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あの夏の日のこと  作者: 小日向 冬馬
2/9

~事件発覚 当日①~

 2014年7月―――。


 夏が盛りを迎え、学生達がこれから始まる長期休暇に色めき立つ頃。

 新潟市のとある町でそれは起こった……。


 都会と田舎が程好く混在する町。商業区からも近い郊外の住宅地。

 そんな平凡な町では平凡な人達が、平和に暮らしている。

 最近は人口も減りつつある田舎の都市には珍しく、割かし安定した人口を保っている。ただ、子供の数はは例に漏れず、減ってきている。

 そんな片田舎の地方都市の郊外に、箱だけは立派な公立の小学校がある。


 『新潟市立石川小学校』


 校舎はやや古いが、昔は沢山の児童達が通っていたため、校庭も広く、中庭にはしっかりとしたコンクリートで囲まれた人工池もある。今は何もいないが、昔は数十匹の錦鯉が飼われていたらしい。

 児童数の減少で空き教室が目立つものの、それも児童達のクラブ活動等で有効的に活用されている。


 ある日の放課後、4年2組の教室での事だった。

 帰りのHRも終わり、帰り支度を始める児童達の中に悪目立ちしている児童、加原大樹が悪友の塩谷孝文に駆け寄る。


 「塩谷、今日やろうぜ」


 目をギラギラと輝かせた加原が塩谷の肩をむんずと掴みながら言うと、塩谷が「あぁ」と生返事する。


 「大樹!また悪さしようとしてるわね!」


 クラス内をまとめている学級委員、佐藤麻里佳が眉をつり上げて一喝する。

 幼なじみの突然の叱責に、加原は言葉を濁しながら反論する。


 「ちげーよ!肝試し行くだけだ!」

 「肝試し?」


 麻里佳が怪訝な顔で訊き返す。


 「お前のマンションの裏の山ン中にある廃屋に幽霊が出るんだとよ。その噂を塩谷と確かめに行くって訳よ」


 得意気に鼻を鳴らす加原に麻里佳が心配そうに、


 「止めなよ大樹!、お兄ちゃんに聞いた事あるよ。そこはヤバいって」

 「大丈夫だ、幽霊なんている訳無ぇじゃんか!なぁ塩谷」


 あっけらかんとしている加原に、塩谷は首を捻って「どうかな」と答える。

 忠告を聞かない二人に、痺れを切らす麻里佳が窓際の後ろの席の女の子に助けを求める。


 「天音からも言ってやってよ!」


 声を掛けられた女の子は帰り支度を止める事も無く言う。


 「いいんじゃない?自己責任だし」


 突き放すように言う天音に、麻里佳が困り顔で駆け寄る。


 「でも……」

 「いくら学級委員でも、そこまで関与する事は無いんじゃない?」


 我関せずの天音の態度に気を大きくした加原がケタケタ笑いながら、麻里佳ににじり寄る。


 「そうだ、伊織川の言う通り!」


 腹の立つ笑い方の加原をキッと睨む麻里佳が、アホ面の加原を指差しながら、


 「こんなバカでもクラスメイトなんだよ!!」


 熱くなる麻里佳に天音は冷静な口調で言う。


 「だからって貴方が責任感じる必要ある?バカな事をやって叱られるのは彼らであって、麻里佳じゃない。違う?」


 あまりにも冷たい天音の態度に、麻里佳は目を紅くさせる。その顔を一瞥した天音は大きく溜め息を吐いて加原達を見る。


 「いるのよねぇ。勇気を履き違えて、勇者を気取るバカが」

 「何だよ!!」


 天音のトゲのある言葉に反応した加原が天音に歩み寄る。


 「危険に喜んで飛び込むのはね。勇気とは言わないの。無鉄砲って言うのよ。反省だけなら猿でも出来るって言うけど、学習能力が著しく欠如してるのねぇ。可哀想に」

 「オレは猿以下だと言いてぇのか!?」


 いきり立った加原が天音に掴み掛かろうと天音の襟に手を伸ばしたが、天音はその手を上に捻り挙げる。


 「アンタがそう受け取ったならそれでいいわ。まだ続けるのなら三十秒で制圧するわよ?」


 天音が加原の腕をグイッと捻り挙げながら氷のような冷たい目で睨み付ける。天音の迫力と痛みに戦意を喪失した加原が掴まれた腕を振り払う。

 そう言えば、天音の母が刑事だった事を思い出し、後悔する。


 「行くの止めな、ね?」


 優しく諭す麻里佳に背を向けて加原が言う。


 「行くに決まってんだろうが!!」

 「止めなって」


 麻里佳の優しさが、逆に加原に意地を張らせる。


