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最終兵器マガツキ  作者: 竜世界
最終章 行方
17/18

決着

 

 7時間20分


「おや鹿々身さん、こんな所でお会いするとは奇遇ですね」

「お前もここに来ていたのか玉宮。空は暗いというのに昼間のように明るく、太陽の姿がどこ

にも無い……今は朝なのか夜なのか……考えるだけ無駄だな、これは」

「位置情報によると鶴木さんもこの近くにいるそうです……例えばあそこの建物に」

「確かに表示されているな……だが下の階は かみつき たちで埋まり、上の階の窓には何も

見当たらないぞ」

「まぁ下の階には人が入れるスペース何て全然ありませんし……少なくとも、あの建物にはい

ないみたいですねー……さて、どちらから行きますか?」

「俺から行こう……」

 とりあえず台詞は同じにしておこう……ここで鹿々身さんが手榴弾を取り出し更に発言した

「では始めるぞ」

 あたしに向かって投げて来たけど、放物線を描くように投げ上げるの分かってたから持って

来た拳銃で余裕で狙える……手榴弾本体に弾を当てれば爆発する処理になるけど狙うのは金具

部分……これで軌道が鶴木さんが潜んでる建物1階方向になったし、わざとらしく言っとこう


「あ、しまった……金具部分に当たっちゃいましたねー……」

「相変わらず器用な事が出来るな、お前は……」

「とりあえず距離を取りますか……扉を開ける音も聞こえましたし……」

 何でこんな風にあたしと鹿々身さんで鶴木さんにちょっかい出す感じなウォーミングアップ

したのか……今思えば不思議だなぁ……ある程度距離を取ると鹿々身さんが発言して再び会話

「露骨に距離を取っているな……防弾ベストを着ているのがバレバレだぞ」

「結構重いですよねー……これ。そういう鹿々身さんこそ、動きが鈍くないですか?」

「そんな悠長な顔をしていられるのも今の内だぞ……額に狙いを定めた……終わりだ、玉宮」

 そう言いながら鹿々身さんは銃口をあたしじゃ無くて鶴木さんがいる建物2階へ向け、発砲

「ぬぐわぁ!」

 銃声が響いた次の瞬間、窓ガラスが割れる音と一緒に鶴木さんの声が聞こえた……ここから

でも鶴木さんの姿は見えてたんだよね……そんじゃ鶴木さんの叫び声を雑に誤魔化しとくかな

「もぉー、鹿々身さん。当たったと思って、せっかく叫んだのに……外さないで下さいよー」

「こんな空模様だ……慣れない状況下では手元の1つや2つ……狂ってもおかしくはないさ」

「いやいや、おかしいですってばぁ……もう何だか笑いたい気分に……あは、はは」

「おいおい、こんな状況で笑い始めるとは……仕方ない、俺も笑うか」

 今回はここで笑えるか心配だった……何であんなに笑ってたのか分からなかったし……でも


こんな風に勢いに任せれば何とかなるんだなぁ……鹿々身さんもいい表情で笑ってるけど、ど

こまで本気なのやら……傍から見れば絶好の機会なのに鶴木さんが狙撃を行う気配は無し……

「……いい加減、真面目にやりますか」

「そうだな………」

 問題はここから……鹿々身さんがナイフを投げて、そうして出来た隙を拳銃で狙って来る上

に手榴弾で撹乱して来る時がある……それをあたしはナイフと拳銃だけで応戦しなきゃいけな

い……手榴弾は温存したくて置いて来たからね……ひとまずナイフをいっぱい使おうかな……

あたしは鹿々身さんに何本もナイフを投げるような動作をするけど全てフェイントで、実際は

周囲の建物の外壁に刺さるように投げてる……至る所から生えてる かみつきなどの飾りオブ

ジェクト にナイフが普通に刺さって簡単に抜ける事は確認済みで、手持ちのナイフは弧を描

くように投げ続けてるのを含めれば丁度1ダース……鹿々身さんに斬り掛かって回避されたり

あたしが回避したりした時……刺しといたナイフを引き抜くと同時に投げて、その流れの中に

時折、銃撃を混ぜる……先ずはそんな感じで粘れるだけ粘るかな……やがて鹿々身さんが発言

「《操作》というだけあって本当に曲芸が得意だな、お前は……」

「邪魔が入らなければですが、こういうのは同じ事をしてれば同じ結果になりますからねー」

 そうあたしが発言した通り、あとは動かす側が動作を安定させるだけなんだよね……鹿々身

さんの投げナイフをかわすついでにナイフで上に弾き、更にナイフを当てて、あたしの手元に


落下させる……鹿々身さん背後の外壁にもナイフがあるからナイフを補充したくなった鹿々身

さんの隙を突ける展開に一応期待……その後は銃を上に放り空かさず周囲のナイフを全て投げ

それに紛れて落下させた銃を手にして鹿々身さんの頭を狙うも普通にかわされて……今度は投

げたナイフに銃弾を当てる跳弾を何度かやってみたものの防弾ベスト部分に当たるだけ……こ

の防弾ベストは防刃加工も施されてるから折角近付いてもナイフで上手く斬り付けられないの

が結構辛い……色々やってる内に互いの動きが読まれ易くなって中距離で睨み合う状況に……

「わざと体勢を崩しても引っ掛かってくれないか……」

「お互いフェイント掛け合ってダンス状態ですよ……何ですかこれ」

「さっきのナイフを何本も投げながら接近して拳銃を撃ったのは見事だったぞ」

「何でアレかわせたんですか……頭を狙ったのは安直でしたけど」

「一撃で決めるなら、そこしか無いからな……さて、壁に刺さったナイフを使わせて貰うか」

 その後は鹿々身さんが執拗に背後を狙い続けて照準を掻き乱し……やがて無理矢理突破して

来た次の瞬間、《流浪》であたしの正面に現れナイフで切り掛かって来た……あたしは何とか

体を反らしてかわし……上空で待機してたナイフを手に取るや投げ付けて追い返す……結果は

鹿々身さんの 制服 を所々浅く裂いただけでした……更にしばらく経って鹿々身さんが発言

「……《流浪》を使わないんだな」

「10秒間使えなくなりますからね……」


「まぁ、さっきはそれで俺も危なかったしな」

 それからは警戒し合ってるから不自然な動きを見せる度に互いの動きが止まる現象が何度も

起きて……あたしがいつ《流浪》で奇襲を仕掛けるかの警戒もあり、どちらも決定打を出す事

無く、時間だけが過ぎて行った……膠着状態を違和感なく維持出来るよう努めたのもあるけど


 8時間15分


「疲れないと考えて間違いないな」

「これだけ激しく動いても全然息が上がりませんからねー……まぁ武器は消耗しますが……」

 このステージは今までのステージとは部分的に処理が違うみたいで……こんな風に 参加者

が幾ら活動しても体力的な消耗が無い のも、その一環だね……いつまでも交戦し続けられる

「その使い振りからすると弾薬はまだまだありそうだな……そろそろ折れるナイフが出て来て

もおかしくないな……お前ならナイフの弱っている箇所を的確に撃ち兼ねん……」

 実際、表面に細かい傷が付いてたり刃こぼれが酷かったり……綺麗なナイフはもう無いかも

「それにしても殺し合わなきゃいけないのに全然殺意が感じられないというか……」

「本当に疲労が発生しないのか短時間激しく動き検証……気分転換になると思って付き合った

が、そんな事をする時点で俺もお前も殺気が薄れているよな……お前とはマユに《寄生》して


いた頃だけでなく、この姿になってからも仲良くさせてもらった……その服装で来てくれたの

は嬉しいが、やり辛くなるのを狙ったのなら……正解だ」

「最後だから着て来ただけですがねー……結構汚れてしまったのが残念……所々破れたし家に

帰って繕ってみようかな……そういえば作り過ぎた炒飯まだ残ってる……塩辛とムール貝の」

「おにぎりにして持って来てくれれば俺も食えそうだが……」

「絶対入れますよ……毒」

「お前の手料理が最後の晩餐になるのか……悪い話ではないが……そんな結果はお断りだな」

「このまま戦い続けるにはお互い戦意が損なわれ過ぎてますね……」

「じゃあ休憩するか……次はちゃんと殺し合わないとな……あぁ、そうだ。実を言うと残りの

弾丸が2発しか無いんだよ」

 一応警戒してた鶴木さんは妨害して来なかったね……銃弾が防弾ベストに当たっても衝撃は

あるから行動を乱して、あたしか鹿々身さんの決定打を手助けするチャンスが結構あったのに

ずっとそこの建物の2階から眺めてただけ……さて鹿々身さんに渡すものが2つあるので発言

「では、せっかくですので、これをどうぞ……これもサービスしておきます」

 あたしはさっき仕掛けてた爆弾の起爆スイッチを投げ渡し、マスターに次の内容を送信する

