第八話
「それにしても、ここまでバラバラになると回収できるものも少ないな」
「誰がやったと思ってる…」
「誰だろうな?」
俊紀の発言に拳を握りつつガラクタと化した機械のパーツの山をあさる悠司。俊紀は性格からは想像できない器用さでドラゴン型の機械の残った部分を丁寧にそして素早く解体している。解体はどの系統にも属さない、ステータスには影響の及ぼさないスキルではあるが、モンスターの素材を手に入れるにはもちろんモンスターを倒した後、解体しなければ多くの素材は手に入らないので習得していても損は無い。俊紀ほどの技量は持っていないが、悠司も一応解体を習得している。しかし悠司の、言ってしまえば中途半端な解体の技量では作業効率が悪くなる為、悠司は散らばったパーツの中でもそれなりに原形を留めている物を俊紀の指定した場所に運んでいるだけだ。
「悠司、少し来てくれ」
「何だ」
ガラクタの山を漁っている途中で俊紀に呼ばれる悠司。多少の不機嫌そうなオーラを発散させながら俊紀の方へと行くと、俊紀が作業を止めているのが見える。そして、その手には青白い光を放つ、歯車を持っておりそれを眺めながら顎に手を当てて何かを考えているようだ。また、歯車が光っているのは魔力を持っているからであり、俊紀はその歯車が持っている魔力には気が付いているものの、何が目的で歯車に魔力があるのかは見当もついていない。
「変わった歯車だな」
「ああ、ドラゴン型の機械兵の心臓部を動かす為のパーツだったんだろうな」
「それならコイツを倒した時点で魔力が霧散するんじゃないのか?」
「そこが不思議な点でな、少しこの部屋を調べることにする」
「何かあっても勝手に行くなよ」
「分かってる」
壁に書いてあった古代文字の時のように歯止めが利かなくなることもALOの時から良くあったので、半分は無駄になるだろうと思いつつも一応釘を刺しておく悠司。例を上げるならば、ALO内で現時点で発見されている古代遺跡の時の事である。
詳細は省かせてもらうが、この古代遺跡では、ALOの世界観では珍しいことに通常でわき出る魔物が機械兵だったため、とても期待されていたダンジョンだったのだが、結果は何度でも時間経過で復活する宝箱が複数置いてある宝物庫と、やけに貴金属が使われているボスを除き、特に変わった部分は無かった。しかし、それは通常のプレイヤーの場合である。俊紀からすれば壁にちらほら書いてあった他のプレイヤーや、一定レベル以下の学者から見たら模様か何かのようにしか見えない古代文字こそ価値のある物と言える。それを目の当たりにした俊紀は悠司を置いてダンジョン内を駆けずり回り、次々と何が書いてあるのかを解明していったことがある。その時に隠し扉に突っ込んで悠司が俊紀を見失い、チャットが入るまで俊紀が街へ戻ったのを知らなかったことが、ここまで釘を刺す原因となったのだ。
ちなみに、古代文字の内容を解明したからと言って万人が読めるようになると言う訳では無かったりする。学者スキルの一定以上のレベルを持つか、解明をした本人に読み上げてもらうしか方法は無い。悠司は後者である。
「何かあったか?」
「いや、まだ何も。大概こういうのはボスが背面にしていた壁に何かあるもんなんだがなぁ…」
「確かに良くある話だが…ん?」
「どうした?」
俊紀が部屋を調べ始めて約10分ほど経過しただろうか。暇を持て余した悠司が部屋の中を円を描くようにうろつき始める。他人から見ると奇怪な行動にしか見えないが、本人は気にしていない。そして、丁度1周をしようかと言うところで悠司が足元に違和感を覚え、立ち止まる。
「…なるほどな」
「何かあったのか?」
「ピッタリだと思わないか?これ」
「…本当だ」
悠司が違和感を覚え立ち止まった時に居た場所は、ドラゴン型の機械が最初に位置取っていた場所と重なる部分であり、俊紀によって砕かれた後も残骸が残っていて地面が見えることは無かった。そして、悠司が立ち止まっていると言うことはすでにその上には何もなく、そこに隠されていたものが露わになっていたのだ。
悠司が踏みつけていたものは歯車の形をした窪みであり、真っ先に思い浮かんだのが俊紀の持っていた魔力を帯びた歯車だったのである。そして1人確信をしているところに俊紀が来たのでちょうどいいと思い、早速歯車をはめてみることにする。
この窪みの発見が歯車より先だった場合、パーツをすべて分解して1つ1つ試す羽目になっていた可能性も考えるとこればかりは俊紀がボスをバラバラに砕いたのには感謝するべきと言えるだろう。
「しかし、足元に仕掛けがあるのはなんだかんだで初めてな気がするな」