 「行こう大樹、確かめてみたい」


 黙っていた塩谷がついに口を開いた。そんな塩谷を麻里佳が怒鳴り付ける。


 「アンタまで何よ!」


 憤怒の表情の麻里佳に、塩谷は飄々として言う。


 「ちょっと見てくるだけさ、悪戯なんかしないよ。噂を確かめたいんだ。幽霊なんているのかどうか……心配なら佐藤も来いよ」

 「そうだ!お前も来い」


 援軍に気を良くした加原がニヤケ顔で麻里佳に詰め寄る。

 麻里佳は露骨に嫌な顔をするが、少し考え込んで、


 「分かった、私達も一緒に行く」


 一瞬、「私達」の言葉に嫌な予感がした天音の肩に麻里佳の手が置かれる。


 「お願い!コイツらが私の言う事聞く訳が無いし、天音がいれば安心だから」


 予感が的中してしまった天音が面倒臭そうに要請を拒否する。


 「嫌よ、下らない事に私を巻き込まないで」


 そんな天音に加原が黒い笑みを浮かべて言う。


 「さては怖いんだろ?」


 加原の挑発に天音は少しも動じずに、憐れみの目で加原を見る。


 「そんな浅はかな挑発に私が乗ると思っているの?これだからモンキーは」


 天音が加原を挑発し返すと、加原は腹を立てて天音に突っ掛かる。


 「じゃあお前には怖い物無いのかよ!」

 「あるわよ」


 天音があっさりと答えると、その意外な答えに時が止まる。


 「流石の鉄の女でも怖いモンがあるんだな」


 静寂を破るように加原が天音を茶化す。その加原を冷やかに見つめながら天音が呟く。


 「真性のバカね。アンタが思ってるような物を恐怖の対象になんてしないわ」


 天音の見下すような態度に加原が噛み付く。


 「じゃあお前は何が怖いんだよ!?」


 キーキー騒ぐ加原に更に憐れみの目を向ける天音が窓の外へ目を逸らして、


 「私が何より怖いのは、両親を悲しませる事。貴方みたいな何も考えてない獣と一緒にしないで貰いたいわね」


 天音がそう言って男子達を見る。視界の端に怯えた小動物のように目を潤ませる麻里佳の顔が見えた。

 その顔に気づいた天音は「ふぅ」と溜め息を吐いて塩谷を見る。


 「行くなら条件がある。一つ、危険な行為や危険を誘発するような行為は絶対にしない事。二つ目、親が心配する時間までには帰宅する事。三つ、万が一にも危険が迫る事が予見出来る状況に陥った時は速やかに撤退する事。これらが守れないなら、行くのは諦めてもらうわよ」


 天音の出した条件を塩谷はすんなりと呑む。


 「いいよ、なぁ大樹」


 にこやかに塩谷が同意を求めると、渋々ながら加原も了承する。


 「決まりだな。伊織川、時間を決めてくれ」


 流される形で仕切りまで任される羽目になった天音が項垂れながらメンバーに号令を掛ける。


 「三十分後、マンション前に集合ね」

 「面白くなって来たぜ」


 はしゃいでいる加原の横で申し訳無さそうに両手を合わせる麻里佳に、力無く笑顔を返す天音だった。


  * * * *


 「天音、お帰り」


 母の笑顔に生気の無い顔で「ただいま」と返す天音に、母が心配そうな顔で声を掛ける。


 「何があったの?天音」


 母の質問に首を横に振りながら答える。


 「これからあるの」

 「何が?」


 母の当然の問いに、自分の部屋のドアを開けたまま答える天音。


 「クラスのバカ共が裏山の廃屋に肝試しに行くの。その引率」

 「加原君?」


 真っ先に名前が挙がる程の有名人である加原の憎々しい顔が過る。


 「当たり、学級委員様のお節介のとばっちり」

 「麻里佳ちゃん、面倒見がいいもんね」


 母がクスッと吹き出すと天音が母に問う。


 「心配しないの?」


 天音の問い掛けに、母が即答する。


 「全然、と言ったら嘘になるけど、天音は危険な事はしないでしょ?肝試しの引率なんて言ってるくらいだから」

 「そうだけど……」


 俯いている天音を、母が優しく抱き締めて言う。


 「天音の事なら誰よりも知ってるし、信頼してる。天音が友達想いの良い子だって事もね。だから行くんでしょ?」


 天音は無言で頷く。


 「天音は天音が出来る事を出来る範囲ですればいいのよ。出来ない事は出来る人がすればいいんだから。誰かを頼る事も勇気のいる事よ。父さんも私も天音のためにいるんだから」


