくなって来たし、思い出す……私に遭遇して死に逝く中、辛う
じて私に投げ掛けられた言葉と感情を……頭の中に強く響き渡るあの悲鳴と叫び声を……その
全てが心の中に染み込んでは、蠢いてる……何だか言葉が次々と押し寄せて来て、止まらない
「だから誰にも会わないように、この身を隠したかった……でも姿を隠すだけじゃダメなんだ
……物陰に隠れてるだけだと周囲に振り撒く毒はそのまま……それが僅かでも相手に触れれば
悲鳴を上げる時間も満足に無いまま死んで行く……私が少し歩くだけで全ての生物を脅かして
しまう……そんなもの……いない方がいい……存在していい、はずが無い……誰も殺さない為
には毒を、誰も怖がらせない為には姿を……全部消さなきゃダメなんだ……自分の存在そのも
のを潜ませなきゃ……そんな想いを抱えて誰もいない暗闇を探して私は、ずっと生きて来た」
必要な時だけ世界に現れる……もしもそんな事が出来たなら……そうしてる間は近くに誰か
がいないか心配せずに過ごせるし、皆がただ何気なく過ごす様や光景を……あの暖かい光を遠
くから眺める事だって……そう強く想いながら過ごす内に、気が付けば本当にそんな事が出来
るようになってて……あちこち旅してたから、どこかで拾ったのかな……私はまだ喋ってるね
「そしたら使えるようになってたんだ……《潜在》の 能力 を……嬉しかったなぁ……これ
で、あの光の中で過ごす事が出来るって……でもその光は私の心までは照らしてくれなかった
から……贅沢だけど、寂しかった」
例えば灯り越しで見える誰かの家の中の景色をもっと近くで見たいからと中に入って眺めて
る内に少し話し掛けたくなったら《潜在》を解除する必要があるけど……それをした途端その
団欒は崩壊し、もう戻らない……だから眺めているだけで満たされなきゃダメなんだ……そう
自分に言い聞かせ続け、解除したい気持ちに負けた事は一度も無かったけど……そんな私の心
を満たしたのは寂しさだけで、結局虚しい……それでも誰かが何気なく幸せそうに過ごしてる
姿を傍で見る事が許されるなら……一生あのままでも何とか耐えられる……そう思ってたけど
ギリギリ過ぎて、あの光輝く景色が心を突き刺して来るようで……辛くて、痛くて……苦しい
「やっぱり……見れば見るほど派手な色だなぁー……少なくとも目には優しくない姿してるの
は確かかな」
思い出しながら語り続けてたら見ようと思ってた玉宮さんの表情、ロクに見てなかった……
やっと玉宮さんが発言したんだから見なきゃ、怖いけど……玉宮さんの声が更に聞こえて……
「あたしもね。寂しかったんだ」
「え……?」
この姿の感想が続くと思ってたから意外な言葉……戸惑って私が呟くと玉宮さんが喋り出す
「目覚めたら燃やせないゴミの日に捨てられるようなものばかりで溢れ、それらが積み上がっ
て山になりがちな暗くて重苦しい空気が漂う場所にあたしはいて……どこまで進んでも、そこ
から抜け出せそうな気配も兆しも無くて……誰も居ない寂しさを紛らわそうと、あたしはその
辺にあるもの拾い上げ適当に動かし始めて……直接手で触るより、糸みたいなの使った方が動
かしてる気分が味わえて、結構好きだった……ここを動かせば、こう動くんだなぁって……」
玉宮さん、何だか優しい口調……でも哀愁みたいな感情が漂う喋り方で……それが尚も続く
「気が付けば指先から糸のようなのを飛ばして物を動かせるようになって……それで色々な物
を幾つも動かし続ける感じで過ごしてたら、それらの事が糸を出す前から出来るようになって
て……あの頃は寂しい気持ちを少しでも何とか紛らわせようと……必死だったなぁ……」
何だかお互いの素性を語り合う流れに……そう思ってたら今度は本題に戻る発言内容だった
「話を戻すけど……そもそもあたしって生物じゃ無いから、特定の造形への本能的な恐怖って
持ち合わせて無い……だから目が疲れるくらい派手なのかなって感じがするくらいで……今思
えばピンク色にここまで拘るようになったのって設定の効果だけじゃ無い気がして来たなー」
「《操作》が選んだ設定項目は ピンク色が好き だけど……あそこまで強烈な執着をもたら
すほど強力なものじゃないと考えてもいい処理内容なんだよね」
マスターがそう補足した後、玉宮さんが更に続けたけど……だんだん口調が嬉しそうに……
「あたしの 本来の姿 ……やたらと黒ずんだボディに地味な色のマントを上から被せただけ
で、見てて目が痛くなるものじゃないけど刺激が無さ過ぎる……だからかなぁ、ピンク色がこ
こまで好きになったの……可愛くて、お洒落で、鮮やかで……あたしには無いものがいっぱい
詰まってて……あの色を見てるだけで、どこまでも幸せになれそうな気がしちゃう……だって
ピンクって1色だけじゃなくて溢れるくらい、たくさんある……世界にはこんな素敵なものが
