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あの夏の日のこと  作者: 小日向 冬馬
8/9

~事件発覚 四日目~


 翌、月曜日の祝日――。


 燦々と降り注ぐ太陽の下、塩谷少年は緊張で強張らせた顔に汗を滲ませて、天音のマンションのエントランス前に立っていた。


 「待たせたわね」


 不意に掛けられた声に、塩谷が驚いて振り向く。

 目の前に、胸に赤いリボンが付いた白いワンピースの少女が、黄色いラインが一本入った白のストローハットを目深に被って立っていた。


 Tシャツにキュロットパンツ姿の天音しか知らない塩谷は、その清楚で可憐なお嬢様の佇まいの少女に息を呑んだ。


 「伊織川?」


 塩谷が訊ねると、ハットが縦に動く。


 いつもと全く雰囲気が違う天音に、塩谷は無言で立ち尽くしていると、天音がハットを上げて、塩谷を睨む。


 「母さんが、どうしてもこれを着てけって、うるさかったの!笑いたければ笑いなさいよ!」


 ふて腐れたように腕組みをする天音に、塩谷は見蕩れながら口を開く。


 「いや、綺麗だよ……。何て言うか…とても似合ってる」


 塩谷の歯の浮くような台詞にポッと頬を赤らめた天音が、「ふんっ!」と鼻先を逸らせる。


 「じゃあ、行きましょうか」


 余所余所しくエスコートする塩谷の後ろを、天音がついて行った。

 端から見れば、主人と下僕のような関係にも見える二人は、照り返しの強いアスファルトの上を歩いて行く。


 「行ったわね」


 マンション前の茂みに息を潜めていた麻里佳が顔を出すと、「行ったな」と加原も続いて顔を覗かせる。


 「大樹、行くわよ!」


 麻里佳が探偵宛らに二人の後を尾行すると、加原も麻里佳の後を追う。

 対象者に気取られないように注意しながら、距離を取りつつ尾行する姿は、なかなか板に付いたものだった。


 塩谷と天音はいつもの公園の前を通り、川辺りを歩く。

 流石に海までは距離があるため、川を選択した塩谷の事を考えながら、麻里佳の心はソワソワしていた。


 時折吹く風は、涼を含んでいて、気持ちが良い。


 塩谷と天音は土手を降りて、川原へ向かった。

 それを土手の上から見守る麻里佳と加原はジッと会話に聞き耳を立てる。


 浅い川に、拾った小石をひたすら投げ込んでいる塩谷にヤキモキしながら、麻里佳が呟く。


 「アイツ、何してんのかしら。川にダムでも作る気?」

 「バーカ、ダムなんか出来る訳ねぇだろ?」


 鼻で笑った加原の脇腹に、強めの一発を入れる麻里佳が小声で怒鳴る。


 「分かってるわよ!静かにしてろ!虫!」


 不意の一撃に悶絶しながら、加原は何度も頷いた。 ガサガサと雑音を立てる麻里佳達の方に、天音が顔を向けた。

 その瞬間、素早く加原の上に重なって草の中へ隠れた麻里佳に、天音は気付かなかったのか、顔を塩谷の方へ戻した。


 「ふぅ~」


 麻里佳が安堵の溜め息を吐くと、下になっている加原が苦しそうにもがいている。


 「退けよ!バカヤロウ!死んじまうよ!」


 暴れる加原から、ゆっくり体をずらして、頬を膨らませる麻里佳が呟く。


 「失礼ね!私、そんなに重くないもん!」

 「オレもそんなに重くねぇんだよ!」


 小さな言い争いをする麻里佳達の方に、今度は塩谷の目線が来る。


 「シッ!」


 塩谷の視線に気付いた麻里佳が、加原の口を塞いで息を殺す。

 幸い塩谷にも気付かれなかったようで、塩谷は、また石を川へ放り込む。


