決戦
最終章 行方
1時間20分
「読書はここらで仕舞いとしよう……」
そう言うと私は本を閉じ後ろの棚に入れると自室の中の冷蔵庫の方へ目をやり、再度呟いた
「先刻アイツに内容を一任したスイーツが中に入っているようだが……さて一体何を用意した
のだ ゲームマスター よ」
冷蔵庫まで赴く途中、鏡が見えた……ならば今の姿……鶴木駆[つるぎ かける]としての
姿を眺めるとしようではないか……声に出したか定かでは無いが、少なくとも私はこう思った
「この姿で過ごすのも……これが最後となるのだな」
目の前に映るのは 有明高校の制服 に身を包み、ある程度伸びた緑色の髪に眼鏡を掛けた
我が姿……男性という区分になっているとの事だが雌雄という概念には驚かされたものよ……
卵という存在にも驚きを禁じ得なかったが今ではその卵白はメレンゲ作りに欠かせぬ存在とい
う認識が大きくなったな……では冷蔵庫を開け、中を拝見するとしよう……思わず声が出たか
「ほぉ……」
随分と幅広な白い箱があったので開けてみれば……パステルカラーの丸い菓子が虹と同じ色
合いで7種入っているではないか……数は多く手前の仕切りには7色揃えられているが、それ
以降は変則的に並べられているな……手始めに黄色の菓子を皿に乗せ、フォークを刺し頂くと
しよう……ふむ、表面の薄皮はレモン果汁を染み込ませているが中のアイスはパイナップル味
……成る程、 アイス大福 だったか……ではこの薄い青は……何やら花の香りがするがその
中身は白く……濃厚なバニラアイスだな……緑の方は皮が多少苦みのある緑茶の味で中の抹茶
アイスは強い香りだ……水色は皮がラムネ味で中のソーダアイスは炭酸である事を爽快に主張
しているな……残る3色は後にし今はレンジの方へ目を向けよう……別な菓子が出来るそうだ
「1から3の中から何れかを選べ、か……」
視界に表示される メニュー画面 ではアイス大福を1種食すやその空欄項目に情報が追加
され現在は4つ埋まっている……故にこの数字に対応する味も明らかになるであろう……少々
迷ったが2を選択した……レンジから取り出したるは台形カップ型のフォンダンショコラ……
その平たい上部の両端付近にやや窪みを入れているが、これが2という事なのだな……では食
すとしよう……外部の生地をスプーンで切り崩すと中のチョコレートが湯気を放ちながら溢れ
出した……この溶けたチョコと生地を一度に頬張るのだが……感心任せに私はこう呟いていた
「ふむ……様々な深みある味を感じるが……最も主張が際立つのは、この強い苦味であろう」
手の平に余裕で収まるサイズしか無い故、もう無くなったか……次は1の味へ行くとしよう
「ぬ……辛口だと……? 口の中が焼けるようだが嫌いではない……だがこれは何なのだ?」
中央1ヶ所が広めに窪んだフォンダンショコラを食べていると、こんなメッセージが届いた
「このチョコには日本酒を練り込んでいます。この世界では未成年の時期の飲酒は禁じられて
おり、成人しても飲めない体質のままの人もいます。洋酒を使うスイーツが多い中、今回は思
い切って辛口で度数高めのものを使用してみました」
こうも口の中を焼くような飲み物が存在するとは……そんな感動に浸る中、舌に塩気が欲し
くなった為、事前に皿の上に空けておいたコーンスナックを頂く事にした……その身を螺旋に
捻り、1本の真っ直ぐな棒となっているのが興味深い……おぉ上手い具合に塩とんこつ味を引
いたぞ……4種類とも皿の上にあり、他の味はしょうゆ、味噌、サラダなのだが、ひと目では
どれがどれなのか判らぬ……さてさて残る3は如何なる味ぞ……その答えは、ひと口で判った
「こ、これは……今までに無く濃厚で、何という甘さだ! ここは再び2番を頼み、その苦味
でこの甘さを薄めようぞ……」
上部3箇所が三角形を描く位置で窪んでいたが……ここまで口の中が甘い事態となったのは
鹿々身と玉宮に渡された白いあのドリンク以来だな……あれは破壊的な甘さだったが、これは
上品でいて、その味で我が身を蹂躙するが如く甘さを誇っている……焼きたてのものを味わわ
せる狙いかレンジ内に出現するのは一度に1つのみで再度注文する際は個数ではなくサイズを
指定する……故にこの画面から今一度2番を頼んだ……一度食べた菓子は何度でも注文が出来
その度に補充されるのだからな……やれやれアイツも随分と楽しませてくれるものよ……しか
し、鹿々身剣也[かがみ けんや]と玉宮明[たまみや めい]……《寄生》と《操作》だっ
たな……流石に前回のステージのように共同戦線というわけにも行くまい……この戦い、勝ち
そして 我が願い 叶えねば……さて次は残る3色を頂戴しよう……赤は皮がアセロラで中身
がストロベリーアイス、紫は皮がブルーベリーで中身のアイスはブドウだな……橙は皮も中身
もオレンジだったがアイスの方には炭酸が使われている……飲める紅茶も様々な種類が用意さ
れていたな……それを交えながら冷蔵庫の中のもう一品を頂くとしよう……なかなか大きめの
フルーツタルトではないか……レアチーズを土台にし様々なフルーツが華々しく盛られている
……開始から3時間経つまで外へは出られぬとあったが、ここまで優雅なティータイムが過ご
せたのは嬉しい誤算というものよ……その3時間が経つと静かな音と共に部屋の扉が出現し、
固く閉ざされていた窓も開くようになったが……もう暫し、この時間に甘んじるとしよう……
3時間40分
今一度このステージが始まる前にアイツが通達したメッセージを確認するが……概ねこうだ
「全ての人類は滅びました。この世界には4名の 参加者 しか残っていません。開始3時間
まで 拠点 から出る事は出来ませんが、その間なら武器や防具をネット購入出来ます。開始
6時間以降は全ての 参加者 の居場所が常に表示されるようになります。今まで蓄積された
マップデータは全て消去されている為、《流浪》で以前のステージへ戻る事は出来ませんが、
このステージ内で新たに取得したものに関しては《流浪》の対象に出来ます。このステージの
制限時間は現在定めておらず、 かみつき などの障害が発生する事もありません。ゲームの
進行が長期化していると判断されるまで、以上の内容を維持します」
さて、どうしたものか……3時間経つ前に武器と防具は購入したのだが……この防弾ベスト
を下に着る事により、かさばらなくなる処理は残されたものの重量免除は無くなった……故に
この 制服 を着ている必要も無いのだが……やっと 制服 の第二ボタンを新の……氷室新
[ひむろ あらた]の形見のボタンと取り替える事が出来たのだ……であればこの 制服 と
共に戦に挑むのがよかろう……何とか自らの手でボタンを付けようとしたものの結局アイツに
頼む結果となってしまったな……私がこうも見事な位置でボタンを取り付けられた事は一度と
して無かった故……兎も有れ、この銀色のボタンが連なり輝く茜色の学ランが此度の戦装束だ
……しかし外の風がやけに強く窓は震え、その音に紛れて聞こえる鳴き声も少数とは言えぬな
4時間10分
外へ出てから多少は過ぎたであろう……これまで《流浪》にて登録されていたマップデータ
が一掃されたとの事だが目の前で移ろう街並みは以前と同じようで大いに異なる様相を見せて
いた……路面や建物の外壁から かみつき や はねつき が体の全部と部分を問わず、至る