それだけあって、見る度にこんなにも鮮やかな気持ちにしてくれる……だから、大好き……」
「何だか……」
思わず私の口からそう出て玉宮さんは……私の言葉を待機かな……このままぼんやり呟こう
「こうやって話を続けて行けば……決まりそうだね、 願い ……」
好きなもの、持ってて辛いもの……こんな風に喋ってる内にいい案が浮かびそうな気がして
来たから私はそう発言……そしたらその方向性で話を進める事になって、マスターが色々資料
を見せてくれたり、こう願った場合どれくらいの 命の総量 が必要か玉宮さんが何かと聞い
たり、一旦私が人間の姿に戻る事になったり……そう過ごしてると、また玉宮さんが発言した
「あ、マスター。そういえば、さくちゃん先輩の 本来の姿 って、どんな感じでしたか?」
今はお互い 願い の方向性も固まり始めたけど、もう少し案が欲しいなって状況だね……
「じゃ、ちょっと趣向を凝らして……」
マスターがそう言うと鈴を一瞬だけ鳴らしたような静かな高音が聞こえて……私と玉宮さん
のすぐ傍に紫色のツインテールで 有明高校の制服 を着た背丈が玉宮さんくらいの女の子が
地面から結構浮いた位置で現れ……落下真っ只中だった髪が下り始める頃には玉宮さんが発言
「……これ、あたしの髪を紫色にしただけじゃないですか……」
そう言い終える頃には玉宮さんそっくりな女の子の髪も落ち着きを見せ……緩やかな落下を
続けてた体がそのまま爪先から着地するかと思った瞬間、また鈴の音が……さっきより強くて
鋭い響きかも……そんな音が聞こえるや女の子の膝から下の両脚部分に白い光のブーツみたい
なのが現れて……同じ鈴の音が更に聞こえると、今度は同じ白い光で肘から下を覆う長手袋が
出現……靴の形状もそうだけど何だか甲冑っぽい……やがて無骨で重厚感のある音と共に右脚
部分がピンク色の金属装甲で覆われ……音を含め同様の事が左脚、左腕の順で起きて……右腕
にもピンクの装甲が現れた瞬間、女の子の胴体部分が白い鎧を纏ったかのように光り始め……
部分的に肩や腰も覆ってるその鎧は、引き続き同じ音がするとピンク色になったけど……それ
とほぼ同時に頭の上部を覆うピンクの兜も出現し……RPGとかに出て来る戦士のような格好
になったなぁ……眺めてたら女の子の目が開き始めて……ここで玉宮さんが感心した声で呟く
「ふむ……」
「ではここから《流浪》の 本来の姿 へ変身させて行きます」
マスターがそう発言すると女の子は肌だけでなく 制服 と鎧部分までもが一体化したかの
ように水晶みたいに透明度の高い石へと所々が変化して行き……氷とかが成長する際に出しそ
うな音と共に全身まで広がり切ると水晶の彫像みたいになって……その彫像が光を放つかのよ
うに何かが一気に溢れ出る感じの音と勢いで黒い空間を吐き出し広がって行き……まるで世界
全体が暗闇に包み込まれたかのような状態になった……多分この一帯だけだろうけど……その
音がすぐ収まると比較的長い静寂が続いて……結構透明な女戦士の水晶像が何かの形を目指す
かのように全体の形状が徐々に表面から溶けてく感じで、ゆっくりと音も無く移ろい始め……
何だか質感も変わってる気が……そんな変形もかなり進んだ段階で、玉宮さんが少しだけ呟く
「確かに……生物ですね、これは……」
変形、終わったっぽい……やっぱり質感変わってる気が……溶けるようで滑らかに変形して
たけど何だか後ろに伸びて平べったく……正面から見ると人間の背丈程度の縦長楕円だけど、
横から見た方が形状が判り易いね……全体の透明度は健在だけど無機質さが和らいだ上に、き
め細かい鱗か何かが薄っすら見えるかも……頭部と思われる部分の上半分と下半分によく発達
した部位が1対ずつあるんだけど……上2つが鳥の翼っぽくて、下2つが魚のヒレっぽいかな
「下のヒレは1色だけど上の翼は3色ある、のかな……」
「んー、でもこれ何色だろ……どんどん色が変わるし……少なくとも、この丸みのある部分が
頭だとすれば、尾の方へ行くほど体の厚みが左右から無くなって行く形状してる……」
「横から見れば この世界 で言うところのアレだよね……」
「遠目だと完全に 1本の鳥の羽根 ……芯みたいなのが無いけど」
私と玉宮さんが交互に発言してたけど……鳥の翼っぽいのは本当に大きくて立派で胴体同様
細かい魚の鱗みたいなので出来てて……下2つも見事な発達振りで、ウミガメのヒレの先端を
少し尖らせ細い筋のようなものを多量に施し、かなり薄手にした感じの形状……体全体が透明
な鱗で覆われてるけど、何処を見ても何も見当たらないから空洞なのかも……マスターが呟く
「とりあえず、ゆったりと動き回らせるよ」
すると目の前で浮かぶ姿は視えない水槽でもあるかのように狭い範囲を緩やかな動きで泳ぎ
始め……胴体と言える部分は鱗単位で色が変化するみたいで、多種多様な色と模様が浮かんで
来ては移ろって、時に不気味だったり綺麗だったり、よく分からなかったり……そんな変化に