「あたしがこの先にある一帯で設置した爆弾の位置情報全てを鹿々身さんにも常に判るように

してください」


 了解の返信と同時に鹿々身さんに送信してたみたいで、すぐに鹿々身さんが少しだけ呟いた

「……やはりな」

「では鹿々身さん、また……おにぎりは持って来ませんので、あしからず……」


 8時間35分


 この辺りで比較的高い建物の中で屋上目指してるけど……外では一軒屋くらいの緑色ボディ

にピンク系の茶色い斑点が所々にある 本来の姿 の鶴木さんを鹿々身さんが乗っ取り中……

あたしが重い荷物と共に屋上まで来ると、まだ鶴木さんのマーカーが赤く点滅する段階だった

「玉宮か……その大きな袋には何を詰めて来た?」

「ちょっとナイフを大量に……あ、おにぎりはありませんが手榴弾なら結構持って来ました」

「そうか……こっちはそろそろ鶴木の体を乗っ取り終わるぞ」

 そんなエコーの入った鹿々身さんの声がする間も、冷たい水色の主張が結構ある緑色プラス

チックのような体全体には血管のような細かい筋が続々と広がってて何だか異様な雰囲気……

そろそろ鶴木さんが 死亡 する間際かな……何とか上手く行ったみたいだし、今の内に発言

「あたしの方は……」

 そう言いながらあたしは屋上の端部分まで進み……マーカーが赤で止まった瞬間、発言する


「作戦開始ですね」


 6時間50分 旧


「玉宮さん」

「あ、宵空さん……急にあたしの近くに現れたけど現在の宵空さんとは別だよね……つまり」

「私は《流浪》…… 強化 してる……解るんだね」

「どの時間から来たの?」

「開始から8時間35分49秒後」

「他の 能力 の半減は?」

「咄嗟に開始時間まで戻ったから……してない」

「あたしの 拠点 の位置は判る?」

「判ってるけど、まだ辿り着いた事無い……」

「とりあえずあたしは上書きされる前のあたしと同じ行動を取るから、この爆弾を設置しなが

ら話そう」

「うん」

 宵空さんのマーカーが2つになったけど、鹿々身さんは元々こっちに近付いて来てたし……


動向の注視を維持しつつ、このまま爆弾を設置しながら宵空さんが持って来た情報を聞くかな

「ステージ開始から8時間25分以降、眼鏡を掛けた人が……赤い髪の人に乗っ取られる」

「その時の鶴木さん……眼鏡を掛けた人はどんな様子だった?」

「8時間30分頃だけど、涼しい緑色で斑点模様のある体がどんどん分かれて周囲の建物を次々

と呑み込んで、それぞれ大きくなって……それに呑み込まれそうになったから、私はこうして

逃げて来た」

「鶴木さんが 本来の姿 に戻って……鹿々身さんが《寄生》で乗っ取った……? だけど」

「その頃、赤い髪の人のマーカーが2つだったよ」

「んー……ちょっとマスターに質問してみよう……口頭ってありかな? マスター、《寄生》

の対象が2つに分かれた場合、《寄生》中の 参加者 はどうなりますか?」

 すると足元で口の開閉を繰り返してた、 かみつき がマスターの代わりに喋り始めた……

「1つだった対象が物理的に分離しただけなら、その分かれた対象のいずれかに《寄生》して

る事になります」

「じゃあ、 他の参加者に《寄生》されている参加者が《分裂》を発動 した場合は……?」

「 《分裂》は参加者の現在の状態を複製する能力なので《寄生》中の参加者も対象 になり

ます。この時 《寄生》中の参加者の残存能力 が複製の対象となるかは ゲームマスターで

ある私 が判断しますが、余程の事が無い限り ゲーム内能力の複製 は了承しません」


「この先あたしが《流浪》で過去へ戻ろうとした場合ですが……既にこうして宵空さんが過去

に干渉してる為、それを更に干渉する事は出来ない……なんて事にはなりますか?」

「《操作》はまだ今回のステージで《流浪》で過去に戻ってないので、《流浪》で過去に移動

出来るし、そこからの上書きも可能な状況だね」

 ここでふと、あたしの頭の中にある疑問が浮かんだ……このままマスターに聞いちゃうかな

「例えばですが……あたしが《流浪》で過去に戻る際、宵空さんがあたしに《寄生》してたら

……あたしが過去に戻った際、宵空さんは、あたしの居た現在に取り残されますか?」

「 参加者に《寄生》中の参加者は参加者の着用物と同じ処理が適用される ので一緒に過去

へ移動する結果となります……発動した時間までなら 移動先の時間の《潜在》が死亡しても

《操作》が連れて来た《潜在》が生存してるので、その状態が上書き され、 付いて来た方

の《潜在》が死亡すれば《潜在》の死亡が確定 します」

「あ」

 ここで今まで黙ってた宵空さんが何かを思い出したような声を出し……やがて口を動かした

「私……《寄生》、 通常 で……まだ使ってない」

 思い付きで言ったんだけど実際に出来る事が判っちゃった……とりあえず、こう言っとこう

「ま、まぁ……開始から8時間35分49秒後になるまで宵空さんは 他の能力 使えないんだし

……まずはその時間まで各自行動しよっか」


 にしても宵空さん、真っ直ぐあたしに相談して来たなぁ……あたしも無警戒で応対したけど


 8時間5分 旧


「……疲れないな」

「お互い息が上がる気配ありませんねー……これでは消耗するのは武器だけです」

「そして互いに刃こぼれしたナイフで何時間も切り掛かり続ける……か」

「 制服 もすっかりボロボロに……皆で選んだ服があったの思い出しちゃった……朧月さん

がシャツを選んで、宵空さんがスカートを選んで、桂さんが……」

「デニムシャツ……だったな。鮮やか過ぎない程よい濃さの青紫色だった……」

「もう最後なんだし、あの服に着替えて来ようかなぁ……」

「じゃあ休憩するか……次はちゃんと殺し合わないとな……あぁ、そうだ。実を言うと残りの

弾が2発しか無いんだよ」

 場合によっては大きな隙が出来るからあたしも鹿々身さんも鶴木さんを警戒してたけど……

最後まで手出しして来なかったなぁ……とりあえず鹿々身さんにこれとこれを渡しとこうかな

「では、せっかくですので、これをどうぞ……それと、これはサービスです」

 さっき仕掛けてた爆弾の起爆スイッチを鹿々身さんに投げ渡し……マスターに次の文を送信


「あたしがこの先にある一帯で設置した爆弾の位置情報全てを鹿々身さんにも常に判るように

してください」

 了解の返信が来ると、すぐに鹿々身さんにも届いたみたいで鹿々身さんが呟くように言った

「……やはりな」

「では鹿々身さん、また……」

「1時間くらい前に宵空と何やら話をしていたが……」

「まぁ内容を教えるわけありませんよねー」

「だろうな……しかし宵空同士が連絡を取り合うには十分な時間が過ぎたな……」

 流石に二手に分かれてる宵空さんを無視出来ない鹿々身さんだけど会話はそれで終わり、あ

たしは《流浪》を発動し 拠点 へ移動……出掛けてる間、宵空さんは部屋に留まり続けてた


 8時間10分 旧


「似合ってるね」

「このスカート、大人しいようで結構主張もしてるよねー」

「落ち着いた色合いが好きなんだ……でも、ただ真っ黒じゃ……寂しいから」

「あ、そうそう……もう片方の宵空さんとは連絡取った?」


「この時間に移動して来た時、ここの私にメッセージ送信したってメッセージが来て……特に

話す事無いから、してない」

「そっか……この自然と出来る適度なしわ模様もいい感じだなー……」

 戻ったあたしは早速、例の服装に着替え宵空さんと会話……《流浪》は10分ほど使用不可能

「この炒飯おいしいよ。この黒い貝は何だろう……中身は違う色だけど」

「それムール貝。一度使ってみたかった食材で、他の具材として塩辛も入れたー」

「このフルーツジュースとよく合う……」

「残ってた果物全部入れただけだけどね……パイナップル無かったからマスターに都合しても

らったなぁ」

 食事を終え宵空さんと後片付けする内に《流浪》が再使用可能になったので手を繋いで待機

「あ、赤い髪の人が例の場所まで来た……そろそろだね」

「じゃあ近くの建物に一緒に移動しよう」

 宵空さんの後にあたしが発言し、あたしが《流浪》を発動……高みの見物で済めばいいけど


 8時間24分 旧


「貴様の勝利が喰らい尽くされ、敗北となる瞬間を!」


 移動した途端、鶴木さんのそんな叫び声が響いて来て……その方向を見ると柱のように伸び

た緑色の光の表面が大きな音と共に激しく泡立ち……やがて上部から弾け、濁った音が響いた

「わ」

 宵空さんが軽く驚いて声を出す中、淡い緑色の柱の中から濃い緑色の液体が大量に溢れ出し

