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あの夏の日のこと  作者: 小日向 冬馬
4/9

~事件発覚 翌日~

 翌朝、母の香りと温もりが残る布団の中で目を覚ました天音は、ムクリと体を起こした。

 部屋の外から微かに薫る味噌汁の香りに釣られるように、布団を脱け出して食卓へ向かう。


 「おはよう、よく眠れた?」


 母の問い掛けに、天音が清々しい笑顔で答える。


 「うん。すっごく良く寝られたよ」

 「そう、良かった。早く顔を洗ってらっしゃい」


 天音は元気良く「はーい」と返事をして、洗面所へ向かう。

 顔を洗い、歯を磨いた天音が食卓へ戻ると、既に朝食の支度が整っていた。

 モリモリと食べ、食べ終えた食器を流しへ運ぶと、部屋で着替えをする。

 リビングでいつものニュース番組を見ていると、県内ニュースで昨日の事件が小さく報じられた。

 見た瞬間、天音の背筋がゾクッとする。

 どうやら発見者の事は、伏せてくれたらしい。

 TV画面に表示された時計に目をやると、そろそろ麻里佳が来る時間を示している。


 「ピンポーン」


 定刻通りのインターホンに、天音が水色のランドセルを担いで玄関へ向かう。


 「行ってきまーす」


 天音は、キッチンで後片付けをしている母の後ろ姿に、挨拶をしてドアを開ける。


 「おはよう、天音ちゃん」


 いつもの麻里佳の笑顔と一緒に、スラリとした清楚な顔立ちの女性が立っていた。


 「おはようございます。麻里佳ちゃんママ」


 天音が挨拶すると、麻里佳の母は顔を曇らせて、


 「天音ちゃんママはいるかしら?」


 天音は「いない訳無いでしょう」の言葉を呑み込んで、中にいる母を呼んだ。


 「母さん、麻里佳ちゃんママが来てる」


 天音の呼び声で、奥から手を拭きながら、天音の母が出て来る。


 「あ、おはようございます。麻里佳ちゃんママ」


 天音の母が挨拶すると、麻里佳の母も軽く会釈をして、深刻そうな面持ちで話を切り出す。


 「ちょっと宜しいかしら……」


 大人同士の会話は気になるが、天音は麻里佳の手を取って、「行こう」とエレベーターへと駆け出した。



 マンションから徒歩数分の小学校へ着くと、グラウンドの方が何やら騒がしい。

 天音は無視して児童玄関へ向かおうとするが、麻里佳が天音の手を掴んで、騒ぎの方へと引き摺る。

 人混みを掻き分け、前へ出ると、数人の児童と加原が口論をしていた。


 「あのバカ、また何かやったのね」


 麻里佳が眉を吊り上げて加原を睨み付ける。

 グラウンドの隅に建てられたプレハブ小屋の窓ガラスが割れていて、周りに破片が飛び散っており、その中に野球ボールが一つ転がっていた。

 それをやったのが、加原だと疑われているようだった。


 「俺じゃねーし!」


 加原が児童に責められる度に、同じ言葉を連呼する。


 「加原!アンタじゃないの?」


 天音が加原に投げ掛けると、「俺じゃねーし!」と返す。

 通り一辺倒の返しに呆れながら、天音が加原の前に立つ。


 「この中で、加原がやった所を見た人いますか?」


 天音の問いに、誰も名乗り出る者は無かった。

 今度は加原に向き直り、加原に訊ねる。


 「アンタは何で、ここに来たの?」

 「ガラスが割れる音がしたから、来てみたらこうなってた。だから、俺じゃねーし!」


 天音は周囲を見回して、ガラスが中から割られた事を確信する。


 「アンタ、そこから動いてない?」


 天音の質問に、加原は素直に「うん」と答えた。

 天音は小屋の入口の戸を開ける。


 「鍵は掛かって無かったみたいね」


 小屋の中に入り、割れた窓の側へ寄る。破片が少しあるものの、特に変わった様子も無い。

 外に出ようと踵を返すと、真新しいボールケースから、ボールが一つ無くなっていた。

 天音は小屋の外へ出るとすぐに、麻里佳と加原に命令する。


