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あの夏の日のこと  作者: 小日向 冬馬
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~事件発覚 二日目①~

 天音が目を覚ますと、自分を抱き締めて眠る彩愛の姿があった。

 彩愛を起こさないようにゆっくりと体をずらすと、彩愛がパッチリと目を開けた。


 「おはよう、彩愛お姉ちゃん」


 天音が囁くと、彩愛もニッと笑って「おはよ、天音」と額にキスをした。


 二人でベッドから起き出してリビングへ向かうと、母は既に朝食の支度をしていた。


 「あら?二人とも早かったわね」


 母が笑いかけると、二人は顔を見合わせてから、「まぁね」と笑みを返す。


 「私の留守中、日本はどうなってたのかなぁ?」


 彩愛がリビングのテーブルから朝刊を取り、バサバサと広げる。

 物凄い速さで読み進めていると、ふと、ある記事が目が止まる。


 「これって、この辺の事じゃない?」


 彩愛が体を反らせて天音の母に問い掛けると、何か含みのある言い方で答えた。


 「あぁ……それね」


 それきり目を伏せて、朝食の支度を続ける母の代わりに、天音が答える。


 「この裏の山の事だよ、私が発見したの」


 天音の言葉に目を丸くする彩愛が、ガクンと体を落とす。


 「天音なの?!発見者って」


 頷く天音に頬擦りしながら、彩愛が天音を気遣う。


 「よしよし……怖かったわね天音、彩愛お姉ちゃんが慰めてあげる」

 「全然平気だったよ」


 強がる娘を一瞥して、母がクスリと笑う。


 「やっぱり血は争えないわねぇ。兄貴にもそんな事あったから」


 彩愛の独白に天音が食い付く。


 「父さんにも、こんな事あったの?」


 興味津々の天音に彩愛が呟く。


 「そうよ。あの時は兄貴が、さっさと解決しちゃったけどね」

 「そうなんだ……」


 改めて父の偉大さを誇らしく思う天音に、母が釘を刺す。


 「貴方は父さんとは違うんだからね!彩愛ちゃんも天音に変な事吹き込まないでよ」


 それを聞いた彩愛が天音の母に意見する。


 「風音さん、それは違うんじゃない?歳とか性別とか、そんな事を言ってると大事なモノが見えてこないと私は思う」


 彩愛の持論に母が黙り込んだ。彩愛は更に持論を展開する。


 「天音には特別な力がある。それを立場や偏見で潰してしまうのは、天音のためにならないよ」


 彩愛は澄んだ瞳で天音を見つめて言った。


 「確かに貴方はまだ子供よ。でも、一人の人間として見れば、貴方には其処らの大人に負けない力があるの」


 彩愛はスッと立ち上がり、自分のバッグから一つの封筒を取り出して、天音に渡した。

 天音が受け取った封筒から折り畳まれた紙を出して、開いて見る。


 「それは貴方が五歳の時に受けさせた知能テストの結果よ。その時の結果は、IQ260。それが貴方の持ってる力なのよ」


 その驚異的な数値に、自分の事ながら驚嘆する天音に、彩愛が優しく語り掛けた。


 「貴方の事なら何でも分かるわ……貴方の意見に大人が耳を傾けない事に打ち拉しがれて、悔しい思いもしたでしょう?」


 彩愛の優しさに涙ぐむ天音の頭を、彩愛は愛おしそうに撫でる。


 「偏見に負けちゃダメ。貴方の成せる事をなさい。持てる力を発揮してこそ、貴方は輝くんだから」


 瞳を滲ませる天音に微笑み掛けながら、彩愛がポンと天音の頭を叩いて、


 「さっ、朝ごはん食べよう!」


 その場の空気を変えるかのようにパンパンと手を払い、彩愛は立ち上がって洗面所に向かうと、その後ろを追うように天音が付いていった。

 二人が戻ると、食卓には朝食が並んでいて、芳しい味噌汁の香りが鼻をくすぐった。


 「彩愛ちゃんのために、蜆のお味噌汁にしたのよ」


 彩愛は我が身を気遣う義姉に抱き付く。


 「風音さーんっ!愛してるぅ」


 そんな義妹を「はいはい」とあしらいながら、味噌汁をよそって渡す。


 「幸せだなぁ。私もお嫁さん欲しいな」


 嬉しそうに味噌汁を啜る彩愛に、親子は「貴方はお嫁さんに行く方」と心の中で呟いた。



 朝食を終え、彩愛が出発の準備をしていると、玄関のインターホンが鳴る。


 「はーい」


 天音が玄関を開けると、いつかの刑事が顔を出して訊ねる。


 「伊織川さんは……」


 そう言った時に天音の後ろから、彩愛が怪訝な顔を出す。


 「私も伊織川だけど、何か用?」


