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あの夏の日のこと  作者: 小日向 冬馬
7/9

~事件発覚 三日目~

 翌、日曜日の朝、また灼熱の暑さが帰ってきた。


 ジリジリと照り付ける陽射しの下、昨日の公園の木陰で、三人の児童が何やらヒソヒソと密談している。


 「……でね。天音は毎週日曜日は図書館に行くの」

 「何で、わざわざ図書館なんて行くんだ?バカなんじゃねぇか?」

 「バカじゃないからだろ?」


 間抜け面の加原に、塩谷が冷静なツッコミを入れると、麻里佳が眉をつり上げて牙を剥く。


 「そうよ!大樹とは違うのよ?天音は」

 「あぁ……そうかよ!」


 腕組みをして加原を見下す麻里佳に、加原が拗ねたように顔を背ける。


 「……で、それからオレはどうすればいいんだ?」


 険悪なムードを察した塩谷が空気を変える。


 「塩谷は、そこに行って告白するのよ!」


 麻里佳が恋する乙女のように瞳をキラキラさせて、うっとりいるのを、塩谷は苦笑しながら見つめる。


 「告白って……」


 笑顔を引き攣らせる塩谷に流し目を向ける加原が、口を尖らせてボソッと呟く。


 「あんなサイボーグ女の何処がいいんだよ……」

 「確かに、佐藤みたいに優しくないからな?伊織川は」


 加原の口撃に塩谷が負けじと応戦する。思わぬ反撃に、加原が「くっ」と声を詰まらせた。


 「何、コソコソ喋ってんのよ!アンタ達、真面目に聞きなさいよ!」


 お姉さん口調の麻里佳にうんざりした顔で「へいへい」と加原が嘆息すると、麻里佳の雷が落ちた。


 「大樹!何よ、その態度は!ちゃんとしないなら、帰りなさいよ!」


 鼻息荒く加原を睨み付ける麻里佳に戦く加原を、塩谷は憐れんた。


 「どうやって伊織川を呼び出すんだ?ちょっとやそっとで伊織川は動かないだろ?」


 塩谷が計画の不安な箇所を指摘すると、麻里佳は塩谷に親指を立ててニカッと笑う。


 「頑張って!」


 大事な所がノープランな麻里佳に愕然とする塩谷が、麻里佳に眉を顰ませて縋る。


 「そりゃ無いだろ?伊織川は任せろって、佐藤が言ったんじゃないか」


 泣き付く塩谷の両肩をがっしり掴んで、麻里佳は見つめる。


 「アンタ、男でしょ?何でも人に頼るんじゃない!」


 麻里佳は塩谷を諫めた。まるで、面倒事を丸投げしている訳じゃないと言わんばかりに。


 「さぁ、作戦も決まった事だし、図書館に行くわよ!」


 意気込む麻里佳を先頭に、三人は図書館へ向かう。


 天音が図書館にいるくらいしか話し合っておらず、何一つ対策が決まっていないのにも拘わらず、行動に移る麻里佳に『ただ面白がってるだけなんじゃないのか?』と言う不信感を抱きながら、男子二人は麻里佳の後に続くのだった。



