あかつき(中編)……朧月瑠鳴(後編)
「おはよう。るな……私は無事。ちょっと考え事したいんだ。落ち着いたら、また連絡する」
それが、みっちゃんから送信された、メッセージの内容だった……
「みっちゃん生きてた! よかった……」
あの後、どうなったのか心配だった……独りじゃ寂しくて耐えられなくなる前に、まゆちゃ
んたちと合流出来て、今ではめいちゃんもいる……だけど、あのまま、みっちゃんはかみつき
に……そんな考えもあった。だから、みっちゃんの連絡を見た私は、喜びの声を上げた後……
「よかったよぉ……」
目から涙を1滴2滴と零しながら、みっちゃんが無事だってコトと、あの 赤い月 が再び
始まるまでは、みっちゃんも安全に過ごせると判ってるから……本当に安心するコトが出来た
「でも、考えゴトって何だろう……」
零れ落ちる涙は、私がそう発言すると同時に止まった……居場所も知らせたしGPS機能も
回復してる……このお屋敷まで来ようと思えば来れるけど……そのコトには触れてないし……
「色々起きているからねー……1人でじっくり整理したい事とか……あるんじゃないかな?」
んー、めいちゃんがそう言ってくれたけど……とりあえず、向かってた寝室に着いたみたい
「布団の所々に血糊が付いてるけど……察してね」
まゆちゃんが言った通り、ベッドの両脇の足元の床には血が付いてて、お布団は変えてある
けど……この血と血の間にピッタリと収まる、血で染まったお布団が……あっただろうね……
「この屋敷に辿り着いた時、生存者を探したけど……血の散乱した部屋がどんどん見付かる中
その血に対応した死体が全然見付からなくて結局、無人屋敷……有難く、拠点に使ってます」
まゆちゃんが更にそう言ったけど……今なら赤い渦の発生もないし、立派なベッドだよ……
「桂さん、色々ありがとうございます。ベッドも大きいので朧月さんと2人で寝れますね!」
めいちゃんがそう言った……そうだねー、寝よっか……まゆちゃんの身体の上、柔らかくて
寝心地がよくて、結構休めたけど……やっぱりベッドの上で寝たいよねー……それに、めいち
ゃんの作ってくれた、あさりのチーズリゾットで、お腹もいっぱい……ぐっすり眠れそう……
「めいちゃんおやすみー……あさりのチーズリゾット、美味しかったよー」
私は大きなベッドに潜り込み、めいちゃんの隣に寝転がった後、お布団を被るとそう言った
「時刻は……まだ9時になっていません……っと。おやすみ、朧月さん……今日はお疲れ様」
玉宮明[たまみや めい]こと、めいちゃんもそう言ったし、寝よっと。潜ってるベッドは
少し顔を上げれば部屋全体が見渡せる位置にあって、本当に広い部屋何だなって実感する……
「私も寝るかな。今晩も赤い渦は発生するだろうし、身体の疲れを取って備えておきたいし」
桂眉子[かつら まゆこ]こと、まゆちゃんもそう言って、部屋から去って行きました。で
は、おやすみなさい……その後、割と眠れてた私は、扉が開く音が聞こえたので少しだけ目を
覚ました……と言っても、意識はかなりぼんやりしてます。目に映ってるのは緑髪で眼鏡を掛
けた……鶴木駆[つるぎ かける]……鶴木さん? めいちゃんの方に腕を伸ばして……持っ
てるのは…… 拳銃 ? そして鶴木さんが、その銃の引き金を引こうとした、次の瞬間……
「はい。ストーップ」
突然そんな感じの声が聞こえて、その声に驚いた鶴木さんは後ろを振り向いたので、私は少
し顔を上げ、ぼんやりと眺め始めた……そこにいたのは、ピンクのツインテールで内の高校の
制服を着た……あ、めいちゃんだ。あれ? でも、めいちゃん……私の隣で寝てるよね……?
「貴様は……玉宮! では、この中にいるのは……!!」
鶴木さんは驚き、そう言いながら、お布団を引きはがした……ちょ、ちょっと寒い……
「やっほー。鶴木さん、お元気ー?」
すると……私の隣で寝ていた、めいちゃんが、鶴木さんに、そんな風に挨拶した……あれ?
「貴様! いつの間に……!?」
鶴木さんが、そう叫びながら、後ろを振り向くと、そこには、めいちゃんがいて……
「え? あたしはここから、一歩も動いてませんが?」
と、 そこにいるめいちゃん が言って……
「あたしも、さっきから朧月さんの隣で、ずっと寝てましたよ?」
私の 隣にいるめいちゃん も、そう言いました……って? えーと……?
「なるほど。この部屋の中に、玉宮明[たまみや めい]が2人いるわけか……」
鶴木さんがそう言ったけど、お布団が無くなってちょっと寒いよ……あ、 隣にいるめいち
ゃん が布団を掛け直してくれた……そしてめいちゃんは布団から出た後、鶴木さんに言った
「あれ? 鶴木さん、ちっとも驚いてくれませんね……驚いた表情、楽しみでしたのに……」
「せっかく、 能力 まで使ったのに……ショックですよー」
そして、 鶴木さんの後ろにいるめいちゃん が、続けてそう言った後……
「 その能力 で私の腰を抜かす算段だったのか? だが、それも徒労に終わったようだな」
鶴木さんが、そんなコト言ってるみたいです……
「さて、あたしの寝込みを襲って、そのまま命を奪う……そんな、お考えだったようですが」
「こうして、あたしたちに阻止されてしまったわけです……この後どうするの、鶴木さん?」
えーと、めいちゃんが鶴木さんの前と後ろにいて……めいちゃんとめいちゃんが、そう言い
ました……そうだね、そんな状況! めいちゃんが掛けてくれたお布団、あったかいなー……
「2対1で優位に立ったつもりか? だが、 その能力 は、 発動時の使用者の状態がその
まま複製され、どちらかを本体として選択 し……そして、 もう片方は能力の使用が不可能
になる……過日の銃撃で手負いの貴様が、 その能力 を使ったところで……立っているの
が関の山の身体を……もう1体増やしたに過ぎぬわ! とんだ下策を打ったな……玉宮明!」
鶴木さんが何だか難しい話をしてるけど……あれ? もしかして、めいちゃんピンチなの?
「そうは言っても、鶴木さん……あなた、どちらが本体か……判ってるんですか?」
「姿形は完全に同じ……見た目で判断するのは、無理ですよね?」
そして、めいちゃんとめいちゃんが言いました……何だか2人して余裕って感じだなぁ……
「そんな事……この引き金を引けば、まさに 一発で分かる 事よ! 本体では無い方を狙え
ば、 能力 を持たぬが故に回避する事叶わず、そのまま撃たれ…… その片方はその場で消
滅 し、残った方が本体だ……本体を狙い、見事その 本体が死亡した場合は、もう片方が本
体になる が…… あの能力 で回避する事は必至か……それでも2発目の銃弾が、本体であ
る貴様を狙う……それに変わりは無い! この際だ、玉宮よ……ひとつ聞かせて貰おう……」
そんな感じで鶴木さんが難しい話してるけど……長いよ。とにかく引き続き鶴木さんが……
「貴様は…… 何だ ? 玉宮明。貴様の 本来の能力 ……それを、問おうではないか!」
えーと、鶴木さんが元気な声でそう叫んで、めいちゃんが答えます……一体何の話なの……
「見ての通り……《分裂》ですよ?」
「それを 1回分消費 して、こうなったんですよねー……んー、無駄使いだったかな……」
めいちゃんとめいちゃんがそう言った後……鶴木さんは、銃の引き金に指を掛けながら……
「戯言を……」
鶴木さんが、そう言ったかと思うと……大きな声で……
「 《分裂》は私 だ!!」
鶴木さんはそう叫び、銃の引き金を引いて……それから何秒か経った後……
「な……に……?」
鶴木さんがそう言った後、更に銃の引き金を引いても、カチカチと小さな音がするだけで、
その様子をめいちゃんとめいちゃんが見てる……これって漫画とかでよく見るアレだねー……
「銃弾が2発あれば、1発目で本体を割り出して、2発目で本体を狙う事が出来る……」
「でも銃弾は、1発も無かったみたいですねー」
そして、漫画でよく見るアレその2……掌から弾をバラバラと零すのとは違うけど、めいち
ゃんの片方が、小さな袋を取り出し……何かそれっぽい音を出しながら、その袋を揺らしてた
「貴様……!!」
鶴木さんが悔しそうな声で、そう言ってると……これは部屋の扉をノックした時の音かな?
「ほら、あんまり騒ぐから、桂さんが来ちゃいましたよ……」
「ここは、 あの能力 で逃げましょうか……鶴木さんも、夜に備えて眠りたいですよね?」
そして、めいちゃんとめいちゃんがそう言って……ノックの音が、再び部屋に響いた後……
「ここらが潮時か……命拾いしたな、玉宮よ」
鶴木さんが、そう言ったと思ったら……え? 消えた ……?
「こちらこそ、ありがとうございました。《分裂》の鶴木駆[つるぎ かける]さん」
めいちゃんが、そう言うと……鶴木さんみたいに 消えちゃった ……あれー?
「玉宮さん。さっき大きな音が聞こえたんだけど……何かあったの?」
まゆちゃんが、そう言いながら部屋の扉を開け、様子を見にベッドの所までやって来ました
「玉宮さんも朧月さんも、ぐっすり寝てる……じゃあさっきのは、私が寝ぼけていたんだね」
まゆちゃんがそう言った通り、めいちゃんなら私の隣で眠ってるよ……潜り込んで来たばか
りの気もするけど……こんなにすやすやと寝てるコトだし……やっぱり夢を見てたのかなぁ?