 明らかに挙動不審になる成木の後ろから、園崎が顔を覗かせる。


 「伊織川風音さんはいらっしゃいますか?」


 刑事達の態度に頭に来た彩愛が言う。


 「つーかアンタ達、誰なのよ?」


 玄関での悶着に気付いた天音の母が、慌てて出て来る。


 「あぁ、冴子ちゃん」

 「先輩、誰です?この女」


 園崎が彩愛を目だけで示すと、天音の母は苦笑しながら答えた。


 「伊織川彩愛ちゃん、想さんの妹よ」

 「伊織川さんの妹さん?」


 刑事達の顔がみるみる青ざめていく。


 「で?アンタらは誰?」


 鋭い眼光で凄む彩愛に、刑事達は素早く姿勢を正して敬礼する。


 「はっ!私達は新潟県警の園崎と」

 「成木です!申し遅れまして」

 「「大変、失礼致しました!」」


 軍隊のように息の合ったコンビネーションに、彩愛は思わず吹き出してしまった。


 「まぁ、ここじゃ何だから、上がりなさいよ」


 我が家のように振る舞う彩愛に、刑事達は恐縮しながら中へ入る。


 「失礼致します」


 刑事達をリビングへ通し、どっかりとソファーに腰を下ろす彩愛の横に、天音がちょこんと座る。


 「座れば?」


 彩愛に言われて、向かいのソファーに背筋を伸ばして座る刑事達に、彩愛が高圧的に訊ねた。


 「で?風音さんに何の用なの?」


 彩愛の態度に萎縮しながら、園崎が口を開く。


 「実は……捜査の件で」 「捜査って、天音が見つけた死体の事件?」


 園崎の言葉を遮って彩愛が口を挟むと、刑事達は首を縦に振る。


 「はい……実は被害者の身元がまだ特定出来ておりませんで……」

 「足取りは多少掴めて来たんですが……」


 刑事達が口ごもる姿を見て、彩愛は言いたい事を察すると、ニヤついた顔で刑事達を見る。


 「それで助言をもらいに来た訳ね」


 彩愛の言葉に頷く刑事達に、彩愛が明るく答える。


 「いいわ!協力してあげる」

 「彩愛ちゃん!」


 勝手な彩愛の言動を、天音の母が諌める。


 「彩愛ちゃん!私は想さんとの約束で、子育てに専念する事に決めたの!勝手に決めないで」


 天音の母の剣幕に彩愛は動じず、あっけらかんとして刑事達の方を見る。


 「……だってさ」


 残念そうに俯く園崎の横で、成木が身を乗り出す。


 「でしたら……」


 成木の目が自分に向けられたのを確認した彩愛が、面倒そうに手をヒラヒラとさせて言う。


 「私はダメよ!せっかくのバケーションは私のために使いたいもの」


 彩愛にはっきりと断られて、がっかりする成木に、彩愛がニカッと白い歯を見せる。


 「だから、協力はするって言ったじゃない?天音がね」

 「彩愛ちゃん!」


 声を荒げる天音の母を、彩愛は無視して、刑事達を見る。刑事達の天音を見る差別的な目を、彩愛は見逃さなかった。


 「アンタ達の目の前にいるのは、ただの小学生じゃない。朝霧風音と、あの伊織川想一郎の娘なのよ?」


 彩愛の言葉で刑事達の目が変わる。そこに畳み掛けるように、彩愛が立ち上がって、上から見下ろしながら刑事達を指差した。


 「アンタ達は、もう天音の能力に気付いてるはずよね?それすら気付けてないなら、刑事なんて辞めて畑でも耕したら?」


 刑事達の脳裏に、死体を一瞬見ただけで他殺を看破した天音の卓越した観察力が蘇る。


 「私は反対よ!天音にそんな危険な事は絶対にさせられないわ」

 「義姉さん!」


 我が子を案じる母の言葉を、彩愛がそちらの方に向き直り、強い口調で遮る。


 「大丈夫よ!この事件の犯人は、そんなに凶悪じゃない。犯人も予定外の犯行だったはずよ」

 「何故、そんな事が?」


 刑事達の疑問に、彩愛が自信たっぷりに答える。


 「勘よ!でも、天音なら答えられるはず」


 天音の言葉を固唾を呑んで待つ刑事達を前に、天音はゆっくりと語り出した。


 「まず、初めから殺害を計画していたら、刺殺とか毒殺とか、確実性の高い殺害方法を取るはずです」


 天音の見立てを真剣な眼差しで見守る刑事達に、天音は臆する事無く続ける。


 「それに、玄関が開かないように細工してあった事も気になります。自殺に見せ掛けたのに、外から楔を打ったら、その意味が無くなってしまう」


 刑事達が食い入るように天音の推論に聞き入る。


 「犯人には、殺人を隠蔽したいと言う心理と、特定の人物には知って欲しいと言う心理の、二つが働いていたのではないかと考えられます……だから、犯人がこれ以上の犯行を重ねる可能性は低いと思います」