所から数え切れぬ程…… 生えている のだ……窓から建物の中を覗けば部屋の中には かみ
つき の群れがいて胴体から脚を何本も出しては伸び縮みさせ、 はねつき の背や羽の部分
が床から浮き出て、背は上下に動き羽は揺れ動く…… そんな体の一部が建物の何処かに配置
されていると捉えるのが妥当かに思える光景 であり、動いてはいるものの短い間で限られた
動作を繰り返しているに過ぎず、とても生物と認識する事は叶わぬな……今し方、辿り着いた
広場の地面の何箇所かには半透明の赤い泡が集合し、そのまま固まったような部分があり……
まるでゼリーを見ている気分になる質感だ……すぐ傍にあったので踏んでみたが……ぬ、凹凸
した見た目に反し平らな感触ではないか……そう思うやアイツから斯様なメッセージが届いた
「これらの つき たちは多少蠢く程度で本格的に動き出し襲い掛かって来る事はありません
複雑な形状になりがちですが実際の判定は簡略化され、どういう地形として扱われているかの
判定表示も メニュー画面 で常に確認出来ます。この飾りオジェクトの強度は人体と同等と
考えて支障ありませんが判定領域は著しい変形が起きる度に再計算されます。開始から6時間
丁度に屋外にいれば、とあるイベントを目撃する事が可能です」
ふむ、ではその判定とやらを表示させながら、この拳銃で1発撃ち込んでみるか……ここは
先程より口の開閉を小刻みに繰り返し時折、耳障りな鳴き声を放っている はねつき の首を
狙おうぞ……なかなか爽快な銃声が辺りに響き、 はねつき の首は忽ち側面から穿たれ……
開いた穴の部分に対応した判定表示への移行が直ぐに終わったな……弾丸が1発減ったが問題
無かろう……足りなくなれば我が 拠点 である家へと戻り補充を行う……つまりは必要に応
じて武装を増やせばいいのだ……故に今は拳銃を携行し防弾ベストを下に着用しているがのみ
……ある程度の距離なら《流浪》で数分もあれば往復が可能なのだからな……しかし かみつ
き だけでなく はねつき まで赤黒い色の分布だな……上が黒く下が夕焼けのような色合い
の赤で、その眼は鮮血さえも色褪せて見える程の赤を放っていた……このような色の はねつ
き を見るのは初めての気もするが、これならば雲がまばらに広がり空全体を焼くような今の
夕暮れ模様によく溶け込む事であろう……夕日の姿が見当たらぬが地上は程よい明るさだ……
故にこの景色を存分に眺めながら、ぶらり歩き続けるというのも悪く無いが……今見えた樹木
には実るように 小型あかつきの中身 が幾つか生え、その岩石のような肌を晒していた……
5時間55分
少し前にふと装備を見直そうと思い立ち、《流浪》で家まで戻り弾丸の補充と予備を入れた
容器、程よい刃渡りのナイフを追加し……そして現在、移動前の場所へと戻り散策を続行中だ
……開始6時間直後に何かあるらしく、 メニュー画面の時間表示 を注視しつつ歩みを進め
ているが……あと数秒か……しかし大気全体に赤く焼けた空の色が染み込みそうな景色である
「ぬわぁ!」
そう思った次の瞬間、急に我が体に違和感が走り、驚いて叫ぶや忽ち全身が動かなくなった
ではないか……何事かと圧倒されていると何やら霧が出て来た……真っ黒な霧だ……よく見れ
ば青い印象も受けるが……そんな霧が辺り一帯を埋め尽くさんばかりに見る見る発生し、霧の
量に伴い かみつきやはねつきどもの鳴き声 の数が増加……遂には青みのある黒いものしか
目視叶わなくなり、鳴き声の大群が頭の中にまで入り込みそうな程に騒がしく辺りに響き渡り
始め……やがて まがつき を眺めていた時に聞こえた、あの力強い心音が一拍だけ聞こえた
途端、騒がしく続いていた鳴き声が一切聞こえなくなり真っ黒も同然の青い霧が急激に晴れて
行き……視界が完全に開けたかと思えば体が動くようになったではないか……そして眼前に広
がる景色が先程まで見えていた赤い情景とは一変していた……赤黒かった かみつき の体色
が骨の如き白さとなり、上下で黒と赤だった はねつき は上は骨のように白く、下は味わい
深い濃い青となり……深紅という言葉さえ生温かった瞳の色はサファイアさえも圧倒する鮮や
かな青を放ち……岩盤に直接真っ赤な血を塗ったような 小型あかつきの中身 は脈動はして
いるが大理石の如き質感に……間近にあった半透明な赤い泡の集合による地面部分も青くなり
色の影響か繊細な硝子細工を眺めている気分だ……空は黒と青の絵の具がいつまでも混ざらぬ
まま掻き混ぜられているような模様を見せながら次々と移ろい、夜空とはまた違う雰囲気を漂
わせているが周囲は暗いどころか昼間のように明るく何処を見ても形が鮮明に映る……これは
私が異なる場所へ移されたのでは無く、 元の場所自体の空気が一変 した……確信とはこの
事だな……地面を歩けば、その際に出る硬い音がまるで洞窟の中に居るが如く響き渡った……
成る程、この 青き世界 が此度の戦いの舞台というわけか……おぉ、そうだ…… 他の参加
者の位置情報が公開される のであったな……ふむ、 メニュー画面 に表示されし《潜在》
《寄生》《操作》の各項目の隣に私を基準とした東西南北毎の距離が数値化されていて……そ
の間にはコンパスのアイコンがあり対応する 参加者 の方角を向いている……距離の数値は
白いが対象と近い場合は黄色く表示されるようだな……全体マップに各位置のマーカーを表示
するモードも用意されているが……未踏を意味する灰色領域にマーカーがあるだけでは数値の
推移を眺めていた方がまだ情報を得られる……これはある程度探索しマップ情報を埋めない事
には位置関係の確認にしか使えぬな……これらの画面を時折閲覧しつつ探索を進めるとしよう
7時間5分
宵空満[よいぞら みちる]……《潜在》はかなり動いているようだが……んん? これは
近付いていると言えるのか? 遠ざかってはいないようだが……暫くは無視してもよさそうだ
な……鹿々身はある程度直線的に動いては少し位置をずらして折り返し再度直進……その繰り
返しか……玉宮は何やらVの字……いや稲妻型の動きをしながら進んでいるようだが、何とも
理解に苦しむヤツよ……鹿々身と玉宮のマーカーを見るに、水平と考えてもよい位置関係……
であれば、このまま近付き鉢合わせも有り得る……そこを私が狙うのも……うむ、悪く無いな
7時間20分
「おはようございます……で、よろしいのでしょうか? とにかく、こんな所でお会いすると
は奇遇ですね、鹿々身さん」
「お前もここに来ていたのか玉宮。空は暗いというのに昼間のように明るく、太陽の姿がどこ
にも無い……今は朝なのか夜なのか……考えるだけ無駄だな、これは」
玉宮と鹿々身が発言したが私はこの辺りで対面するであろうと思い先回りし我が身を潜める
に適した場所を見付け出していたぞ……更に会話は続くが共に着用するは 有明高校の制服
「位置情報によれば鶴木さんもこの近くにいるそうです……例えばあそこの建物に」
「確かに表示されているな……だが下の階は かみつき たちで埋まり、上の階の窓の辺りに
は物陰さえ見当たらないぞ?」
「そうですねー。下の階には人が入れるスペース何てとてもありませんし……少なくともあの
建物にはいないみたいですね……さて、どちらから行きますか?」