「それもそうだな。お、本当にピッタリだった」
俊紀が窪みに歯車をはめると、歯車が持っていた魔力が床を奔りボスが背面にしていた壁へ伝ってゆく。そして、重々しい音を立てたかと思うと、壁の一部が左右に分かれ奥に隠されていた空間が露わになる。
「これは…」
「気持ちはわかるが落ちつけよ?」
「おう…」
奥の空間は薄暗いが、現代日本に近しい技術の使われた、研究施設のような部屋でありそこらじゅうにモニターと機械をコントロールするためのキーボードらしきものがある。その他には不気味な光を放つライトのようなものが多少置いてあるだけで他に光源は無く、それが逆に神秘的な雰囲気を漂わせている。俊紀は真っ先に手前の方から観察を始め、薄暗い部屋でも俊紀の目が眩しい位に輝いているように見えるくらいには興奮しているようだ。
「なるほどなるほど、これはALOではまだ未実装だった第二世代の文明の可能性が高いな…。それにしてもここに書かれていることがそのまま実行されてるなら現代科学でも実現できてない代物の可能性があるな。この技術が盗めれば面白いことになりそうなんだがなぁ…。そう思うだろ?悠司」
「俺に言われてもなんて書いてあるのか分からんから何とも言えん。俺は少し奥の方見てくるぞ。敵が居ないとも限らないし、この部屋の広さを把握する意味でもな」
「あいよ」
周りを俊紀ほどではないが、機械を見てなかなか面白いと思いながら歩を進める。光源となっているライトになんとなく気を取られ、時折立ち止まったりしながらも歩いていると明らかに動いている機械を見つける。それに驚いたのも束の間、その少し上部にあるものに悠司は戦慄を覚える。たった1つだけある円柱状のカプセル。その中にある2つの光がこちらを捉えた。気がつくと足は後ろへと向き、走りだし、近くまで来ていた俊紀の肩を掴んでいた。
「ど、どうした!?」
「帰るぞ、今すぐにだ!」
「何で!?」
「あれは、駄目なものだ」
悠司は振り返らず自分の走って来た方向を指さす。その方向を見た俊紀も言葉を失った。どうやら彼も同じく見てしまったらしい。俊紀は、悠司に1つ頷き自分たちの来た方向へと走り出す。彼らが走れば部屋を突っ切るなど10秒もいらない。が、2人は部屋から出られなかった。
「な、何で閉まってるんだ!?」
「早く開けてくれ!」
なぜか閉まっている扉の前で騒いでいると微かな、しかし部屋中に、そして脳内に直接響く、水が滴るような音が聞こえてくる。それが2人の、特にこの音の原因となっているものに強い苦手意識を持っている悠司の冷静さをますます奪っていく。
「何で開かない、さっきまで開いてたのに、開いてた時と何が違うんだ?」
「知るか、何でも良いから早く!」
何とかこの状況を打開しようと頭の回転が鈍くなっている状況で入って来た時との部屋の違いを考え始める俊紀。それに対して半ばパニックに陥り普通に考えたらやばい種類の呼吸をしながら大声でと言うよりもはや悲鳴に近い声で催促する悠司。このわずかなやり取りの間でも微かな音は次第に大きくなり、確実にこちらに来ていることが振り返らずとも理解できる。これによってもともとホラー系の物に耐性の余りない悠司が何を思ったのかスキルを使用し、武器を取り出す。
「流石にそこまで怖がらなくても良いだろ…」
悠司ほどでは無いにしても、恐怖感と焦りを持っていた俊紀が悠司の行動を見て冷静さを取り戻す。その表情は一応何かを考えているが、流石に相方の行動に呆れているような感じになっている。また悠司は武器を取り出してしまっているので彼の取る行動は1つである。
「うわああああああああああ!!」
「悠司!落ち着け!」
恐怖に叫び声を上げながら先ほど自分の入って来た扉を攻撃し始める。しかし、恐怖によって冷静さ、集中力を失った状態でスキルを行使しても本来の性能を発揮できず、悠司が扉を攻撃するために使っている武器の切れ味はもはや剣とは呼べず鉄の棒に近い状態である。呆れ顔の俊紀だったが、流石にこんなところで武器を振りまわされては貴重な古代の財産に損害が出てはいけないと必死に呼びかけをする。しかし、大体パニック状態の人間は言葉など耳に入らず、それと同様に悠司も攻撃になっていない、普段の剣術の腕前はどこへ行ったのかと言うような武器の振りまわす手を緩めることは無い。
材質不明の、しかし鉄よりも硬い扉を鉄製の武器で攻撃する騒音の中、水が滴るような、それでいてその場所に確実に居ると言う、存在を認知させる音は少しずつ近づいてくる。
「クソッ!開けっ!開けええええええ!」
「やめろ!そんな大技をこんな場所で―――」