……液体の落下がやけに遅いと思ってたら、煙のように柱と一緒に掻き消えた……少し経って

「貴様! 何処に居るのだ!」

 鶴木さんが 本来の姿 になった状況だけど……ここだと大声じゃ無いと聞き取れないなぁ

「我が……体内か! だが 参加者 が今の私の中に入っても吸収される筈では!?」

  本来の姿 に戻った鶴木さんの体表には不自然に変色した部分が葉脈や血管の分布のよう

にどんどん広がって行き……それが進む毎に鶴木さんのマーカーの点滅速度が早まってる……

「あの形、元からじゃなかったんだ……まるで体全体が何かに侵されて行くような光景……」

 宵空さんがそう言ってると鶴木さんのマーカーは完全に赤くなった……あたしは更に現場に

近い建物の屋上へ徒歩で移動し、宵空さんも付いて来て……あたしは鹿々身さんに声を掛けた

「 本来の姿 になって鶴木さんの身体を乗っ取ったんですね……」

「玉宮か……あぁ、ご明察だ。何やら宵空と悪巧みをしているようだが……」

「行き当たりばったり過ぎて企みとは言えない気が……鶴木さんは眠ってる感じでしょうか」

「いや、マーカーも位置情報の項目も消えている……完全に 死亡 したな……やっと 参加


者 を殺せたよ……もう1名 死亡 すればゲーム終了条件を満たすが……それを考えるのは

この体でどこまでやれるか試してからだな……」

 鹿々身さんがエコーの掛かった声でそう言うと、鹿々身さんの体が両側から引き千切られる

ように変形し始め……中央部分が音も無く裂けて行ったかと思うや2つに分かれ……元の体積

より小さくなった事を除けば全体の形状、変色部分の分布、向き……完全に 複製 されてる

「分かれた体は……ほぉ、個別に行動出来るのか……離れてはいるが体の一部を動かしている

ような感覚だ」

 どっちかの鹿々身さんがそう発言……あたしは何気無い感じを装って、こう聞いてみた……

「そこから更に同じ事が出来たりしません?」

「そうだな……こっちで試してみるか」

 鹿々身さんがそう答えるや、もう片方の鹿々身さんが同じ挙動と結果で分かれ、3体に……

このまま増え続け動作が遅くなってけば回数制限がある事になるけど……そうじゃ無かったら

「統合も出来ると書いてあったな」

 鹿々身さんの声が聞こえるや、既に分かれた鹿々身さんたちが水滴同士が合わさるような速

さと動作でくっ付いて……元の大きさと言うには幾らか小さくなり、統合した勢いで左右に揺

れてる……位置情報では鹿々身さんを示す赤いマーカーが3つから2つになった……ひとまず

「他には何が出来ますか?」


「あとは実際にその身で確かめてくれ……では行くぞ」

 これ以上は時間稼ぎさせてもらえ無いか……今はステージ開始から8時間28分……宵空さん

が 能力 を使用可能になるまで8分切ったけど、まだ結構ある……だったらこう叫ぼう……

「宵空さん! まずは一緒に行動しながら様子を見よう!」

「うん」

 あたしは《流浪》でやや離れた宵空さんの隣に移動すると一緒に走り出した……しばらくは

屋根から屋根へ跳び移れる建物が続いてる……今の内に宵空さんにこの事を確認しておくかな

「宵空さん」

「ん?」

「もしもこの先協力して……鹿々身さんを倒す事が出来たら……」

「 参加者 が残り2名になって…… ゲーム終了 ……だよね」

 さてどうしよう……直接聞くかどうか……あ、話題を変えたと見せて、こう切り出せば……

「宵空さんは……誰かの 命 を奪ってでも叶えたい 願い って……ある?」

「だったら叶わなくてもいいかなー」

「そう言うあたしも 願い とか深く考えず 参加 したんだよなぁ……まだ思い付かない」

 じゃあ大丈夫かな……その後は無言で走り続けてたけど、ここであたしが不意に声を掛けた

「宵空さん」


「うん」

「《寄生》が使えるようになったら、その瞬間あたしに《寄生》していいから」

「わかった」

 その時はその時って事で……上手い具合に跳び移れる建物が続く流れも……流石にここまで


 8時間34分2秒 旧


「鬼が次々と増える鬼ごっこか……鬼の側でよかったよ」

 鹿々身さんの声が響いたけど……あれから鹿々身さんの位置マーカーは形状にも対応するよ

うになり、どこにどれだけ分布してるか判るから、待ち伏せされてても気付ける……とはいえ

「この先にある赤いマーカー……大きい」

 だからこそ、この一帯が取り囲まれ逃げ道が塞がれてて、ここから先のめぼしい足場は潰さ

れてるであろう事も判る……この先にいる鹿々身さんは、さっきみたいに増える事が出来て、

それらが個別に行動し、他の鹿々身さんのように建物を喰らい肥大化もする……さて、ここで

「あそこに移動するしか……無いかな」

「じゃあ《流浪》を使うから、手を……」

 宵空さんの後にあたしがそう言って、一旦立ち止まり宵空さんと手を繋ぎ……宵空さんを巻


き込んでる間にマスターにメッセージを送信し了承が来る……そして《流浪》を発動した直後

「まぁ、読まれているよな……」

 あたしたちが着地しそうだった平たい屋根の家を上から被さるように襲いながら鹿々身さん

はそう発言……露骨にここだけ残ってたからね……距離は抑えたけど、その様子が判るくらい

上空までは移動した……時間はあと17秒……さっきマスターに送ったメッセージの内容だけど

「宵空さんがあたしに《寄生》した瞬間、次の内容で《流浪》を発動させて下さい。移動先は

このステージ開始から0秒時で半減指定は無し、発動時の慣性は全て引継がず直立状態であた

しの 拠点 内の居間へ移動……発動終了後の位置は直前であたしに尋ねて来る……そして今

だけ、あたしと宵空さんが鹿々身さんのどれかに触れても、ある程度の時間は取り込まれない

猶予をお願い出来ますか?」

 返信は簡潔だったから、この通りになる……あたしは宵空さんを上に突き放しながら叫んだ

「宵空さん! あたしが先に鹿々身さんの中に飛び込む……手を伸ばしてるから《寄生》はそ

こにして!」

「わかった。こっちはあと5秒……」

 宵空さんがそう言って遠のいて行くのを確認……振り返るまでもなく地面である鹿々身さん

が迫ってる状況……このまま体勢を維持して鹿々身さんの中へ背中から飛び込もう……程なく

視界が緑色に覆われ向こう側がまるで見えなくなり……水中くらいの負荷で体を動かせたので


手を伸ばす……空気の感触は手首まであるから、あとは宵空さんが……そう思ってた次の瞬間


 0時間0分0秒


「……まー、戻るならここからですよねー」

 これで通算3回目なのであたしの姿を見るなり過去のあたしは平然とした様子でそう言った

「上手くいったみたいだね」

 頭の中に宵空さんの声が響いた……ちゃんとあたしに《寄生》して付いて来てる……でも、

あの状況って……過去のあたしへの説明はちょっと後回し……あたしは宵空さんに話し掛けた

「ところで宵空さん」

「ん?」

「あの状況……あたしを見捨てて《流浪》で遠くへ移動してれば 参加者 2名になって……

鹿々身さんを説得出来てれば、それで ゲーム終了 だったんだけど……」

 声しか聞こえないけど、宵空さんは特に残念がる様子も無く普段通りの口調で、こう言った

「んー……でも玉宮さんを見捨てるのは……さ」


 0時間10分


「汗だくになるくらいの運動はしたから……やっぱり入る事にしてよかったです」

「宣伝動画で見た事はあったけど……これが温泉かぁ」

「でも、ここ教室のド真ん中……」

「この半分欠けた教室は見晴らし抜群だったし……風景と一緒に使い回してみた」

「ありがとう。《寄生》中なのに外に出られるようにしてくれて……」

「その代わり、このオブジェクトを出現させてる間は必要に応じて乗っ取るけどね」

 あたし、過去のあたし、宵空さん、マスターがそれぞれ好き勝手に発言してる……さっきあ

たしがお風呂に入りたいって言ったらマスターが急遽、宵空さんも入れるようにと宵空さんと

同じ姿を作成……髪が白くて服は妖精とかが着てそうな感じのを濃い青にしたのだけどね……

周囲の景色はゲームの舞台となったこの街の初期状態と同じもので、太陽は見当たらないけど

日中くらいの明るさ……この教室は ステージ3あかつき の最後にブロックノイズで描画さ

れるように現れた教室と同じで、それを 有明高校 の遥か上空に浮かべて、机と椅子を取り

払って真ん中に温泉を設置し、温泉の成分にも拘ったそうだけど地上を見下ろす事になるから

何だか爽快かも……こんな空間を瞬く間に生成して家のお風呂場と繋げたんだから驚きだなぁ