馬鹿者共めが! 確かにこの建物は2階までしか無く、1階は何匹もの かみつき のオブ
ジェクトが様々な向きで部屋のスペースを埋め尽くさんばかり……まともな隙間が見当たらぬ
のも事実……だが、だからこそ私は、その隙間を縫うかの如く入り込み……今や視界はおろか
銃口を向ける余裕さえ確保しているのだ……先程、私のいる方向に顔を向けてはいたが、そこ
に私がいるとは夢にも思っていない様子だったな……しかしこの場所、背後の壁から はねつ
き の頭部が突き出ているが故、あの青き瞳の視線の先にいるかと思うと少々落ち着かぬ……
その はねつき も室内の かみつき も口の開閉を繰り返しているが…… マップ全体が青
くなって以来、かみつきやはねつきの口がどんなに動こうと鳴き声の類が一切聞こえなくなっ
た な……赤き頃は口が動いていれば時折鳴いていたというのに……尤もこの密集具合で一斉
に鳴き出せば体が密着してるのもあり、さぞや騒々しく居心地悪い事この上無かったであろう
「俺から行こう……」
さて鹿々身がそう言い出すや、何やら取り出し始め……ふむ、手榴弾か……更に発言したな
「では始めるぞ」
そして手にした手榴弾を投げ上げ……玉宮が拳銃を取り出しすぐさま迎撃……いや妙な角度
で弾丸が当たり軌道が……ま、待つのだ! こちらへ向かって来ているではないか! 流れ弾
とは言ったものだな……咄嗟に《流浪》で同じ階の廊下まで避難する直前、玉宮の声があった
「あ、しまった……金具部分に当たっちゃいましたねー……」
然しもの玉宮も鹿々身相手に冷静さを欠いてるようだな……この様子ならば2階から眺めて
いても気付かれまい……1階の廊下は至る所にある かみつき や はねつき の身体の一部
が足場を複雑にしておりオブジェクトは階段周りでもかなり散見されたが、足早に駆け上がる
分には支障無い……辿り着いた2階の部屋の中はオブジェクトが無いに等しかったな……では
この窓から眺めるとしよう……見れば玉宮がこの建物を背にし、鹿々身がその正面から玉宮に
拳銃の銃口を向けていた……そのまま膠着していたのであろう……先ずは鹿々身が口を開いた
「露骨に距離を取っているな……防弾ベストを着ているのがバレバレだぞ」
「結構重いですよねー……これ。そういう鹿々身さんも動きが鈍いですよ?」
「そんな悠長な顔をしていられるのも今の内だぞ……額に狙いを定めた……終わりだ、玉宮」
いささか緊張感に欠ける声色が続いた気もするが鹿々身が拳銃の向きを調節し引き金を引い
た次の瞬間……我が視界の目の前の窓硝子が割れ、銃弾が私の胴体……防弾ベストに直撃した
「ぬぐわぁ!」
無傷ではあるが、思わぬ衝撃に無反応では居られぬ……この発声で気付かれたかと思いきや
「もぉー、鹿々身さん。当たったと思って、せっかく叫んだのに……外さないで下さいよー」
「こんな空模様だ……慣れない状況下では手元の1つや2つ……狂ってもおかしくはないさ」
「いやいや、おかしいですよー……そう言ってたら何だか笑いたい気分に……あはは」
「おいおい、こんな状況で笑い始めるとは……仕方ない、俺も笑うか」
これは……どういう事だ? 鹿々身も玉宮も大口を開けて笑い始めたではないか! ……何
なのだ……? 一体何がおかしいというのだ!? 判らぬ……解らぬぞ!! ようやく笑い声
が鎮まったか……まったく随分と笑っていたな……あのまま永久に笑い続けるのかと思ったぞ
「……そろそろ、真面目にやりますか」
「そうだな」
玉宮がそう言うや何かを取り出し始め、鹿々身も発言と共に何かを……両者共にナイフだな
……先程までの表情が嘘であったが如く互いに真に迫った顔となり、瞬く間に場面が緊張した
8時間5分
鹿々身と玉宮による応酬は思わず見入らざるを得ぬ程のものだった……玉宮はそのピンク色
のツインテールを揺らしつつ鹿々身の懐に飛び込んでは《流浪》で距離を取り、投げたナイフ
もいつの間にやら回収しており……そんな玉宮へ鹿々身は時折、拳銃を撃ち応戦……鹿々身の
髪はそこまで伸びてはおらぬが、その赤い髪が揺れる様がこの距離からでも十分判る程にはあ
るのだな……何とも目紛しい動きが同じような場所で繰り返され、ナイフとナイフが衝突する
音、手榴弾のピンが抜かれ爆発する音、銃声の響く音……事ある毎に地面が擦れる音もだが、
このステージでは大きな音量で小気味よく響き渡り続ける……それぞれの残響が長いというの
に幾らも終わらぬ内に次が来る……動作の激しさも相まって一種の音楽を成していた……だが
肝心の戦局には何の進展も無く、そんな戦況を変えるべく玉宮が手榴弾を投げたが決定打には
至らず……業を煮やし仕掛ける場面も何度かあり多少の掠り傷を省みなくなった結果、制服が
裂かれた箇所より露わになった腕や太股には赤い線を引いたような傷跡が刻まれ……更には肉
を切らせて骨を断つが如く捨て身の戦法を何回か互いに試みた為、鹿々身は頬に傷を、玉宮は
胴体を袈裟切りにされたが……防弾ベストが垣間見える程度に留めているな……そんな音だけ
でも圧倒されるような激闘を私は只々眺め続ける事しか出来ぬまま……遂には音も動きも途絶
え始め……次の行動に移ろうとした鹿々身がその手を下げるや何やら呟き、玉宮と喋り出した
「……疲れないな」
「全然息が上がりませんね……これでは消耗するのは武器だけです」
「そして互いに刃こぼれしたナイフで何時間も切り掛かり続ける……か」
「服もすっかりボロボロです……そういえば皆で選んだ服があったなぁ……朧月さんがシャツ
を選んで、宵空さんがスカートを選んで、桂さんが……」
「デニムシャツ……だったな。鮮やか過ぎない程よい濃さの青紫色だった……」
「もう最後なんだし、あの服に着替えて来ようかなぁ……」
「じゃあ休憩するか……次はちゃんと殺し合わないとな……あぁ、そうだ。実を言うと残りの
弾が2発しか無いんだよ」
「では、せっかくですので、これをどうぞ……」
玉宮がそう言うと何やら棒状の物を取り出し鹿々身の手に投げ渡すと……更に発言を続けた
「それと、これはサービスです」
そう言った筈なのだが玉宮が何かをした様子には見えぬ……だが鹿々身は当然のように……
「……やはりな」
あたかも何かを見ているかの如く返事をした様子ではあるが、何なのだ……更に玉宮が発言
「では鹿々身さん、また……宵空さんの所にでも行ってみようかなぁ……」
そう言うと玉宮は《流浪》を発動し消え去って行った……さて、よい事を聞いたぞ……先ず
は歩き始めた鹿々身の後を追うとしよう……《流浪》で建物の中から次の建物内部へ移動する
のは容易い……先程屋根が見えた為、今は屋根から屋根へと移動しているがな……こうして音
も無く移動し鹿々身の位置も常に確認出来る……何と素晴らしい事よ! 鹿々身は我が気配を
察してはおらぬ様子で歩き続け……やがてその足取りが怪しくなり、疲弊した様子で発言した
「あぁは……言ったが……脚にナイフが刺さった時の傷が深いんだよ、な……そろそろ誤魔化
し切れそうにないか……寄り掛かって身体を休めるのなら……あそこの壁が丁度よさそうだ」
ほぉ……更によい事を聞いた……そう言われてみれば確かにそんな場面もあった気がするぞ
……目で追え切れぬ程の凄まじい速さだったからな……さて鹿々身が右脚の大腿部を押さえな
がら建物の壁を背に崩れ落ちるように座り込み始めた……ではそこを狙い撃ちさせて貰おう!