「現在時刻は10時41分……部屋に戻って、もうひと眠りしておこうかな」
まゆちゃんがそう言って、そのまま部屋を出るのかと思ってたら、急に振り向いて……
「あ、そうそう玉宮さん。あさりのチーズリゾット、凄く美味しかったよ……ごちそうさま」
まゆちゃんはそう言うと、今度こそ部屋から出て行きました……そしてそれから少し経った
後、めいちゃんが急に起き上がって、部屋を出たかと思うと、すぐに戻って来た……ところで
私はもう眠いよ……さっきの出来事は……ヘンな夢だよね? それでは、おやすみなさーい。
「本当に……もう行っちゃうの? めいちゃん」
目が覚めた後、めいちゃんは、やっぱり1人で行動すると言って、お屋敷を出発するコトに
なったので、私はこうして、お屋敷の門の前で、めいちゃんの見送りをするコトになりました
「朧月さんのおかげで、鶴木さんに一泡吹かせられたし、氷室さんの死亡、宵空さんの無事、
そして、夕方の食事も作っておいたし……この屋敷で出来る事は、もう全部やったかなって」
めいちゃんはそう言った。既に鶴木さんを一泡吹かせた後でしたか……い、いつの間に……
「みっちゃんと、はぐれた時はどうなるかと思ったけど……まゆちゃんとめいちゃんのおかげ
で楽しい時間にするコトが出来ちゃった……めいちゃんありがとう……行ってらっしゃい!」
私はそう言って、めいちゃんに手を振り始めてると……めいちゃんが喋り始めちゃった……
「思えば朧月さんには……感謝したい事ばかりだなぁ……楽しい事やおかしな事を運んで来て
会う度に何度も笑わせてくれたし、悩んでいた時にも何度も助けてくれた……そうだね、 今
の内に 言っておこうか……朧月さん。あなたに会えて……本当に楽しかった。だから……」
私が振り上げた腕を下ろせずにいると、めいちゃんは、思い出に浸るような優しくて穏やか
な声で、そう述べて……私の方に暖かい眼差しを向けた後……次の言葉を、静かに解き放った
「ありがとう……」
その言葉が私の頭の中に響いた後、めいちゃんはピンクのツインテールを揺らしながら、お
屋敷から去って行った……んー、とりあえず、お屋敷に戻るかな……あ、まゆちゃん起きてた
「玉宮さん帰っちゃったんだー……でも、どこにいようと夜になれば危険なのは同じ……身軽
に行動出来るようにしておくのも選択肢かな……鶴木さんは夜に備えて、まだ寝てるみたい」
まゆちゃんがそう言った……しばらく経つと、鶴木さんが起きて来て、そろそろ夕方……そ
の後、3人で食堂まで移動し、めいちゃんが作っておいてくれた料理を食べるコトにしました
「あさり、ほたて、ムール貝。それに加え、海老と蟹か……」
鶴木さんが、その料理を眺めながら……めいちゃんが使った具材たちを、次々と言ってます
「今朝のチーズリゾットにも使ってたチーズ各種を、ふんだんに使ってるんだねー」
まゆちゃんが、そう言ったけど……よーし、私も料理に関する情報を言っちゃいましょうか
「バジルなどのハーブとスパイスをまぶして、更にオリーブオイルをかけたのがこちらです!
生地自体にもオリーブオイルを練り込んだ……めいちゃん特製の、シーフードピザだよ!!」
このピザを作ってる所を見てたけど、高そうな食材を贅沢に使って料理してる、めいちゃん
……楽しそうだったなぁ……とにかく、これが本日の夕ごはんです。カロリーたっぷりだね!
「全く……玉宮も料理となると、底の知れぬ腕前を魅せ付けてくれるな……」
鶴木さんがそう言った。ふっふー、3人で分けても、相当なボリュームがあるんだよー……
「これだけお腹に入ったなら、もう今日は何も食べなくてよさそうだねー。それじゃあ……」
まゆちゃんが、そう言ったところで……私と鶴木さんと、まゆちゃんは……大きな声で……
「いっただっきまーす!!」
「有難く、頂くとしよう!」
「いたーだき……ます!」
そんな風にバラバラに言った後……本当に大きなピザだったけど、何とか食べ終わりました
「現在時刻は17時57分……もうお腹は、こなれたかな?」
3人ともピザを食べ終えて、しばらくした後……まゆちゃんが、そう言った。
「あれだけの量を腹の中に入れたのだ。体力面に至っては問題無かろう……」
鶴木さんがそう言った後……私は、次のような発言をした。
「今日も18時に始まるんだったら、終わるのは朝の6時……無くてもいいんだけどなぁ……」
18時になっても、 赤い月 は現れない……私としては、そうであって欲しかったけど……
「現在時刻は18時30分。今のところは、まだ穏やかだけど……」
まゆちゃんがそう言う中、私は窓から、お空の様子を眺めてました……ここで私が言います
「お空もだんだん赤くなって来た……そして、いるね…… 赤い月 が」
私はそう言いながら、お空に浮かぶ 赤い月 を、窓越しに眺めてるよ……
「最後の一瞬まで、油断をしてはならない……新、お前の死は無駄にはせぬぞ……!!」
鶴木さんがそう言った。私たち3人は、お屋敷の中でも広い部屋に入って散らばり、金属バ
ットや水を入れたペットボトル……そんな備えをしながら、赤い渦の発生を警戒していた……
「現在時刻は19時32分。このまま何事もなく終われば、それでよしだけど……」
私たち3人が緊張感を保ったまま、1時間ほど経過した後、まゆちゃんがそう言ったよ……
「零時を過ぎても 赤い月 の光は強さを増す一方だった……まだ始まったばかりだね……」
私はそう言った。この赤い光が強まる度に、赤い渦の発生も激しくなる……警戒しよう……
「20時2分だが……玉宮自慢のピザは実に偉大だな……未だに腹が減る気がしないとは……」
鶴木さんが言った。本当にこのまま朝まで何も食べなくていいくらいだよ、めいちゃん……
「やっとお出ましだと、思ったら……」
まゆちゃんが、遂に発生した赤い渦を見ながら、そう言ったけど……これは、厄介……だね
「部屋の扉の足元から、はみ出るように……発生しちゃったね……」
私はそう言った。それでもまだ、追い詰められてはいないよ……ここで、鶴木さんが言った
「扉はこちら側にもあるが……かみつきどもを、この部屋に閉じ込める事は最早叶わぬ……」
この部屋の中に収まる場所で赤い渦が発生してれば、部屋に閉じ込めて逃げるコトが出来た
……でも、赤い渦は障害物関係なく発生する……扉が煙に覆われた今、かみつきは出入り自由
「とりあえず、金属バットだけでも持って行こうか……この部屋は放棄!」
まゆちゃんが、そう言ったので、私たち3人は部屋を出た。それから、しばらく経って……
「20時42分!」
赤い渦を目の前にした私は、思わず時刻を確認し、そう叫んでると……まゆちゃんが言った
「ここを曲がった奥の方に、この階で2番目に大きな部屋があったね……その部屋に移動!」
部屋に着くと赤い渦が発生……部屋の中央だから、かみつきたちを閉じ込めるコトが出来た
「現在時刻は22時丁度。これで今まで確認した赤い渦は消滅……昨日は運がよかっただけか」
まゆちゃんはそう言った……本当に昨日の私はよくも最後まで、お風呂に入れましたね……
「とりあえず、最初の部屋まで戻ろうか。かみつきが飛び出して来ないか警戒を怠らずにね」
まゆちゃんがそう言った後……私たち3人は最初に放棄した広い部屋を目指し、辿り着いた
「現在時刻は22時39ふ……部屋の中央!」
まゆちゃんがそう叫び、部屋の中央に赤い渦が発生……別の方角を見てた鶴木さんも叫んだ
「扉の足元に赤い渦だ! 再びこの場所とはな……」
赤い渦が一度に2つ発生……この時間なら、続けて3つ目が発生しても、おかしくない……
「部屋を放棄! 扉を開ける時は注意!」
まゆちゃんが、そう叫んだ後……鶴木さんが、まだ赤い渦が無い方の扉を開けた、次の瞬間
「いたぞ! かみつきだ! 扉の先で、待ち構えていたか……」
鶴木さんがそう言った後、かみつきが飛び出して来た。しかも、その扉は両開きだから……
「一気に……押し寄せて来た!!」
部屋にかみつきたちが雪崩れ込む様を見た私が叫んでると、まゆちゃんが3つ目の扉を開き
「よし、左右問題なし! この扉から、部屋を脱出するよ!」
まゆちゃんがそう叫んで、私たち3人が無事、かみつきたちで一杯になった部屋を出た後、
通路を走りながら次の部屋を探してると……まゆちゃんに現在時刻の確認を促されたので……
「23時1分!」
私がそう叫んでると……突然、まゆちゃんの 頭上 に、かみつきが 落下 して来た……
「くっ!」
まゆちゃんがそう言って、口を大きく開きながら迫って来た、かみつきを咄嗟にかわし……
「一体、どこから……!?」
まゆちゃんは、少し苛立った感じの声を上げながら顔を上に向けると、すかさずこう叫んだ
「天井……!!」
私も続けて天井を見ると、そこには……少し見えただけで4つ、赤い渦が発生していた……
「成る程……大方、屋根裏部屋の床にでも発生したか……加えて、あそこは屋敷の中央……」
鶴木さんがそう言ってる間にも天井から、かみつきたちが続々と降って来てる……近くの場
所や遠くの場所に落ちたり、中には白いかみつきも……この状況を見て、まゆちゃんが言った
「部屋に逃げ込んで……そこに、赤い渦があれば挟み撃ち……とにかくこの場を離れるよ!」
それから私たちは頭上から降って来る、かみつきを何とか回避し続けながら進んで行き……
「階段の途中にも赤い渦とは……これでは降りる事も叶わぬな……」
絨毯の敷かれた立派な階段があるけど、鶴木さんが言った通り、その途中にかみつきがいる
「左右には、かみつきが迫って来てる……かと言って階段のかみつきを踏み越えるのも……」
まゆちゃんが、そう言いながら悩み始めてると……突然、鶴木さんが大きな声で叫んだ……
「桂! 上だ!!」
まゆちゃんの頭上に、かみつきの歯が迫って来てて、鶴木さんが叫んだ後、まゆちゃんは横
に跳んで何とか、かわしたけど……傍にいた他のかみつきが、まゆちゃんに飛び掛かって……
「まゆちゃん!」
私がそう叫んだ後、まゆちゃんは頭から、かみつきに上半身を噛み千切られ、その勢いで、
下半身の部分が私の方に倒れて来て……あれ? 今、 赤い舌のようなもの が、身体の断面
から飛び出して来たような……? とにかく私は、そのまま続けて声を発するだけだった……
「まゆちゃ……」
今度は叫び声じゃなく、力の無い弱々しい声で、その言葉を私が出そうとした、その時……
「朧月瑠璃[おぼろづき るな]!! 達者でな!」
鶴木さんが、そう叫んでたので、咄嗟にその方向を見ると、鶴木さんの後ろ姿があり、手す
りから下の階に飛び降りるみたいで……って、あれ? 鶴木さん…… 消えちゃった ……?
えーと、まゆちゃんが食べられて、鶴木さんが消えて……何が何なのと、私が放心してたら
誰かに腕を掴まれた感触がして、そのまま一緒に走ってる気がしてると……急に止まって……
「この場所なら……十分だな。そして、この際だ……」
知らない男の人の声が聞こえるなと思ってたら…… 辺りの景色が一瞬で変わった ……?
「え……?」
あまりにも色んなコトが立て続けに起きて、私がそう言葉を発する中、その男の人は言った
「屋敷の外だ。この周囲に赤い渦が発生する前に、手短に話すぞ……まずは、俺の顔を見ろ」
私はそう言われるままに、その声がする方に顔を向けると……男の人は、こう言ったみたい
「さすがに、まだ意識が定まってはいないようだな……そんなお前に問うぞ。これは何だ?」
だんだん意識がハッキリして来た……そして、この男の人が手に持ってるのは……
「私の……通信機器……」
私はそう言った後、その男の人の顔を、今度こそ見ようとして……あ、男の人が喋り始めた
「お前の通信機器と、マユの……桂眉子[かつら まゆこ]の通信機器を交換させてもらった
ぞ……後でこの中に入っている主な連絡先の情報をメッセージで送信しておいてやるさ……」
えーと、背がかなり高くて、髪は伸びてるけど、まだ短い方で、髪の色は赤くて…… 内の
高校の制服を着て て、って……え? 私の通信機器……このまま持って行かれるってコト?