「つまり……鹿々身さんが鶴木さんの 本来の姿 を 本来の能力の《寄生》 で《寄生》し

て、手に負えない状況になるんですね」

「建物取り込む度に大きくなってたよ、アレ……」


「建物全部取り込んだらフィールド全体が鹿々身さんになるのでは……」

「触れたものをすぐ呑み込んだし、分割だけでなく統合も出来るし、その動きが速くて……」

「そんな状態になる前に仕留めるのが一番ですかね……」

「あたしも 本来の姿 に戻るしか無いのかなー……」

「宵空さんの 本体の姿の能力 だと……何とかなりそう?」

「あー、ごめん。役に立てないや……」

「そういえば未来のあたし、このステージになってから 能力 使いました?」

「今回のステージどころか《流浪》を除けば、まだ何も消費してませんねー」

「じゃあ《潜在》が1回、《寄生》が3回、《操作》が1回で全部残ったまま……となると」

「《寄生》は 入り込み と 脱出 の1セットで2回消費なので、実質的にあと1回です」

 露天風呂と言えなくも無いこの空間で作戦会議が始まる中、最後にマスターが宵空さんの体

でそう喋った……簡単な質問や確認程度なら答えてくれるみたいだし……これを聞いておこう

「あのマスター……この状況で過去のあたしが、あたしに《寄生》する事って出来ますか?」

「その上で更に他の 参加者 が《寄生》する事も問題なく可能です」

「弾かれるとか、無いんだ……」

「 参加者 に《寄生》した場合どこまで宿主の意識を乗っ取れるかは状況次第で私が判断す

るので、どちらが宿主の意識を乗っ取る主導権を握るかという問題になるけど…… 宿主であ


る参加者自身が《寄生》されていると気付けば乗っ取りが難しくなります 」

「気付かれるどころか、あたしの方から《寄生》をお願いするんですけど……開始から6時間

経過すれば位置情報であたしが2人いるのバレるから、その前に《寄生》しといてください」

「そうなると未来のあたしの《流浪》の発動が終わるまで、あたしと宵空さんヒマですねー」

「大丈夫。退屈しないよう遊戯施設満載の空間にいるようにするから」

「あたしの体の中が……大変な事に……」

「……色々出来るんだね」

 白髪の宵空さんがマスターの声で喋ったり、あたしと過去のあたしが喋ったり……傍から見

なくてもややこしい光景だけど、ちゃんとした作戦会議になってるから更に話を進めて行った


 0時間55分


「この塩辛ならムール貝と合いそう……と、いうわけで炒飯作りました!」

「過去のあたしが炒飯作るの判ってたから……あたしは前から使ってみたかったアンチョビで

クリームチーズパスタ!」

「残ってた果物全部使ったけど、あっさり系しか無かったから新たに補充出来たパイナップル

も入れてフルーツジュース作っちゃった!」


「その横でマスターにお願いして取り寄せたアボカドと大分残ってたバジルで……ヨーグルト

シェイク作ってみました!」

「炒飯だけでも結構あるけど……食べ切れるかな」

 お風呂から上がって、あたしと過去のあたしが料理を作り食卓まで運んだ状況……宵空さん

の体はこの 拠点 から一度でも出るか開始から6時間経過するまで使っていいってマスター

が言ってたから一緒に食事するなら今の内……外出可能になるのは開始から3時間以降で、そ

の時間から銃や手榴弾などの武器が購入出来る通販サイトも利用不可になる……さて食べよう

「違う服になってたけど……これ、何?」

「さっきの妖精服にマントと先の尖った帽子を加え紫色に……マントの裏地は赤系で服のデザ

インは若干変更してる……全体の所々に金色の縁取りとか入れてソーサラー感を狙ってみた」

「帽子や手袋の甲とかには大きな赤い宝石を割り当てて金色部分で囲ってますねー……うん、

バジルの香りの主張が抑え気味で舌触りがまろやかになってる!」

「髪が白いから強めの紫色がいい感じに際立ってる……炒飯のパラ付き加減、上手くいった」

 お風呂に入る前、着てた服を洗濯し更に新品レベルまで修復が出来るとマスターに言われた

けど……汚れを落とすだけに留める事にして過去のあたしも同じ注文……あたしは皆が選んで

くれた服で、過去のあたしが 有明高校の制服 ……違う服に着替えたのは宵空さんだけだね

「ねぇ、宵空さん」


「ん?」

 落ち着いた状況だし宵空さんに、この事を聞いてこおこう……あたしはただ、こう発言した

「何で……協力してくれたのかなって」

「んー……戦わずに逃げ切れるなら、それに越した事ないし……それに……」

 そこまで言うと宵空さんは黙り、フォークに絡めてたパスタを何度か回して……こう続けた

「玉宮さんなら……大丈夫かなって」

「えーと……」

「理由、これだけじゃ……ダメ?」

 困惑するあたしの顔を不思議がるように覗き込みながら宵空さんがそう言ったので、あたし

はどう返したものかと戸惑って……そんな様子を見てた過去のあたしまで困った顔で発言する

「とりあえず、作戦をもっと練りましょうか……」

 その後は気になる事があるとマスターに質問する感じで会議が続き……宵空さんは協力姿勢

を崩さなかったけど 宵空さんが本来の姿に戻る案 になる度に濁った口調で難色を示してた


 1時間25分


「あ、そうだ……メッセージ行ってるとは思うけど……ちょっと連絡。通話内容……聞く?」


 作戦の方向性も大分固まって来たけど……ここで少し沈黙が続いたのを見て宵空さんが通信

機器を取り出し過去の宵空さんと通話したいと言ってきて……そのままやり取りを聞く流れに

「もしもし?」

「あれ? この声……」

「何か色々よくして貰えて……こうしてる」

「あー……」

「戻る前の時間の玉宮さんに《寄生》してるからそっちがダメでも私の方が無事なら 死亡 

にはならないって」

「何かする事……ある?」

「とりあえずステージ開始から8時間25分以降は赤い髪の人と緑の髪の人がいる所には近付か

ない……だから離れた位置を散策する感じで……」

「あれ、待って」

 あたしが連れて来た宵空さんとこの時間の宵空さんが会話するのを見て……疑問が浮かんだ

「マスター……《流浪》で過去へ移動した場合は最終的に、移動して来た 参加者 の情報に

上書きされるんですよね?」

「そうです」

 だから今回の場合、あたしに《寄生》中の宵空さんの情報が上書きされるんだろうけど……


宵空さん自身が《流浪》を使ったわけじゃないので今あたしが発言する通りの問題がある事に

「過去のあたしは、あたしが《流浪》を発動した開始から8時間38分26秒後に上書きされて、

あたしと統合されるわけですが今回の宵空さんの場合……いつ統合される事になりますか?」

「あ」

「ずっと残る可能性も……ありそう」

 あたしの発言に宵空さんと通話中の宵空さんが反応したけど、すぐにマスターの返答が来た

「現在の処理のままだと外出可能となる開始3時間以降に、《操作》に《寄生》した《潜在》

の状態を上書きするので、今通話してる《潜在》は《操作》が連れて来た《潜在》に統合され

ます……通話中の《潜在》が 拠点 から出るまでの猶予は持たせるけど」

「と、いう事は開始から6時間経過すると位置情報に宵空さんが表示されてないので、鹿々身

さんに怪しまれますね……」

「現状では《操作》のマーカーに《寄生》中の《潜在》のマーカーが重なって表示され、位置

情報項目が増える事になります」

「んー……あたしだけ表示というわけにはいかないか……その表示を消す事は可能ですか?」

「ペナルティーを支払えば検討します……自分に《寄生》してる 参加者 の位置情報を消せ

る程の内容と同等以上のものを差し出す事になります」

「あたしが 弱化 してる《潜在》を宵空さんに掛ける……みたいな事は出来ますか?」


「その場合は6時間の《潜在》の位置情報の非表示が可能です」

「でもこの時間の宵空さんが開始から6時間以降も活動してる状況も欲しいんだよなー……」

「じゃあ玉宮さんが危なくなっても私は 脱出 出来ない……というのは?」

「 《寄生》との交戦が完全に終わるまで一切の脱出不可 ……であれば承諾します」

「なんだか凄い話に……」

「通話一旦終了しようか……作戦会議が終わったらまた連絡するね」

 蚊帳の外になってきた通話中の宵空さんにあたしはそう返し、作戦会議を再開する事にした


 1時間40分


「過去のあたしが、あたしに《寄生》するのはいいとして……」

「あたしと違って未来のあたしは 能力 が使えない状態なのが問題で、しかも……」

 6時間後には鹿々身さんと交戦……前回は交戦後《流浪》でこの 拠点 に帰還してた……