動作が加わる事で各々の鱗が反射し、その色自体もバラバラ……だから止まってた時よりも見
せる表情が急増して目紛るしい……翼の方は綺麗に3段に分かれてて、それぞれが似たような
色に変化し2色や1色に見える事もあるけど常に3色で……ヒレの色も変化するけど常に1色
……翼の動きはゆっくりだけど本当に鳥のように羽ばたき、ヒレはたまに動くけど基本的に流
されるがまま、なびいてる……例え翼やヒレの色が保たれても反射する色はその都度違うから
次々と多彩に変わるその様相は目でも頭でも追い切れ無さそう……そんな姿が暗闇の中で音も
無く気ままに空中を泳ぐ様はどこまでも幻想的で……すっかり釘付けだし、頭もぼんやり……
「これが、さくちゃん先輩の 本来の姿 ……暗かったり明るかったり、地味だったり鮮やか
だったり……全体的に何色かだなんて最早言い切れない……そう考えてる間に次々と変わるし
色の変化が早かったり遅かったり……鳥の羽根のような胴体に至っては、そんな感じの変化が
鱗単位だから本当に一貫性も法則性も何も無い……順番通りに模様や色が変化する事があって
もそれは偶然だろうし……自由なのか無秩序なのか……もっとよく観察したいから近付いてる
けど……本当に、見惚れちゃうなぁ……」
本当に……眺めてて圧倒される……間近で見るのもいいかもね……引き続き玉宮さんが発言
「翼の部分も魚の鱗のような、きめ細かい何かで構成されてるけど……下に2つあるヒレの方
には筋みたいなのが途中で分岐してY字状になってて、よく見たらもう1回分岐……そんな筋
がヒレの内側に凄い数で縦に並んでるけど……胴体の方はその分岐が4回以上と更に細かいか
ら、こうして揺れ動く様は優雅に舞うスカートか何かを眺めてる気分になるくらい繊細で……
何処を見ても透明だから中身丸判りだけど、何も湛えて無い可能性が強そう……横から見ると
手前と奥が重なって見えるから、模様が凄い事になりがち……翼とヒレに限っては左右の色の
分布が一致すると見て間違いなさそうな変化具合だけど……」
全体的な形状は1本の鳥の羽根に近いけど芯のような部分は無くて、翼とヒレが生えてるの
は一番厚みがある前方の縦長楕円球体部分付近……羽根で言えば根元だけど……そこから先へ
行くほど両側から薄くなって行くから球体部分を頭部、それ以降を胴体か尾と考えるのが自然
かな……でも頭部と呼ぶのは、やっぱり自信が持てないかな……その理由を私は静かに言った
「目どころか口らしいものさえ無いから、本当に顔なのか怪しい……」
「というかこのゲームに 参加 した皆……全員眼球らしいもの持ってないんじゃあ……一応
あたしにはあるっぽいけど、作り物だから感覚器と含めていいものか……」
「《操作》以外は生物って状況だけど、 この世界では生物に分類されない可能性 あるかも
……とりあえず《流浪》には《潜在》の毒が効いて、《操作》には効きません」
「こんな美しいものを……壊したくな……あ」
私の後に玉宮さんとマスターが発言し更に私が反応して途切れたけど……やがて私は呟いた
「そうか……」
この毒を無くすという願い は考えてたけど……それを実現した上で、こうするのも……
「宵空さん……どうしたの?」
そのまま何も言わないでいたら、玉宮さんが声を掛けてきた……ひとまずこう発言しとこう
「いや…… 願い の話し合い……再開、かなって」
それから 朔良先輩の本来の姿 の行動範囲はこの黒い空間内まで拡大されたみたいで……
時折位置が一瞬で変わるのが頻発したりしばらく無かったりと気紛れ……《流浪》の 能力
には本当に助けてもらったけど……普段はこんな風に気ままに発動してたのかな……そんな中
話し合いは他の案が浮かばなくなるまで進み……いよいよ玉宮さんと私がそれを交互に言った
「あたしは……世界にピンク色を教え続ける存在でありたい……」
「私は……私を見る者や触れる者に恐怖を与えるのではなく安らぎを与え……他の存在にとっ
て苛烈なのではなく、優しい存在であり続けたい……」
「だから――」
少し間を置いて発言したら玉宮さんと声が被った……その後は玉宮さんが 願い を言って
私もそれに続いた……これで 命の総量 を丁度使い切る事は話し合い段階で確認済みだけど
…… 能力を定着させる為の消費量 ……凄かったなぁ……やがてマスターがこんな事を話す
「 願い を適用する準備してる間に 私の能力 について話そうか…… 私の元々の能力が
ゲームマスターやるのに向いてる って 私が最初にゲームに参加した時のゲームマスター
から言われて……その時の 報酬 で、 よりゲームマスターに向いた能力になるようカスタ
マイズ して、私が開催したゲームの終了時に 命の総量 が余った時に色々手を加えたりも
して来たんだけど……そういう変更、もう長い事やってないなぁ……」