「あ、あの……」
とりあえず私は、声を出してみた……すると、その赤髪の男の人は更に、こう言ってきた。
「現在時刻は23時47分だ。時刻は桂眉子の通信機器で確認してくれ……そして、俺が何者なの
かは考えなくていい……だが、これから言う2つの事だけは……しっかりと伝わって欲しい」
うーん……とりあえず……こう言っておくかな……
「な、何でしょうか……?」
まぁ、こう言うしか無いよね……本当にこの男の人、誰なの……? さて、喋り始めました
「まず、白いかみつきがいるが、お前1人しかいない時なら、お前が襲われる事は無い……ち
ゃんと聞こえたか? 俺が今言った事を、お前の言葉で言ってみろ」
強引な人だなぁ……でも、せっかく親切に教えてくれたんだし……とりあえず言ってみます
「白いかみつきは、私1人しかいない時なら、私を襲って来ません」
私はそう言った……確かに今まで、白いかみつきが私に襲い掛かって来たコトって無いなー
「よし、まだ周りに赤い渦は発生していないな……そしてもう1つは、聞くだけでいい……」
目の前の赤髪の男の人は、そう言いました……とりあえず私は、こう返事をしようかな……
「ど、どうぞ……」
この人は私を、安全な場所まで連れて来てくれたんだよね……まぁ、話を聞くだけなら……
「今まで……マユと一緒に過ごしてくれた事に……ありがとうと、お前に伝えたかった。俺自
身にとっても……掛け替えの無い、とても幸せな時間だったんだ。ありがとう……朧月瑠鳴」
目の前の知らない人は、突然そんなコト言い出した……あ、あの。ど、どう反応すれば……
「さて、俺の話も、お前への用件も……ここまでだ。現在時刻は23時53分……朝6時に 赤い
月 は朝日と共に消え、また18時になると復活する……そして今度は 赤い月 だけではない
可能性もある……ここから先の行動はお前が決めろ、朧月瑠鳴。ではさらばだ」
その赤髪の男の人が、そう言い終えると……次の瞬間、 その姿は消えていた ……
えーと、何だったのかな? とりあえず、私の通信機器は奪われて、まゆちゃんの通信機器
が手元にある……そういえば、後でメッセージがどうのと……そんなコト考えてると……視界
の横で、何かがチラ付いたので振り向くと……私の傍に、赤い渦が発生していますね……
細かいコトは朝6時になってから考えるかな……とりあえず、私は走り出すコトにしました
日曜日
白いかみつきは私を狙わない……だとすると、左の道に黒いかみつきが3匹、右の道に白い
かみつきが1匹いる、この状況は……右に行けば大丈夫ってコトだよね? そう考えながら私
は、右の道に向かって走り始め、その白いかみつきの横を通り過ぎようとしたその結果……白
いかみつきは、のそのそと歩き続けるだけで、私のコトは見向きもしなかった……話は本当み
たいだね。そのまま走り抜けた後、少なくとも赤い渦が見当たらなかったので、私は立ち止ま
って、少し足を休めるコトにした……すると、私の持ってるマユちゃんの通信機器にメッセー
ジが受信され……私の通信機器で登録してた情報が何件も並んでて、最後にはこうあった……
「通信機器の件は宵空満にもメッセージを送信しておいた。白いかみつきは、お前1人の時な
ら襲い掛かって来ない……だが傍に誰かがいる時は向かって来る場合もある。では失礼する」
とりあえず私は周囲を警戒しながら、送信された登録情報をこの通信機器にも登録してっと
「本当に……どこの誰なのか、わかんないけど……何かと助けてくれる親切な人だよね……」
私は心の中でそう呟いた……白いかみつきのコトを教えて貰って、助かったばかりだし……
時刻は1時20分。 赤い月 の光が地面の色を不気味な赤さで染め上げ、その陽射しは太陽
のような眩しさも感じた……直視出来ない明るさになるには、もうひと息ってところかな……
でも、こんな見てるだけでゾッとするほど赤くて、気味の悪い青みを少し感じる、そんな得体
の知れない何かが、太陽の代わりをしますと言われても、お断りだよ……さて、赤い渦が周り
に無いか辺りをしっかり見渡し、それからひと休みしてから進むと……ここで赤い渦が一気に
3つ発生ですか……左に2つ、右に1つ……とりあえず右に行くと、赤い渦の中からかみつき
が、わらわらと湧いて来たけど……多いね。左側の道は単純計算で、この2倍のかみつきがい
るのかな……赤い渦1つでも恐ろしいね、これは……私は今、道の左側にあるブロック塀で、
かみつきが全部出て来るのを見計らってるけど……湧き立ての黒いかみつきたちが、私の方に
向かってて……新たに出て来たのは、白いかみつき……ここを走り抜けるなら……今だね!!
時刻は1時52分。ここまで地面が赤く照らされると、足元に血溜まりがあっても気付かない
よねー、今みたいにさ……えーと、行く手を見たら、かみつきたちがいるけど……この大きさ
だと、もう動かないし、後は赤い煙を噴出しながら溶けて無くなるだけ……そんな、かみつき
たちの赤黒い肉片で覆われた地面が、目の前に広がってるけど……黙って十数匹分はあるから
肉片の量がすごいよ……そんな赤黒いデコボコした地面の間から血の池がのぞき込み、所々に
人間の手や足の一部が見え隠れしてて、そこに真っ赤な光が差し込んで……どんな光景ですか
そうそう、結構近くに動ける大きさの、かみつきもいるけど、3匹とも白いから……この辺
りはまだ安全かな……でも、この白いかみつきって表面が溶けてない……つまり、このままず
っと残るんじゃ……そう思ってると、デタラメに生やしたその足を適当に動かし、のそのそ歩
いてた白いかみつきたちの動きが止まり始め……白くぼんやりと輝いてた胴体の光が急に失わ
れると……全身が かみつきと同じ黒に変化 した。身体の表面のツルツル具合は相変わらず
だけど……あ、黒だから襲って来る、逃げた方が……と思った次の瞬間。白かった、かみつき
たちは赤い煙を噴出しながら、急速に溶け始め……あっという間に跡形も無く朽ち果てた……
「白いかみつきって、こんな感じで、いなくなるんだね……」
私は心の中でそう呟いた。さっきの黒い肉片たちも、今では消えてる……じゃ先へ進もうか
時刻は丁度2時。これ以上赤い光が強くなったら、屋根などから反射する光が眩しくて集中
力が削がれそうだけど……昨日は、私が寝てる間に赤い光が弱まってたんだよね……余裕があ
れば、お空の様子を見ておくかな……ちなみに今は……すごい色してるね。本当はもうすっか
り暗いんだろうけど、夜の空の黒と 赤い月 が放つ、恐ろしいほどに真っ赤な色と、少しだ
け青みのある色で、単純な赤を眺めるのとは違った気分になる……そんな空の色だけど、所々
に雲があるから、その雲の表面がこの色で照らされて、反射してる部分は赤く、影の部分は結
構な青みがあって……その傍にある、お空をこんな風にした張本人…… 赤い月 が、見る者
全ての心を恐怖と不安で塗り潰しそうな不気味な赤い輝きを放ち、地上をその色で染めていた
時刻は2時20分。行く先々で赤い渦はどんどん発生するし、走ってる途中で足元に現れるコ
トも少なくない……今のところ、上手い具合に逃げれてはいるけど……行き止まりに逃げ込ま
ないように気を付けなきゃ……それにしても、何だか見覚えのある景色が続くんだよねー……
時刻は2時41分。昔は公園でよく遊んだなぁ……ぶら下がったりぐるぐる回ったりした鉄棒
登ったり降りたりして、その度に下がったり上がったり……それだけで楽しかったシーソー
……そんな懐かしい鉄棒とシーソーが、そこにあるから……思い出しちゃった。見慣れた景色
が続くので、もしやと思って進んだ先にあったのは、 近所の公園 ……頭から胴体までは馬
下半身は魚のバネ式の乗り物も健在だね……すっかり塗装が剥げてるけど、昔は色鮮やかだっ
たなぁ……目のデザインが乙女チック過ぎるのが昔からの謎で……その瞳の強烈さは、今も色
褪せてない……あ、赤い渦の発生の警戒も怠ってないよ? 早速遠くから音が聞こえるし……
これは、足音かな? どんどん近付いて来てる……私が後ろを振り向くと、女の人が5匹のか
みつきたちに追われてる……でも赤い煙の噴出し具合とあの大きさなら……女の人もそれを確
認しながら走ってて、どのかみつきも、動けないほど身体が溶けたのが分かると、立ち止まり
息を吐き出すと、緊張したその表情を少し緩めてた。その女の人は、内の高校の制服を着てて
背が高めで、長く伸びたストレートの黒髪がきらきらしてて……私はその女の人に近付き……
「みっちゃん……?」
気が付くと、そう呟いてた……その女の人も、私の声に気付き、私の方に顔を向けた後……
「るな……?」
落ち着いた低めの声が聞こえたよ……人違い何かじゃない。今、私の目の前にいるのは……
「みっちゃん!!」
私はそう叫びながら宵空満[よいぞら みちる]こと、みっちゃんに思いっ切り抱き付いた
「るな……」
みっちゃんは、やや戸惑った声でそう言ったけど、すぐに私だと確信して、こう続けた……
「だね……」
そう言いながら、私の後ろの方に手を回し……一瞬だけ強く、後は優しく抱き返してくれた
「連絡しても、こっちに来てくれなくて……考えゴトって何だろう……まゆちゃんとめいちゃ
んのおかげで何とか、寂し過ぎる気持ちにはならなかったけど……やっぱり会いたくて……」
みっちゃんが目の前にいる……それが嬉しくて。何か言おうとしても、今のがやっとで……
「私も、るなに会いたかった。話したい事も色々ある……でも、今は」
そう言うと、みっちゃんが顔の向きを変えたので、私もその方向を見たら……公園の中央に
赤い渦が発生し始めてた……感動の再会をしてる場合じゃ無くなったけど……中央なら大丈夫
「そうだね……」
私がそう言うと、私とみっちゃんは、ほぼ同時に手を伸ばし繋ぎ合い、私はこう声に出した
「行こっか、みっちゃん」
私とみっちゃんは、公園を後にして走り出した。みっちゃんの手の感触……久しぶりだなぁ
「みっちゃん……今、何時?」
かみつきと赤い渦から逃げる合間、みっちゃんに時刻を聞くひとときが……たまらないねー
「3時15分だね」
まだまだ、お空は赤いけど、2時頃に比べれば、地面などからの反射具合も弱まったかなー
「この 赤い月 は、朝6時になって、お日様の光が当たると、いなくなる感じだった……」
私は、みっちゃんにそう言った。今朝の叫び声……あれは本当に、とんでもなかったよ……
「じゃあ……あと3時間切ったね」
みっちゃんの言う通りだけど……やっぱり、この話もしておこうかな……私は、こう言った
「でも、気を付けて……残り1時間切った時にも赤い渦は現れたし、それで氷室さんが……朝
6時でも、まだまだ空は赤い方だったし……お屋敷では、6時20分まで警戒を続けてた……」
あの赤い渦は障害物お構いなしで発生するから……屋内だと厄介なコトになるんだよね……
「ありがとう、るな。朝6時のアレは私も見たよ……壮絶だった」
みっちゃんはそう言った。あれだけ派手に叫びながら消えといて、何で復活してるのさ……
「みっちゃん……今、なん……あ、赤い渦発生」
赤い光が更に弱くなり、私がみっちゃんに時間を聞こうとしたら、赤い渦が一気に3つ……
「坂道の方に2つ、その隣の道に1つ……進むなら隣の道かな。引き付けるよ」
あの坂道は意外と傾斜があり、一気に駆け上がるのは大変……みっちゃんの考えに賛成だね
「じゃあ行くよ、るな。隣の道にいる、かみつきたちを、こっち側に引き付けて……」
みっちゃんがそう言って、私も一緒に道端に身体を寄せると……かみつきたちが迫って来た
「がら空きになった反対側を……走り抜ける!」
私はそう言うと、かみつきたち4匹の横を、みっちゃんと一緒に駆け抜け、先へ進んだ……