いくら攻撃を繰り返しても壊れる様子のない扉に上級のスキルを使用するため、魔力を両手に集中させる。しかし、鈍らにも劣り武器と言うには厳しいものの、一応武器として扱える物を作れた時点で奇跡とも言えるような集中力の欠きかたをしている状態であり、さらに、暫く聞こえなかった、聞くことを拒否していた、自らの存在を主張する足音が背後で止まったため、悠司の両手に集まっていた魔力は霧散し、2人の動きが完全に停止する。扉と鉄がぶつかる騒音が無くなった部屋の中は不気味なほどの静寂が訪れ、時間が止まったかのように動かない2人と、背後に存在する何者かだったが、この状況を動かしたのは悠司がパニックを起こす原因となった正体不明の人物の方であった。
不意にその手を伸ばし、悠司の服の裾を引っ張る。それに気付いた悠司が油の切れた機械のようにぎこちなく振り向くと、やれやれという様子で悠司を見てから、同じく振り返る俊紀。
「ひいぃっ!」
振り返った先に居たのは、グレーに近い色をした髪を腰のあたりまで伸ばし、同じくグレーに似た色をしている目を悠司へ向けている、ベンダントのような物をさげている以外、服らしいものも着ておらず、胸と局部が髪に隠れているものの、目のやり場に困る状態、つまるところ全裸の、身長が大体悠司の腰より少し上くらいまでしかない、少女というよりは幼女と呼ぶ方が正しい子供であった。
それを視界に入れた悠司は悲鳴を上げて尻もちをつき、服を引っ張っていた少女はそれに引きずられ多少驚いた表情をしてそのまま悠司の上に倒れ込む。壁を背面に尻もちをついたため少女が偶然抱きつく形になってしまったのは仕方が無いことだろう。悠司にそういう趣味は無い。
「やめて!来ないで!子供苦手なの!」
「まあ、良いから落ち着けって…」
「だって、子供って笑顔で虫の足千切ったりするんだぞ!頭の取れたカマキリが痙攣してるところ見て無邪気に笑うんだぞ!こんな残酷な物を見て平然としてるお前は絶対におかしい!」
「分かった、分かったから…」
顔面を蒼白にして叫ぶ悠司に苦笑を隠せず、優しく語りかける俊紀。悠司がパニックに陥っていた理由は子供が自分の方へと向かってきていることが分かっていたからであり、子供を見るだけでパニックを起こすことは無い。基本的に興味が自分へと向いている子供を見るとこの状態になるのだ。
ちなみに悠司も俊紀も子供が嫌いと言う訳ではない。しかし、悠司は先ほど述べた理由によって積極的に関わろうとは思わず、俊紀はこの年になって子供と遊んだりすると有らぬ疑いをかけられかねないという理由で余り関わろうとは思わない。
「いいから、どうにかしてくれ…」
「まあ、とりあえず引き離すか」
と、俊紀が悠司へのプレッシャーの原因となっている少女を引き離そうとするが、少女が腕に力を入れしっかりと悠司の腰にしがみついてしまったため引き離すことは出来ず、顔だけを俊紀の方へ向け不満そうな顔をしながら聞いたことのない言語で抗議の声を上げる。
「…なんて言ってるんだ?」
「…正しくはわからんが、俺よりお前の方が良い、的なことを言ってる…と思う」
「何で!?」
「いや、俺にもわからんよ」
「会話できないのか?何となくでもわかるんだろ?」
「いや、確かになんとなくはわかるんだが、俺が古代言語を喋れないから無理。諦めろ」
俊紀の返答にがっくりとうなだれる悠司。いつまでも座っているわけにもいかないのでとりあえず少女を立たせてから立ち上がる。立ち上がってもなお悠司に張り付いているので何かを悟ったような顔でいつもの調子に戻る。それを見て苦笑する俊紀。また、少女がいつまでも裸と言うのも、目のやり場に困るという理由で自分の服を貸す悠司。服は何着か持っていたので悠司が寒い思いをするということはない。
「で、この扉をどうやって開けるのかが問題な訳だが…」
扉の方を向き肩を落とした悠司に何かを感じ取ったのか、首にかけているペンダントと何やらいじり始める少女。すると扉とペンダントが同じ色の光を放ち扉が開く。少女の持つペンダントが操作端末のような役割を果たしているのだろう。
「これで、良い?」
扉を開け、振り返った少女が放った言葉に驚愕の色を浮かべる2人。
「翻訳機能的な何かも持ってるのか。さっきの扉開けたのもこれの機能だろうし、他に何があるんだろうな?バラして調べたい」
「やめろ」
「だめ」
冗談半分で言ったことに即答で返され、地味にへこむ俊紀。部屋から出た3人は散らばっていたドラゴン型機械兵のパーツを適当に袋に突っ込んでから来た道を戻ったのだった。
「さて、どう誤魔化したものか…」
「…」