何か突然、足元が金色に光ったと思ったらタイルが現れ……そんなタイルが次々と隙間無く
出現しては広がって行き……全て金色の輝きを放ったまま大きな1枚が出来るや一斉に光ごと
消えたけど……私と玉宮さんの体が浮き上がり始めたからタイルが視えなくなっただけっぽい
「そんな 今の私の能力は捉えた空間の一部を立法領域で範囲指定し、その領域内にある全て
のものをデジタルデータ化したコピーを取得して保存し、それを基にあらゆるデータ操作を行
える空間領域の作成 で……今回範囲となったのは この世界の住民 自らが地球と名付けた
惑星の日本という島国の中にある、ほんの一画……範囲が狭ければ管理するデータが削減出来
るけど……今回くらいでも膨大なデータ量を管理する事になるから本当に栄えた場所だよ……
そんな規模のデータ相手でも不自由なく処理出来るくらいの 能力 にはなってるんだけど」
足場の浮上は続き……黒い場所を抜けて街を上空から見下ろす高さまで来ると思い出したよ
うな頻度で前後左右のどれかで動くようになった……マスターは浮いてるけど視えない足場に
乗ってるかのような位置関係で一緒に移動してて相変わらず髪や服が上下に揺れてるなぁ……
「乱暴に例えるなら見たものを紙の上にコピーしてあれこれ弄るような感じだから立方領域内
の出来事はコピー元には何の影響も無かったり…… 領域内に招き入れた存在をデータと同じ
ように扱う事が出来る能力 も備える事で、こうして 参加者の能力の編集や上書き も比較
的円滑に行えるようにしてて…… 参加者だけは能力の変更をゲーム内の一時的なものではな
く永続的なものとして定着出来る ようになってるよ……別にわざわざデジタルデータに変換
する必要は無いんだけど……私はそのやり方でこのゲームの ゲームマスター してる感じ」
「あたしたちはずっと、そんな 箱 とも言える領域の中で過ごしていたんですね……」
玉宮さんがそう呟いて、私も何か言おうか考えてたらマスターの発言がまだ続くけど……そ
ういえばさっきから街の風景というか視界にあるもの全ての所々にノイズが走ってて……その
箇所が一瞬だけ0と1がよく分からない順で縦横に並んだような模様が浮かび上がっては消え
る現象が目に付く……0と1は単色だけど薄かったり濃かったり鮮やかだったり……少しでも
動いてるのだと0と1が浮かぶ際の数値が目紛るしく変動してて模様が蠢いてるみたいだった
「任意の領域内に箱型の境界を引き、境界内で取得したデータを基にゲーム世界を構築……そ
の箱自体をゲーム筐体に見立てて 私の能力は《筐界》[きょうかい] って呼ばれてます」
最初のノイズは僅かな音だったけどノイズの頻度と一緒に音量が上がる事で、砂嵐のような
音が瞬間的に出てるのが判った……音量が上がり切ってもノイズの頻度は増えて行き、0と1
の模様が消えても、すぐ別のが現れる状況……0と1の模様は物体の形状に沿って浮かぶんだ
けと……何だかよくないものが侵食して行く様を見ている気分……そんな中マスターが言った
「それじゃあ 願い を叶えようか……それが終わると、この世界は無くなるよ…… 今回の
ゲームの為だけに用意された世界 がね……」
元の風景と0と1の模様部分の割合はすっかり逆転し……ノイズ発生時に不協和音まで付い
たけど、ノイズで幾らか乱れるだけだった部分がノイズ発生直後はその部分を真っ黒に塗り潰
すようになり、0と1の模様が目立ち易くなったけど……そうなると黒い部分が出る度に世界
の……裏側というか剥き身部分を見せられてるような気分になるというか……ノイズは地上だ
けでなく金色に渦巻く上空部分と空間自体にも発生し続けてたから、今や目の前には0と1の
模様しか見当たらない状況で……やっとノイズの無い部分を見付けたけど周りと浮き過ぎてて
不自然な感じが酷くて、もう世界の一部とは思えない……急に音量が下がるとマスターが発言
「ゲーム終了後に飛ばされる場所だけど……一緒でよかったんだよね?」
「 この世界 が無くなったら何処に放り出されるのか……正直不安だった」
「コピーした場所と同じ場所でやる必要無いからね……一体このゲームは何処で行われていた
のやら……はい、さっき提案して頂いた場所でお願いします」
「私も、気が変わったとか無いから……その場所で」
私と玉宮さんが発言し更に私が呟いたけど……一連のノイズが激化し始めた頃から私と玉宮
さんの姿に変化が訪れてて……今は 能力の定着 が始まってるのかも……マスターが言った
「 願い の内容も順調に適用されてるから……これならトラブルとか無いまま終わるね……
では最後に……私のゲームに 参加 した感想を……」
「色々と、ありますが……」
「言うならやっぱり……これだよね」
玉宮さんと私がそう発言すると一旦間を置き……やがて精一杯の気持ちを込めて同時に叫ぶ