「みっちゃん……今、何時?」
赤い渦が発生しても、すぐに逃げれるような場所まで来ると、私はみっちゃんにそう聞いた
「4時……2分だね」
みっちゃんはそう答えた。赤い光は……これなら地面の元の色も判るから、大分弱まったね
「あと2時間……でも、最後まで……油断しちゃダメなんだよね……」
私はそう言った後……何か急に、思い付いたコトがあったので……みっちゃんに声をかけた
「ねぇ、みっちゃん」
すると、みっちゃんは私の方を振り向き、あの輝くような微笑みを浮かべて……返事をした
「ん?」
あぁ……この暖かい光こそ、私の太陽だよ……みっちゃんに提案してから、時間が経ち……
「現在時刻は4時53分」
私は、みっちゃんにそう言った。赤い渦の発生頻度も結構減り、休憩時間も増えて来ました
「そろそろ……さっき、るなが提案した通りに……」
みっちゃんは、そう言った。この辺りは私がよく知ってる場所だからね……あ、ここで……
「今まで発生しなかった分……一気に来たね」
みっちゃんが言ったように……正面には赤い渦とそこから発生した、かみつきたち……その
傍では新たに赤い渦が発生し始めてて、立ち止まってたら、かみつきたちが……一気に増える
「引き返して、そこも赤い渦が発生してれば、挟み撃ち……そうなるのは避けたいけど……」
私はそう言いながら辺りを見渡した……目の前を見れば大きく広がった道路……その中央付
近には赤い渦と発生した、かみつきたち……左側に目をやると、かみつきたちが結構いるけど
……全部白かな? 右側は……かみつきの数が少なくて……こっちは全部黒い。だったら……
「みっちゃん」
この状況に気付いた私は、みっちゃんの手を握り締めながら……みっちゃんに、声をかけた
「なに?」
みっちゃんが、その低めで落ち着いた声を響かせて返事をした後、私は……こう言い放った
「一旦、二手に分かれよう……私は白いかみつきの多い左側、みっちゃんは、かみつきが少な
い右側……大丈夫、 白いかみつきは私を狙わない ……親切な人が、そう教えてくれたの」
はぐれる前のあの時は……手を離しても、またすぐに繋げる……そう思ってた……今も、ね
「了解。足元に気を付けてね……るな」
大丈夫だよ、みっちゃん。今度は足元にも注意するし、赤い光もほどほどの強さだし、地面
もよく見える……それじゃあ繋いでる手を、ちょっとだけ離すね……今度こそ、ちょっとだけ
「行くよ! みっちゃん」
私はそう叫んで、みっちゃんと繋いだその手を離し、左側の白いかみつきの脇を走り抜けた
足元が血で濡れてたり、転びそうな柔らかいものが転がってたり……大丈夫、見当たらない
「かみつきを抜けた先には……何も無し。るなも……いいみたい……これなら、大丈夫だね」
みっちゃんが言って、私とみっちゃんは走りながら互いの距離を縮め……その手と手を……
再び 繋いだ 。もう、この手を離れ離れに何てしない……もう、みっちゃんと一緒じゃない
時間何て……作らない! この手のぬくもりと感触が……今、私の傍にある。だから、どんな
に怖い目に遭っても、どんなに恐ろしいコトが起きても……温かい光が、私の心を照らすんだ
「みっちゃん……今、何時?」
あれからみっちゃんと手を繋いだまま道を進み、道中のかみつきの数はまばらどころか、赤
い渦すら見かけなくなった……私は一応、辺りを見渡しながら……みっちゃんに時間を尋ねた
「5時32分」
みっちゃんがそう答えた……残り30分を切ったけど……赤い渦がすぐ傍で発生する可能性は
最後まで残ってる……氷室さんが身を以って、それを教えてくれた……あ、赤い渦が発生……
「目の前に現れたね。赤い渦……それじゃあ走ろうか、みっちゃん」
私はそう言った後、その赤い渦の脇をみっちゃんと一緒に走り抜け、何とか逃げ切れたと思
って立ち止まると……後ろの方に、またも赤い渦が発生してたので再び走り出し、先へ進んだ
「さすがにこの時間になると、赤い渦の発生頻度も見かける数も……本当に減ってきたねー」
それからしばらく経ってから、私がそう言ってると……みっちゃんが前の方を見ながら……
「でも、このまま終わるほど……甘くはないみたい」
みっちゃんはそう言った……これから進もうとしてる道に、かみつきたちが待ち構えてて、
その数は6匹……白いかみつきも1匹だけいる……結局、この白いかみつきは、黒いかみつき
と何が違うんだろ……私がそう思ってると……みっちゃんの口が開き、現在時刻を告げた……
「6時になった……ね」
みっちゃんがそう言った途端、赤い光が強まり、紫色に見えるようになって来た空は、再び
赤さを取り戻し、 赤い月 が得体の知れない生き物のような、不気味で騒がしい大きな悲鳴
を上げ、それが一旦収まると、赤い光も一気に弱まり、お空も再び紫色に……そして、強く赤
い光を伴った悲鳴を再び上げ始め……ここで私は、目の前の黒いかみつきの異変に気付く……
「みっちゃん! かみつきたちの身体が……!!」
私は思わずそう叫びながら、6匹いるかみつきたちを指差し……みっちゃんも、こう呟いた
「黒い身体が……白に……?」
赤い煙を噴出しながら、どんどん溶けて行く、かみつきの赤黒い身体が……急に溶けるのを
やめ、身体の表面が固まり始めたかと思うと、明滅する赤い光で何度か照らされる内に……黒
いかみつきは、 白いかみつき と同じ色になった……そして、そんな光景を眺めてると……
次の瞬間、 赤い月 がこの世のものとは思えない、聞いてるこっちまで痛みを感じてしまい
そうな恐ろしい悲鳴を上げ、そのおぞましい叫び声と、強烈な赤い光で街全体を包み込んだ後
……その最期の光と悲鳴が収まった頃……あの赤く丸い姿は、お空の上から……消えていた。
「爆発でもしてるのかな……とんでもない悲鳴だけど、赤い光の量も普通じゃなかった……」
私は、今まさに消えそうな赤い煙の漂う 赤い月 のあった場所を眺めながら、そう呟いた
「ひとまず、終わったね……」
みっちゃんがそう言った。あ、でもまだ、かみつきたちが目の前にいるから……と思ったら
「さっきまで……そこにいたよね、かみつきたち……いなくなってる」
昨日もだけど 赤い月 が最後に放つ光は本当に眩しいから、思わず目を閉じちゃうよ……
「そっか……外にいる、かみつきたちも、 赤い月と一緒に消える んだね……」
私は続けてそう言った。でも屋内のかみつきには、あの強烈な赤い光は届かないし、まだ残
ってる場合が……それでもお外は、もう安全だよね! そう考えてたら、みっちゃんが言った
「6時20分になったら、るなの言ってた場所に……向かおう」
それが確実だね。物陰の中から、かみつきが飛び出して来る可能性も、まだあるんだし……
「そろそろ、出発しようか」
私は現座時刻を見た後、そう言った。これから2人で、その目的地へ向かうわけだけど……
「……そこの角を曲がれば……もう到着、だけどね……」
私が続けてそう言った後、私とみっちゃんは、目的地である一軒家に辿り着いた。その家の
表札には 朧月 の文字があり……要するに例の目的地って…… 私のお家 だったわけです
「合鍵は持ってる。窓から家に入る……とか、しなくていいね」
そう言いながら、みっちゃんはカギを使って、玄関のドアを開いた……さて、家の中は……
「かみつきたちに荒らされた形跡は見当らない……食糧状況も家から出た時のままだね……」
私がみっちゃんにそう伝えると……みっちゃんは部屋の中で上着を脱ぎながら、こう言った
「じゃあ、お風呂にしようか。汗を洗い流したら、朝ごはん作るね」
みっちゃんが暗めの水色に黒のフリルの付いたブラジャーを露にしながら、そう言ったので
私も上着を脱いでピンクのブラジャーを外しながら、そうだねーと、みっちゃんに返事をした
「朝ごはん。何がいい?」
お風呂でシャワーを浴び始め、私ご自慢の長い金髪をみっちゃんの手で洗い流して貰いなが
ら、その優しい手付きと感触に私が、うっとりしてると……みっちゃんが私にそう聞いてきた
……うーん、朝はガッツリ食べたいし……そういえば最近、雄鶏が少し話題になってたね……
「親子丼!!」
私はそう叫んだ後、今度は私が、みっちゃんのさらさらした長い黒髪を洗って……お風呂上
りに 制服に着替え てたら、宅配が来たので受け取って、何だろうと中を開けてみたら……
「ごめん……るな。日付の近い鶏肉が少しはあるけど、この量で2人分作るのは無理が……」
みっちゃんが、そう言いながらこっちに来た時、私は荷物の中身を見て、唖然としてた……
「 日本全国の食卓を親子丼で埋めてみない会 ……?」
みっちゃんがそう言いながら、チルド便で来たばかりの、新鮮な鶏肉と卵を眺めてます……
「お代は要りません。興味がありましたら是非とも我が協会に……だ、そうです」
荷物の底で、いい感じに冷えてたビラの内容を私がそう読み上げると、みっちゃんが言った
「……これなら、量を気にせず贅沢に使えるね。お米はたくさん、あったし……」
それから私が、みっちゃんと一緒に料理した後、我が家の食卓の上には立派な親子丼が……
「卵が新鮮だったから半熟にして、タマネギは食感程度の量にしたよ」
みっちゃんがそう言った……ではいただきます! うーん、鶏肉もたっぷり入ってて、それ
に大量の半熟卵が絡み合い……そんな私をみっちゃんは、ぼんやりと眺めながら、こう言った
「ご飯も美味しく炊けたけど…… 水道水を使ったのに余計な匂いが全然しない 何て……」
そう言えば、こんな状況なのに……電気・ガス・水道が、何一つ止まってないんだよね……
「みっちゃん……親子丼、美味しいよ! 大盛りで作ってくれたから、これ一杯で大満足!」
こんな感じで、みっちゃんは私が美味しく親子丼を頬張る表情を眺め、私もそんな温かい眼
差しを送ってくれる、みっちゃんのぼんやりとした表情を眺め返し……お互いを見つめ合った
「時刻は……8時38分だね」
みっちゃんがそう言った頃、白のスリップで薄着した私とみっちゃんは横に並ぶ感じでベッ
ドの中に潜り込み、温かいお布団を被った……お昼過ぎまで寝ちゃおっと。もうクタクタ……
「これなら18時どころか15時のオヤツにだって起きれるよ。みっちゃん、おやすみなさーい」
私はそう言うと、顔のすぐ傍にある、みっちゃんの顔と表情を眺めながら、目を閉じた……
「おやすみ。るな」
そして、みっちゃんの低めで落ち着いた声が頭の中に優しく響いた後……私は眠りに就いた
それから私は、ちょっと目が覚めて、頭も視界もぼんやりとする中……みっちゃんが起き上
がり、そのままベッドから出るのかなと思ってたら……みっちゃんが口を動かし、こう言った
「ねぇ……るな」
静かな部屋の中で、みっちゃんが私の方に目を向けながら、そう呟き、口を更に動かす……
「結局こうして、また一緒にいるけど……前に通信機器で、考え事がしたいって送ったよね」
あ、これは独り言だねー。眠くて返事は出来ないかな? そして、みっちゃんは続けた……
「あれは、るなから離れようと真剣に考える為で……るなとずっと一緒にいたい気持ちを抑え
なきゃって……この幸せで満たされる日々に……これ以上、甘え続けていたら、ダメなんだ」
うん、私もみっちゃんと、ずっと一緒にいたいよー。みっちゃんのお話はまだ続いてて……
「もしも……明日になって、私が……宵空満[よいぞら みちる]が、本当は存在しなくて、
るなの記憶からも消えちゃって……今まで、るなと一緒に過ごした時間や、送った日々が全部
ウソになる。それを言わなきゃダメなのに……もう時間が無いのに……結局、話せなかった」
みっちゃん……疲れてるのかな? ほら、お布団あったかいよ……一緒に、ぐっすり眠ろ?