でも今回は《流浪》が使えない……更に問題なのが……ここであたしは溜め息を吐き、呟いた

「やっぱり、この場所から現場へは……遠過ぎますね」

 徒歩で移動すれば片道どころか半分も行かない内に、鶴木さんが鹿々身さんに乗っ取られる

時間になる……位置が公開されてるから近くに潜むわけにもいかない……これを解決しないと


「じゃあさ」

 本格的に思考を巡らせようとした瞬間、唐突に宵空さんの声が響き……こんな発言が続いた

「この家を……その場所の近くに移動させるって……出来ない?」

 だ、大胆な発想だなー……さてどれ程のペナルティーが課されるのやら……マスターが発言

「外出可能となる開始3時間以降に全員がこの 拠点 から出て1時間のペナルティーを支払

えば、この家屋と中のもの全てをその場所まで移動出来る事にします……全員が外に出た段階

で一斉に1時間拘束して、その間にこの建物を移動させる処理になる感じ」

「となるとステージ開始から4時間後に行動する事になりますね……」

 それなら前回通り行動しても足りるし作戦の為のペナルティーとは別口……宵空さんが発言

「あの周辺って誰も近付いてなかったから、少し離れた所に引越しさせれば気付かないかな」

「開始3時間直前に過去のあたしがあたしに《寄生》する案は使える……ペナルティーが作戦

に支障が無い範囲かどうかも確認したいかな……」

「マスター。《寄生》してる間のあたしと宵空さんの位置情報の非表示と、例の時間までこの

時間の宵空さんを統合し無い処理を実現する為に支払うペナルティーは……どれくらいに?」

「《流浪》を発動した《操作》とこの時間の《操作》の《潜在》を消費扱いにし、《寄生》と

の戦闘を完全に終えるまで《潜在》の 脱出 を使用不可にし、 この時間の《潜在》の死亡

も《操作》が連れて来た《潜在》の死亡として即時適用される ……これらのペナルティーを


支払うなら、それらの処理を実行するよ」

「まー……それくらい支払って然るべし、ですよね……宵空さんは、これでいい?」

「うん、文句無し……これなら通話じゃなくてメッセージでいいね」

 最後に宵空さんがそう言うと通信機器を取り出し……送信すると、その内容を見せてくれた

「そっちが死ぬと私も死ぬ事になったけど……2人に近付き過ぎないように散策する事に変わ

り無いね……散策してる間は特に何も起きなかったし」

 宵空さんは 各参加者 から距離を取る事に専念してたね……すぐに通信機器に返信が来た

「了解」

 これで作戦会議は終われそう……さっきの内容も結構問題だったけど宵空さんの一言で解決

したのが大きかった……さて今の内に武器を色々買い込んじゃうか……このステージだと注文

した途端、品物がすぐ傍に出現するから、通販じゃなくて自動販売機を利用してる気分になる


 8時間20分


「おかえり……と出迎えたいけど」

「あたしに《寄生》してるから出来ないよねー」

 鹿々身さんとの交戦を終え、そこから徒歩数分くらいの場所に不自然さを放つ事無く移転し


てた 拠点 へ入り玄関の戸を閉めるや、あたしに《寄生》してる宵空さんの声が頭の中で響

いたので軽く返事……鹿々身さんと鶴木さんの交戦開始時間を10分遅らせ、あたしの《流浪》

の発動が終わるまでの時間を稼いだけど……これで前回通りの展開にならなければ作戦は破綻

……そんな懸念を抱きつつあたしは位置情報の動向を宵空さんと過去のあたしと共に注視した

「鹿々身さんと鶴木さんの交戦は……始まったみたいですね」

「ここから鹿々身さんが前回通りの時間経過で 本来の姿 になって、鶴木さんに《寄生》す

るのかどうか……爆弾の設置場所は前回と同じにしたけど……」

「このステージ私たちしかいないし……思わぬ出来事とか、無いかも」

「そうだったらいいんだけどねー……」

 今のところ鹿々身さんと鶴木さんの行動は前回と同じ……たくさん購入してたら付いてきた

少しは丈夫そうな大きな袋にナイフや手榴弾を大量に詰め込み……それを背負って少し歩き、

動きの鈍り具合がまぁ許容範囲なのを確認したので、出発……現場に向かいながら会話もした

「そういえば何して過ごしてたんですか?」

「ゲームセンターの中にいる事になって最初にコインを幾らか支給されたのですが……」

「クレーンゲームを数回やったら玉宮さんがコイン入れる度に景品を取るようになって……」

「景品がコインと交換出来るからコインが減る度に取りに行って……最終的にクレーンの中が

空になりましたねー」


「そのおかげでシューティング……だっけ? いつも画面に弾がいっぱいあって綺麗なゲーム

がコンティニューし放題で……協力プレイした後は格闘ゲームで対戦したね」

「コマンドが正確に入力出来ても、どう動かすかまでは定まらなくて……結構宵空さんに負か

されてたなー」

「コマンド間違って入力した直後に勝った時はビックリした……」

「シューティングも格ゲーも結構プレイしてたなぁ……その後はエイリアン叩くゲームへと」

「疲れが来ないから、いつまでも出来て……玉宮さんがクレーンゲームの残りを取りに行って

る間、私も結構やってた」

「今は何してますか?」

 最初と最後だけあたしの発言だけど、すっごく活き活き喋ってるから余程楽しく過ごせたん

だね……さてこの道を曲がれば現場も近い……屋上に出られる高めの建物も見付けといた……

「玉宮さんと観覧車に乗ってる」

「待機しようと向かい合わせで椅子に座ってたらマスターが急遽作った 簡単遊園地 に移動

させられて……」

「真っ暗な空間に観覧車とメリーゴーラウンドしか無い所でしたが……」

「メリーゴーラウンドの中央に観覧車があるからって馬全てが観覧車全体より大きい上に何か

微妙に顔付きがパーツの位置含め不細工で、塗装というか化粧に失敗してる感が凄くて……」


「居眠りから覚めたように目を見開いてた馬いたなー……口からよだれ垂らしてる部分をわざ

わざ盛った造形で……どの馬も全身が何かぼんやり光ってた……それが規則正しく上下に動く

のが、何か……」

「軽く想像してみたけど……興味湧いてきちゃった」

「音楽も流せるって言われたけど、さっきまで賑やかだったしと流さないまま過ごしてるから

観覧車が動く際の軋む音しか聞こえない空間に今も……あ、記憶も未来のあたしの内容に上書

きされるから宵空さんの記憶は残って、あたしは残らない事になるけど……これらゲーセンと

観覧車での記憶は未来のあたしにも入るってマスターが言ってましたよ」

「ありがたいけど鹿々身さんを相手にしてる時、思い出し笑いしちゃったりして……」

「見事な作戦会議だったからと、少しだけおまけして貰えたのもいいよね」

「その作戦がいよいよ……始まる」

 高めの建物の中へ入り屋上へ続く階段を上りながらそんな会話……黙々と上るようになって

も階段は続き、やがて爆発音が聞こえたけど、この音は設置した爆弾の方で……次に聞こえた

爆発音は、覚えてる……これが鶴木さんが 本来の姿 になる時の音……少し経つと鶴木さん

を示す緑色のマーカーが赤く点滅し始め……前回通りの展開だね……屋上への扉が見えて来た


 8時間36分


「あたしの方は……作戦開始ですね」

 次の瞬間あたしに《寄生》してた方のあたしが 脱出 し、そのまま屋上の端へと走り出す

「《分裂》……いや、服装が違うな……」

 鹿々身さんがエコーの掛かった声でそう呟く間に、飛び出した方のあたしは建物に入る前に

見繕ってた強度を保ってそうな大きなコンクリート片が見下ろせる場所まで辿り着くと手を伸

ばし、 能力 《操作》を発動……程なく地上から急速に放物線を描きながら動かされたであ

ろうその破片があたしの目の前に落下して来て、着地手前の高さで停止……あたしがその上に

袋を載せ座ったのに続き、屋上の端にいた方のあたしが走り込んで来て瓦礫に飛び乗ると4人

くらい乗れそうなコンクリート片を一気に浮上させる……あたしが発動中の《流浪》が終わる

まで、あと72秒……空かさず次の行動へと移る中、鹿々身さんが呟くような調子でこう言った

「それは《操作》だな……さて、何を……」

 あたしは手早く袋を解き、袋の上部に50個詰めてた手榴弾を取り出してはピンを抜き、正確

に狙うには高空だけど鹿々身さん周囲の建物の窓ガラスに当たるよう投げ続け、手榴弾を全て

投げ尽くし下部にあるナイフ3ダースが見えた頃は残り33秒……一気に中身を出そうと袋を持

ち上げようとするのを見て、隣にいる方のあたしが《操作》を解除し 能力使い切り状態 に