「ありがとう……楽しかったよ、《筐界》さん!」
するとノイズの音量が元に戻った……というより下がる前より大きくなった……ノイズの激
しさは一層強まり、0と1の整然とした並びもその連結が揺らぐように荒れ始め……けたたま
しい程の様々な不協和音が幾重にも鳴り響くと急に景色が固まって……次の瞬間、薄くて堅い
何かが盛大に割れるような音が聞こえて……この領域全体に入ってたヒビが一気に破片になる
かのような光景が見えた気がした……これでゲーム会場は完全に崩壊して、もう無いんだなぁ
……やがて新しい姿の私は新しい姿の連れ合いと共に、輝くように旅立って行った。
エピローグ
あんな風に壊れた会場ですが今すぐにでも元に戻せたりします……さっきの演出を逆再生し
たり他の演出を選んだりも出来るけど、もうこの世界というか 箱 の中には、 ゲームマス
ターである私 しかいないから何をする必要も無いわけで……それより《潜在》と《操作》が
どんな 願い を叶えたかの説明も兼ねて、ちょっとした作り話でも……だから昔じゃなくて
もいいし、どこじゃなくてもいい……親子が出て来るけど人間である必要は無いし好きなよう
にイメージしたっていい……産みの親の名前は人工物を意味するアーティファクトから アー
ティ ……子供は信号を意味するシグナルから シグナ ……外見情報はアーティが鮮やかな
マゼンタを白い生クリームで和らげたような色で、シグナは青銅が多少鮮やかになったような
色……そんな体の両者は所々が尖ってるけどシグナはその先端が丸め……世界によっては性別
が3つ以上あったり性別自体が無かったりするので各性別はお好みでどうぞ……そんな仲のよ
い親子が村の外れで慎ましく暮らしてたある日、シグナの具合が悪くなりアーティは看病しま
すが……数日と経たない内にシグナの体の至る所から滲み出すように金色に見えて青みのある
斑点模様が現れるようになり、それが広がるに連れシグナの容態は悪化し、どんどん苦しそう
な顔に……慌てて村のお医者様を連れて来ても見た事の無い病気で手の施しようが無いと言わ
れてしまい、アーティは途方に暮れます……やがてアーティの身にも金色の斑点模様が浮き出
て……誰も治せない、この奇病の存在は村民たちの間で話題になり恐れられた翌日、ある村民
が自身にも金色の斑点模様がある事に気付くや全ての村民たちの体からも続々と現れ始め……
「あぁ、この村はこのまま……滅んでしまうのだろうか!」
そんな叫び声が今にも聞こえて来そうな雰囲気で村全体が覆われる中……アーティとシグナ
は元の体の部分が満足に見当たらないまでに金色部分が広がってて、最早斑点模様とは言えま
せん……そんなシグナの苦しみを少しでも紛らわせようとアーティはシグナに寄り添っている
のですが……突如シグナの顔から苦しみが消えたかと思うと、シグナの体を飲み込まんばかり
に覆ってた金色部分がアーティ共々すっかり無くなってて……シグナが何かを見て驚くような
顔をしてるのでアーティが振り向くと……そこには上下で形が異なる2対の大きな羽を広げた
存在がいて……シルエットだけでも美しいその羽はほぼ透明で、光の反射により羽全体が鮮や
かで様々な色と模様を次々と見せ……どうやら羽自体の色と模様も絶えず変化してるみたいで
上下の羽の色が異なる時でも左右の色は常に対称関係を維持……そんな中、羽の縁周り部分の
色は一貫して白っぽい色の範囲内で緩やかに変わってて……知ってれば蝶が連想されそうな羽
が生えた胴体と思われる中央部分には何処までも青く鮮やかな縦長楕円球体の宝石があり……
羽を正面から見た外周には、ある程度の幅のピンク色の金属によるリング部分があって、その
上下には宝石に沿って伸びた爪が表と裏に点対称の位置関係で3つずつ……宝石の中では何か
が映し出されてて、そこには此方を見て安心したような表情があるようにアーティとシグナは
感じました……ところで村の広場では金色の浸食に苦しむ村民たちの姿と悲鳴で溢れ返るばか
りなのですが……そこへ鳥の羽根と言えそうなものが1本落ちて来ます……その羽根は鮮やか
で紫に近いピンク色をしており更にもう1本落ちて来ると今度はオレンジに近いピンク色……
羽根はその後も降り続け、様々な色があったものの全てピンク色と思える範囲……そんな羽根
を上空から落としてたのは……人間が見たらこの存在を 天使 だと言うだろうね……だって
体を衣服で着飾ってて姿形は人間も同然……大きく広げた2枚のピンク色の翼は構造込みで鳥
の形状だし、羽根は1本1本が次々とピンク色の範囲内で変わって行く……でもボディの方は
外側部分が人間に見えるだけで内部構造に生物学的要素は一切無く、完全な 人形 ……そん
な存在を村民たちが見上げてると突然その近くに先程の青い宝石に蝶の羽根が生えた存在が現
れ何やら鱗粉らしきものが宙を舞い始めたかと思うと例の天使が腕をかざして……次の瞬間、