 徒歩十分ほどで、天音の行き付けの図書館に到着した三人は、その大きな建物の前に立つ。

 重厚な雰囲気を醸す二階建ての建物に、優しげな円みを帯びた屋根が乗った図書館は、一階部分が大きなガラス張りになっており、開放感あるエントランスがよく見える。


 三人が緊張しながら入りあぐねていると、エントランス内に見知った女の子の姿を見つける。


 「景ちゃんだ!」


 麻里佳が指差す方には、肩までの栗色の髪を揺らしながら、大きな本を抱えた縁なしメガネの女の子が歩いている。

 その女の子を見つけた麻里佳が足早に中へと入って行くと、男子二人は慌てて麻里佳の後を追った。


 「景ちゃん!」


 麻里佳が大声で呼び止めながら近寄ると、驚いた顔で麻里佳を振り返り、人差し指を自分の口元に押し当てた。


 「麻里佳ちゃん、図書館では静かに、ね?」


 クリクリの瞳をメガネの奥から覗かせて、優しく麻里佳に注意する景に、ばつ悪そうに頭を掻く麻里佳。 その後ろに男子二人も駆け付ける。


 「珍しいね。麻里佳ちゃんや塩谷君はともかく、加原君は図書館なんて、一生来ないと思ってたのに」


 景が加原をからかうと、加原も「そのつもりだったんだよ」と返す。


 「ところで景ちゃん、天音来てない?」


 麻里佳が景に訊ねると、景は輝く笑顔を見せる。


 「天音ちゃんなら来てるよ。いつもの特等席で本を読んでるわ」


 景の答えに安堵する三人に、景は円らな瞳を向けて訊ね返す。


 「天音ちゃんがどうかしたの?」


 景の探るような眼差しにたじろぐ三人は、声を揃えて「別に」と笑う。

 挙動のおかしい三人に、景は「ふーん」と言いながら懐疑的な目で三人を見比べると、


 「何だ……てっきり塩谷君が天音ちゃんに告白しに来たのかと思ったよ」


 景の核心を突く一言に、三人は体が硬直する。その様子を見て、景は「図星か」とメガネを光らせた。


 「読書中の天音ちゃんは声を掛けても聴こえないからなぁ……」


 見かねた景が話を逸らせてやると、三人は時間を取り戻したかのように動き始める。


 「そこを何とかならないかなぁ……」


 四人が天音を呼び出す策を練っていると、景がハッと名案を思い付く。


 「これ!使えないかな」


 景が抱えていた本を三人に見せる。


 「本か……」


 三人が景の本に目を落とすと、厚みのある装丁の表紙に、鮮やかな色彩で描かれた女の子が神秘的な表情を湛えていた。


 「ファンタジーなんだけど、私が天音ちゃんに勧めたら、今、喜んで読んでくれてるの」

 「天音がファンタジー……あの天音が……」


 麻里佳は意外そうに、その本を見つめる。

 可愛らしさの中に儚げな脆さを含んだ女の子の表情は、麻里佳の興味を惹くのに充分だった。

 タイトルの『フェイヴァ ―旧世界の天使―』にも好奇心を掻き立てられる。


 「景ちゃん、それ面白そうだね」


 麻里佳が言うと、景は大きく頷いて、


 「うん。私、大好き!」


 屈託の無い笑顔を見せる景に、塩谷が訊ねる。


 「その本をどう使うんだ?」


 塩谷の質問を予想していた景が、美しい栗色の髪を掻き上げて、耳に引っ掛ける。


 「この本は連続物で、天音ちゃんは今、三巻を読んでいるの。私が持っているのは五巻だから、天音ちゃんは必ず四巻に手を伸ばすはず」

 「ほうほう」


 景の筋の通った予測を感心しながら聴く三人に、景は人差し指を立てながら、得意気に続ける。


 「つまり、四巻の棚の前で待っていれば、本を読んでいない天音ちゃんと話が出来るはずよ」

 「なるほど!」


 景の論理的な行動予測に納得した三人は同時に膝を打った。


 「そこから先は塩谷君次第だけど……じゃあ、私は帰るね」


 そう言って手を振りながら去って行く景の後ろ姿を見送り、微かに残る芳しい花の香りに励まされた三人は、瞳に炎を燃やす。