なった瞬間、その体の周囲にピンク色の霧が発生し、濃くなるに連れ拡大して行き……投げた

手榴弾の1つが爆発し、その音に合わせるかのようにピンク色の煙は一斉に掻き消え……露わ


になった あたしの本来の姿 が宙に浮いていた……あたしはコンクリート片と一緒に落下中

だけど、自分の姿だから見なくても分かる……黄色をかなり暗くした感じの地味な単色マント

で全体を覆ってるけど綻びだらけで大穴も結構……ボディは肌色の二重関節人形が墨でも吸い

込んで更に灰色に濁ればこの色になりそう……ボディの先には大きな3本の腕が正三角形を描

くように生えてて大振りな手の指は6本あって関節の数がヒトの比じゃ無いから、この腕一本

だけでも相当器用な事が可能……親指みたいな便利な指が2本ある感じで指の先端は尖ってて

関節が多いから蛇腹装甲感出てる……3本の腕の根元が描く正三角形の中央には円形に開いた

口の奥まで夥しく牙が並んだようなレリーフ……体の構造をイカやタコと同じと考えればあの

大きめで濁った灰色の球体部分が眼球なのかな……あの姿だと視野が全方位だし……胴体部分

は植物のゼンマイのように何度も丸く巻かれた形状で、関節が設けられてないから一切動かせ

なくて、その部分から被せるように地味マント羽織ってる……腕の部分しか出てないけど自我

みたいなの得た時から着てるマントだからか視界が遮蔽されない……他の何かが覆えば塞がれ

るけど……この球体には穴が開いてて、そこに胴体と腕を繋ぐ部分を通す事でボディを一体化

……そんな あたしの本来の姿 は人間で言うところの 人形 で、どこまで精巧に再現され

ててデフォルメの有無があるかは判らないし、自らとは違う種族を象ってる可能性だって……

少なくとも、この造形が出来るくらいの文明力を誇る種族がいる事にはなるけど……あたしが

物心と言えそうなのが付いたのはゴミ捨て場みたいな所に放り出されて大分経ってからだった


から何も分からないのが実情……袋を掴んだあたしは水でも流し込むかのように大量のナイフ

をばら撒きながら 本来の姿になった方のあたしの能力 により浮上して行く……会議中マス

ターに聞いたら あたしの本来の姿は人間より幾分か大きい と言ってたけど、こうして球体

部分のある場所まで運んでもらいマント越しに座ってみると、直径は大きなバランスボールを

余裕で包めるくらいかな……あたしが過去へ移動する為に使った《流浪》の発動もあと25秒で

終わる……その時はあたしの方の状態で上書きされるから 本来の姿 になった方のあたしは

消え、あたしと《寄生》中の宵空さんが残って、今も遠くで活動してる方の宵空さんが消える

……その瞬間に何か出来ないか模索しようと作戦会議中にマスターに尋ねた時の事なんだけど

「マスター、過去のあたしが 本来の姿 になってあたしの《流浪》の発動が終了した時です

が……その際は過去のあたしが完全に消滅するまでの時間はどれくらいですか?」

「終了と同時だけど……頑張って作戦立ててるから、その際は1分の活動猶予がある事にしま

す。これ以上の活動猶予が欲しい場合はペナルティーを支払ってください」

 だから残り時間と合わせてあと85秒は 本来の姿の能力 が使える……投げた手榴弾が順調

に爆発して行き目当てのガラス片も増え、空中には鋭利なナイフが大量に散乱……ゲーム内の

《操作》は1回発動して解除すれば終わり…… 本来の《操作》の能力 は出来る事と視界で

捉えた物体を対象に選べるのが共通だけど、 使用回数と対象に出来る数に制限は無い ……

だからこうして大量の刃物が密集してる状況なら、その全てを 操れる ……いよいよ大詰め


「それが……」

 お前の 本来の姿 か……と鹿々身さんの言葉が続くんだろうけど、言い終わるのを待って

るヒマ何て無い…… 操作 された1本のナイフに注目すると猛スピードを維持したまま今や

青緑色の鹿々身さんの体の表面を横断するように切り裂き位置を少しズラし、また同じような

動作……別のナイフは一直線に突き刺し反対側から飛び出て位置を微変更の繰り返し……つま

り鹿々身さんの体を切り裂くか突き刺すかのどちらかになるようにナイフを1本ずつ 操り 

切れ味ありそうなガラス片を捉えては加勢させる……鹿々身さんを比喩では無く、粉微塵にな

るまで切り刻み続ける為に……最初はナイフ同士がぶつかったりしてたけど、動かしながら考

える内にその辺がしっかり制御出来るようになったから更に速度が上がったね……3ダースの

ナイフと新たに発生した破片を合わせ、のべ2桁後半の数を個別に動かしてるわけだけど……

1つ1つの動きは単純で繰り返しだから、もっと増えても支障無し……あの青緑が濁るように

変色した体の中の何処かに、鹿々身さんの 本来の姿 がある……最初に追い掛けられた時に

間近で見たら何だか細かい筋のようなものが複雑に張り巡らされ、それらが表面まで及んでる

部分は浮き上がってる感じだった……そんな根や血管とも言えそうなものを伸ばしている本体

が、何処かにある…… 鶴木さんの本来の姿 はきれいな青緑色だったけど元々透明度が低く

その内部が何かに覆われ色も暗く濁った今、中の様子は見えないも同然……だから周囲の肉を

全て削ぎ落として本体を露わにし、傷を負い弱ってるであろう鹿々身さんにトドメを刺す……


それが今回の作戦……あたしは持って来た双眼鏡で鹿々身さんの 本来の姿 が飛び出さない

か観察し 本来の姿になった方のあたし は時間が許す限り、鹿々身さんを満遍なく切り刻む

……各動作は1秒間に何回か往復出来る速度だから吸収されずに深く切り裂いたり分断したり

穿ったり出来てる……もう全体的なパターンが確立されたから更に加速して往復回数が1回増

えたね……ここまでで20秒経過して残り時間は65秒……この時間中に決めたいけど、それでも

ダメだったらあたしが 本来の姿 に戻って攻撃を引き継ぐ……《操作》と《寄生》が残って

るから、《操作》で手頃な瓦礫を引き寄せ、それに《寄生》して 脱出 すれば 本来の姿 

で飛び出す事が出来るのは確認済み……ナイフとガラス片を使い充分な速さで切り刻み続けて

るけど切れ味がいいから音は出ない……はずなんだけどマスターが気合の入った効果音を付け

てて、それにエコーが掛かる状況だから辺りに疾走感のある高い音が怒涛の勢いで響き続け、

余韻を聞き取るヒマも無く次の効果音が来る……その効果音の間隔が残り43秒になるや更に早

まり、一連の動作を加速させる余地はまだあるね……あたしの《流浪》の発動が終了したら、

この周辺を指定するけど、そうなる前に鹿々身さんの 本来の姿 を炙り出す……何としても


 8時間40分


「消える前に地上まであたしを運んでもらって保留してた移動先はそこにした……でも」


 時間が来てしまったのに鹿々身さんはまだ 生存 してて、 本来の姿 も発見出来てない

……粉微塵とまではいかないけど、二階建ての一軒屋を複数は包めるくらいだったあのサイズ

が今では小石並に小さい肉片がほとんどで、大きいものでも手の平に何個か載る程度までは刻

めた……座標によれば近くに鹿々身さんの 本来の姿 が転がってるはず……地中に潜んでる

可能性もあるし奇襲に備え 本来の姿 になっとくかな……すぐ近くの手頃なコンクリート片

に狙いを定め、あたしは手を伸ばす……ここは頭上に来るように……次の瞬間、あたしは呟く

「 能力 が……発動、しない……?」

 あたしは《操作》を使って無いからまだ残ってるし メニュー画面 で《潜在》と《操作》

の表示を見比べても《操作》は使用可能な表示……なのに発動しない……ここは冷静に辺りを

見渡そう……あたしたちがマスターと交渉してサポートを得たように鹿々身さんも何か仕掛け

てる可能性だってある……その一環であたしの 能力 の発動が封じられてるとか……そう考

えてたら急に景色が変わり、少し遠くの方に引き寄せられたのが解った途端……声が聞こえた

「おわったんだね」

「随分と遠回りで大掛かりな作戦をしていたんだな……しかしこれが鶴木の場合、破片を集め

れば元通りの大きさで復活していたのか……」

 宵空さんと鹿々身さんの声が聞こえ、素早く辺りを見渡すと宵空さんが隣にいる事が判った

けど、 鹿々身さんの本来の姿 は見当たらないまま……宵空さんの髪が黒くて服装も 有明


高校の制服 だから鹿々身さんとの交戦は完全に終了した状況……マスターを信じてみるかな

「鹿々身さん……近くにいるんですか?」

 あたしがそう言うと、すぐに鹿々身さんの声が返って来たけど……エコーが消えてる……?