村全体にその数多の鱗粉が意志を持ったかのように村の屋内外を突風のような速さで駆け抜け
……それが収まる頃には村民たちを苦しめてた金色の斑点模様の全てが取り除かれてて……こ
れで村が救われた事に誰かが気付くよりも先に、青い宝石とピンク羽の人形は自然現象か何か
だったかのように村から姿を消していました……というわけで 《潜在》と《操作》が願いに
よって得た姿と得た能力の運用例 はこんな感じ……つまり天使の方は元《操作》で、それぞ
れの羽根は抜け落ちるとその時点の色で固定され、羽根が翼にある間は《操作》がピンク色と
思う範囲でランダムに変化するけど……実は《操作》が望めばピンク以外の全ての色にも変化
出来たりします……髪とボディの色は自由に変えられボディに至っては形状を変更出来ない事
もないけど……特筆すべきは翼の部分が鳥という生物と同じ構造なのに対し、人形部分の中身
は同じ物体が詰まってるだけで外側の構造が全て……だから機械的な存在ですら無い……でも
五感を始めとする人間と同じ感覚的なものは備えてる……特に味覚が発達してて、口の中に入
れたものを咀嚼するように味わう事も出来て、飲み込む際の喉越しのようなものを味わいつつ
エネルギーに変換して吸収する事も可能……エネルギーとして吸収する感じなので幾らでも好
きな物を食べられます……全ての感覚を一時的にオフにする事も個別で可能だけど要は ヒト
の食事行為の都合のいい所だけをマネ出来る存在 になったわけで、この辺は《操作》と特に
話し込んだね……体は 人間の関節の動きと同じ事が出来る能力 が作用してるだけで外見を
人間に似せた単一の物体がそう動いてるだけって事になります……天使のような両翼で桃色を
強く主張する体となった《操作》を私は《桃体》[とうたい]と名付けました……物を食べて
エネルギーにはするものの、《桃体》がその気になれば体の何処からでもエネルギーの吸収が
出来る上に《桃体》の翼の色のランダム変化と体を動かすのに必要なエネルギーは引き続き使
えるようにした 《操作》の能力と比べて圧倒的に消費が少ない から、全身が動けなくなる
までエネルギーが欠乏する事態は無いと考えていい…… 人間に相当する五感は能力で補って
る けど視界に関しては全方位のままで、ある程度ながらも望遠と透視も出来たりする……話
し合い中に 総量 が微妙に余ってたのを見た私が 《操作》は視えさえすれば物体を動かせ
る能力 で、これが少し出来るだけでも大違いだからと勧めといた……宝石の方は元《潜在》
……羽部分は鮮やかな色に鱗粉単位でランダム変化し、その鱗粉にはあらゆる毒や病や苦しみ
などを取り除く効果があるけど比喩的な意味での病もあるから体内に病原がある場合に限りま
す……気持ちを落ち着かせる心理的な作用も一応あったり……その全ての青を圧倒する程に深
く鮮やかな宝石から生えた羽は輝く鱗粉を放ち、それは生物にとって癒しとなる清らかな存在
である事から私は《清鱗》[せいりん]と命名……近付くだけで相手の命を奪う存在から救う
存在となった感じだね……生物的な構造の羽部分が無ければピンク色の金属リングに青い宝石
を嵌めた部分しか無いんだし生物とは言い難いかな……さて 《清鱗》の能力 の解説はここ
からが本番……宝石の中に何かの映像を映し出したり、その映像の内容をかなりの広範囲で自
らの周囲に投影する事が可能で……《潜在》の 能力 も残してるけど《潜在》を発動してて
も投影を維持出来るよ……映像の内容は自在で主に人間の姿を投影し、その投影体が動作する
事で起きた結果を現実世界に反映するか選べる…… 人間の姿の投影の時は人間と概ね同等の
事が出来る ようにしたから、投影した人間の姿で何かを食べればその味覚内容を得られたり
何かに触れればそれを動かしたりも出来る……外部に干渉出来るのは強く投影したものに限る
感じ…… 青い宝石の中で作り出した幻影を現実世界に実体レベルまでの投影が可能な能力
ってとこかな……青い宝石の中に内包される空間はなかなか広大で、その空間内は《清鱗》が
自由に作成と編集が可能で……そこに誰かを招待したり任意で外に帰したり出来る……そして
この空間内に《桃体》はどれだけ距離と時間が離れていようと移動する事が可能で《清鱗》も
同じ条件で《桃体》の傍に移動する事が出来て……これを発言や思考の類にも適用する事で互
いに何処にいようと会話が可能…… 私の《筐界》と《流浪》の能力の処理内容 も結構参考
にしたみたいだけど、もう少し出来る事が増えればこの青い宝石の中でゲームが開催出来そう
……《清鱗》の投影は結構エネルギーが必要で外部世界に干渉出来る投影を大規模にやるなら
必要なエネルギーは莫大になり、その量を絶えず消費し続ける事になるんだし普段は《潜在》