 会話する事もなく、ただひたすら少年が、川に小石を投げ入れる画を、しばらく見続けていると、ようやく二人に動きがあった。


 天音が塩谷に近付き、何やら話をしているようだが、麻里佳達には聞こえなかった。


 「天音……何、話してんのかなぁ」

 「さぁな。『ガソリン切レソウデス』とか言ってんじゃねぇか?」


 加原がおどけて言うと、麻里佳は無言で鳩尾に一発喰らわせた。


 「アンタ、私の親友をバカにしてると殴るわよ!」


 冷淡な口調で言う麻里佳に、加原は声にならぬ声で抗議する。


 『モウ、ナグッテンジャネェカ……』


 加原が失った呼吸を必死に取り戻そうとする間に、天音と塩谷が土手を登り始めた。


 「今度は何処に行くのかしら」


 麻里佳が初々しい二人にワクワクしていると、麻里佳の目がみるみる見開かれていく。

 土手を登り切った二人が麻里佳達の方に歩いて来るのだ。


 「ヤバい!こっちに来てる!」


 麻里佳達は徐々に近付いて来る二人に、慌てながらあたふたしていると、バランスを崩して、抱き合いながら土手を転がり落ちていく。

 バサバサと草の上を転げながら下まで落ちると、天音と塩谷の目が、完全に向いている。

 丈のある草の中だったものの、見えている可能性は充分にある。

 麻里佳達は抱き合ったまま、気配を消した。


 すると、草の近くから、一匹の野良猫が飛び出して行き、天音達の目もその猫を追っている。

 猫を見送った後、何事も無かったかのように、天音達が歩き出した。


 「ホッ……」


 去り行く二人を温かい目で見ていると、ハッと我に返った麻里佳が近過ぎる加原の顔に張り手を放つ。


 「近いわよ!このヘンタイっ!」


 バチーンと張られた加原の目の前に星がチラつく。一々殴られたり叩かれたりに我慢の限界が来た加原がワナワナと立ち上がった。


 「もういいっ!帰る!」


 麻里佳に背を向けて歩き出す加原を、麻里佳が慌てて引き留める。


 「大樹!待ってよ!」

 「うるせぇ!行きたきゃ独りで行けよ!オレは帰るっ!」


 振り向きもせず去って行く加原の背中に麻里佳が叫ぶ。


 「大樹!アイス食べようよ」


 麻里佳の一言で加原の歩が止まる。そこに麻里佳が畳み掛けた。


 「奢るよ?ガリガリ君、二本!」


 麻里佳が力強くピースを突き出して見せる。

 暫しの間が空いて、加原がゆっくりと振り向く。


 「ソーダ味だからな!」


 そう言いながら、はにかむ加原に、麻里佳は「良かった、バカで」と胸を撫で下ろした。


 引き続き二人の尾行を再開した麻里佳達は、見失った二人を捜す。


 「麻里佳!いたぞ!」


 加原が押し潰したような声で麻里佳を呼ぶ。麻里佳は加原の指先の差す方を見ると、天音と塩谷の姿を確認した。


 何やら微妙な距離を保ったまま歩く二人に、麻里佳の心はソワソワしっぱなしだ。


 「何で手を繋がないの!塩谷のヤツ!」


 歯痒そうにギリギリと歯を鳴らす麻里佳に、加原は「コイツ、ウゼェな」と思いつつ、ガリガリ君のために言葉を呑み込んだ。


 閑静な住宅街を抜け、路地へと曲がった二人を麻里佳達が急いで追い掛ける。

 路地の角を曲がると、二人を待っていたかのように、天音がワンピースの裾を風にたなびかせながら仁王立ちしていた。


 「「ワォ!」」


 思わず声を上げる麻里佳達に、天音がにじり寄って行く。その後ろには不機嫌を露にした塩谷が控えていた。


 「わぁー。よく見たら天音じゃない?スゴい似合ってるね。その服、何処で買ったの?」


 この場を取り繕う麻里佳に天音が一喝する。