私は メニュー画面 で拳銃の照準ガイドが鹿々身を捉えた事を確信すると引き金を引いた
「ぬおぁあ!」
ここで思わず私は驚きの声を上げてしまった……何なのだこれは? 2階建て建物の平らな
屋根の上にいたのだが、その足場が突然熱くなり感触が足の裏に伝わって来るや爆発音と共に
崩れたではないか……咄嗟に《流浪》で地面へと逃れたが鹿々身の姿が見当たらぬ……瓦礫と
なった建物の残骸が降り注ぎ、その音と震動が満足に終わらぬ内に背後より鹿々身の声がした
「1発目は外れか……よくかわしたな鶴木」
見れば鹿々身は此方に銃を向けており筒先からは煙が出ている……爆発の音に掻き消えたよ
うだが発砲したのだな……これでその拳銃の弾丸も残り1発……ひとまず距離を取り、周囲を
見回す間に《流浪》が使用可能になった……では先程硝子越しに見えた建物の中へ移動しよう
「ぐぬわぁぁああ!?」
移動先の目の前で何やら点滅するものが見えたかと思うや視界が急激に白くなり……熱風が
吹き荒れ始め天井が瓦礫となり次々と落ちて来たではないか……吹き飛んだ我が身は床に倒れ
立ち上がる猶予も無いまま頭上で瓦礫が落下し続け、その度に横転し回避……やがて囲むよう
に形成されしバリケード目掛け大きな瓦礫が眼前に迫り……呆気に取られていると周囲の瓦礫
全体を覆う位置に落下……その後は他の瓦礫が落下する音が聞こえたが、このコンクリートが
盾になってくれたな……少し考えたのだが、この建物には爆弾が仕掛けられており私は生き埋
めにされてしまった状況なのではないだろうか? ……尤も《流浪》が使用可能になった今、
脱出は容易……この辺りは数階建ての平坦な建物が多い故、足場には困らぬ……近くの建物の
屋上へ移動し瓦礫の山と化した先程の場所を一瞥した後、道を挟んだ屋上に鹿々身の姿を見た
「瓦礫の中から抜け出して来た所を銃で狙い撃ちしたかったが……《流浪》があるんだよな」
拳銃を向けながら、そう言っているが、その弾丸を放つ事は出来まい……何しろ最後の1発
……ここで撃つ筈が無いのだ! 故に不敵な笑みでも浮かべてやりたいが……発言しておくか
「随分と元気そうではないか鹿々身よ……脚の痛みはどうなったのだ?」
「意外と耐えられるものさ……例えば拳銃などで強く殴られたら誤魔化し切れないだろうが」
「ふん。まだまだ余裕と言った表情だな……だが、そんな涼しい顔でいられるのも今の内だ」
「ほぉ? 何か策でもあるのか」
「策、か……」
そんなもの、今この場で考えてくれるわ! と言い放ちたいところだが《流浪》が使用可能
になったか……では銃を構え鹿々身を撃つ体勢を取り引き金を……引くと思わせ、《流浪》で
鹿々身の背後へ回り……貴様相手に策など必要ない! と叫びながら銃で後頭部を射抜く……
おぉ我ながらよい案が浮かんだではないか……いざ実行に移るとしよう……手始めに発言だな
「貴様相手に……」
そして私は《流浪》で鹿々身の背後へ移動し……その後頭部へ銃口を向け始めた、次の瞬間
「ぐぉうわぁ!!」
またも足場が爆発音と共に砕け散り我が身が吹き飛ばされたぞ……何なのだ? この辺りは
玉宮の動きが矢鱈と小刻みだったが爆弾を仕込んでいたとでも言うのか? だとしても玉宮が
仕込んだ爆弾の場所を何故、鹿々身が知っているのだ? いや今は攻勢に転じる事を考えよう
……実に冴えた策も浮かんだしな……まずはこの身を翻し近くの建物の壁の突起部分に手を掛
け……《流浪》が再使用可能になる瞬間を見計らって手を放し飛び立ち鹿々身の位置を確認し
た末《流浪》を発動し、その近くの建物の足元へ移動……この発言と共に計略が始まるのだ!
「どうやら貴様は高い所にいるしか能が無いようだな鹿々身よ……」
そう言いながら建物の影から鹿々身を見上げる事が可能な場所まで出向き……更に発言した
「降りて来るのだ鹿々身。この近くにも爆弾があるのであろう? そこを勝負の場としよう」
「唐突に何だ……そもそもお前に爆弾の位置が判るのか鶴木」
「そんなもの……」
勢い任せに発言しつつ近場の建物を覗き込むや、見付けたぞ……ここは盛大に叫んでやろう
「この私に掛かれば……朝飯前よ!」
発見した爆弾のある方向目掛け指を差したが……ふむ、赤い点滅は1箇所ではないようだな
「やれやれ……その勢いに免じて降りてやるか……」
そう言うと鹿々身は2階建ての建物から飛び降り……ある程度地面が近付くと《流浪》で私
が指差す建物の中に移動したのが窓越しに見えた為、私も入った……中は幾分広く何かの施設
のようだが中央には大きな柱があり、片手で持つには少々大きめの箱の中に縦長の爆弾が2本
入っており、箱には赤く点滅する部分が……成る程これが今まで私を吹き飛ばして来た爆弾か
……ふむ、この柱には爆弾が3箇所設置されているのだな……さて鹿々身の声が聞こえて来た
「この爆弾、遠隔起爆は出来るが上手く仕掛けなければ目当ての対象の破壊も半端になる……
それくらいの威力しか無いな……となると確実なのは場を撹乱する使い方か……」
「まるで貴様が設置していないような口振りだな」
「……で、ここで何がしたいんだ鶴木」
おぉ、そうであったな……この状況に持ち込めた今、最早勝機は掴んだ……では宣言しよう
「この爆弾を背に決闘と行こうではないか! いつ流れ弾で爆発するやも知れぬ、この場所で
……存分に殺し合おうぞ!」
「おいおい。お前が爆風に巻き込まれて終わるだけじゃないのか……だがまぁ、いいだろう」
「銃弾が残り1発の貴様に……」
では先制攻撃だ……既に鹿々身に銃口を向けている私はそのまま引き金を引き、こう叫んだ
「何が出来ると言うのだ!」
発砲音と共に目の前の鹿々身は姿を消した……《流浪》で回避したわけだが、移動先は当然
「そこだ!」
ここで私は振り返りながら叫び更に一発撃つ……鹿々身がいるであろう、その場所目掛けて
「いや、柱の影から狙撃だ」
銃声と共に鹿々身の声が聞こえたと思うや我が右肩に激痛が走る……鹿々身は発言を続けた
「外したか……最後の1発だから決めたかったんだがなぁ」
しめた! これでヤツはもう弾を撃てぬ……ならば接近あるのみだ! すぐに私は鹿々身の
いる柱の影へと雄叫びを上げながら走り出した……やがて鹿々身がいるであろう場所まで辿り
着き……そのまま頭を思い切り殴ってやろうと思ったのだが……姿が見当たらぬではないか!