「そもそも 私は宵空満じゃない 。宵空満何て 本当はこの世界に存在しない ……どんな
に仲のいい関係を築き上げても時間が来れば、全部消える…… 最初から 判っていたのに」
みっちゃん、ヘンな夢でも見たのかな? それともこれ自体が夢? みっちゃんは更に……
「今日の18時からは……何が起きて、何が待っているのか……本当に分からない。明日の朝6
時に…… 全てが終わる んだ……それにね、るな。零時になったら……私は……私は……」
みっちゃんの口の動きはそこで止まり……それから私が目を閉じ始めてると、声が聞こえた
「とりあえず、 その時 まで一緒にいるよ……るな。何の解決にもならないけど……はは、
逃げてばっかり だなぁ……私って。 今まで もそうして来たけど、今回ばかりは本当に
辛いや……でも、るなに会えて、本当に……よかった。それを心の底からずっと、思ってる」
みっちゃんがそんなコト言ってた気がするけど……まだ眠いなぁ。じゃあ……寝ようか……
「16時3分になったよ。ほら、そろそろ起きて。るな」
みっちゃんがそう言いながら布団越しにゆっさゆっさと、その両手で私の身体を揺らしてる
「んー……みっちゃん、おはよ」
私はまだ眠たい目を擦りながらそう言うと、布団から起き上がり、 制服に着替えた ……
そういえば、この制服のスカーフ……血をたくさん吸ってるはずなのに 驚くほどきれい だ
……この冷たい感じのする、ぼんやりとした白さ……何だか白いかみつきを思い出すなぁ……
「夕ごはん作っておいたけど……今朝の鶏肉と卵が、まだたくさんあったし……どうかな?」
みっちゃんがそう言った。食卓の上には、よく見慣れた料理が並んでいて、ここで私は……
「やっぱり……みっちゃんの手料理と言えば……これだよね!! では、いっただきまーす」
みっちゃんをこのお家に連れて来た最初の日に……作ってくれたのが、この料理だった……
「古い卵はゆで卵にして刻んだ後マヨネーズで和えて、今朝の新鮮な卵は半熟にして、鶏肉、
豚肉、牛肉……それぞれのお肉と一緒に挟んで……御馴染みのレタスとトマトの方も作った」
カンペキだよ、みっちゃん……一緒に飲むジュースも今、決まったし……ここで私は言った
「やっぱり、私の大好物はこれだよ…… みっちゃん特製のサンドイッチ !! いやぁ、新
鮮な卵が、突然手に入って本当によかったよ……あ、そうだ! ジュース取って来ようっと」
そして、冷蔵庫の中から私が持って来た飲み物は……私はそれを食卓の上に勢いよく置いた
「飲むマンゴーゼリー。これは別々に飲む感じだね」
みっちゃんが、そう言って、私はカップル用ストローを手にしながら、もう片方も置きます
「こっちは一緒に飲めるよ……あっさり味の、飲むヨーグルト!!」
そんな感じで、私とみっちゃんは他愛の無い会話をしながら、サンドイッチと飲み物を仲良
く満喫しては……一緒の時間を、思う存分過ごしました。そして、食事も片付けも終わり……
「時刻は17時37分……そろそろ出発だね。るな」
私とみっちゃんは 制服姿 で家を後にした。今から12時間以上……やるしかない、よね!
「とりあえず、広い場所が多くある、あのルートから行ってみようか。大きな建物があったら
しばらくそこで過ごして、 赤い月 の光が強くなったら脱出したりとか……色々やろう!」
私はそう言った後、みっちゃんと手を繋ぎながら、そういう場所を目指し、歩き始めた……
「さて、あと30秒で18時……」
みっちゃんは時刻を見ながら、そう言った。とりあえず、これやるかな……私はこう言った
「それじゃあ、みっちゃん。一緒に秒読みしようか……10秒前からとか、どうかな?」
「了解。そろそろだね……じゃあ、行くよ……10……9……8……7……6……」
「5……4……3……2……1……」
私とみっちゃんは声を揃えるように秒読みを続け……最後の数字が来ると大きな声で叫んだ
「ぜろ!!」
そして、遂に18時になった……まずはここで30分くらい、様子を見ながら過ごそうかな……
「みっちゃん……今、何時?」
結構長い間、身構えてたけど……赤い渦の発生は今のところ無いし、時間を聞いちゃおっと
「19時2分……最初はラク、出来たね」
そして、みっちゃんが答えた……本当に、このまま何も起きないのが一番だよ。だけど……
「みっちゃん…… アレ 、何だろう……」
私はお空に浮かぶ、 赤い月とは違う何か を見上げながら、そう呟いた。
「絶対、 何かを起こす ……そんな存在感が、あるね」
みっちゃんはそう答えた。 赤い月 と違う点を真っ先に挙げるなら、大きさだね……月が
ピンポン玉なら、 アレ はバスケットボールくらいかな? 色は 赤い月 と同じ、真っ赤
な色に不気味な青さを感じる色で、光はそんなに強くない……さて、辺りを見渡してると……
「さすがに赤い渦が現れたね。でも、 何だか小さい ? じゃあ逃げようか。みっちゃん」
その後も赤い渦はちらほら見かけたけど……規模が一回り小さいせいか、何とかなった……
「みっちゃん……今、何時?」
赤い光も相変わらず弱いままだけど……とりあえず私は、みっちゃんに時間を尋ねてました
「20時8分……んっ、9分」
みっちゃんが答えた。確認してる間に9分になったみたいだね……さて、気を引き締めよう
「え?」
それから5分くらい経ったかな……お空に浮かぶアレに動きがあり、私は思わず声を発した
「急に明るく……?」
みっちゃんが言った通り 大きな赤い月 が急に、その光の強さを一気に増し、何だか……
「ちょっと、 大きくなった ……?」
強くなった赤い光が広がって、そう見えてるだけ……? とりあえず私は更に、こう言った
「みっちゃん。次に赤い渦が出たら用心しよう……赤い光の影響で、何かが変化してるかも」
しばらくが経ち、問題の赤い渦は目の前に現れた……それを見て、みっちゃんが言った……
「赤い渦が……大きいね……」
さっきまでの赤い渦が一回り小さかったとはいえ……目の前の赤い渦は 明らかに大きい
「赤い渦だけじゃなく、かみつきまで……やっぱり、赤い光が強くなったのが原因かな……」
その赤い渦を眺め続ける内に中から出て来た、 大きいかみつき を見た私は、そう言った
普通のかみつきは自動車くらいの大きさで溶けるのも早いから、見かける時には一回り小さ
くなってるコトも多い……でも 大きいかみつき は、もう少し大きければ自動車だって背中
に乗せられそうな大きさで……それにしても、普通のかみつきより赤い渦の中から出て来るの
が遅いね……やっと身体が全部出て来たよ……これからずっと、この大きさしか出て来ない?