 母の愛情に包まれて安心した天音は力強く頷いた。


 「幽霊が怖いんじゃないからね」


 天音が母に念を押す。


 「分かってる、心配させたくないんでしょ?でも、親は何でも心配する生き物なのよ。それでも我が子を信じて見守るのが親の務めなの」


 母が優しく微笑むと天音はニッコリ笑って、


 「行ってきます」


 天音はそう言うと自分の部屋へ行き、荷物を置いて一番お気に入りのキャップを被って玄関に出る。

 靴箱の上にあった虫除けスプレーを念入りに体中に吹き付けていると、玄関のインターホンが鳴る。


 「はーい」


 天音がドアの向こうに声を掛けると、麻里佳の声が返って来た。


 「天音?」

 「開いてるよ」


 天音がドアを開けると、白いストローハットにクマさんのポシェットを肩から提げた麻里佳がキラキラの笑顔で立っていた。


 「ホントにゴメン」


 申し訳なさそうに深々と頭を下げる麻里佳に天音が笑顔を返す。


 「いいって、別に怒って無いし」


 天音の笑顔を見て麻里佳が安堵する。


 「麻里佳ちゃん、いらっしゃい」


 奥から顔を出した天音の母に麻里佳が丁寧なお辞儀をして、


 「こんにちは、天音ちゃんママ」

 「気を付けてね」

 「はい、行ってきます」


 二人のやり取りの間に、天音が麻里佳にも虫除けを施すと、


 「行こう、おそくなったらバカ共に何を言われるか分からないから。母さん、行ってきます」


 そう言うと天音は麻里佳の手を引いてエレベーターへ駆けて行った。

 エレベーターを降りて、マンション前まで出ると、塩谷が待っていた。


 「よう!」


 塩谷が右手を挙げて挨拶すると麻里佳と天音は周りを見渡して、


 「あのサルは?」


 天音が姿の無い加原の事を訊く。塩谷は吹き出すのを堪えて答える。


 「まだみたいだ」


 塩谷の返答に麻里佳が舌打ちする。


 「自分が言い出しっぺのくせに何なのよ!」


 天音も不満を露にする。「まさかバックレたか?」と思い始めた頃、ダッシュでマンションの中に入ってくる少年が見えた。


 「悪ぃ悪ぃ、これ探してたら遅くなった」


 汗だくの加原が尻ポッケからデジカメを取り出して見せた。


 「これで幽霊撮ってTVに売れば大金持ちだ!ガッハッハ」


 あぁ、やっぱりコイツは高純度のバカなんだと三人は改めて確信する。


 「じゃあ行こうぜ」


 夏の陽は傾き始めたが、夕暮れまでには充分時間がある。四人は加原を先頭にマンション裏の小さな山へ向かった。

 道すがら照りつける太陽は子供達の体力を容赦無く奪う。山の中は木々の陰で涼しく感じるが、それでも夏は夏だった。


 「誰か水筒とか持って来てねぇのかよ」

 「お前も持って来て無いじゃないか」

 「オレはデジカメ持って来てるだろ」

 「それは自分だけのためじゃない。樹液でも吸ってなさい。この虫が」


 暑さからくる苛立ちからチームワークが乱れ始めた所で、麻里佳がポシェットの中からチューチューアイスを取り出す。


 「これしか無いけど」


 少し溶け始めていたが、キーンと冷えた氷がダレた気を引き締める。


 「流石は学級委員だな。気が利いてる」

 「やっぱ女はこうでなくちゃな」