 「麻里佳!これはどう言う事!?」


 凄まじい天音の剣幕に、麻里佳はたじろぎながらボソボソと言い訳するが、声が小さすぎて聴こえない。


 「皆で私を担いでたのね!信じられない!」


 怒りと悔しさで瞳に涙を滲ませた天音に、麻里佳が釈明する。


 「違うよ!そんなんじゃないよ!塩谷が転校するのは本当なの!」

 「そうだぞ、伊織川!オレ達は面白そうだから見てただけだ」


 加原の余計な一言を聞いて、天音が憤慨する。


 「私、帰るっ!」


 そう言って麻里佳達を押し退けて行こうとする天音の手を、塩谷が掴んだ。


 「伊織川、半日付き合う約束だろ?」


 塩谷は天音の細い腕を掴んだまま、麻里佳達に視線を向けて強い口調で言った。


 「もう、邪魔しないでくれよ……頼むから」


 塩谷の大人びた口調に、麻里佳達は黙って頷いた。


 「大樹、行こう……ゴメンね、天音」

 「ガリガリ君忘れんな。二本だぞ!」

 「分かってるわよ!」


 寂しそうに、申し訳なさそうに背中を丸めて去って行く麻里佳を睨み付けながら、天音が「ふんっ!」と回れ右をすると、塩谷は微かに笑みを見せていた。


 「行こうか。もう邪魔は入らないだろう」


 塩谷は掴んだ腕を離す。その塩谷の表情に、敬愛する父の面影が一瞬重なり、天音の心臓がドクンと脈打った。


 「うん……」


 天音はサッと俯いて塩谷の顔から視線を外した。

 何故か塩谷を直視するのが、憚られたのだ。


 それに、塩谷に腕を掴まれた刹那に体に走った電流のような刺激。嫌悪の類いでは無い、気恥ずかしさに近い感情。

 初めて抱いた感覚に戸惑う天音は、塩谷の顔を見る事が出来ないでいた。


 「少し歩くけど」


 塩谷はそう言って先頭を歩く。その後ろをしずしずとついて行く天音は、塩谷に掴まれた感触が残る腕を優しく握り、感触の上書きを試みる。


 痛い訳では無い。


 ただ、その跡が疼く度、天音の拍動もシンクロするように、トクン、トクンと鐘を打つのだ。



 しばらく歩いた二人は、商業地区の広場に着いた。


 広場を囲む広葉樹の並木に芝生の緑、中央には大きな噴水が吹き上がり、七色の虹を描いていた。

 噴水から広がる石畳は、白、赤のコントラストで幾何学模様を表現していて、いつもの公園のような遊具は無く、都会のオアシスの様相を呈していた。


 二人は噴水の前に立ち、向かい合う。


 塩谷が澄んだ瞳で見つめるのに対し、天音は目を合わせられずに噴水の吹き上げる水を見上げていた。


 「伊織川…オレ……」


 塩谷の声に体をピクンと弾かせた天音は、殊更に塩谷の方を向く事が出来ずにいた。


 「ずっと好きでした」


 その瞬間、タイミングを見図ったように、一陣の風が吹き抜け、天音のストローハットを空へと舞い上げた。

 帽子を失った天音の顔が露になる。


 その驚きの中に不安や戸惑いを含んだ天音の表情に、塩谷は優しく微笑んだ。


 「返事はいらない。これはオレの勝手だから……。ただ、知ってて欲しかったんだよ」


 天音は塩谷を見た。


 その悲しげな笑みに天音は混乱し、両目から涙が頬を伝う。


 「……どうして?」


 もうすぐ離れて行ってしまう友人に、唐突に打ち明けられた気持ちに、自分は何と返したらいいのかが分からず、その場に泣き崩れた。


 身を屈めて嗚咽する天音に、慌てて駆け寄った塩谷は天音の肩を抱いて頭を下げた。


 「ゴメン、伊織川。困らせるつもりじゃ無かったんだ。ただ、そういうヤツがいた事だけ分かっててくれれば……」

 「違うの……」