「更にかみつきが出て来た……今度は普通の大きさ……そろそろ、ここから離れるよ。るな」
みっちゃんがそう言ったコトだし、私は 大きいかみつき を観察しながら走り出した……
「みっちゃん! この 大きいかみつき ……足が……速い!!」
大きいしスピードは遅くなるかと思いきや、パワーが上がってた……さてここで十字路……
「前方と左右には道……その先に赤い渦とかみつきの姿は見当たらない……どっちに行く?」
立ち止まれば 大きいかみつき に追い付かれる中、みっちゃんがそう言うと、私は叫んだ
「こっちに曲がれば、広い場所が多かったし……左に行こう!」
そして左に曲がった後、 大きいかみつき は中央の道を そのまま直進 ……つまり……
「 大きいかみつき ……あの勢いのまま行っちゃったね……普通のかみつきも、走りながら
曲がるのは苦手だけど……以前遭った、羽の生えた ヘンなドラゴン を思い出すなぁ……」
私はそう言ったけど……こんな厄介なのが出る赤い渦が一度に2つも3つも発生したら……
「大きいから、遠くにいても分かるけど……突然近くに現れたら、逃げ切れないかもね……」
みっちゃんがそう言った。 大きいかみつき は一度走り出すとそのまま走り続けるし足が
速い……分かれ道がすぐ見付からないと、追い付かれる……気付くのが遅くてもダメだね……
「みっちゃん……今、何時?」
そういえば、お屋敷に着いてすぐ、お風呂に入ったけど……あの時、赤い渦は現れなかった
……運がよければ、そいういうコトもあるけど……とにかく私は、みっちゃんに時間を尋ねた
「21時22分。あれから赤い渦は見ないけど……次に発生した時が……怖いね」
でも運がよかっただけだよね……運が悪ければ、残り1時間切ってても赤い渦とかみつきは
現れる……さて、みっちゃんが時刻を答えてくれたし、考え込んでないで先へ進みますか……
「危なかった……ね」
みっちゃんが言った。さっき赤い渦が出た時、走り始めてたら……近くの建物の壁が突き破
られ 大きいかみつき が現れた……すぐ分かれ道に駆け込めて何とかやり過ごせたけど……
「やっぱり……広い部屋のある建物を拠点にする、という手は……もう使えないみたいだね」
私はそう言った…… 大きいかみつき は閉じ込めても部屋の壁を突き破ってしまうし、赤
い渦も一回り大きくなって部屋の中から、はみ出す可能性も高くなった……とりあえず進もう
「とうとう赤い渦が2つ発生したね……」
分かれ道に辿り着いた矢先だったけど、私はそう言った……赤い渦はこの大きさで、これか
らもっと頻繁に発生するんだよね……さて、片方の道に2つ発生したけど……もう片方は……
「こっちの道に赤い渦は……見えないね。それじゃあ、ここは一気に……走り抜けよう!!」
私はそう叫んで、みっちゃんと一緒に赤い渦の無いもう片方の道に向かって走り出し、少し
進むと……急に目の前が、眩い金色の光沢が入り混じった、赤い煙で覆われて……これは足元
に赤い渦が発生……と思ってたら抜け出せた……すぐ外側を走ってたんだね……それにしても
「走って正解だったね……もう少し行動が遅ければ、こっちの道も赤い渦で塞がれてた……」
私はそう言った。さっき赤い煙が少し身体に触れたけど……やっぱり気味の悪い感触でした
「みっちゃん……今、何時?」
道中見かける、かみつきが何匹もいたり、移動中に発生したり……赤い渦の頻度が増えてる
「22時6分……あと、2時間……か」
私がみっちゃんに時間を聞き、みっちゃんが答える。今の内に、お空を見上げとこう……あ
の 大きな赤い月 は……かなり大きくなってるけど……まだまだ膨らみそう……赤い光は、
太陽の眩しさには及ばないけど、地面を真っ赤に染める強さではある…… 赤い月 と違って
その明るさは一定ではなく、少し暗くなったら、すぐ元の明るさに戻るの繰り返しで、その間
隔には少しバラツキがあるけど…… 周期性 を感じる時もあれば……赤い光がやけに強い時
もあるし……一定じゃない時も目立つけど、何だか リズムを刻んでる ようにも思えた……
「みっちゃん! あれって……!!」
しばらく進むと目の前には 大きいかみつき ……でもそれは 白いかみつき でもあった
「白いのも、いるんだね……」
この白いかみつきのコトは、まだよく分かってない……ただ、あの親切な人が言ってた……
「白いかみつきは、 傍に誰かがいる時は向かって来る場合もある ……」
通信機器で送信されたメッセージだけどね……とにかく私はそう呟いた。目の前のかみつき
が、こっちに向かって来た……でも、この距離なら……しかも横に逃げるスペースだってある
「みっちゃん」
私はそう言って、みっちゃんを促し、その意図が伝わった、みっちゃんも、こう言った……
「一旦、横に走るよ。るな」
私とみっちゃんは突進して来た、かみつきを横にかわし、そのまま走り続け……遠くまで進
むと、高いフェンスが前方に広がり、その内側で隙間なく生い茂った緑が壁を形成し、幅広い
左右の道が直線上に繋がった丁字路に辿り着いた。そして両方の道に、かみつきたちの姿……
「左の道に4匹、右の道に5匹……まだ気付かれない距離で、みんな普通の色と大きさ……そ
して、左の道に赤い渦が発生。後ろは……追って来るかみつきも、赤い渦も見当たらず……」
私はそう言った……発生した赤い渦はやや手前……これはもう、引き返すのが得策かな……
「左の奥には、かみつきの群れ、手前の方には発生した赤い渦……中から早速、出て来たね」
みっちゃんが言って、その赤い渦から真っ先に現れたのは、 白くて大きいかみつき ……
「ここは、引き返して別の道を探した方がいいのかなー……んー、どう思う? みっちゃん」
来るまでに分かれ道も結構あったし、私はそう言った。この道を通るのはもう無理だよ……
「るな」
更に他のかみつきが出て来る中、私がそう考えてると、みっちゃんの口が開き、こう続けた
「右の道を通れるように出来るかも……赤い渦の中から出て来た4匹の内、大きくて白いのは
最初の1匹だけ……だから私が、そのかみつきを右に誘導して、5匹のかみつきの群れの中に
あの突進をぶつけて弾き飛ばす……残りの3匹も追い掛けて来るけど、ここを通るから……」
みっちゃんの提案には、ひとつ 前提 があるけど……提案の内容の続きは、こうだよね?
「そのかみつきたちは私が対処する……この道幅なら引き付けも簡単! でも、みっちゃん」
後から来る3匹は、私に気付けば方向転換を始める。でもその為には……私は続けて言った
「その作戦って、 白くて大きいかみつき が、みっちゃんを追い掛けて来なかったら……」
私が同じコトしても 白いかみつきは私を狙わない から……追い掛けて来るのは3匹だけ
「大丈夫だよ。るな」
そんなコト考えてると、みっちゃんが私に声をかけて……やっぱりこの声……落ち着く……
「 白いかみつきは私を狙う ……だから心配しないで、ここは任せて。じゃあ……行くね」
みっちゃんは更に続けて、そう言った。わかった……じゃあここは任せたよ……みっちゃん
「みっちゃん……行ってらっしゃい!!」
みっちゃんが大丈夫って言ったんだから大丈夫。心配しないでと言ったんだから心配しない
……だから私がそう言うと、丁字路の交差点まで進んだ、みっちゃんは、しばらくすると右の
道に向かって走り去り……それを 白くて大きいかみつき が、すごい勢いで追い掛けて行き
……少し遅れて3匹のかみつきも、その後を追って来たけど……私に気が付くと身体の向きを
変えるべく、胴体からデタラメに生えた足を出したり引っ込めたり動かしたりしながら、3匹
とも私の方に身体を向けてきたけど……もう距離は取ったよ。あとは横に動いて、かわすだけ
「おいで……まっすぐこっちに……一等賞は誰が手にするかな? 手は無いみたいだけどさ」
私はそう言った……かみつきって、脚はたくさん生えてるけど……手が生えて無いんだよね
……脚の部分は地面に貼り付けるように折れ曲がり、足は指みたいに分かれてるけど、脚によ
って本数が違うし……明らかに物を掴める形状じゃない。それが胴体から、全方向に生えてる
「上手く行ったよ!! るな……おいで」
3匹のかみつきたちが私目掛けて走り出した頃、みっちゃんの声が……聞こえた。それじゃ
あ呼ばれたから、これで失礼するね……私は向かって来た、かみつきたちを横に走ってかわし
3匹とも右手のブロック塀に激突したのを横目で確認し……そのまま走り続け、みっちゃんの
いる右の道を目指した……右の道に入ると、みっちゃんがいて、 白くて大きいかみつき の
突進に弾き飛ばされた、かみつきたちの姿があった。左手のフェンスの金網に全身が激突して
大量の赤黒い泥がへばり付く感じになってたり、かなり高く飛ばされてから地面に落下したの
か、ただでさえ赤い煙を噴出しながら溶けてる身体が、横に平たく潰れて広がってて元の形に
戻ろうと、その中央に肉なのか泥なのかも分からない何かが、ゆっくりと集まってたり……右
手のブロック塀にも横に叩き付けられたように潰れて、同じく中央に集まり始めてるのが……
さて、みっちゃんと合流して、手と手を繋いで……飛び散った、かみつきの肉片の傍を避けな
がら何とか開けた道を進み……何だか直線の道が続くので、私は 白くて大きいかみつき が
あれからどうなったのか気になり始め……やっと分かれ道が見えた頃……私の目の先には……
「この先にあるのは駐車場だよね……ブロック塀が突破されて、何か 道が出来てる ……」
私は幅広い入り口が新しく出来たブロック塀に近付きながら、そう言った……結構広そうな
駐車場だけど穴が開いて見晴らしがよく、仰向けになった車や離れた所で不自然な向きをした
車などが確認出来た…… 大きいかみつき がここを通ったんだね……本当に、すごいパワー
「時刻は……22時58分!」
走ってる最中それが気になり、通信機器で現在時刻を確認した私は勢いに任せ、叫んでいた
「また一段と、大きく……」
みっちゃんがお空を見上げながら、そう言った…… 大きな赤い月 は最初に見た時の倍の
大きさになってるし、赤い光の強さも更に明るく……私の顔も、みっちゃんの顔も真っ赤だし
もう見る物全てが真っ赤に見えそうだよ……見晴らしのいい場所を見付けたし、休憩しよっか
「え? 何、今の光? んー……でもこれ、光と言うよりも……」
休憩を始めて10分かな……辺りが急に ヘンな色で光った 感じがして……私はそう言った
「そうだね。むしろ一瞬、 暗くなった ……?」
みっちゃんの言った通り、その暗くなった瞬間は…… 青くなってた 気も……うーん……
「今の内に……他にも見晴らしのいい場所が無いか、ちょっと探しに行こうか。みっちゃん」
それから十字路に辿り着き、今のところ赤い渦は見当たらない……私はみっちゃんに聞いた
「みっちゃん……今、なん――」
私はここで、言葉を詰まらせた。目の前に…… 見覚えのあるもの が浮かんでたから……
「じ……?」
そして、勢いが弱まったものの何とか最後まで言うコトが出来たので、みっちゃんは答えた
「23時21分……どうしたの? る……」
みっちゃんも 私が見たもの を見て、驚いてる……ここで、さっきの青い暗闇が一瞬訪れ
その 見覚えのあるもの が鮮明に映った……そう、私とみっちゃんの目の前にいるのは……
「 赤い……月 ……?」
みっちゃんがそう言った……昨日まで私たちを散々追い詰めてきた、 赤い月 ……目の前
にいると言ったけど、まさにその通りで……本当に手を伸ばせば届く位置に、あの 不気味な
青さを含んだ赤い光を放つ月のような何か が、すぐそこに浮かんでる……でもまるで、 完
全にはそこにいない かのように、ぼんやり見えるような気も……私はただ、こう呟いた……
「どういう……コト……?」
私が戸惑いながら、その 幻影のように宙に浮かぶ赤い月 を眺めてると……何か後ろの方
で気配を感じたので振り向くと……そこにも同じ 赤い月の幻影 があの光を放っていた……
「 赤い月が2つ ……?」
私はそう言いながら、前と後ろの赤い月を交互に見てると……幻影のように、ぼやけてた赤
い月の片方が 実体化に失敗 したかのように消え……続いてもう片方も消えてしまった……
「みっちゃん……今の……?」
私がみっちゃんに、そう言ってると……突然、みっちゃんの表情が変わり、こう叫んだ……
「るな!! 見て……!!」
私がすぐに、みっちゃんの視線の先を見ると、赤い渦が発生してて……って? あれ……?