 男子二人が麻里佳を救いの女神と持ち上げる。少しはにかむ麻里佳が天音にも一本差し出した。


 「ありがと」


 天音はそれを受け取ると首元に宛がい涼を取る。


 「お前も麻里佳みたいにもう少し優しさがありゃあいいのによぉ」


 加原が天音に毒吐くと、天音も応戦する。


 「私の優しさは人を選ぶのよ。黙って歩けないの?小虫が」


 天音の百倍返しに加原が「ケッ」と吐き捨てる。

 それから二分も歩くと、加原がまた駄々を捏ね始める。


 「腹減った」

 「草でも喰ってろ」


 反射的に天音が返すと、また一触即発の空気が立ち込める。そんな雰囲気の中で救世主の麻里佳がチョコを渡す。


 「これで我慢しなさい」


 幼児のように喜ぶ加原を優しく見つめている麻里佳を「オカンか!?」と心の中でツッコミを入れる天音と塩谷だった。


 気を取り直して歩くこと数分、漸く目的地の廃屋が見えてきた。

 鬱蒼と茂る枝に囲まれたそれは、まだ明るい内とは言えど子供達に与える恐怖のインパクトは充分過ぎる程だった。

 以前は誰かが住んでいただろう。暮らすには不自由無い大きさで、築五十年は経っているであろう木造の平屋だ。

 打ちっぱなしのコンクリの土台は所々がひび割れ、土で汚れている。

 廃屋の玄関の前に並んだ四人が見上げると、屋根瓦の其処彼処が捲れて、木製の屋根素材が見えている。

 外壁は塗装が剥がれて、窓ガラスは何枚か割られていた。

 大人でさえ近寄り難い。もとい、近寄りたくもないオーラを醸す廃屋の入口に立つ四人。

 言い知れない恐怖が放つ威圧感に足が竦む。誰一人として前に進む者がいない中、天音が口を開く。


 「どうするの?帰るなら今よ」


 場の空気を読んだ天音の言葉に麻里佳も賛同する。


 「もう帰ろう。ここまで来ただけでも勇気あるよ」


 女子二人の言葉に加原がつまらない意地を張る。


 「折角ここまで来たのに帰れるかよ」

 「行くのか?大樹」


 塩谷が加原に確認する。


 「おぉよ、行こうぜ」


 加原が玄関に向かうと、塩谷が後を追う。


 「ここからは男二人だけで行って来る。佐藤と伊織川はここで待っててくれ」


 加原より落ち着いた様子の塩谷が女子二人を気遣うように言った。


 「行って来る」


 加原が廃屋の玄関の戸に開けようと手を掛ける。

 古くて建て付けが悪いのか、鍵が掛かっている所為なのか、頑なに口を閉ざしている。


 「二人でやろう」


 塩谷も加原に加勢する。二枚合わせの真ん中に両手を掛けて力一杯引くが、戸は微動だにしない。


 「きっと鍵が掛かってるんだよ」


 麻里佳が帰宅を促す。


 「ちょっと待って」


 天音が戸に近付いて上を見上げる。サッシの所には真新しい木の楔が挟まっている。


 「最後に訊くけど、本当に行きたいの?」


 天音の問い掛けに無言で男子二人が頷く。


 「戸のサッシの所に楔が打ってある。外せば開くと思うわ」


 そう言うと天音は後ろへ下がる。加原がその辺から手頃な石を拾って来て楔を外しにかかる。

 何度も石を打ち付けて、楔を外すと意外にすんなり戸は開いた。玄関から廊下が真っ直ぐに伸びており、日光が届かない奥の方までは暗くて見えない。左右には襖とガラス戸が見える。