 「探すわよ!四巻」

 「あぁ……ここまで来たら後には退けない」

 「タイトル何だっけ?」


 みなぎる士気を、加原の間抜けな一言がぶち壊す。


 「フェイヴァよ!フェ・イ・ヴァ!大樹、カタカナ読める?」

 「読めるわ!バカにすんじゃねぇ!」


 怒りに声を荒げる加原に麻里佳と塩谷がジト目で「シーッ」とジェスチャーを送る。

 そして、目立たぬようにコソコソと奥へ進む三人は、そこにいる誰よりも目立っていた。


 図書棚のある広い室内を覗く三人は、怪しい事この上無いが、それも仕方が無い。


 彼らには重大なミッションがある。


 しかし、その前に大きな難関を越えなければならなかった。

 そう、図書棚の前に設置された読書スペースにいる天音に見つかってはならないのだ。


 天音は入り口側の一番奥の窓際に座って本に読み耽っていた。

 三人は、人の通り歩きが少ない端を選ぶ天音に心からの『グッジョブ』を送ると、足音をさせない早歩きで最寄りの図書棚に身を隠した。

 三人は膨大に並ぶ書物の壁に圧倒されながら、目的の本を探し始める。

 まずはジャンルの棚を探し出し、そこから五十音順で探すと言う案は、塩谷の提案だ。


 事は窮を要していた。


 天音は超人的な速さで本を読むのだ。

 モタモタしてると、天音は四巻に到達してしまう。

 三人は棚に記されたジャンルを見ながら、すぐにファンタジーの作品群の棚を探し当てた。

 そこから手分けをして、『フェイヴァ』の四巻を探し始めた。


 「フ…フ…フ……」


 三人は小さく口に出し、指を差しながら、フの作品を探す。


 「何してんの?」


 突然掛けられた聞き慣れた声に、三人の体に電流が走る。


 恐る恐る声の方に目をやると、怪訝な顔の天音が仁王立ちしていた。


 「あ……あれぇ?天音も来てたんだー。奇遇ー」


 白々しく惚ける麻里佳を天音の鋭い眼光が貫く。


 「私が毎週来てるのは、麻里佳なら知ってるわよね?」

 「そ…そうだったかなぁ……エヘヘ」


 空惚ける麻里佳から場違いな二人の男子に視線を変えた天音が、まずは加原に標準を合わせる。


 「加原、特に貴方がいるのが分からない。アンタ、字が読めるの?」

 「読めるわ!オレを何だと思ってんだ!?」


 加原の「読める」の言葉に驚愕の表情を向けながら天音が呟く。


 「虫……じゃないの?」


 天音の確認するような言い方に憤慨する加原に、ギャラリーの冷たい視線が集中する。


 「実はね、景ちゃんに面白い本を教えてもらったんで、借りに来たのよ」


 麻里佳が咄嗟に思い付いた言葉に、天音が反応する。


 「それ……フェイヴァじゃない?」

 「そうそう!それ!」


 麻里佳が上手くはぐらかした言葉を、すっかり信用した天音が書棚から一冊取り出して渡す。


 「これよ。この図書館でも人気だから、各巻、数冊ずつ置いてあるのよ」

 「へぇー…そうなんだ。じゃあ私達はこれで……ありがとう天音。……ほら、大樹!行くよ!」


 麻里佳は加原の奥襟を引き摺りながら、その場を無責任に去って行った。

 場に残された塩谷が去って行く二人を恨めしく見送っていると、天音は不思議そうに塩谷を見つめる。


 「アンタは行かないの?」


 自分を見つめる澄んだ瞳に、塩谷の心は奪われてしまった。


 「あ……いや、オレは」


 言葉を詰まらせる塩谷を無視して、天音は持っていた本を入れ換えて、席へ戻ろうと背中を向ける。


 「オレは伊織川に用があるんだ」


 塩谷が投げ掛けた言葉に天音の動きが止まる。


 「私は無いわ」


 振り向きもせず、そう返した天音の背中に向かって、塩谷が大きな声で叫んだ。


 「僕は伊織川天音さんに話があるんですっ!」