 天音が語り終えると、刑事達の納得した歓声が上がった。


 「どう?天音は役に立つと思うけど」


 彩愛が得意気に清まして刑事達を見下ろす。


 「はいっ!」


 乗り気の刑事達に天音の母が心配そうに言う。


 「捜査の邪魔になるんじゃないかしら」


 心配する天音の母を尻目に、彩愛が高らかに笑う。


 「風音さん、我が子を信じて見守るのが、子育ての信条だったんじゃなかったっけ?」


 口喧嘩では百戦錬磨の彩愛に言い負けて、黙り込む天音の母。

 刑事の目も、もはや天音を子供扱いしていない。

 その光景に満足した彩愛は、腰に手を当てて、天音を見下ろす。


 「じゃ、私は行くから、後は任せたわよ」


 絶大な信頼を寄せてくれる彩愛の眼差しに、天音は力強く頷いて見せた。

 彩愛はバッグを肩に提げて玄関に向かう。


 「アンタ達!」


 パンプスを履きながら、彩愛がリビングへ叫ぶ。


 「私の可愛い姪っ子に、何かあったら許さないからね!」


 彩愛の恫喝に、刑事達が立ち上がって敬礼する。


 「「命に替えても天音さんの安全は保証致します!」」


 刑事達のハモる宣誓を聴いて、「よしっ!」と返すと、今度は優しいトーンで声を掛ける。


 「天音、風音さん、ご馳走様でしたー。またねっ」


 言うだけ言って去って行ってしまった彩愛の余韻を打ち破るように、園崎が天音に改めて頭を下げる。


 「天音さん、捜査に協力をお願いしてもいいかしら?」


 大人が自分に頭を下げているのを見て、複雑になりながらも、天音は快く引き受けた。


 「私で良ければ……」


 遠慮がちな天音に、刑事達は早速、指示を仰ぐ。


 「私達がしなければいけない事はあるかしら?何なりと言ってちょうだい」


 園崎の意欲に燃えた瞳を前にしながら、天音が顎に手を当てて俯く。

 その姿を見た母は、娘に夫の姿を重ねた。


 不思議なもので、思慮に耽るポーズが、夫のそれと瓜二つだったのだ。


 考え込んでいた天音が、パッと顔を上げ、園崎を見つめる。


 「現場を見たいんですけど、可能ですか?」

 「もちろん、OKよ」


 園崎が即答すると、天音はスッと立ち上がって刑事達を見る。


 「行きましょう」


 行動の早さまで夫に似ている娘に、母は嬉しくなった。


 「天音、行ってらっしゃい」


 娘を信じると決めた母に、もう迷いは無かった。

 娘の凛々しい姿を見送った母は、娘を何処か誇らしく思いながら、夫との思い出に浸った。


 刑事時代に夫と関わった事件を感慨深く思い出す。

 そんな過去に思いを馳せていた所に、インターホンが鳴る。


 「はーい」


 玄関のドアを開けると、モジモジしながら立つ麻里佳がいた。


 「麻里佳ちゃん、天音は今、留守にしてて……」


 そう言う天音の母の言葉を、麻里佳が悲嘆に暮れた顔で遮る。


 「違うんです。今日は天音ちゃんママにお話があって来ました」


 麻里佳の思いがけない言葉に吃驚しながらも、麻里佳を中へ招き入れた。


 「どうぞ、入って」


 優しく迎え入れてくれた天音の母にお辞儀をして、麻里佳は中へと入っていった。


 リビングへ通された麻里佳がソファーに座ると、天音の母は冷たいオレンジジュースを出してきた。


 「どうぞ」


 優しく微笑む天音の母にお礼を言ったきり俯いたままの麻里佳に、天音の母から話を切り出す。


 「お話があるんでしょ?聴かせて欲しいな」


 包み込むように話し掛ける天音の母に、麻里佳が意を決して顔を上げる。


 「昨日の朝、ウチのママとどんな話したんですか」


 不安に押し潰されているような表情を浮かべる麻里佳を見て、天音の母は麻里佳の瞳を見つめながら、ゆっくりと話し出した。


 「相談されたのよ。加原君と麻里佳ちゃんのこれからの付き合い方について」