 「意地張って無茶しない事、いいわね?」


 天音が言い聞かせるように言うと、二人は「了解」とサムズアップすると、中へと足を踏み入れる。


 「気を付けてね」


 心配そうに麻里佳が声を掛けると、二人は振り向き様にもう一度サムズアップして見せた。


 「何かクセェな」


 古い家特有の埃っぽいと言うかカビ臭いと言うか、そんな臭いの他に嗅いだ事の無い臭いがする。

 加原は一番手前の左の襖に手を掛ける。

 中は六畳程の広さの居間らしき部屋だった。部屋の真ん中に卓袱台があって、部屋の隅に今は見られないブラウン管TVがある。

 窓は割れているものの、そんなに荒れてはいない。

 中を一通り眺めた二人は部屋を出て、向かいにあるガラス戸を開ける。

 ガラガラ音を立てながら開けて中を覗くと、そこはダイニングキッチンのようだった。

 部屋の壁に合わせて備え付けてある食器棚には二つの茶碗やお椀、小皿や小鉢が数枚重なってある。

 部屋の奥には流しが設置してあり、中を見ると何か得体の知れない物があったりする訳でも無く、綺麗な感じがする。

 流し台の隣にはアルミのレンジフードがあったが、ガスレンジは無く、代わりにカセットコンロが置いてある。

 台所を出て、更に奥へと進むと、左には襖、右にはガラス戸と、さっきと同じような感じで並んでいる。

 また左の襖から攻める。襖を開けると、部屋に窓が無い所為でとても暗い。

 塩谷が持参したライトで照らすと、奥側に押し入れがある。暗闇と無音が恐怖を増幅させる。

 思わず息を呑む二人が、押し入れに釘付けになる。


 開けるべきか、開けざるべきか――。


 二人の脳裏に最近TVで見た心霊番組が過る。

 押し入れを開けると下の段では足を捕まれ、上の段の天井から青白い男の顔がドーーーンと現れる……。 そんなシーンが頭の中で鮮明に再生される。


 「ここは開けまい」


 アイコンタクトで意思を確認し合う。

 息の合ったコンビの二人は「見た事にする」と言う結論に落ち着いた。

 中に入る事も無く、無言で襖を閉める二人が、後ろに控える磨りガラスの戸に目をやる。

 ガラガラと音を立てる戸にゾクゾクしながら、中を見ると更に奥に磨りガラスの戸があり、そこからの光が射し込んでいる。


 「風呂場ですよね。もう大丈夫です」


 二人は「見なくても分かりますから」と言いた気に戸を閉める。

 もはや二人の目的は完全に変わっている。


 「要は見てくりゃそれで良い」


 既に幽霊探しは頭に無くなっていた。

 奥を照らすと突き当たりにドアがある。二人は顔を見合わせて目で会話する。


 「どうせトイレだろ」


 そんな予想をしつつも、一応は開けてみる。


 中には和式の便器が鎮座していた。「ですよね」と心で呟きながら、ゆっくりドアを閉める。

 これで全部だと玄関へと体を向けた瞬間、塩谷の手が加原を制する。


 「おい、あそこ」


 廊下はまだ続いていた。塩谷のライトが曲がり角の先を照らすと、突き当たりに小窓の付いた木目のドアがあった。


 「どうする?」


 塩谷が加原に訊く。外の二人に言わなければこれで終わりに出来る。

 しかし、今の所まで何も無かったのと、とりあえずチラッとでも見たら終わりと言う自分達ルールが二人の気を大きくしていた。


 「一応、見て行くか」


 加原がドアノブを捻る。ドアは今までのとは違い、開けるのを拒むかのように重い。加原がドアを力強く引くと、ギギギと嫌な音をさせてゆっくりと開く。


 「うわっクセェ!!」

 「何だ!この臭いは」


 二人がドアの向こうから溢れてくる凄まじい悪臭に悲鳴を上げる。


 「何か聞こえた」


 外で待機していた天音が玄関に駆け寄る。中からは吐き気を催すような悪臭がこちらへ流れてくる。


 「アンタ達!何したの」


 天音が中に叫ぶと、闇の奥から塩谷の苦しそうな声がする。


 「奥のドアを開けたら、何かとんでもない臭いが」

 「何?!この臭い……」


 麻里佳も異変に気付き、天音の肩越しから中を覗き込む。


 「動ける?」


 天音が中に問い掛けるが二人は咳き込むばかりで、返事をしない。

 天音は口元をハンカチで覆いながら、中へと入って行く。


 「置いてかないでよ!」


 麻里佳も慌てて天音の後を追う。二人の身を案じるあまりに、天音は麻里佳を気にせず早足で先へ先へと進む。

 暗闇に慣れてきた目が、二人の姿を捕らえる。二人は廊下を曲がってすぐの所のドアの前で蹲っていた。


 「立てる?」


 天音は二人に近付きながら声を掛ける。


 「あぁ、何とか」


 そう言いながら弱々しく立ち上がろうとする加原に目をやった時、手から落ちたライトがドアの向こうを照らしていた。

 その光の先を見た天音が加原の頭を押さえ付ける。


 「加原!中を見た!?」


 天音が威圧的な言い方で加原に言うと、弱っている加原はえずきながら言う。


 「んな余裕ねぇよ」

 「塩谷も見ちゃダメ!!」


 塩谷にも同じように高圧的に言うと、顔を真っ青にした塩谷は天音に小さな声で言う。


 「もう遅いよ」


 天音は二人をドアの方に背中を向かせて、肩を貸しながら脱出しようとする。


 「どうなってるの?」


 遅れて来た麻里佳に天音は大きな声で怒鳴る。


 「来ちゃダメ!!」


 天音の声に体を硬直する麻里佳に、今度は優しい声で話し掛ける。


 「もう…帰ろう……」


 蒼白の天音の顔を見て、麻里佳は只事ではない事が起こったのを悟った。


 身も心もボロボロの四人は、這う這うの体で山道を降りていった。


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