「《流浪》を使えば、こんな距離どうとでもなるだろうが」
その声は鹿々身……急ぎ振り返れば背後におり、手にした拳銃で殴り掛かって来ている……
だがこの柱からは離れていないも同然……それが貴様の敗因となった事を……思い知らせてく
れる! 私は《流浪》で天井まで移動するや柱にある爆弾の箱を全て外し、腕の中に抱えなが
ら鹿々身の頭上目掛け落下して行き……爆弾の1つが着火するように銃弾を撃ち込み、叫んだ
「無様に爆ぜるがよい、鹿々身!」
流石にここで意識が途切れたか……尤も6本の爆弾が合わさる斯様な爆風を喰らい、無事で
ある筈が無かろう……捨て身の戦法とは、まさににこの事よ……我ながら大胆不敵であったな
8時間20分
実に見事な爆発であった……建物の窓が火を吐くように吹き飛ぶ光景はなかなか痛快な気分
を誘う……その爆発が収まったのを見て、私は鹿々身の亡骸がありそうな場所まで歩み始めた
……この辺であろうか……鹿々身に届かぬのが実に残念だが此度の勝利を盛大に叫ぶとしよう
「驚いたか、鹿々身! まさかあの場で爆発させるとは貴様も思わなかったであろう! 今の
爆風で確かに我が身は消し飛んだが……それは 分身 だ! 貴様を建物の中へ誘き出す前に
私は《分裂》を発動し 片方 はここで高みの見物をしていたのだ! 貴様には散々コケにさ
れて来たが……最後に勝ったのは私だったようだな! では、さらば――どぅあぁ!!」
最後の一言を発す直前、右脚に激痛が走り叫んでしまった……な、何が起きたというのだ?
「本当に……めでたい奴だな、お前は」
その声が誰の者かすぐ判ったが……次の瞬間、喉の辺りが急に苦しくなった……ば、馬鹿な
「俺がまだ死んでいないのは位置情報を見れば判るだろうが……立ったまま殴り掛かっていた
事に気付けば《流浪》が即座に使える状態という予測も出来た……《分裂》を発動し 分身
もろとも俺を爆発に巻き込んで倒すという発想自体はよかったぞ……詰めが甘い以前に、最初
から言動の不自然さが目立っていたけどな」
「か……が……」
声がまともに出せぬ……首の辺りから喉に掛け何やら冷たいものが突き刺さっているようだ
「しかし 《分裂》すると、その参加者の位置情報も二手に分かれる のか……推測は出来る
が 他の参加者にも自分と分身の位置情報が両方表示される かを含め事前に問い合わせてお
く手があったな……さて」
私が満足に声を発せぬ間に延々と喋り続けていた鹿々身がそこまで言うと、急に喉の辺りの
強烈な異物感が解消され……何かが大量に噴出すような音が聞こえると同時に喉の中が焼ける
ように熱い……心なしか体が重くなり意識が薄れるような感覚もある中、鹿々身が更に続けた
「このままトドメを刺してもいいが…… 俺の能力である《寄生》 をお前は 強化 してく
れた上に2度も使ってくれたんだ……だからお前には、まだ切り札がある事を教えてやるよ」
「ごぽ……」
切り札だと? と言おうにも口の中が血で溢れていては発声出来ぬか……鹿々身が発言した
「《潜在》を発動し即解除しろ鶴木。そうすればお前は 本来の姿 に戻れる……俺の予想だ
とその傷も回復するだろう……それともそのまま 死亡 するか?」
確かに今の私は《潜在》を使えば 能力使い切り だ……鹿々身の言葉通りに行動するのは
癪に障るが躊躇う猶予など無いのも事実……そう思っているとアイツからメッセージが届いた
「人間の姿で受けた肉体的なダメージを 本来の姿 が引き継ぐ事は一切ありません。今この
場で《潜在》を発動するなら発動と同時に解除したものと扱い、あなたを 本来の姿 に戻す
処理を行います。その処理が始まった段階から喉の損傷は無視され、発声が可能となります」
そうだな……このまま何も喋れぬままでは格好が付かぬ……それに我が 本来の姿 ならば
この戦場を存分に暴れ回れよう……ではその《潜在》を発動だ……手始めにこう告げておくか
「……ならば刮目せよ、我が姿を……」
すると我が身が浮き上がり全身が緑色に発光し始めた……ほぉ、なかなかの演出ではないか
「貴様の勝利が喰らい尽くされ、敗北となる瞬間を!」
私が更にそう叫ぶと緑色の光は我が身の変異を感じさせながら急激に膨らんで行き、やがて
我が視界を覆うと至る所で荒々しい音と共に大きく泡立ち始め……一貫して眩い緑色で輝いて
いたのが突如として緑色のインクのような濃さに染まり出したと思った瞬間、重たい溶液を湛
えた巨大なものが盛大に爆裂したかのような音の中を甲高さと野太さが入り乱れた鳴き声が駆
け抜けると共に緑色の分厚い煙が上昇……視界が忽ち晴れて行く中、遂にこの忌まわしき姿へ
と戻った事を私は感覚的に認識していた……あれ程までに嫌気が差していた個性など微塵も無
いこの姿も、暫く離れてみれば懐かしさも生まれるものなのだな……此度のゲームに誘われな
ければ未だに、あの群れの中で刺激とは無縁の単調で虚ろな日々のままだったのか……しかし
振り返れば振り返る程、人間とやらの真似事は実によき時間であったぞ……名残惜しいが今は
我が 願い を果たすべく戦場の覇者を目指すがのみ! さてアイツからメッセージが届いた
「この姿では集めた養分を消費して現在のあなたの状態を細胞分裂のような挙動で複製出来ま
す。養分は取り込んだオブジェクトから取得され、養分を得るほどあなたの体積は大きくなり
ごく一部を除く全てのオブジェクトが養分対象となります。複製を作る際は必要な養分を消費
した上で養分が折半され、残った養分に応じた体積へ変化し……複製を取り込めば体積と養分
の統合が行えます。 他の参加者とその本来の姿も養分対象 で、 参加者を取り込めばその
所持能力相当の養分が得られます 。体が地面から完全に離れる跳躍などは行えませんが体積
を維持する範囲内で体の変形が可能です。以上の内容は全て、複製にも個別に適用されます」
文面と共に我が姿の鮮明な映像も挿絵のような位置取りで回転しながら表示されている……
ビリジアンに水色を混ぜ、くすませたような色を基調とし、一見すると茶色だがピンクの色味
も持つ斑点が大小様々に分布しており、数える程しか無いが歪な軌跡で円を描く鮮やかな水色
の線がある……では鹿々身を探しながら養分を蓄え備えるか……複製を作るのもよいが先ずは
多少上空に逃れられても 変形 で届くよう体積の拡大に専念と行こう……周囲のものを手当
たり次第に喰らえるのならば、このステージ全土を覆い尽くす事も不可能に非ずだな……我が
種族は体色が見事に同じであり、斑点などによる模様の分布、突起物の形状や長さ……それら
は群れ毎に異なる……らしいのだが、私は自分の群れしか見た事が無い……体色が大いに異な
る固体もいると聞くが、我が肉親たちが一般的なのか珍しいのかは判らぬ……少なくとも種族
全てに共通しているのは外部から何かを体に突き入れ掻き混ぜられると、それらの模様は激し
く乱れるが混ぜる行為が途絶えると、やがて元の模様と分布へと寸分違わず戻る事だ……有す
る体積の範囲ならば体の変形も自在だが、変形する力を入れるのを止めると元の形まで速やか
に戻る……我らが群れで特徴的なのは斜めに帽子を被り、その縁部分をなぞったが如く分布す
る突起が何本もあり……一番大きな突起とその前後の突起は両方足し合わせても一番大きく長
い突起部分には及ばぬが、他と比べれば遥かに大きい……これらの突起が無ければ全体の形状