 塩谷の言葉を遮り、天音は咽びながら話し始めた。


 「分かんないの……塩谷に何て言えばいいのか……私、分かんないよ。塩谷ぁ……」


 しゃくりあげる天音に、塩谷は肩を抱いたまま答える。


 「簡単だ。何も言わなくていい……。ただ笑って送ってくれれば、それで」


 優しく語り掛けていた塩谷が、立ち上がってポケットから出した物を天音の首に掛けた。

 その生暖かな感触に、天音が目を落とすと、自分の首に掛けられた物に気付いて、グシャグシャに濡れた顔で塩谷を見上げる。


 それは小さな紫色の石が付いたペンダントだった。

 子供が買えるようなオモチャだったが、太陽の光を反射してキラキラと輝くそれは、天音の心に嬉しいと言う感情を芽生えさせるには充分だった。


 「ありがとう」


 天音が、はにかんだ笑顔を向けると、塩谷は満足そうに微笑んだ。


 「それでいい。それでこそ、オレの伊織川天音だ」


 塩谷は晴れ晴れとした表情で天音を見つめた。


 何かが吹っ切れた、とても大人な顔つきになった少年の姿がそこにあった。



  * * * *



 塩谷との束の間のデートを終えた天音は、家に戻るとすぐに、自室に閉じ籠もり、いつもの服装に着替えた。

 幸い、母が留守だったので、訊問を受ける事は免れたが、どうせ夜には母からの詰問攻めが待っていると思うと、心が重い。


 天音は塩谷のプレゼントのペンダントを電気スタンドに引っ掛け、指で揺らしてみる。

 ペンダントの紫色の石が窓から射し込む光を受け、淡い紫の点が壁や天井を往ったり来たりしている。


 「はぁ~……」


 天音の心に疲労が重苦しくのし掛かる。


 天音はデスクからベッドに移り、仰向けになる。


 今日の出来事を思い出しながら、塩谷の事を考えていた天音は、正解の無い答えに悩みながら、いつの間にか眠りに落ちていった。


 それからどれくらい眠ったのか分からないが、天音は母の呼ぶ声で意識を戻した。


 「天音、電話よ」


 外は陽が傾いていたものの、まだ明るかった。


 まだ微睡んでいる天音はゆっくりと体を起こして部屋を出た。

 電話口に立つ母から受話器を受け取ると、ダルそうに話し出す。


 「お電話変わりました」

 「天音さん?園崎です」


 天音のテンションとは真逆の明るい園崎の声が、耳に響く。天音は少し受話器を耳から離して訊ねる。


 「警察の方が小学生に何のご用でしょうか?」


 色々あって不機嫌な天音が、つっけんどんに突き放すと、そんな天音に園崎は気にする素振りも見せず、快活に話す。


 「犯人を逮捕しました。天音さんの推察通りで、正直言って驚きましたが」

 「えっ!?」


 園崎の言葉で一気に意識が覚醒した天音が、園崎に飛び掛からんばかりの勢いで訊ねる。


 「それは、誰ですか?」


 天音は緊張で受話器を持つ手が汗ばんでいく。


 「…………よ。自供も取れてる」 園崎が告げた名前に天音は言葉を失った。全身が総毛立ち、冷や汗が滲む。


 「……まさか」


 天音の中で、今まで構築した推理がビジョンとなって浮かび上がる。


 廃屋の記憶……。


 初めて遺体を見た光景を呼び起こし、園崎達と現場検証した時の事を思い出す……。


 その時に感じた違和感が頭を過った。


 そこに割り込んで来たのは、父の言葉だった。


 『僕は真実は明かされるべきだと思う。喩え、それが大切な誰かを傷付けてしまうとしても……』


 悲しげな父の表情が印象的だった台詞に、現実へと戻った天音は、乱暴に電話を切り、家を飛び出して行く。


 「ちょっと!天音?」