「あぁ、目の前にいるぞ」

 早速あたしは地面を思いっ切り踏み付けてみた……さっきまではこれでエコーが掛かったの

に大きめで短い音はすぐさま地面に吸収され、響いたとは言えない……エコー処理が無くなっ

てる事が確認出来たね……見渡した周囲で夥しく散らばる肉片の中には青緑色の他に模様部分

のピンクっぽい茶色や水色の肉片も多々あったけど、鶴木さん以外の何かと思えるものは本当

に見当たらない……目に映る空間と地面を何度も確認してる内に、鹿々身さんの声が聞こえた

「さっき胴体を真っ二つにされた時点で 死亡 だったんだが、こうして会話する猶予が欲し

いか ゲームマスター が持ち掛けて来たのは有難い……相変わらず確認の仕方が乱暴だな」

 その声を手掛かりに鹿々身さんを探してると宵空さんが手を伸ばしながら、こう呟き始めた

「もしかして……あれ、かな……?」

 その人差し指の先には赤い糸くずのようなものが多少散らばってて比較的目を引くのが……

「このシジミ2つが転がったような真っ赤なものが 鹿々身さんの本来の姿 、なの……?」

 あたしは半信半疑どころか確証が持てない声でそう言った……すぐに鹿々身さんが発言する

「外気に触れた時点で俺の 死亡 は確定していたんだがな……その直後、更に両断された」


「もしかして、空気に触れただけで……死んでしまう?」

 宵空さんがそう言ったけど……真っ二つになった鹿々身さんを繋ぎ合わせた姿を説明しよう

にも……感覚器が一切見当たらない湿った光沢を放つその一様な体は ナメクジの切れ端 と

しか言いようが無くて、色自体は 赤いトゲ を撃って来た 赤い心臓 の痛烈な鮮やかさに

も負けないくらい真っ赤だけど、小粒のシジミ2つ分止まりの体の存在感が余りにも心許ない

「そうだ…… 本来の俺 は生物の体内でしか生きられない……寄生した宿主の体中に根のよ

うなものを張り巡らせ、全身の神経を侵食する事で宿主の体を乗っ取り……その根から宿主の

摂った栄養と宿主自体を養分に出来る……そして宿主が干からびる前に次の宿主を探す……」

 鹿々身さんが喋り始めたけど、辛い出来事を思い出しながら語るような口調が何か物悲しい

「すごく、一方的だね」

「だから俺は《寄生》だ……このゲーム内では苦痛などの宿主への負担が一切発生しなかった

が、実際は宿主に激痛を与えながら養分を奪い続ける……これを 宿主の生命力を吸収する 

と解釈されたみたいだな……痛覚を部分的に乗っ取れば宿主に気付かれずに寄生する事も出来

たぞ……養分の搾取量を抑え宿主の死を先延ばしにする事も、な……」

 宵空さんが一言呟くや鹿々身さんがそう発言したけど……語り口調から漂う雰囲気は何かを

強く後悔してるかのようで……それを思い出してるのか少し沈黙が入り……やがて発言を再開

「……つまり俺に寄生された生物は一方的に俺に殺されて行くだけだ……生まれた頃からそう


する他、選択肢が無い……根の周囲の組織は次第に腫れ上がって行くが、体表間際なら隆起し

て奇妙な模様を描く結果となる為、外見も恐ろしいものになりがちだ……何かの集落や群れの

誰かに俺が入り込めば伝染病の類に見えるだろうな……」

「次の宿主が見付からない時は……どうなるの?」

「養分の供給が途絶えれば死ぬだけだ……ゲームに誘われた時はかなり困窮していたな……」

 鹿々身さんと宵空さんの会話を眺めてたあたしだけど……ここで思わず口が動き始め、呟く

「じゃあ、鹿々身さんの 願い って……」

「そんな事をしなくても過ごせる、 強い体 だな……外で活動する生物を見かける度、あん

な体に生まれていればと思わずにはいられなかったよ……ある生物が捕食者に追い掛けられて

いる様を見かけるだけで、こんな風に自分の体で広い場所を駆け回る事が出来ればと想いを巡

らせては……そうでは無い現実を思い出し、落胆していた……宿主の視覚を乗っ取って視える

全ての光景が俺の憧れだったんだよ……」

 描いたその景色に見惚れるかのように鹿々身さんの声は穏やかで……それが落ち着いて……

「俺からはこんなところか……玉宮からは俺に何かあるか?」

 鹿々身さんが更に言って来たけど……こんな事態、想定してないから言葉が浮かばない……

「お前には美味い料理をたくさん食わせてもらったよな……マユに振舞った料理の味覚も共有

していた……料理だけでもお前とはたくさんの時間を過ごしたぞ……」


 いや、鹿々身さん殺したのあたしだけど…… 死亡 する前に会話出来る何て聞いてないし

「お前のおかげで本当に楽しいゲームになったよ……最後の最後で全力で挑んでくれたしな」

 知ってたら色々考えて来たけど……今この場で言いたい事まとめろと言われても準備不足な

内容になりそうだし……そんな適当で中途半端な言葉で済ませるのも違う気がするから、悩む

「今更何も無いか? 時間が欲しいなら俺も ゲームマスター に言いたい事を整理する時間

に当てる事が出来るが、この会話が終了となれば俺は 死亡 す――」

 何も無いわけじゃないし、全部言えば結構ある……でも最終的にこれが伝われば……いっか

「鹿々身さん!」

 だったらこの一言だけで十分……何だか叫んじゃったけど、ただ普通の口調でこう呟くだけ

「色々……ありがとうございました」

「おう」

 鹿々身さんからは気さくな感じで一言返って来て……これでよかったんだと思ったその瞬間

「わ。なに……」

 辺りが急に金色の光で包まれた事に宵空さんが驚き…… かみつき や はねつき が短く

何度も唸る声が至る所から次々と聞こえ始める内に視界はその色に染まり……唸り声が大きく

なる一方でエコーも入り始め……金色の光が頭上に吸い込まれるように薄れて行くに連れ騒音

は収まり始めエコーも消え……すっかり晴れた頃には、あちこちで小刻みに蠢いてた つき 


たちの姿が一切見当たらなくなり、上空には金色の光の球体……それを眺めてると放たれるか

の如く急速に浮上し何だか縦長に見えた気がして……相変わらず青と黒が混ざり切らずに変化