で本体を隠して《桃体》と一緒に投影した人間の姿で出歩く感じかな……《清鱗》自身もエネ
ルギーを取り込む事が出来るし《清鱗》と《桃体》は互いのエネルギーが融通可能で《桃体》
は常にエネルギーだだ余りだから相当適当に管理してもエネルギーは枯渇しない上に《桃体》
も関わるからエネルギーに困る事は無いね……体の一部が損傷したり派手に損壊しても修復さ
れ、エネルギー消費の追加でその速度を上げる事が共に出来るようにもしたけど……《清鱗》
が《潜在》を使って《桃体》が宝石の中に入れば安全に修復出来るから使わなさそう……素の
修復速度自体そこまで遅くないし…… 《清鱗》と《桃体》の羽が全損した場合だけど能力で
飛べるようにしてるから飛行能力は失われません ……あと《清鱗》の鱗粉も宝石内部で生成
される光を鱗粉にまとわせて飛ばしてるだけなので羽が無くても大丈夫……そんな感じになっ
た《清鱗》と《桃体》だけど、両者が一緒に行動する内に自分たちで名前を見付ける事が出来
れば私が付けた名前も一時的なものになるね…… 参加者たちは大抵名前を持って無い けど
だからこそ名前を安直に済ませる事も出来れば、とことん拘る事も出来る……まぁ《清鱗》と
《桃体》が望まない限り私が2名を再びゲームに 参加 させる事は無いから、ここから先は
《清鱗》と《桃体》だけの物語だね……退屈してるならゲームの観戦も 参加 もいつだって
大歓迎だから、また遊んでくれたら私が喜びます……もう長い事、野良開催しかしてないけど
ね……そんな事を考えてたら 以前、私のゲームに参加してくれた参加者 に会いたい気分に
なってきた……特定の誰かというわけじゃないけど、 更なる願いを叶えようと再びゲームに
参加して死亡 してる事だって有り得るから、また会えるだけでも嬉しいね……徒労に終わり
そうになったら過去に私が開催した試合を引っ張り出して眺めるなり出来るし……そんな道中
で何かと暇してる誰かがいたらゲームに誘うのもありだね……とりあえず今回の試合に使った
空間は、もう閉じよう……探しに行くんだったら何処へ行くかも考えないとなぁ。
俺の名前は玉宮涼[たまみや りょう]。私立中高一貫校の朱不二[あかふじ]学園の高等
部二年……今はやや控えめな茜色の制服だが設立当初はもっと真っ赤で凄かったそうだ……学
ランのボタンは鳥をモチーフにした校章を刻む為かただでさえ一回り大きいってのに発色のい
い金色だから更に目立つ……これは当時のままらしい……俺は今登校中だが朝から嫌な気分だ
本当は昨日からだ……何せ俺の母親……玉宮美月[たまみや みづき]が明日にでも一人暮ら
しの俺の家に来るって連絡が昨夜あった……勘弁してくれよ。俺の母親は女の子が産まれたら
自分の名前が可愛いから何て名付けようか迷う所だっただの、いっそ2人並べて呼ぶ事前提の
名前にする為もう1人産もうかだの……だから俺が男でよかったけど結構残念だの……そんな
無茶苦茶な事ばかり言うヤツだ。結局、俺1人を育てるのに手一杯で、ずっと俺は一人息子の
ままだった……母親に言った事は無いものの弟や妹の存在に憧れた事は何度もあったなぁ……
そんな事を思い出してる内にまぁまぁの時間で校門前まで来たが……何だか辺りが騒がしいぞ
「私、今日から輝く!」
校門を抜けた広場で1人の女子生徒が何処かから持って来た台に乗り、何かに立候補するか
のように片手を上げている……セーラー服のデザインから高等部の生徒だな……しっかし何だ
あの金髪……くせ毛が強くて至る所で巻きの入った髪が膝裏まで伸びてるから目立つってもん
じゃないぞ……いつも思うんだが黒い髪を染めるのって大変過ぎないか……だって黒い絵の具
を別の色に染めるようなもんなんだぜ? 元がブロンドヘアのような薄い色ならまだしも……
「お前、高等部一年の朧月瑠鳴[おぼろづき るな]だな……一年のクセに目立つマネしてん
じゃねぇよ!」
そんなガラの悪い声を出したのは恐らく高等部三年の女子生徒だが……茶髪で始まり毛先が
赤色で終わるグラデーションに染めた髪はいいとして、頭頂部から元の黒の髪が結構伸びて来
てるから3色になってるぞ……どうせ黒に戻るなら俺はこの黒髪が一番だと思ってしまうなぁ
「いいえ先輩! 私、輝きたいんです!! 今日から毎日……輝くんです!」
「フザけるのは、そのデケぇ胸だけにしとけや! 少しは無いヤツの身にもなれっ、て……」
そんなにデカいのか? と遠くから覗き込んでみたら確かに大層なもんだ……絡んでる女子
も結構魅力的な顔してるんだけどなー……そんな風に顔を歪めてなけりゃだが……発言の最後
で何かに怯えるような表情になったと思うや何やら辺りの空気が重くなり、ざわめき声が……
「アサヒナさんだ……」
「今日は登校まだだったんだ……」
「黒塗り高級車で送り迎え……いいなー」
例の三色女子はというと声を震わせながらこう発言……何か体の方まで震えて来てないか?