は卵を半分に縦切りし横にしたような楕円状と言えるのだがな……全体の質感は辛うじて透明
度があり、多少はツヤを放つプラスチックといったところか……模様に関してだが先ずは楕円
状態で模様を分布させた後、生えた突起に模様が追従し引き伸ばされた様相と例える事も出来
よう……ふむ、この位置情報ならば鹿々身が見付かるのも時間の問題……しかし斯様なまでに
取り込んだのならば数多の複製を作り、何処を見渡そうと私と同じ外見の肉親しかいなかった
あの光景が再現出来てしまうな……順調に繁栄していたが故に他の個体との交流が皆無であり
私が生まれたのがコミュニティが形成され諸々が安定した時期以降だったが為、獲物を喰らっ
ては分裂するだけの何の変化も目新しい事も無い歳月を積み重ねる……そんな平和な記憶しか
無い……私を含め全てが同じ固体から生まれた分身であり、私自身が元となった者もいる……
全く同じ外見の固体が数え切れぬほど存在し、その数が減ろうとまた分裂を行えば元通りと捉
える事も可能だ……では私が分裂を行った後の2つは、どちらが私であると言えるのか? 群
れの中で過ごす内に、そんな疑問が芽生えたのだ……私かその分身が片方残っていれば私は失
われていない、としよう……他の肉親の分裂により生まれし私は、私と私の分身で生み出され
たものが滅びようと、元々は群れを成す固体から生み出された分身……その私と私の分身が全
て滅びれば、どうなるか……そう考え始めた途端、疑問が生じた……私とは何なのだ? 私と
私の分身が全て滅びようと、私を生み出した肉親が健在であるならば私は滅びていないと言わ
れもしたが、私にはそうは思えない……であれば 私 という存在は初めから無いという事に
なるのではないか? 一度そう考えてから、この疑問から抜け出せぬ……群れの中にいるのは
全て、1つの固体が分裂を続ける事で生み出されたもの……だが肉親たちにも成長差や考え方
の違いが多少はあるのだ……故にこの疑問を肉親たちに尋ねて回ったが得られたのは 我々は
全員で1つの生物である という返答のみ……私のような考えを抱く者は少数派ながら他にも
いたが、深く考え苦悩と自問の日々を送る……そんな輩は私だけであったという事実には堪え
たものよ…… 私が私であるという確固たるものが見当たらない ……この疑念に苛まれ続け
言い知れぬ恐怖を抱くまでになった……そんな感情を紛らわすべく1つの考えが浮かぶも、そ
れは決して成し得ぬものであろうと悲嘆に暮れ始めて幾らも経たぬ頃、アイツが…… ゲーム
マスター が私の目の前に現れ ゲームに参加し勝利すれば、それは叶う と教えてくれたの
だ……生涯を費やそうと叶わぬ 願い が叶うならば我が 命 を投じる事に何の迷いが――
「どんどん広がって行くなー……鶴木。どうやら細胞核の類は無いみたいだな……せっかくだ
この辺りにしておくか……抑えていたペースもそろそろ上げ時だな」
何やら体全体が震えた気もするが……随分と手間取らせてくれたではないか、探したぞ……
「その声は鹿々身……貴様! 何処に居るのだ!」
「今回ばかりは位置情報を見ろとは言えないな……この体が成長した分、表示マーカーも拡大
するのか……今はお前の中央辺りに俺のマーカーがある……普通に考えると上空か地中にいる
事になるが……さて、俺がどこにいるか分かったか? 鶴木」
叫びながら放った私の問いに鹿々身が答え……確信は持てぬが私は鹿々身の居場所を叫んだ
「我が……体内か! だが 参加者 が今の私の中に入っても吸収される筈では!?」
この姿になって以来、コンクリートの壁も鉄筋も かみつき などの肉塊も……この身が触
れれば大きさを問わず忽ち崩れ、溶け失せて行くのだ……故に鹿々身が我が体に入ろうと……
「人間の姿のままなら、そうだったろうな……だが俺も《寄生》を2セット使えば 能力使い
切り の状況だった……お前の変身前に近くの建物に一旦《寄生》し……変身を終えた直後、
この体に《寄生》し直した……だから今の俺は 本来の姿 だ」
入り込まれた感触など無かったが……先程より次第に増して行く体の内側から外側へ広がる
ような異物感が痛みを覚える程の強さとなった今、認めざるを得ぬな……鹿々身が更に言った
「もう少しで、この体は俺のものになるな……お前に痛覚があるなら今頃は体中に激痛が走っ
ているぞ…… 本来のお前は外部の獲物から養分を得て活動する ようだが 俺は宿主自体と
宿主が摂取したものを養分にし、宿主の神経や意識を乗っ取り意のままに動かす ……今も伸
びている根のようなものが全身に広がり切ればお前を無理矢理動かす事も出来るが……そうな
るまで本当は結構時間が必要なんだよな……今なら侵食ペースの融通が利くのは有難い事だ」
痛みが増すと共に苦しさが目立ち始め、本能的な恐怖さえ感じる……鹿々身の発言は続いた
「すぐにでもお前の命を喰らい尽くす事が出来る状況だが……せっかくだ…… お前がゲーム
に参加した理由 を聞いてやるよ……その間に、この体の勝手を確認させてもらうか」
体が動かせぬ……強く縛り付けられた、いや押さえ付けられたような……そう思っている間
に自分の体であるという感覚が薄れて行く…… 私がゲームに参加した理由 だと? 私は耐
え切れぬのだ……如何に足掻こうと数ある群れの内の1つでしか無い事が……何とかその状態
から抜け出そうにも、生まれるや既に定められた事実である事が……周りの皆全てが持つもの
しか持たぬのは何ひとつ特別な事では無い……叶わぬ理想と覆せぬ現実……どちらを向こうと
絶望しか見えぬ状況から、私は解放されたいのだ……少しずつアイツに確認した末、 私の願
いはこのゲームに勝利すれば容易く叶う と判った……さて声を満足に出せそうに無いが……
「私は……」
弱々しい声だがこの大きさなら喋るには十分……聞くがよい鹿々身、これが私の 願い だ
「 絶対 になりたいのだ……如何なる者から見ても特別な存在であり、何者をも圧倒する力
を持つ存在に……我が身を何度分裂させようと常に私がそれら全ての存在の頂点であり、その
地位が揺らぐ事は決して無い……そんな他者とは完全に独立した強大にして唯一無二の存在に
私はなりたいのだ……このゲームに 参加 し勝利すれば、それが全て叶う……成就した暁に
広がる世界が、余りにも魅力的だったのだ……」
そう述べ終えた途端、如何に力を入れようと体が動かせ無く……否、動かせる部分が全て失
われたと言うべきか……まるで私そのものが徐々に消え失せて行く気分だ……鹿々身が呟いた
「そうか……」
この声色…… 我が願い を侮蔑や憐憫の類など一切無く、純粋に受け取った……そんな声
だな……少しの間を経て鹿々身は喋り始めたが、普段の淡々としていて力強い調子に戻ったか
「さて、これでお前の身体も完全に掌握したな……あとはこの身体が本当に全て分裂出来るか
確認するだけだ……その前に、お前の 命 を吸収し切るか……お前がまだ生きている状態で
分裂するのは避けたいからな……では行くぞ」
鹿々身がそう言った次の瞬間、形容し難い悍ましい何かが我が全身を覆い……それを感じる
や全身を満たしていたものが忽ち消えて行き……もうこの身には何の感覚も残されていない事
を理解し、この意識も間も無く失われるという確信さえ抱いてしまう……例えるなら辛うじて
燃え残っていた 命 という灯火を吹き消された気分だ……私は此処で、終わり……なのか?