 それを聞いて、麻里佳の心に針が刺さったような痛みが走る。

 自分の予感が当たっていたのだ。

 今後、自分も塩谷の母親の言う通りにしなければならないのかと思うと、麻里佳の心は揺らいでいた。


 「それで……天音ちゃんママは、何て答えたの?」


 麻里佳は今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で見つめながら、天音の母の返答を待っていた。

 そんな麻里佳に天音の母は、実にあっけらかんとして答えた。


 「私は今まで通りでいいって答えたわよ?」


 その答えに、麻里佳の緊張が和らぐ。天音の母は、麻里佳の母に答えたままを麻里佳に諭すように聴かせた。


 「確かに、加原君は悪戯が過ぎて、よく問題を起こすけど、それは彼の本意じゃないわ。彼の予測を越えたアクシデントが、結果的に問題になっている」

 「アイツ、バカだから」


 麻里佳も同意して笑う。そんな麻里佳に天音の母がクスリとしながら、


 「それは言い過ぎかも知れないけど、現に叱られた事は二度とやらないのが、彼が悪い子じゃない証拠よね?」

 「私も天音ちゃんも注意してるから」


 少しずつ元気を取り戻す麻里佳に、天音の母が嬉しそうに続ける。


 「彼には何より、そう言う友達が必要だし、その友達にも彼との付き合いから芽生えるモノがあると思うの。麻里佳ちゃんの優しい気持ちも、それによるモノだと思うし」


 天音の母の含みのある視線に、麻里佳は頬を朱く染めながら、目を逸らす。


 「そんなんじゃありません!私はただ、あのバカが悪さをしないように見張ってるだけです」


 下を向き、モジモジする麻里佳を可愛いと思いながら、天音の母が意地悪くからかう。


 「そうよねぇ。加原君は気になる存在だもんね」


 天音の母のやらしい笑みに、頬を膨らませた麻里佳がムキになって否定する。


 「違いますっ!大樹には幼稚園の時から、迷惑してるんです!……でも、仕方無いから構ってやってるだけなんです!腐れ縁なんです!」


 麻里佳の口から飛び出した単語に驚く天音の母が、「腐れ縁なんて良く知ってたわね」と訊ねると、麻里佳は恥ずかしがりながら答えた。


 「天音ちゃんから教えてもらいました。私と大樹は腐れ縁なんだって」


 天音の母は、「そう」と呟いて、天音の顔を思い浮かべた。きっと嘲るように言ったのだろうと、我が娘が嘲笑している顔を想像する。


 「ともかくウチの天音は、これまで通りに変わらず接するし、麻里佳ちゃんも同じでいいんじゃないかと言っておいたわよ。麻里佳ちゃんママも納得したみたいだし……」


 それを聞いて、すっかり元気を取り戻した麻里佳がニッコリ笑って、お礼を言った。頭を起こした時の顔は、安心した清々しい顔になっていた。


 「そうですよね!私達は変わらず、大樹を見張ってなくちゃいけませんよね」


 天音の母も麻里佳の言葉に何度も頷いて見せた。


 「そうそう。加原君には麻里佳ちゃんがいなくちゃダメだもんね」


 天音の母の余計な一言に過敏に反応した麻里佳が、また頬を真っ赤に染める。


 「だから、そんなんじゃありませんってば!」


 不快さを爆発させる麻里佳を宥めながら、天音の母が謝る。


 「ゴメンゴメン、そう言う意味で言ったんじゃないのよ」


 苦笑いする天音の母に、少しだけ腹を立てていた麻里佳だったが、ふと湧いた疑問を投げ掛けた。


 「そう言えば、天音ちゃんは?」


 麻里佳の答え難い質問に、天音の母は「うん、ちょっとね」と、答えをはぐらかした。


 麻里佳も「ふぅん」と、それ以上の追求をしなかった。

 そのまま少し談笑し、輝く笑顔で帰っていく麻里佳を見送った天音の母は、刑事達と出掛けていった娘を案じるのであった。

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