 静かな館内に塩谷の声が響き渡った。


 衆目に晒された天音が慌てて塩谷に飛び掛かり、口を塞ぐ。


 「アンタ、ここが何処だか分かってんの?」


 凄味のある目で塩谷を睨み付ける天音に、塩谷が半ばヤケクソに、口を塞ぐ天音の手を解いて、


 「僕は!」

 「分かったわよ!分かったから、止めて!」


 塩谷の根性に負けた天音は、本を小脇に抱えて館内を出た。


 外に出た二人は、近くの木陰のベンチの前に立つ。


 「何?話って」


 苛立ちを露にした天音が塩谷を見据える。


 「う、うん。実はオレ……」


 そう言いかけて、目線を逸らすと、その先に麻里佳と加原が植え込みに隠れていた。


 「ぶっ……」


 思わず噴き出す塩谷に顔を顰める天音が、後ろを振り向く。その瞬間、パッと植え込みに隠れた二人は、間一髪で天音に見つからなかった。


 「何よ、用が無いなら私は行くわよ」


 天音が図書館内へ踵を返すと、塩谷は意を決して叫んだ。


 「引っ越すんだ!」


 塩谷の言葉で動きを止める天音に、塩谷が続ける。


 「夏休み中に母さんの実家に引っ越す。転校するんだよ……オレ」


 暫しの沈黙の後、天音が「そう」と呟いた。


 「元気でね」


 目を合わせる事も無く立ち去ろうとする天音に、塩谷が叫ぶ。


 「明日、一日付き合ってくださいっ!!」


 精一杯の声で塩谷は叫んだ。


 届かなくてもいい。断られたって構わない。


 自分の気持ちを、自分の気持ちだけは、どうしても天音に伝えたかった。


 「いやよ」


 天音は冷たく言った。


 塩谷もその言葉を予想はしていたが、やはり、直接言われるのは正直堪えた。


 「だよな。悪かった」


 塩谷は悲しみを隠した笑顔を向けて、好きな女の子に強がってみせた。

 そこに、天音が横顔だけ向けて一言付け加えた。


 「半日ならいいわよ?でも、一日はダメ」


 天音の想定外のレスポンスに、塩谷は固まった。


 「半日ならいいの?」


 目を点にして聞き返す塩谷に、天音が照れ臭そうに無言で頷く。


 塩谷の心は成層圏を突き抜けた。


 「本当に?」


 デレデレの顔で確認する塩谷に、天音はいつものクールな口調で突き放す。


 「くどいわね!やっぱり止めにするわ」

 「ウソウソ!伊織川の事、信じてるから!明日、お願いします!」


 慌てて取り成す塩谷に、天音は「ふん!」と鼻を鳴らして図書館に戻って行った。


 去り際に一瞬見えた頬を朱に染める天音に、益々キュンキュンした塩谷は、足取りも軽やかに図書館を後にする。

 その一部始終を植え込みから盗み見ていた麻里佳と加原も、植え込みから飛び出し、急いで後ろを追い掛けていった。


 一方、図書館内に戻った天音だったが、何だか読書の気分になれず、そのまま家に帰ってしまった。



 天音とのデートの約束を取り付けた塩谷は、明日のデートで天音に渡すプレゼントを買うために、商店街にやって来た。

 その後ろに控えた野暮な二人が、塩谷を労う。


 「いやー作戦通りだったわねー」

 「佐藤は何もしてくれなかったじゃないか」

 「バカねー。ちゃんと見守ってあげてたじゃない」 「そうですか……」


 麻里佳のテンションに疲れた塩谷が、溜め息を吐きながら白旗を上げると、加原が脇から割って入る。


 「何でお前が伊織川にプレゼントやるんだ?逆だろ普通……」


 腑に落ちない顔をする加原を、麻里佳が指差しながら蔑んだ。


 「アンタ、救えないバカねぇ……『好きです!何かください!』って言うヤツが何処にいるのよ?何処の国の風習よ?言ってみなさいよ!虫が!」


 麻里佳にマシンガンのように捲し立てられて、言葉を失う加原に同情する塩谷が、肩を叩いて頷いた。


 「うっせーババア!」