 母が声を掛けた時には、既に天音の姿は無く、ゆっくりと閉まるドアだけだった。



 天音は走った――。


 廊下を、エントランスを駆け抜けて、出入口の自動ドアが開き切る前に、隙間を擦り抜けて外へ出ると、ひたすらに走った。


 「おーい!天音ー!」


 不意に掛けられた声に立ち止まり、辺りを見回して声の主を探す。


 「こっちだよぅ!」


 声は頭上のベランダからだった。

 マンションのベランダから、麻里佳が両手を振って合図を送っている。


 「麻里佳!力を貸して!お願い!」


 天音が頭上の麻里佳に叫ぶ。

 天音のただならぬ雰囲気に、麻里佳は「今行く」と返事をして、家の中へ消えて行った。


 天音が乱れた呼吸を整えながら待っていると、マンションから麻里佳が飛び出して来た。


 「どうしたの?天音」


 不思議そうに天音を覗き込む麻里佳に、天音は真剣な眼差して嘆願する。


 「お願い!手を貸して欲しいの」


 麻里佳は天音の悲痛を帯びた瞳を見て、理由も訊かずに微笑んだ。


 「何でも言って!私達、親友じゃない」


 汗に濡れた天音の肩に手を置く麻里佳に、天音は嬉しそうに微笑みを返した。


 「何をするか分からないけど、人数は多い方がいいよね?」


 首を傾げる天音に、麻里佳はニッと白い歯を剥き出して言う。


 「暇人1号も呼ぼう!」


 そう言うと、麻里佳は天音の手を取ってマンションの外へと走り出した。



 走り出して数分で、古い木造建築の二階建ての前に着いた麻里佳が、玄関の戸を叩く。


 「たーいきくぅーん」


 磨りガラス越しに人影が近付いて来て、戸がガラガラと開く。


 「あら、麻里佳ちゃん。どうしたの?」


 現れた加原の母が、麻里佳を見て微笑む。


 「大樹君は?」


 麻里佳が訊くと、加原の母は眉をハの字にして答える。


 「あの子は今、宿題してるのよ。明日、学校だってのに遊び回ってばっかりで……」

 「加原君のお母さん、紙とペンを貸してもらえませんか?」


 天音が二人の間に割って入ると、加原の母は玄関近くの電話台からメモ帳とボールペンを持って来た。


 「これでいいかしら」


 天音はお礼を言いながらそれを受け取ると、超スピードで何やら書いて、加原の母に手渡した。


 「宿題の解き方と答えです。加原君お願いします」

 加原の母はメモ帳とボールペンを受け取り、メモを見ると、数式の羅列が細かく記され、解説まで付いていた。

 呆気に取られた顔をした加原の母が、中に向かって大声で息子を呼ぶ。


 「大樹!麻里佳ちゃんだよ!早く降りといで!」


 母の怒鳴り声で、のそのそと階段を降りて来た加原が麻里佳を見るなり、面倒臭そうに頭を掻いた。


 「何だよ。オレは今、忙しいんだ」

 「何が忙しいよ。今頃になって宿題してるアンタが悪いんじゃない」


 加原の態度に腹を立てた麻里佳が腕組みして睨む。


 「そもそも、加原。寝てたでしょ?」


 天音の鋭い眼光に、加原が慌てて否定する。


 「はぁ?寝てねぇーし」

 「アンタの二の腕にクッキリと本の痕が付いてる。その手を枕にして寝てた証拠よ」


 天音に容易く看破され、挙動不審になる加原に、母の雷が落ちる。


 「大樹!」


 その声に驚いて身を仰け反らせる加原に、麻里佳が加原の母の手からメモ帳を取り上げて、目の前に突き付ける。


 「私達に協力するなら、これをあげるわ。それとも独りで頑張る?」

 「やりますっ!やらせてください!」


 迷う事無く即答する加原に、偉そうに頷きながら、麻里佳がメモ帳を渡す。