「最後に言っておくか……鶴木」
そんな最中、鹿々身の声は鮮明だった……更に続いた内容も途切れる事無く、こう聞こえた
「感心出来ない事ばかりだったが何だかんだで賑やかだったぞ、お前は……こんな形で遭わな
ければ……たまに会う知り合いとしてなら歓迎していたかもな……じゃあな、《分裂》」
この身がまだ人間の姿であったならば、私はゆっくりと瞳を閉じて行ったのであろうな……
遂には視界が薄れ始め、やがて白く……ぬ、やや灰色とも言える……何やら模様まで見えるが
「やぁ」
突然そんな声が聞こえるや私は四方上下が大理石の壁で出来た部屋の中にいる事に気付いた
……模様ではなく岩肌だったか……さて、目の前の聞き覚えしかない声の主へ話し掛けようぞ
「……如何がした? ゲームマスター よ」
「死ぬ間際の 参加者 には聞くようにしてるんだ、このゲームの感想と私へのコメントを」
成る程、息苦しさにも似た感覚が不意に無くなり喋れるようになったのは、そのコメントを
させる時間を与える為か……いよいよ以って私は 死亡 する事と相成ったのだな……ならば
「そう、だな……」
深く考えるまでも無い……今の一言で内容の整理が付いたようなものだ……私は更に言った
「体から伸ばした手と言えるもので獲物を取り込む事はあったが、舌で味わう事など知らずに
過ごしていた……甘味だけでも様々な味があるのだな。家族とは違う、友というものを知る事
が出来た……よく気が合うとまでは行かずとも不思議と気兼ね無く共に過ごせるのだな。戦い
というものを知る事が出来た……安全な場所で、安全に獲物を捕らえる……恵まれてはいたが
漫然とし過ぎていたな。 願い が叶った光景を夢見ながらゲームに 参加 していた時間は
余りにも充実したものだった……あの時貴様の申し出を断っていれば、こんな素晴らしき体験
の数々を全身で味わう機会は二度と訪れなかったであろう。そんな場所まで導いてくれた貴様
に……ここまで私を満たしてくれた貴様に……言いたい事など、決まっておろう――」
よもや斯様なまでに穏やかな心地で最期を迎える事となろうとは……今も人間の姿であった
ならば如何なる表情を浮かべた事か……ではこの言葉を貴様に贈り我が生涯、閉じるとしよう
「感謝している。楽しませて貰ったぞ…… ゲームマスター 」
8時間15分
「取り出して眺めるだけで満足してたから、こうして着るのはお店以来だなぁ……」
もう自分の 拠点 に戻る気は無かったけど、この服を着たくなったから仕方ないか……ま
ず朧月さんが選んでくれた白地で緑と黄緑の大柄チェックのシャツ……正面から見て右下がり
に模様が傾いてるけど、この上に桂さんが選んでくれたデニムシャツを前開けで羽織る……こ
のほどよく主張する濃さの青紫色には本当に感心……宵空さんが選んでくれたのは暗い水色の
4段のティアードスカートで一番下の段は純粋な黒さの中に青みを感じる色で、あたしが履く
と膝が見え隠れする丈で引っ張ってもよく延びるから動き易いし、自然と折り畳まれて出来る
シワの表情とスカートのヒラヒラ感が悪く無い……この服装にあたしのピンクのツインテール
で……うん、決まってる……あとはこれが死に装束にならないよう頑張るだけ…… メニュー
画面 に表示されてる 各参加者の位置情報 の動きを踏まえると状況は……あたしは呟いた
「鹿々身さんと鶴木さんが未だ交戦中……鶴木さんは途中で《分裂》を発動して何か企んでる
みたいで……距離を取り続けてた宵空さんは恐る恐る近付いてる……そんな感じかな」
大して期待せずに爆弾を仕掛けたけど、さっきは鹿々身さんがそれを警戒して、あの一帯ま
で進む事を最後まで拒み通され同じ場所で戦い続ける事に……爆弾仕掛けたの鹿々身さんには
バレてるから鶴木さんを追い詰める足しにと起爆スイッチを渡して配置場所も伝えといた……
爆弾を仕掛ける際に少しは周辺を探索したから、こうして詳細なマップデータを表示しながら
拡大可能……それにしてもこのステージって音がよく響くんだなぁ……結構遠くなのに向こう
での爆発音が全部ここまで届いて来たけど……話し声が一切届かないのは、そういう処理なん
だね……《流浪》が回復するまでまだ時間あるし……さっき作り過ぎた炒飯でも食べてるかな
……具材に迷ってたらマスターが、さくちゃん先輩……朔良望[さくら のぞみ]がずっと食
べて来た塩辛のセットがあると言ってきて、ムール貝と合いそうなのを選んで炒飯にして……
余ってた果物で適当にフルーツジュースも作ったけどまだ残ってる……爆弾を3つ仕掛けてた
建物の中に鹿々身さんが移動して 鶴木さんの片方 も入り……その後、鶴木さんが消失……
鶴木さんは自分もろとも鹿々身さんを爆発に巻き込んで倒すつもりだったみたいだけど鹿々身
さんは《流浪》で離れた場所へ避難済み……外で待機してた方の鶴木さんが同じ建物に入って
行き……そこを鹿々身さんが再び《流浪》で移動して……まぁ攻撃したのかな……鶴木さんが
動かなくなったみたいで……え? 何かが……泡立つ音? 激しい……それもさっきから何度
も聞こえた爆発音と同じ方向から……これが何を意味するか推測したあたしは部屋の窓を開け
るとそのまま飛び出し急いで問題の場所へ顔を向けると、ここからでも見える巨大な緑色の光
の柱が天を貫くように伸びてて……この柱が沸騰する音だったんだと思った瞬間、眩くて白っ
ぽかった緑色の柱が、高音の中に低温が混じる生物的な音を轟かせながら柱全体が急速に沸騰
して歪に表面が変形した柱が上から弾け、内容物であるかのように濃い緑色の液体を盛大に撒
き散らす……鶴木さんを示す緑のマーカーが大きくなって鹿々身さんはその内側に表示されて
るけど……これはもう現場に行って状況を確かめるしか無いかな…… 他の能力 はまだだけ
ど《流浪》は使えるようになったし、この辺りなら移動先も選べる……だったらあの場所かな
8時間25分