 「麻里佳、保健室から脱脂綿もらって来て。アンタは教務室から、先生を呼んで来い!それから、ココアの粉も分けてもらって来るのよ!……行け!」


 天音の号令で二人は一斉に駆け出す。その間に、天音は用務員に金バサミを借りて来た。


 「天音!もらって来たよー!」


 麻里佳は期待に瞳を輝かせて、ピンセットに挟んだ脱脂綿を差し出す。


 「ありがとう」


 天音がピンセットごと受け取ると、「何の騒ぎだ」とジャージ姿の男性教師が走って来た。その後ろから遅れて加原がやってくる。


 「……これ、ココア」


 息を切らせながらココアの袋を差し出す加原から、袋を踏んだくると、天音はココアの袋に脱脂綿を突っ込む。

 そして、ボールにココアを優しく叩き付けていく。


 「指紋採取か?」


 男性教師が興味深く、天音の行為を見つめている。


 「さぁ、出来たわ」


 天音が金バサミで挟んだボールを見せる。

 ボールにはココアで浮き上がった指紋が、ハッキリ見える。


 「スゴいよ天音!その指紋と加原の指紋を比べれば、加原が犯人じゃない事が分かるのね!」


 麻里佳がキラキラとした瞳を向けると、天音はそれを否定した。


 「違う!この指紋を良く見て!右手だけど、中指の指紋だけが無い……比べるのは貴方のよ!」


 天音が指差したのは、加原を責めていた児童の中にいた少年。その右手の中指には包帯が巻かれている。


 「この指紋と照合して、貴方の潔白を証明して見せなさい!」


 天音が強い口調で児童に言い放つと、児童はガックリと項垂れて膝を付いた。

 男性教師に連れられていく加害児童の後ろ姿を見送ると、天音は何事も無かったかのように児童玄関へ向かう。 その周りをはしゃぎながら、麻里佳がついていく。

 そんな後ろ姿を、加原は複雑な気持ちで見つめていた。



 4年2組の教室には、既に天音の活躍が知れ渡っていた。

 天音の取った行動は、尾ひれがついて話され、天音の真似をして、はしゃぐ女子の姿もあった。


 「伊織川さんスゴーイ!名探偵みたい!」


 普段は話し掛けてこない子達も、この時ばかりは天音の周りに集まって来た。

 天音は無表情のまま、適当な相槌を打って、その場を凌ぐ。

 そんな状況の中、一番興奮していたのは、麻里佳だろう。

 麻里佳は集まって来た女子達に、身振り手振りを交えて話し、喝采を浴びる。

 教室内のボルテージが高まり、天音に新たな称号が与えられた。


 『伊織川ホームズ』


 天音は「苗字に苗字はどうなんだ?しかも、私は女だ」と思いながらも、面倒なので言わないでおいた。

 高まる興奮が、今度は加原へ向けられる。


 「お前、伊織川にお礼言えよ」

 「そうよ、無実を証明してくれたんだから!」


 教室内に響く「お礼コール」の中、加原が天音の前に押し出される。

 天音は気恥ずかしさで、顔が紅くなりそうなのを堪えながら着席する。

 クラスメイトに囃し立てられるまま、加原が小さな声で呟く。


 「ありがとう……ございました」


 加原の謝辞に顔を背けた天音が、小さな声で返す。


 「……いいわよ、別に」


 天音の返答の直後、一斉に「フォーーー!」と歓声が上がる。

 天音はその声の大きさや茶化すような感じに、爆発する一歩手前だった。


 「はいっ!皆、席に着いて!」


 突如入ってきた担任に、救われる形で騒動は収まった。

 優しげなお婆ちゃんのような担任が、静かになった教室で朝のHRを始める。


 「皆さん、今朝は嬉しいニュースがあります」


 担任の言葉に、天音は嫌な予感がする。


 「今朝、小屋のガラスを割ったと疑われた子の無実を、証明してあげた子がいました」


 その瞬間、天音にクラス中の視線が集まる。


 「クラスメイトを信じて、勇気を持って解決してくれた伊織川さんに拍手!」


 担任の拍手を皮切りに、クラスメイトから盛大な拍手を贈られる天音。

 天音は一刻も早く、この場から逃げ出したい気分になった。

 その後も人を信じる大切さについて、担任は滔々と語り、皆、真剣に話に聞き入った。

 この日は、天音にとって地獄の日だった。