「や、やべぇ……朝から出会っちまった……朝比奈真白[あさひな ましろ]……この学園で
ある意味一番やべぇヤツ……大企業の社長令嬢で両親はこの学園の理事長とも親交が深い……
でも、そんなの全然関係ねぇ! に、逃げなきゃ……うっ……こ、腰が抜けやがった……おい
動け、動けよ……動いてくれぇ!」
何だ朝比奈さんが登校してたのか。親しいわけじゃ無いが、あの美貌とボディが描くライン
を毎日拝める俺は恵まれてるんだろうなぁ……何故かよく他のクラスの連中から俺の身を心配
する声を聞くが……そんな事考えてると朝比奈さんが立ち止まり、学校指定の鞄から胴体部分
が靴のサイズくらいある……クロドクシボグモを取り出すとその腹を裂くような音を立てた後
指先で何かを引き抜いたのか、そのまま口の中に運ぶとある程度口を動かし……やがて呟いた
「あまぁーい……」
傍から見れば毒蜘蛛の内臓を食べた感想を言ってるような光景だが勿論作り物で、特注した
事によるリアルな造形と質感は見事なもんだ……この他に赤と青のがあるんだが……実際にあ
りそうな色合いで、あそこまで鮮やかで味わい深い感じになるんだから面白いよな……さっき
食べてたのはチョコか飴玉で、朝比奈さんは蜘蛛型ポーチの中で包袋を解いてから中身を取り
出し口へと運ぶんだが……いつだったか休み時間に食べようとしてポーチ内が包袋の残骸しか
無い事に気付き、摘まもうと動かした手が止まった事があって……何とも哀愁漂う光景だった
「おい……一年……お前の身長でウチを背負うのは無理だぜ……せめて手を引いてくれ……」
「わかった!」
「何だか借りが出来ちまったな。さっきは凄んで悪かったよ……んじゃな」
玄関へ向かう中、金髪女子と三色女子がそんな一幕を繰り広げてたのが見えたが……とにか
くこの学園では授業中以外の飲食の規制は緩く、髪を染める事を禁止する校則も無いし普段か
ら染めてる教師までいる……そんな中、男にフられる度に脱色して染め直す俺のクラスの担任
の毛根は大丈夫なのだろうかといつも思う……今日は脱色して来てるが、クラスの連中が男の
影に気付かない内にフラれたのは初めてかもな……それから放課後になったが例の担任は立ち
直るまで髪を染め直さないから今月はずっとあの髪のままだろうなぁ……次はどんな色に染め
て来るかの賭けで教室が賑わうのは月末頃だろうか……そんな事を考えながら歩いてると……
「危ない!」
校門を出る前に校舎近辺を一回りする中、そんな男性の声が聞こえて来たが何の事か判らん
……だが、こういうのは……やっぱりサッカーボールか……飛んで来ると判ったなら、かわす
だけだ……何だ元から当たらない方向じゃないか、傍の木に当たっ……ごうぅ! 跳ね返った
から威力は下がったが後頭部直撃とはツイてないぜ……さてさっきの声の主が近付いて来たぞ
「すいません! 大丈夫でしたか?」
その男子は短髪と言うには髪が伸びてる風だが俺ほどの長さじゃないな……こう答えとくか
「軽くぶつかっただけで済みましたよ……気持ち的には災難判定ですが」
「すんません! 助っ人で入ったんですが蹴り過ぎちゃいましたぁ!」
「ヒムロー! ボールまだかー!!」
「おっと、お忙しいようで」
「すいませんでした!」
瞬間的に深く一礼して立ち去る男子の後姿を少し眺めながら、ユニフォーム姿だと筋肉質な
部分が結構目立つんだなぁと思いつつ歩き出したら……木の陰に女性にしては背が高いポニー
テールの黒髪女子がいる事に気付く……俺と目が合うとやけに驚き、沈黙が少し続いたが……
「あ、あの、あのの……あの……」
驚きの余り声が震えているが……何かやましい事でもしてたのかってくらい慌てた表情だな
「ごご、ご……ごめんなさい!」
そんな台詞を置き去りに、長身女子は走り去ってしまった……とりあえず5分足らずで見知
らぬ相手から4回も謝られた事にはなる……その後は目立った事も無く、大人しく歩いてる間
に夕方になり、なかなか味のある夕暮れ模様だったが……特に何かが起きる訳でもなく帰宅す
ると母親から明日行けるか微妙だと連絡があった……おいおいそこはハッキリしてくれよ……
一番来て欲しくないタイミングで来る展開だろこれ。それから少しは勉強して食事を含め家の
事も済ませ……その後は暇潰ししてたがそろそろ切り上げるか……まったく今日は何かと散々
で賑やかな一日だったぜ……そんな事を思った後、零時になる前に、俺は眠りに就いた。