元の隠し扉から戻り、なるべく自然になるように丁度遺跡内から引き返すところだった団体に混ざり遺跡の外に出た3人。なお、遺跡の奥で拾った少女は悠司のスキルで作った即席の、周囲からの認知を誤魔化すマジックアイテムによって隠れ、何か派手なことをやらない限りばれることはない。
2人が困っている理由は置いてけぼりにされた上、どこに行っていたのかすらもわからなかったことに対して不満を持っているミーナが明らかに不機嫌な状態で詰め寄ってきているからである。
「で、何してたんですか?トシキさん」
「…心配されるだろうから余り話したくないんですけど…」
と、話始めた俊紀へと3人、実際に見えているのは2人だが、の視線が向く。俊紀の話した内容は不自然さが出ない範囲での作り話であり、実際何が起きて2人が姿を見せなかったのか知っているミーナからすれば不信感が満載なのだが、それなりの付き合いで多少気を許している2人だからまあいいかと納得してしまうミーナ。話をしたのが悠司だったらもう少し怪しいラインだったかもしれない。
「…まあ、そういうことにして置きます。時間通りに戻ってきたから良いものの、勝手に何処かに行かないでくださいね。ギルドマスターから期待されている貴方達に何かあったら私も面倒なことになりそうですから」
「以後気をつけます」
とりあえず場を収めた2人だが、他の人員は何をしていたのかと言うと帰り支度を済ませており、遺跡の探索中も3人が居なくなっていることには何の疑問も持たず、珍しいからどうせ何処かをほっつき歩いているのにミーナが振りまわされているだけだろうと特に関心が無いだけだった。
ちなみに遺跡の奥の方を探索していた、俊紀から言わせればなんちゃって学者団は遺跡の最下層へ着いたところで無駄に時間を使い何のギミックがあるわけでもない部屋を隅々まで調べた挙句、これと言って珍しいものを見つけること無く戻ってきただけである。強いていうなれば何もなかった、という結果を持って帰って来たと言うべきだろうか。
「自分の荷物は纏めたか?」
3人で固まっているところに探索班のリーダー、カインが首を挟んできたことにより、ミーナが2人に詰め寄ることを止めカインへと返事を返す。
なおこのやり取りの間、認知阻害で存在を隠している少女が悠司の体を登ったり降りたりしていたせいで、悠司の体が傾いたりしていたのでふらふらとだらしない印象をミーナに持たれてしまったのはここだけの話である。
「そろそろ出発だからな、馬車に乗り込め」
「了解です」
カインに促され馬車へと乗り込む4人と、遺跡に来る時も同じ馬車に乗っていた学者と冒険者合計3人が乗り込み馬車の扉が閉められ、出発する。
「さっきから静かですけど、ユウジさんは何かあったんですか?」
「さっきの話で罠に巻き込まれたって言ったじゃないですか」
「はい」
「探索済みだと聞いていた場所で、油断をしていたところに罠にかかったものですから心底驚いて疲れてるんですよ。大量の魔物を相手にしましたし」
「なら同じく魔物を相手にしていたトシキさんが普通に元気なのはおかしくないですか?」
「俺は一応武術家でもあるので体力は結構あるんですよ」
「ならユウジさんも剣の扱いに長けていると聞きました」
どこまでも食い下がるミーナに少しずつ表情が渋くなっていく俊紀。内心どこまで誤魔化せるのか不安な所ではあるが、単純なミーナを言いくるめるのは簡単だと思いつつもそういうところに漬け込むのに多少の抵抗があるためこのような表情が出てしまっている。
「悠司は力より技術で剣を振うので体力は余りないんですよ…」
「…私よりはありそうですけどね」
遺跡から出てきたときもそうだが、やはり釈然としない顔で一応の納得はするミーナ。なんだかんだで2人の事を信頼しているからこその妥協であって、これが初対面だったりするともう少し面倒な事になっていた。この2人も大してミーナと行動した時間が長いわけではないのも事実ではあるが。
なお、悠司が静かな理由は誰にも見えなくなっているものの、自分に抱きつくようにして少女が眠っているからであり、起こさないために静かにしているのと、やはり子供への苦手意識が影響している。また、この少女は扉を開けたとき以外全くしゃべらず、表情の変化も無くただ静かに黙々と付いてきていただけだったりする。時折、悠司の方をチラチラと様子を窺うように見たりはしていたがそれ以外の特に目立つような行動は見られなかった。
結果、色々な謎を残したまま、日が暮れるころには街に戻り、一晩を明かすのであった。
次の話の投稿は再来週くらいまでにはしたいな、と思ってます。
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