 少し気に掛かったのは、塩谷が欠席だった事だ。



 帰りのHRを終え、下校の準備をする天音に麻里佳が寄って来る。


 「今日、天音ンちに行ってもいい?」


 天音が「いいけど」と返すと、麻里佳は影のある笑顔で天音を見る。


 「塩谷、来なかったね」


 麻里佳の心配に、天音は無関心な顔で、


 「そうみたいね」


 二人は空席の塩谷の席を見つめる。

 昨日の事が関係しているのか、と勘繰る麻里佳に天音がおどけて言う。


 「落ちてる物でも食べたんじゃない?」

 「そんな、大樹じゃあるまいし……」


 麻里佳に笑顔が戻ったのを確認して、天音が右手を差し伸べる。


 「帰ろう」


 天音が差し出した手を握り、麻里佳が「うんっ」と頷く。

 二人は仲良く手を繋ぎながら帰宅の途についた。



   * * * * 



 「ただいま」


 天音がドアを開けて、リビングに行くと、母は電話中だった。

 母の邪魔にならないように、天音は自室に戻って、荷物を置く。


 「はい……うん、もちろん元気よ」


 母が楽しそうに話しているのを背中に聴きながら、天音はリビングのソファーに座った。


 「ピンポーン」


 インターホンが鳴る。


 「はーい」


 玄関に駆けて行き、ドアを開けると、麻里佳がニコニコしながら立っていた。

 天音も笑顔で、麻里佳を招き入れる。

 麻里佳は脱いだサンダルをきちんと揃えて上がると、電話中の天音の母の妨げにならない声で、「お邪魔します」とお辞儀をした。

 天音の母もニコッとして手を振った。


 「こっち」


 天音が麻里佳を自室へ誘い、部屋に入ると、その後ろを麻里佳が付いていく。

 天音の部屋は子供の部屋とは思えないほど、シンプルだった。

 大人用のオフィスデスクに、小さな背もたれ付きの黒のチェア。

 壁には手が届かないほど高く聳える本棚があり、中には、ギュウギュウに並んだ書物が、威厳のある風格を漂わせている。

 簡素なパイプのシングルベッドに敷かれたピンクの布団だけが、唯一、女の子を主張している。


 「適当に座って」


 天音が促すと、麻里佳はちょこんとベッドに座って、携帯ゲーム機を取り出す。


 「通信しようよ!」


 麻里佳がゲーム機を開くと、天音も「いいよ」と、机からゲーム機を持って、麻里佳の隣に座る。

 二人は同時にゲームを起動させる。


 「私の村に、金のバラが咲いたんだよ」


 麻里佳が自慢気に胸を反らせると、天音は「へぇー」と羨ましそうに微笑む。


 「私も化石をコンプリートしたんだよ」

 「やるじゃん!天音」


 二人は和気藹々とゲームの進捗状況を話し合う。


 「じゃあ、天音が私の村に遊びにおいでよ」

 「分かった」


 ゲーム画面に表示されたアバターを駅に走らせ、電車に乗る天音。

 画面が切り替わり、麻里佳の村に到着すると、駅前で麻里佳のアバターが待っていた。


 『ついてきて』


 麻里佳のアバターが天音のアバターに声を掛ける。

 麻里佳に付いていく天音が、村に咲き誇る色とりどりの花々に、感心していると、麻里佳が立ち止まる。


 『これみて』


 麻里佳の前に咲く金のバラを見て、天音が感嘆の声を上げる。


 『いいな』


 天音が呟くと、麻里佳が『あげるよ』と返した。


 『ええー!いいの?』


 天音が確認すると、麻里佳は『またさくから』と言って、金のバラを引っこ抜き、それを天音の足下に植え直すと、『どうぞ』と言った。


 『じゃあ、えんりょなくもらうね』


 天音が足下の金のバラを抜き、持ち物欄に仕舞うと『ありがとう』と、お礼を述べた。

 すぐ隣にいる相手との会話を、わざわざゲームを経由してするのは、非効率だが、二人が楽しんでいるから、それはそれで良いのだろう。


 それから二時間、無言でゲームに興じていると、天音の部屋のドアがノックされた。


 「どうぞ」


 天音が声を掛けると、母が顔を出して、二人を見つめる。


 「あんまり静かだから、出掛けているのかと思ったわよ?」

 