「何……? この大きさ……?」
私はそう呟いた……さっきまでの赤い渦より 更に一回り大きい ……さすがに逃げました
「 大きいかみつき が……3匹いる」
私とみっちゃんが何とかあの場を去り、しばらく進むと……みっちゃんが言ったように、目
の前には、 大きいかみつき が3匹いて、あのサイズで3匹横に並ぶのは無理な道幅なのか
その溶け続ける身体は変形し、隙間の無い一つの塊みたいになって、道が塞がれてるのに……
「ここで、 赤い月のようなもの まで……現れますか」
大きいかみつき たちは、まだ遠く……3匹並んでるのが、この距離でも分かる……そう
思いながら辺りを見てたら……後ろにいた。でもこの 赤い月の幻影 って…… 何もして来
ない んだよね……しばらく経つと勝手に消えるし……とにかく私は、更に続けてこう言った
「みっちゃん。この ヘンな月 には構わず、引き返そう。さっき通らなかった道もあるし」
私はそう言った。この辺りは分かれ道が多いし、赤い渦が発生しても、逃げ道には困らない
「分かったよ。るな……ちょっと時刻を見るね……よし、走ろう」
そう言いながら、みっちゃんは時間を確認し、私と一緒に走り始めた……せっかくだし……
「みっちゃん……今、何時だったの?」
私は走りながら、みっちゃんにそう尋ねると……みっちゃんは浮かない表情で、こう答えた
「23時39分、だったよ……」
みっちゃんはそう言いながら、声の調子を下げて行き、何か考えゴトしてるのかと思ったら
「さすがに、もう……言わないと、ダメ……かな」
少し小声で、更にそう言った……どうも、みっちゃんは、私に話があるみたい……何だろ?
「それじゃあ私は、赤い渦が無いか辺りを見渡してるから……どんどん話して、みっちゃん」
私がそう言うと……みっちゃんは少し重たそうな口調で、こう答えた……真剣な話なのかな
「そう、だね……休憩のしやすい場所に着いたら……話す」
みっちゃんがそう答えた後、赤い渦もかみつきたちの姿も見当たらない、道幅の広い十字路
が伸びた絶好の場所に辿り着くと……私が辺りを見渡す中、みっちゃんの重い口が開いた……
「あのね……るな。落ち着いて聞いて。もっと早く言っておきたかったんだけど……ごめん」
どうやら、とても大事な話みたい……私は覚悟を決めました、という感じの声で返事をした
「いいよ……何を言われても……私は、大丈夫。だから話して、みっちゃん」
私は、みっちゃんの顔を真っ直ぐと見つめ、そう言った後……再び辺りを見渡し始めた……
「零時になったら……私は……」
みっちゃんが、苦しそうな声で話し始めた……表情も苦しそう……頑張って! みっちゃん
「行かなきゃ、いけないんだ……」
とても深刻な声でみっちゃんは言った……でも、それだけじゃ分からないので、私は聞いた
「それって、どういうコト……?」
私がそう聞くと、みっちゃんは少し黙った後、苦しそうで辛そうな……そんな声で言い放つ
「るなと……お別れしなきゃ、いけないんだ」
その言葉を聞いた私は、さすがに辺りを見渡す動作が止まり……何とか再開出来たけど……
「ごめんね……るな。どうやって、言い出せばいいのか……分からなくて……るなとの時間が
本当に楽しくて、いつか言おうと思っても、るなの笑顔を……曇らせるのが嫌で……るなを悲
しませてしまう……それが、本当に耐えられなくて……時間が来るのに……まだ逃げたくて」
みっちゃん。ちょっと頭の整理が追い付かないよ……でもさっき私、大丈夫って言ったから
「え、えーと……は、話を続けて……みっちゃ、ん……」
私は動揺を隠し切れてない声で、そう言った…… お別れ って……どういう、コト……?
「時刻は23時46分……もう、言うしか無い……理解出来そうにない話をするけど……聞いて」
と、とにかく……みっちゃんの話はまだ続くみたいだね……零時になったら……何だろう?
「 私たち は自らの願いを叶える為、この世界を舞台に 互いの命を賭けて皆でゲームをし
ている んだ…… 参加者 たちは、元々は この世界にいなかった存在 ……だから本当は
私なんていない 、 宵空満はこの世に存在しない ……かみつきも、あの奇妙な月も……
私たち 参加者を追い詰める為、ゲームが用意した存在 ……だから全部、ウソなんだ……る
なが……るなたちがいる、この世界は…… 本当の世界じゃない んだ」
私たち……? 世界? ゲーム……? うん本当に……理解出来そうにないよ。みっちゃん
「ごめん……納得の行く説明をするには、時間がもう無くて……周りに赤い渦は……発生して
はいない……そして現在時刻は……23時49分……話を……続けるよ。るな……」
そう、こうやって話してる間にも赤い渦は発生する……とにかく、みっちゃんの話は続いた
「でも……これだけは、わかったんだ……それを今から、言うね……」
本当に、あと10分くらいで……みっちゃんと、お別れ……? そんなの……あ、喋り始めた
「例え私の存在が、ウソだったとしても、幻のような存在だったとしても……私が……宵空満
[よいぞら みちる]が、るなと……朧月瑠鳴[おぼろづき るな]と一緒に過ごした時間は
……今まで、るなのおかげで楽しかった事、嬉しかった事、おかしかった事、るなが私にくれ
た、思い出と感情は……全部、私の記憶の中に……心の中に、存り続ける。だから……!!」
ここで、みっちゃんの声が力強いものになって……その声のまま、みっちゃんの話は続いた
「私が、るなと過ごした時間は、貰ったものは、この想いは……夢じゃない、幻じゃない、ウ
ソなんかじゃない。それは全部、私にとっても……るなにとっても…… 本物 だよ。それが
ゲームの中で過ごしたものであっても、宵空満と朧月瑠鳴が、今まで一緒に得た全ての時間と
記憶は…… 本物 だよ。今回のゲームの為に 全てがウソになってしまった、この世界 で
私は、るなと出会い、いっぱい遊んだ、いっぱい楽しんだ、いっぱい……笑った。本当に私の
心の中が、こんなにも潤いで満ち溢れる事になるなんて……るなは私にとって 光 でしかな
かった…… ずっと暗闇の中で生きて来た私 を優しく照らしてくれた……だから私は……」
あ、これはちゃんと、みっちゃんの顔を見て聞かなきゃダメだね……私は慌てて振り向いた
「るなに……言いたい……伝えたい……心の、底から……」
よし、間に合った。私は、みっちゃんの表情をしっかりと目に捉え、次の言葉に備えた……
「ありがとう……るな。暗い闇の中で過ごす事しか出来なかった私に、るなは光をくれた……
最後にこれだけは、ちゃんと伝えたかった……でも、そんな、るなを……私はこれから……」
これは本当に長い話だね。すごく大事な話なのは分かったかも……みっちゃんは更に続けた
「これから、そんな大切な、るなを……絶対にその光を曇らせたくない、もう離れたくない!
そんな私自身の気持ちも……るな自身も……裏切らなきゃいけないんだ……!! もうこの世
界は、あと6時間くらいしか存在出来ない……その、あと6時間になったら私はすぐに……」
みっちゃんは、すごい勢いで喋ってるけど、ちゃんと聴いてるよ……ここで私は手元の……
「23時56分だよ、みっちゃん。まだ話す時間はあるよ……言ってごらん……」
私は通信機器に表示されてる現在時刻を見た後、みっちゃんにそう言った……5分切ってる
「このゲームは、 参加者5名が命を奪い合い 、 その奪った命が多いほど、より大きな願
いを叶える事が出来る …… 1つや2つじゃダメ で、 最低でも3つ必要 なんだ……そ
れを素にゲームの勝者の 報酬 を作り出す……だから私は 2名の勝者の内の1名 を目指
した……このまま零時になれば、それが達成出来るんだ。そして零時からは…… この世界を
ゲームにした張本人 とも言える存在が用意した…… 最終兵器 が零時から6時の間に現れ
る……それが、何かは分からない……でも、もしも……その 最終兵器 で他の参加者が皆、
死亡 したら……私は 勝者 になれる…… 生存 が複数でも、構わない。その時は 報
酬 を全部あげてもいい……ゲームに参加せずにずっと逃げ回っていた私が、命を賭けて生き
残った者から報酬を分けて貰う……そんな卑怯なマネ、したくない。るな……私が何で、この
ゲームに参加したのか……最後に……最後だから……るなに……るなにだけ、教えるね……」
もう、みっちゃんの言ってるコトが全然分からないよ……でも、これだけは分かる……零時
になったら、私とみっちゃんはお別れで……その後は、もっと大変なコトになってしまう……
「本当の私は…… 誰にも遭ってはいけなくて、誰にも気付かれてはいけない ……だから私
は、誰の目にも届かない暗闇の中で、自分の目の前に広がる 光 を眺めては憧れた……そう
やって、 ずっと独りで過ごして来た んだ……こうして、 人間になって皆とゲームが出来
る 、ゲームの中で…… 人間たちの世界で色んな事が出来る ……それだけで、私にとって
このゲームは…… 光 だったんだ……そう私の願いは…… 光の中で過ごせるようになる
……それが、 私がこのゲームに参加した理由と目的 ……話はもう、おわりだよ……るな」
みっちゃんの話もこれで、終わったんだね……ここで私は時刻を見た後、こう言った……
「みっちゃん。零時になって2分過ぎちゃったよ……行かなくて、いいの……?」
みっちゃんと、お別れする覚悟なんて、出来てない……みっちゃんの話も、全然理解出来て
ない……だけど、みっちゃんはここで、行かなくちゃならない……それだけは、理解出来たよ
「最後まで、るなと一緒にいたかった……ごめんね……るな」
みっちゃんのこの声を聞くのも……これでおしまい。それにしても、どうやって出発するの
かな? 誰かが迎えに来たりとか……私がそんなコト考えてると、みっちゃんの声がした……
「あ……」
こんなに小さな声でも……みっちゃんの声は、やっぱり落ち着く……何か、あったのかな?