してる空模様の一画目掛け飛び込み……その際に白い大穴が開き、リング状に広がる衝撃波を

余所に空が起伏の激しい波紋を描きながら盛大に揺れ……衝撃波が収まり切らない内に青と黒

の空が穿たれた箇所を中心に石化が広がるような感じで金色の金属に変わり始め……進行速度

が目に見えて加速してると思った直後には、あたしの場所から見える空は全て金色になり、そ

の間も今も空が掻き混ぜられる動作は波紋の影響を受ける事なく続いたけど……あたしは呟く

「ここまで、無音ですか……」

 結構頭上に金色の光が集まって空が金色の金属になるまで一切の効果音が無いとしたら意外

で……遠過ぎて音が聞こえなかったと考えるには音の気配が皆無……ここで宵空さんが呟いた

「あれ、白い穴が……輝いてる?」

 あたしと一緒に空を見上げてるんだけど……そんな空に開いた穴部分が気付けば虹色に輝い

てて、そこから何かが現れ始め……その全容が露わになったから、あたしたちの所まで降りて

来てる間に説明……前後が2色に均等に分かれたローブで全身を覆い、正面は黒に近い黄緑色

で背面は白に近い紫色……色の境界線を見れば右側が手前に来るように傾いてるから、左手側

には背面の色が来てる……ローブの裾には銀色でやや縦長の菱形タイル24枚が隙間無く並んで

1周してて……タイルの光沢は強く、見る角度次第で色が変化するみたい……顔の情報量も凄


くて、正面から見て左側が白く右側が黒の2色に分かれ、どちらもツヤを放ち色味の無い完全

な無彩色で、髪が常に浮き上がりながら動いてるけど、その長さは背丈以上……右目はライム

グリーンのように明るい黄緑色で左目は濃くて深い紫色……宝石のように綺麗だけど右目側の

白い前髪が腰に届きそうなほど伸びてるから普段は紫色の瞳しか見えない……肌の色は人間の

姿のあたしたちと変わらず、胴体の周囲から広がるように2つのリングが回り、片方は0と1

の数字だけで構成されてて値が絶えず変化し、色は単色だけど赤、橙、黄、黄緑、緑、青緑、

青、青紫、紫、赤紫そして赤に戻ってループ……もう片方は様々な玩具が浮かぶ事でリングを

形成……それぞれの玩具は結構頻繁に変わるけど、カードや駒だけでも色々種類があるみたい

……身長は宵空さんより低くあたしよりは高い……ステージ3が終了した時の教室でも、この

格好だったし……これが マスターの正装 なんだろうなぁ……さて結構高さを残し降下終了

「おめでとう。出席番号1番《潜在》、出席番号3番《操作》……あなたたちは 生存 しま

した……このままゲームを終了してもいいですが、どちらかが望むなら続行しても構いません

……どちらにせよ 報酬 に関して説明して行くけどね」

 マスターが喋り始めた……ここで宵空さんが試合続行と言えばゲーム再開みたいだけど……

そんな様子全く無いから……宵空さんは作戦会議中、全部本当の事しか言わなかったんだなぁ

「まずは 願い に関して……見ての通り、全ての人類が死に絶えた状況だけど……」

「最初に言ってましたね…… この世界 の住民を生き返らせる……その手の 願い は無し


だって……結局、 この世界 で 死亡 したのは、あたしたち 参加者 だけで……」

「 この世界 でどんなに人が死のうと…… 実際に 死んだ人はいない…… このゲームで

起きた事は全てウソ ……でいいのかな」

「少なくとも実際に会って同じ風に接すれば住民たちが同じように振舞ってたのは確かだね」

「そっか……そう、なんだ」

 あたしの発言の途中で宵空さんが喋り出したけど、朧月さんの事を考えてるのかな……口調

が寂しい雰囲気を漂わせてた……それがマスターの言葉で一気に和らぎ、優しい口調でそう呟

いたけど……あたしは ゲーム開始前から気になってる事 をマスターに尋ねたくて発言した

「そもそも……どうやって 願い を叶えるんですか? どんな 願い でも叶える事が出来

ると言ってましたが……」

「このゲームは 参加者の命 ……正確には 参加者が有する能力などをエネルギーに変換し

たもの ……それが 参加者が死亡 する事で計上され、 そのエネルギーの総量を能力など

に再変換して願いを実現させる 感じです」

「となると、その総量をどんな風に変換しようと実現出来ない場合は……」

「 叶えられない願い になるけど……今回はかなり条件がいいんだよね……ゲーム用に変更

する為に 各参加者の能力 を確認して、その際にある程度は総量の予想が付くんだけど……

今回 参加 した 《流浪》の命 は本当に別格で、《寄生》と《分裂》の 命 を足し合わ


せても 《流浪》の命 から得られるエネルギーには全然届かなかった……だから余程途方も

無い 願い じゃなければ叶えられるよ……とりあえず《潜在》と《操作》の2名で相談だね

……この後、時間が掛かっても気分転換したくなった時の為に用意するゲームや玩具を考える

だけだし……どうぞごゆっくり」

「それは有難いですが……結局まだ何も考えてないんですよねー……」

 後先考えずにお粗末な 願い を叶えるのも勿体無いし……そう思ってたら宵空さんが発言

「私の事は考えずに大きな 願い を試しに言いなよ。私の取り分は無しでも全然構わない」

「いや、流石にそれは……」

「でも私、何もしてないし……」

 まずはこの宵空さんを説得する事から始まりそう……作戦実現の決め手となったアイデアも

結構出してくれたし、協力してくれただけでも 報酬 を受け取る権利は主張出来るのに……

「宝を目の前にして奪い合うどころか譲り合って立ち往々する流れかな……好きなだけ考えて

いいけど《操作》には、いい選択肢がある事を紹介しようか……今回計上された 命の総量 

は本当に膨大……だから全部使わなくても《操作》は成れるんだよね……」

 マスターがそう喋り始めたけど……そのまま続いた発言に、あたしの思考は体ごと戸惑った


「 ゲームマスター に……」

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