 天音と麻里佳が目をやると、天音の母が麻里佳に向かって半笑いの笑みを浮かべる。


 「麻里佳ちゃん、お願いがあるんだけど……」


 勿体つけるような言い方の天音の母に、麻里佳がきょとんとした顔で訊ねる。


 「何ですか?」


 少しおっかなびっくりしている麻里佳に、天音の母が両手を合わせて言う。


 「今晩、ウチで夕飯食べてって欲しいの!麻里佳ちゃんママには、私の方から連絡しておくから!ねっ?お願いっ!」


 麻里佳は頭に『?』を浮かべたまま、了承する。


 「別にいいですけど…」


 母の態度で何かを察した天音が、母に駆け寄る。


 「来るのね!彩愛お姉ちゃん!」


 天音の輝く笑顔に、母はニッコリと微笑みを返す。


 「当たり!もうすぐ着くそうよ。良かったわね」


 母の言葉で、更に笑顔が輝きを増す。天音に取っては、もう一人の母であり、姉でもある彩愛と会うのは、半年振りだろうか。

 天音の胸は高鳴った。


 「そんな、私、お邪魔になっちゃうんじゃ……」


 麻里佳が遠慮がちに言うと、そんな不安を天音の母が笑い飛ばす。


 「いいのよ、彩愛ちゃんの希望なんだから。天音の友達に会いたいそうよ」

 「私も麻里佳を彩愛お姉ちゃんに紹介したいし」


 それならば、と麻里佳は天音親子の好意に甘える事にした。

 夕飯の時間までは、まだ早い。その間に天音が父からもらったパズルをやろうと言うので、麻里佳も同意した。

 しかし、麻里佳は天音が出したパズルを見て、言葉を失う事になる。

 それは、可愛らしい動物の絵でも無く、素敵な外国の風景でも無い。ただ、白一色の紙片のパズルだったからだ。



 天音の母が夕飯の支度を終えた頃、タイミング良くインターホンが鳴る。


 「はーい!」


 天音は部屋から飛び出して、玄関のドアを開ける。


 「あー!天音ぇ、久し振りぃー!」


 ショートカットの天音に良く似た若い女性が、両手に土産袋を提げて入って来た。


 「彩愛お姉ちゃーん!」


 天音が彩愛に抱き付くと、彩愛は少しよろけて踏ん張った。


 「ちょっ…天音!危ないってば」


 それでも嬉しそうに笑う彩愛が、脱いだ靴を揃えてリビングへ向かう。


 「お帰りなさい、彩愛ちゃん」

 「ただいま、風音さん」


 彩愛と天音の母が、久々の再会の喜びを分かち合っていると、天音が部屋から麻里佳を連れて戻って来ると彩愛に麻里佳を紹介した。


 「私の親友よ!」


 麻里佳は初めて会う彩愛に、照れ臭そうに丁寧なお辞儀をした。


 「佐藤麻里佳です」


 彩愛は、麻里佳を見るや否や、目の前のツインテールの少女に瞳をキラキラと瞬かせた。


 「あらー!カワイイー!持って帰りたーい!」


 麻里佳に愛おしそうに抱き付く彩愛のテンションに、若干引き気味の麻里佳が苦笑いする。


 「ジャジャーン!麻里佳と二人で作りましたー!」


 天音が麻里佳と完成させたミルクパズルを得意気に見せると、彩愛の表情がみるみる険しくなり、ワナワナと震え出す。


 「何考えてんだ!あのバカ兄貴!」


 彩愛の怒りが爆発する。


 「何で小4の娘にミルクパズルなのよ!普通、アクセサリーとかでしょ!?」