「どうしたの?」
私がそう声をかけた頃、さっきまで辛そうだった、みっちゃんの表情がちょっと和らいでた
「時間……貰っちゃった。 るなと私が、お別れの言葉を交わしている間 なら、この周辺の
安全は確保してくれるって……そうだね、私だけが一方的に言って……るなに何も言わせない
まま、お別れなんて……ズルイよね。 粋な計らい ……ありがとう」
みっちゃんが引き続き、よく分からないコト言ったけど……私からも、みっちゃんにお別れ
の言葉を伝えられる時間が出来て、その間は周りを気にする必要ないってコト? じゃあ、さ
「本当に……ワケ分かんないよ。みっちゃん……」
私はこう切り出した。私には、みっちゃんの抱えてる事情を誰にでも理解出来るように説明
するの、確実にムリだ……でも事情は分からなくても……私から言うんだったら……こうだね
「みっちゃんと出会う前の私はね……どんなに身体を元気に動かしても、明るくなろうとして
も……心の中までは元気になれなくて、毎日が……寂しかった」
酷い時には、隣に誰かがいるのに、ひとりぼっちの気分だった時まであって……公園で一緒
に遊んでくれる人たちがいても、その時は元気いっぱいで遊べても……家に帰ったら、遊び疲
れた感覚と、遊んでる時からずっと感じてた寂しさが、一気に押し寄せて来て……一晩中、1
人で静かに泣いて過ごした時が……昔から何度もあって……とにかく、私は続けて言った……
「でも、かみつきに追い掛けられて、最初にみっちゃんと出会ったあの日……あんなに満たさ
れ無かった私の心が……みっちゃんの声を聞いただけで……みっちゃんの顔を少し見ただけで
……私の心の中は、あたたかくて心地のいい、優しい光で満たされた……もう1人で帰りたく
なかった……もう1人で帰れなかった。だから私は、みっちゃんを連れて帰りたかった……み
っちゃんも、私と一緒に帰ってくれた……」
どうして心の中まで元気になれないんだろう……どうすれば心の中まで元気になれるんだろ
う……ずっと、ずっと、悩んでた……でも、そんな私の悩みを、みっちゃんは傍に居るだけで
あっけなく溶かしちゃった……そうだよ、みっちゃんは……私にとって……そして私は続けた
「だから、ごめんって謝らないでよ……みっちゃんがいたから……いてくれたから……表面だ
けが明るくて、中身は暗いまま……そんな身体も心もボロボロになって行くだけだった、そん
な私を……中身まで明るくしてくれた……だから私は、みっちゃんに……お礼が言いたいの」
身体を動かせば寂しさも紛れるかなってスポーツを始めて……頑張り過ぎて、身体を壊すだ
け……そんな日々を送ってたかもね……みっちゃんと出会って私は、本当に……救われた……
「でも……だけど……私は、今から……今から……るなを……!!」
私が一気に喋った後、みっちゃんが、思い詰めた声で苦しそうに言った。だから、私は……
「みっちゃんとお別れするのは、寂しいよ……許されるなら、ずっと、いつまでも一緒にいた
い……でも許されないから……みっちゃんはそうするかしないよね……だから、自分を責めな
いでよ……みっちゃんは私にとって、 光 なんだから……そんな弱々しい輝きにならないで
……みっちゃんはどうすれば、心の中まで元気になるコトが出来るかを私に教えてくれた……
それはね、私にとって大きなコトで……この先、昔みたいに寂しくなっても、泣きそうな夜を
過ごしそうになっても……大丈夫。それは諦めるコトじゃないのが、もう判ってるから……」
本当に……寂しくなるよ……また、泣いちゃうよ……でも、私の心の中は明るくなるコトが
出来る……いつかまた、光で満たされる時が来るかもしれない……それならきっと、頑張れる
「ところでさ、みっちゃん」
私は長い言葉を続けた後、短い言葉をみっちゃんに言った……ここまで話して、思ったんだ
「なぁに……るな?」
みっちゃんはそう返事をした。泣きそうな表情をしてると言うか、もう涙が少しづつ零れて
た……いや、私もさっきから、頬に何か伝ってるものがあるけど……とりあえず、私は言った
「私とみっちゃんが最後に言う……お別れの言葉って……一緒だと思うんだ」
私がそう言うと、みっちゃんは少し戸惑うと……すぐに、その内容を理解した表情になった
「そうだね……るな。じゃあ、その言葉の前に私から……話をもう1つ……しておく」
そう言うと、みっちゃんは私に近付き、私もみっちゃんの方に近付いて、みっちゃんは……
「 このゲームの参加者は皆、同じ能力を持って いて、それを 強化 、 弱化 する事で
出来る事を増やしたり、減らしたり……ゲームを 始める前に、それを選ぶ んだ」
みっちゃんの難しい話を、あんまり聞かずに、私はみっちゃんとの距離を徐々に縮めて……
「今から私が使う 能力 は…… 弱化 で6時間、 通常 なら24時間、 強化 でこのス
テージ中ずっと……いずれも 解除するまで、その状態になる 一度しか使えない切札……」
伸ばした手をみっちゃんの背中に回し、みっちゃんも私に同じコトを……話はまだ続く……
「 私はこの能力を弱化 した。だから今回のステージ終了の6時間前を切った今、発動して
しまえば、これから現れる、 このゲームの為に用意された最終兵器 をやり過ごせる……」
みっちゃんがそう言った後、私とみっちゃんは、もう2度と離さないと言わんばかりの強さ
で互いを抱き締め合い、手を回した背中や頭を、しっかりと抱えて……互いに何も言葉を交わ
さない……そんなひとときを……私とみっちゃんの 2人だけの時間 を……一緒に過ごした
「 自らの能力 を差し出して 参加者 になり、それが5名集まって、 差し出した能力に
基づいた5つの能力を参加者に割り当て 、その条件で命の奪い合いをし 勝者が自分の願い
を叶える 事で ゲームの報酬 となる ……それが私が今、参加している ゲーム ……」
みっちゃんのお話は、今ので終わったみたい……それじゃあまずは……私から言おうか……
「みっちゃん」
私は、みっちゃんを抱き締めてる腕と手を離さないように、少し身体を離し、みっちゃんを
上目遣い で見つめながら、いつも、みっちゃんに呼びかける調子で、そう言った……
「るな」
みっちゃんも、私の顔を見つめられるように身体を少し離して、そう言った後……私とみっ
ちゃんは、ほとんど……これはもう完全に同じ瞬間だね……次の言葉を互いに……解き放った
「大好きだよ」
そして、そのまま口の動きを止めるコトなく、私とみっちゃんは……私たちが最後に交わす
……この最後の瞬間を飾るに相応しい お別れの言葉 を……静かな音色を奏でるように……
私が知ってるようで……全然知らない……そんな世界の片隅で……ひっそりと、響かせた――
「 光 をありがとう」
それが……私とみっちゃんが交わした お別れの言葉 ……確かに発せられた、その言葉が
震えを失う頃……みっちゃんは私の目の前から姿を消し……もう、いなくなってしまった……
さて、これからどうしようかな……あと6時間でゲームは終わるんだよね? ゲームが終わ
った後って…… 参加者以外はどうなる のかな……気にはなるけど……今は辺りを見渡そう
……目の前と言うには頭上になるけど、あの 赤い月の幻影 が現われた……いや、これは幻
影じゃない……姿が鮮明で存在感がある……この 赤い月 は今、私の 目の前にいる ……
零時を過ぎたし 実体化が可能になった のかな? ひとまず身構えてたら、 赤い月 の足
元で赤い渦が発生……今まで見て来た中でも更に小さい……そう思ってると、その赤い渦の中
に 丸い物体 が落ちて来て、生卵などの表面が潰れた時のような音がした後、表面にヒビが
入り始めたけど……今回の赤い渦は規模が小さいからか、煙の上がる高さは低く、この 丸い
物体 の形状と大きさを難なく把握出来た……大きさはボウリングの球より小さいかな……表
面は白いけど……この球に近い形で月面のように凸凹した物体は……さっきまで頭上に浮かん
でた 赤い月 が、あの真っ赤で不気味な青さのあった光が失われた後、落下したんだね……
今ではその表面にヒビが入ってて……その間から血のようなものが滲み出てるけど……その血
の色は不気味な青い光沢を放つ、ドロリとした黒い液体で……あ、小さい赤い渦の中から、か
みつきが出て来た……大きさも色も普通だね……そろそろ逃げようと思ってたら、ヒビが更に
広がり遂には割れて……表面の白い部分は殻のような厚みがある程度あって、その中は空洞で
黒い液体で満ちてたらしく、血を流すかのように中身が溢れ始めたと思ってたら……まだ留ま
ってた青い光沢の血溜まりが急に上に伸び、遂には千切れ……ある程度の高さまで浮かび上が
る中、まとわり付いてた血も大分滴り落ち、 赤い月 と同じ不気味な青さを含んだ真っ赤な
色をした何かの臓器のようで表面は岩石のような……卵型の形状と言うにはイビツで、少し縦
長の楕円の球体に収まりそうな 何か が、その身を晒していた…… それ は全身を脈動さ
せ、その動きに伴い身体の大きさが変化してる……何だか 心臓 みたい……さっき出て来た
かみつきの動向に注意しつつ……私はその 心臓と心臓を繋ぎ合わせたような形 をした 真
っ赤な岩石 のようなものを眺め続け……その後 真っ赤な岩石 はその身をくるくると 回
転 し始めて……何やら 尖ったものを発射 し、傍で動き始めてた、かみつきに上手い具合
に突き刺さり、かみつきが唸り声を上げたと思った頃には更にもう1本が発射され、発射の度
にその身を小さくしてた 真っ赤な岩石 の身体が、両端が尖った細長い形状の 真っ赤なト
ゲ となり真っ直ぐどこかへ飛んでった……3本とも発射の方向はバラバラで……さっき1本
目の トゲ が刺さった、かみつきがいたけど……既に抜け落ちたのか、普通に動き始めてる
……さていい加減、ここから離れますか……この 赤い月が発生させる赤い渦 、 赤い月
が光を失い落下した後に出て来る 真っ赤な岩石 が回転しながら発射する 真っ赤なトゲ
……これらの対処をどうにか考えなくちゃだね……それじゃあ、この辺で失礼しま――
その時、私は自分の身体に激しい違和感を覚えた……その場所に目をやると……胸の辺りに
真っ赤なトゲ が突き刺さり、見事に身体を貫かれてるね……えーと、 真っ赤なトゲ は
真ん中辺りの部分まで刺さってるのかな……何だか身体に力が入り辛いけど……ちょっと後ろ
の方を振り向いて…… 真っ赤な岩石 は見当たらなかったけど、赤い渦は発生してた……あ
ぁ、後ろにも 幻影じゃない赤い月 が発生してたんだね……ところで喉の奥から何やら込み
上げて来るものがあるんだけど……何だろう? もう口の中が、それでいっぱいになったみた
いだから吐き出してみるね……せっかくだし手を添えてみようかな……あ、間に合わない……
じゃあこのまま吐き出そっか……結構出たなー……とても赤い液体で……血だね、これ……あ
まだ出そう。んー、さっきから胸の辺りがスースーするんだよね……そういえば、胸に突き刺
さってた 真っ赤なトゲ が気付けば見当たらない…… 刺さったらすぐ消える 感じなのか
な? えーと、状況を整理しますか……今、私の胸の辺りには立派な風穴が開いてて……そこ
から血がどんどん流れ出してて……そんなコト考えたせいか、何だかすっごく気分が……あー
これは酷いね……視界も何と言うかチカチカし始めてるし……これはちょっと……横になった
方がいいかなー……と思ってたら、もう既に、うつ伏せに倒れ込んじゃってた……地面に広が
ってく自分の血が、何だかお湯のように温かくて、それはもう……ベッドの上にいるような心
地よさ……そうだね、気分が悪いんだから横になった方がいいよね。最近本当に色んなコトが
あったし、疲れが溜まってたんだね……だから、ここらでちょっと、ひと眠りしちゃうのも悪
くないのかも……あ、意識も遠くなってきたし……もう身体が動かせる気がしないくらい重い
……これは相当、眠いんだね……よし、このま、ま寝ちゃおっ……か……
おやすみなさーい。