 「ついてらっしゃい」


 ポンポンと加原の頭を叩く麻里佳の横で、天音は加原の母にお願いする。


 「ビニール袋を一枚もらえませんか」

 「いいわよ。ちょっと待っててね」


 加原の母が奥に消えて、すぐに戻ってくると、小さめに結ばれたビニール袋を天音に渡す。


 「これでいい?」

 「はい、ありがとうございます」


 天音が丁寧に頭を下げると、加原の母は恐縮しながら手を振る。


 「そんな、いいのよ。これくらい」


 加原の母に見送られながら家を後にした子供達は、まっすぐマンションの裏山を目指した。


 「まさか、あの廃屋に行くんじゃないよね?」


 麻里佳が不安そうに天音を見ると、天音はあっさりと言う。


 「そのまさかよ」

 「おいおい!立ち入り禁止なんじゃねぇのかよ」


 加原が天音に焦った顔を向けたが、天音は不敵に笑う。


 「大丈夫。事件は解決したと思われてる」

 「じゃあ、何しに行くんだよ?犯人は捕まったんだろうが」


 加原が行くのを拒絶するように声を荒げると、天音はその上を行く声で叫ぶ。


 「犯人は捕まってない!私は絶対に認めないわ!」

 息巻く天音に、麻里佳が恐る恐る訊ねる。


 「天音には犯人が分かってるの?」


 麻里佳の質問に力強く頷き、麻里佳を見据える。


 「私を誰だと思ってるの?」


 頼もしい天音の顔に、麻里佳の表情がパッと華やぐ。


 「行くわよ、大樹!犯人は私達で捕まえるのよ!」


 裏山を指差し、士気を上げる麻里佳に、加原がまんまと乗っかる。


 「おぉ!やってやろうじゃねぇか!」


 テンションの上がった三人は、張り切って裏山を登り始めた。




 夕暮れも差し迫った頃、三人は廃屋に到着した。


 「……で、何するんだ?」


 加原が例に漏れず、間抜け面を晒す。


 「それは……天音!」


 麻里佳も一瞬は考えたものの、すぐに思考を止め、天音に指示を仰ぐ。


 「証拠よ」


 天音が廃屋を見つめて答えると、麻里佳もそれに乗って加原に指示する。


 「証拠よ!証拠を探しなさい!」

 「だから、何の証拠だよ?」


 即座に切り返す加原に、麻里佳は口籠る。


 「もうっ!天音!私達は何を探せばいいのよ!」


 痺れを切らせた麻里佳が天音に詰め寄るが、天音は廃屋を見つめたまま、動かない。


 『あるはずだ……私が感じた違和感は何?』


 天音は穴が開きそうなほどの眼力で、廃屋を睨み付ける。


 「早く帰ろうよ!私、何か気味悪くなって来た」

 「そうだな。こんなトコにいたら、虫に喰われちまうよ」


 怖じ気付いた麻里佳と加原が、口々に帰宅を促すように言った言葉に、天音が反応する。


 「それだ!」


 叫ぶと同時に天音が走り出し、割れた窓ガラスに目を落とす。


 「見つけたわ……これが証拠よ!」


 麻里佳と加原も地面を指差す天音の側に駆け寄り、目を落とした。


 「これが証拠なの?」


 首を傾げる麻里佳が天音に問い掛けると、天音は袋を広げて手を包み、陶器の破片を摘まみ上げた。


 「私の推理が正しければ、間違いないわ」


 そのまま数個の破片を拾い集め、袋の口を固く縛ると、天音は再び父の言葉を思い出した。


 『僕は真実は明かされるべきだと思う。喩え、それが大切な誰かを傷付けてしまうとしても……』


 父の言葉を胸に、天音達は裏山を降りて行く。


 その瞳には様々な想いが交錯していた。

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