 彩愛が怒りに打ち震えていると、天音は口を尖らせて言う。


 「私、そう言うのに興味無いし」

 「そうなのよ、それ欲しがったのは天音なの。想さんも何度も言ったんだけどね……」


 天音の母も、必死に夫を弁護する。

 そんな親子に諦めたような目を向けて、彩愛は深い溜め息を吐く。


 「天音も髪伸ばしたら?麻里佳ちゃんみたいに。顔はいいんだから、似合うよ?きっと……」

 「私、短い方がいいんだもん。楽だし」


 天音が彩愛の提案を即、却下するのを見て、「短くしてるのは貴方の影響よ」とは言えない母だった。


 「麻里佳ちゃーん。この親子がイジめるぅー!」


 麻里佳に抱き縋る彩愛に、麻里佳は為す術も無く、立ち尽くす。

 しばらく茶番劇をした彩愛が、満足したのか気を取り直して、土産袋から雑誌くらいの包みを取り出す。


 「はいっ、お土産!」


 天音は嬉しそうに包みを受け取ると、満面の笑みで「ありがとう!」とお礼を言う。

 そんな嬉しそうな天音とは対照的に、彩愛が額に手を当てて項垂れる。


 「何で、そんな物欲しがるのよ。アンタ幾つよ」

 「5月で十歳になった」

 それを聞いて、ますます頭を悩ませる彩愛が、ポツリと呟いた。


 「十歳でネイチャーって……」


 それを聞いた麻里佳が、天音に疑問を投げ掛ける。


 「ネイチャーって?」

 「大人が読む科学雑誌よ、主に博士とか」


 彩愛が麻里佳の疑問に答える。それを聞いた麻里佳が、天音を異星人でも見るかのように見つめる。


 「ねぇー?やっぱり変よねぇ?麻里佳ちゃん」

 「いえ、スゴいと思います」


 彩愛の意見を麻里佳が、すぐさま否定すると、


 「ほらぁー、凄く変だって」

 「そそそ、そんな事、言ってません!」


 彩愛のペースにすっかり呑まれそうになる麻里佳が、疲れて吐息を漏らす。


 「麻里佳ちゃんにも、はいっ!」


 彩愛が白い歯を見せて笑いながら、小さな包みを麻里佳に差し出す。


 「そんな……もらえません」


 麻里佳が遠慮すると、彩愛は大袈裟にソファーの肘掛けに顔を伏せた。


 「わぁーん!麻里佳ちゃんが、私のお土産もらってくれないー!」


 麻里佳が「この人、面倒くさいな」と困惑していると、天音の母が麻里佳の肩にそっと手を置いて、


 「もらってあげて」

 「麻里佳、もらってあげてよ。終わらないから」


 天音親子の勧めもあって、麻里佳が「じゃあ」と包みを受け取ると、彩愛は、ガバッと体を起こして、


 「開けてみて!」


 何かに期待するような瞳で、麻里佳を見つめる彩愛の前で、麻里佳が包みを開けて見ると、中からクリスタルのウサギが付いたヘアバンドが出て来た。


 「きれぇー!」


 クリスタルの輝きに目を奪われる麻里佳を見て、彩愛の興奮がマックスにまで高まる。


 「いやーん!コレよ!コレ!このリアクションが欲しかったのよぉー!」


 今にもキュン死してしまいそうなほど、興奮する彩愛に天音の母が声を掛ける。


 「ご飯にしましょう」


 母が言うと、三人は「はーい」と返事をして、洗面所に揃って向かう。

 仲良く手を洗って食卓に着くと、目の前には豪華な和食が並んでいた。