爆弾を仕掛けてた建物は全て壊滅状態だけど高めの建物は足場用に残したくて仕掛け無かっ
たから無事……さっきから鶴木さんの緑色マーカーが赤く点滅してるのが気になる……これは
ひょっとして……そんな予想をしながら問題の場所へと視線を注ぐ……とりあえずあの緑色で
所々に茶色……ピンクの斑点がある何かは急に肥大化したマーカーとサイズが対応してるのを
確認……一軒家なら簡単に覆える大きさだなぁ……鶴木さんのマーカーは相変わらず赤く点滅
してて、それがだんだん早くなってる……緑の物体は大きな角が3本あるけど何か表面に血管
のようなものが浮き出てて……今もどんどん広がってる……そんな血管が全体を覆う内に鶴木
さんのマーカーが赤のまま点滅しなくなった…… 各参加者のマーカーの色はあたしがピンク
宵空さんが白で縁取った黒、鶴木さんが緑、鹿々身さんが赤 ……緑のマーカーが赤になった
この状況は、つまり……話し掛ける事にしたけどもっと近付く必要がありそう……この辺かな
「……鹿々身さん?」
あたしがそう言うと鹿々身さんの声が返って来たけど……今まで無かったエコー掛かってる
「着替えて来たか玉宮……久し振りに見るがいいものだな……鶴木の身体なら乗っ取ったぞ」
「乗っ取るどころか鶴木さん 死亡 してませんか? 数値の方で位置情報見たら鶴木さんの
項目無いんですけど……あれからこの服着てなかったのは本当に勿体無い事してたと後悔しま
くりですよ……思い出してよかったぁ」
「まったくだな……さて鶴木が完全に 死亡 した今、これが出来るか確認しておこう……」
そう言うと鹿々身さんは2つに分かれるように変形し始めたけど……変形する際の音は出な
いんだなぁ、と思ってる間に完全に2つに分かれた……体表の血管が浮き出てるような部分も
両方同じ分布……となると傷を負ってたら、それも複製されそう……鹿々身さんの位置を示す
赤いマーカーは2つに分かれサイズが縮小したけどマーカーがそれぞれ違う方向に動き始めた
「成功だな。もう片方とは違う行動も出来たぞ……しかし俺が分裂する度にマーカーが増える
のか……数値表示の方の項目欄は大変だな」
「もう片方の鹿々身さんが建物を細かく砕いて飲み込み始めましたね……あちこちに生えてる
動くオブジェクトも易々と……当然 参加者 も飲み込めるでしょうし、これで対象毎に吸収
速度が遅くなるとか無かったら……」
「 メニュー画面 にメッセージが届いたが、 ごく一部を除く全てのオブジェクトが対象
とあるぞ……地面を食い破って潜り込む事は今のところ出来ないようだが……」
「とりあえず、あたしが捕まったら 死亡 間違い無しですね……次の建物を食べ始めたよう
ですが何だかさっきよりも大きくなって……あ、更に分裂しましたか……」
「宵空もこの事態が気になったのか近付いて来ているからな……それを追い掛ける用、お前と
会話する用、その隙にお前を背後から喰らう用と割り振り出来る上に、数まで増やせると来た
……鶴木の…… 《分裂》の本来の姿 は使い勝手がとんでもないな……」
「しれっと、あたしを奇襲する発言してませんでした? 《流浪》ならもう発動出来ますが」
本当はまだ使えません……それにしても鹿々身さんが鶴木さんを倒してくれる展開に甘え過
ぎたなぁ……ここまで鹿々身さんが有利な状況になる何て……分裂した鹿々身さんのそれぞれ
の分布はマーカーで判るけど、今の鹿々身さんの体のどこかに触れた途端ゲームオーバーだし
……宵空さんとの合流を目指すのがまだ現実的かな……それまでに今の鹿々身さんをよく観察
して今後の対策を考える……じゃあ次の《流浪》ではこの辺で一番高い場所を移動先にしよう
8時間32分
地面は危険で降りる分の距離が惜しいから建物の屋上から屋上へ移動するしか無いけど……
その眼下で広がっては追って来る鹿々身さんは、その勢力をどんどん拡大中……平らに変形し
て水溜りのようになってるのに端の部分でも塀を余裕で飲み込む高さで、何だか涼しさを感じ
るけどやや濁った緑色の全身は相変わらず血管や葉脈のようなものが広がってて、結構きめ細
かい……たまにピンクや水色の部分が見えるけど、そこにも分布……そんな感じで変形の際に
大きな塊部分も一気に向かって来たりするから、恐ろしい何かに追い掛けられてるような気分
になる……変形状態がマーカー表示と連動するようになったから、見る度に広がり続ける赤色
部分にマップが侵食されて行く様も結構不気味……さて宵空さんがいる近辺まで来れたけど、
どうしたものか……一度鹿々身さんが通った場所はもう占拠されてるから近付けなくて、その
度に鹿々身さんは大きくなり分裂する余裕もそれだけ増加……だから逃げれば逃げるほど不利
……反撃に出るしか無いけど何かを投げ込んでも飲み込まれるだけだから凍らせるとか試して
みたいけど、そんな事が出来るものは持ってないしマンションを余裕で包み込む大きさの相手
を今すぐ凍らせるって無理難題過ぎるしやめよう……体の一部を切り離せたとしてもダメージ
にはならないだろうし……宵空さんの姿が見えたけど、あたしを追う鹿々身さんと宵空さんを
追う鹿々身さんで取り囲まれてる位置関係……変形の速さを利用して体全体を動かしてるから
移動速度が侮れなくて、その変形の途中で分裂も行えるみたいで、そこで細かく分裂も出来れ
ば常に個別に合体出来るみたいだから手に負えない……ひとまず宵空さんの姿を確認……宵空
さんが《流浪》で隣の建物に移動したけど、その1階部分を鹿々身さんが素早く呑み込み足場
を奥へ傾けて着地に失敗させ……更に傾斜したので宵空さんは何とか捕まろうとするけど……
敢え無く滑り落ちて頭が下になり、その先の地面には鹿々身さんが待ち構えてる……《流浪》
がまだ使えないあたしだけど 他の能力 なら使える……それを自分の為に使うか宵空さんの
為に使うか……そう考えてる間にも宵空さんが地面に広がる鹿々身さんとぶつか――