 「何だとぅ!誕生日はアンタの方が先でしょうが!クソジジイ!」


 いつもの痴話喧嘩が始まったが、塩谷はこれも見納めかと思い、感慨深げに見守っている。


 「アンタ達、相変わらず仲良いのねぇ」


 ふいに声を掛けて来たのは、ふくよかなオバサンだった。


 「高橋のおばちゃん!」


 加原が声を上げた。


 高橋のおばちゃんは、クラスメイトの高橋君の母親で五人の子を持つ猛者である。


 「昔から喧嘩ばっかりしてるのに?」


 麻里佳が高橋のおばちゃんを見上げると、おばちゃんは笑って言った。


 「だからよ。本当に嫌いな人とは喧嘩する事すら、嫌なモノよ。だって口聞きたくないじゃない?」


 高橋のおばちゃんに言われて、イマイチ納得していない麻里佳の頭を撫でて、おばちゃんは言う。


 「大人になりゃ、嫌でも分かるわよ」


 ガハハと笑う高橋のおばちゃんは、塩谷に目を留めて話し掛ける。


 「貴方は確か……新高の塩谷先生の息子さん?」


 高橋のおばちゃんの質問に塩谷が「はい」と素っ気なく答えると、おばちゃんはニコニコしながら言う。


 「やっぱり!家の長男坊の担任だからね。しかし、貴方のお父さんは立派よねぇ。毎日、家の買い物して帰るんだから。奥さんは幸せ者だわ。家の旦那に爪の垢でも……」


 高橋のおばちゃんの言葉で居た堪れなくなった塩谷は、その場を走り去った。


 何が幸せなモンか!家の両親は離婚してしまうんだから……。


 「あ、ちょっと……」


 高橋のおばちゃんが突然の出来事に戸惑っていると、加原もその後を追って走り出した。麻里佳は高橋のおばちゃんに頭だけ下げて急いで二人の後を追う。

 その場に残されたおばちゃんは、ただ呆然として三人の後ろ姿を見送った。



  * * * *



 図書館から戻った天音は、何処と無く元気が無かった。

 自分でもよく分からない気持ちに悩むあまり、挨拶にも覇気が無い。


 「何かあったの?」


 天音の母が心配そうに天音を覗き込むと、天音は悟られまいと空元気で装う。


 「何にも無いよ!」


 ニッと白い歯を見せる娘に、母が膝を折って目線を下げると、


 「そんな事無いでしょう?天音、帽子は?」


 母の指摘でハッと頭を押さえる天音が、帽子を図書館に忘れた事に気付く。


 「天音が彩愛ちゃんからもらった帽子を忘れてくるなんて、よほどの事があったのね」


 元刑事の勘なのか、母親の勘なのか分からないが、母に隠し事は出来ないんだなぁと観念した天音は、事情を母に話した。


 「デート?デートなのね!」

 「違うよ!そんなんじゃないってば!」


 勝手に盛り上がる母に、天音が釘を刺す。


 「ちょっと出掛けるだけだよ!勘違いしないで!」

 「それを一般的に『デート』と言うのよ?天音、覚えておきなさい」


 母の一言に照れ臭さが頂点に達した天音が、手足をバタバタさせて暴れた。


 「じゃあ止める!塩谷には断るよ!」

 「天音!」


 突然声を荒げた母の剣幕に、天音がビクッと体を跳ねさせて母を見る。

 母はいつもの優しい口調で天音に言って聞かせた。


 「塩谷君は勇気を振り絞って、天音に言ったんだと思う。一緒に過ごせる時間が僅かだからこそ、天音に言ったんだよ」


 天音は母の話をジッと目を見て話を聴く。


 「貴方は貴方の出来る事をしなさい。塩谷君が別の所でも楽しくやっていけるように、思い出を作ってあげるのよ。その上で、貴方の正直な気持ちを伝えてあげなさい」


 母の話を聴き終えた天音は無言で頷いた。


 自分の気持ち……。


 塵ほども考えた事も無かった事柄に、天音は頭を擡げた。

 白い天井を見上げながら、独り、物思いに耽る天音だった。




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