 「彩愛ちゃんの好きな物ばかり作ったから、沢山食べてね」


 天音の母が優しく微笑むと、彩愛は目に涙を浮かべて言う。


 「風音さん!結婚してください!」

 「もう、バカな事言ってないで食べましょう」


 彩愛のこのノリはいつもの事なので、天音はスルーして味噌汁を啜る。


 「ホント、兄貴もいい嫁さん捕まえたわ。そこだけは評価に値するわね」


 そう言いながら味噌汁を口に運ぶ彩愛の手が止まり、天音の方を向く。


 「あと、天音もね」


 そう言われた天音が「あぁ…うん」と気の無い返事をする。


 「彩愛ちゃん、いつまで日本に?」

 「あぁ……三日間だけ。明日は京都に行く予定」

 「京都!?」


 天音親子が京都と言うワードに反応する。


 「彩愛ちゃん!漬物買って来て!」

 「私、日本刀!」


 テンションを上げる親子に、彩愛が麻里佳の方を見て呟く。


 「ちょっと聞いた?あの子、日本刀とか言わなかった?」

 「言ったかも……」


 麻里佳が言葉を詰まらせながら答えると、彩愛は椅子の背もたれに体を預けながら嘆く。


 「何で日本刀なのよ!他にあるでしょ?可愛いのとかさぁ」

 「いいでしょ?私が欲しいんだから」




 天音が頬を膨らませる。彩愛は麻里佳の顔を覗き込んで訊く。


 「麻里佳ちゃん、京都と言えば?」

 「……舞妓さん?」


 麻里佳の答えを聞いた彩愛が、興奮気味に絡む。


 「だよねぇ。それなのに日本刀とか言っちゃって、お爺ちゃんか?」

 「日本刀なら母さんだって集めてるもん!私も欲しい!」


 食い下がる愛姪に根負けした彩愛が、溜め息混じりに訊いてやる。


 「分かったわよ……で?何がいいの?」

 「井上真改!」


 天音の口から飛び出した銘に、彩愛が驚く。


 「何ソレ?聞いた事無いんだけど」


 首を傾げる彩愛に天音の母が一言、


 「彩愛ちゃん、井上真改は有名よ。鬼平の愛刀だもの。私も持ってるし」

 「ねー!」


 彩愛が「何なの、この親子」と呟きながら箸を取り落とす。


 「それを私がアメリカに帰る前に買って来るのね」 「ヨロシクー!」


 彩愛は頭を垂れて、箸を持ち直した。彩愛の台詞に興味を持った麻里佳が、彩愛に質問する。


 「彩愛さんはアメリカに住んでるんですか?」


 麻里佳の質問に彩愛がおどけて答える。


 「そうよー!ニューヨークに住んでまーす!」

 「弁護士やってるのよ。彩愛お姉ちゃん」

 「へぇー!スゴーい!」


 彩愛をただの愉快なお姉さんだと思っていた麻里佳の目が、羨望の眼差しへと変わる。


 「一緒に来るぅ?」

 「それはちょっと……」


 イマイチ彩愛のノリに乗り切れない麻里佳が苦笑する。

 その後も彩愛の独特のノリに付き合いながら、楽しく食事をし、麻里佳を家まで送った。

 彩愛は天音とお風呂で騒ぎ、夜更けには、天音の母と彼氏の愚痴を肴に酒盛りをして、やっと寝たのが、明け方の三時。


 いつも平和な伊織川家に取って、まさに嵐のような一日が終わった。

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