第七話
「お、中は思ったより明るいな」
「そうだな」
探索班の学者には見つけられなかった隠し扉、の奥にある謎とも言うべき空間。後ろの壁が閉じたものの真っ暗になると言うことは無く、光源が無いにも関わらず30メートルほど先が見えるくらいには薄ら明るい。周囲には生物の気配は無く、ただ静まり返っている。
「未探索のダンジョンか…久々だな」
「そうだな。ALOでは全く何の情報も無いなんてことも少なかったし、大抵のダンジョンは俺達が入るころには攻略組の誰かしらがもう突入済みだったからな」
基本的にALOではダンジョンに突入する前に難易度の目安としての情報が開示される場合が多い。また、デフォルトでは開示される情報が無い場合もあるが、そういう場合はNPCとの会話によって手に入ることがある。今回2人が情報が全くない状態でダンジョンに入るのは初めてではないが、ストーリーを進める上でNPCとの会話が必然的に多くなるALOではまずないと言って良い状態なのでいつもと比べれば難易度は高くなるだろう。
「分かれ道か。このダンジョンは迷路系だろうか」
「まあ基本的に分かれ道が多い場合はそう言ってもいいんじゃないか?」
「何のヒントも無いんじゃアレをやるしかないな」
「時間かかるぜ?左手法」
悠司の言った左手法とは、迷路の壁に左手を付けて進むとりあえず歩いていれば出口に着くが恐ろしく時間のかかる方法である。実際に使えないことは無い手段である上、今回は同行者が多いため余り時間をかけると、俊紀と悠司が居ないことに気がついた探索班に多大な迷惑がかかる。
「…確かに、今回は時間がかかるのはまずいな。お前は何か思いついてないのか?」
「…勘に任せるしかないな」
「壁を壊しながらひたすら前に進むという手もあるんだが?」
「最終手段だな、それは」
色々と話している2人だが、体はすでに左右、正面と分かれている道の内左側に進んでいることから時間の惜しさがわかる。
「…変だな」
「どうかしたか?」
「いや、何か誘導されているような気がして。それに迷路にしては一本道すぎる」
「そう言われればそうだな…、何か音が聞こえるような気もするしな」
2人が最初に進み始めた道を歩くこと十数分、いまだに次の分かれ道にあたる気配が無いことに違和感を覚える俊紀。また、進んでいる道の奥の方から微かながらも音が聞こえている。
「一度引き返すか」
「そうするか。音が聞こえるなら敵が居てもおかしくは無いし、こういう狭いところでの戦闘は避けたいし」
と、来た道を戻ろうと踵を返す2人だが、振り返った先にあるものを見て思わず目を見開く。
「…俺達はこっちの道から来たんだよね?」
「おう…」
「おかしいな、俺には壁しかないように見えるんだけど」
「心配するな、俺も壁にしか見えん」
さっきまで進んでいた道には壁が立ちふさがっており他には進めそうな道は見当たらない。そして、その壁を良く見ていると少しずつ自分たちの方へ迫ってきているのがわかる。
「ああ、こういうタイプのダンジョンか…」
「一番厄介なタイプだな…」
一番最初に分かれ道、不自然に続く一本道、そして一度進めば引き返すことが不可能、そして何より、道を強制されるこのダンジョン、ALOでは高難易度と言えば大半のプレイヤーがこのタイプのダンジョンを答え、そして誰もが一度は当たる壁である。通称、強制誘導系ダンジョン。そのいやらしさはALO内でも良く知られている。何がいやらしいのかと言えば実は最初の3方向の分かれ道に意味は無く、どの道を進んでも結局は同じ部屋に辿りつく。唯一の違いと言えばその部屋に至るまでに何があるかである。
「なら進むしかないな」
「さっさと攻略して脱出だな」
この系統のダンジョンに結構な回数潜ったことのある2人の方針は、このタイプのダンジョンとわかったら時間をかけずに攻略、と言うのがお決まりとなっている。今回もそれと同様に走り始め、1つの広い空間に出て目を見張る。
「これは…」
「おお、珍しいな!こんなに大量に居るのは!」
部屋に入った瞬間、動きを止め、一斉にこっちに向く顔と思われる部分。その体は人型に近く作られているものの、良く見なくともそれが人ではないとわかる。また生物という枠に入っていないため、探知にも引っかかることはない。両手には頭と同じか、それを超えるくらいのドリルを備え、こちらを確認するや否や赤く光りだす、恐らく目の機能を果たしているだろうセンサー。その数は恐らく20上回るくらいだろうか、ALOでは失われた技術として滅多に出てくることのない機械が2人の前に立ちふさがっている。
「機械兵か、少し厄介だな…」
「珍しいのは良いんだけど、ALOの武器って大半が対生物用だからダメージあんまり通んないんだよね」
「斬鉄剣を使うか」
「ん、宜しく。俺も行きますかね。ハイパースマッシュ!」
斬鉄剣、この場合は読んで文字の如く鉄を斬る剣であり、使われ方としては相手の装備に傷を付ける、または破壊するのが有名である。しかし、とあるプレイヤーが鉄が斬れるんだったら鉄の塊みたいな機械兵だって斬れるだろうと試したのがきっかけで、その結果通常の剣を使うよりも大きなダメージをあたえられたため、こういう使い方もされる。しかしこの斬鉄剣、街で購入可能でその上攻撃力もいまいちなので使われることが多いとは言えない。だが、鉄である限りはそこらへんの武器であたえられるダメージを大きく上回るためこういう時にはもってこいの代物である。
次に、俊紀が気軽に使っているハイパースマッシュだが、武術家スキルの中では威力が高めでその分消費MPも馬鹿にならない物なのだが、学者のスキルに使うため、そして圧倒的なレベルによる莫大な最大MPのおかげでまるで通常攻撃を放つかのように連打することが出来ている。俊紀のMPを枯渇させるのはドレイン系の罠だらけの上、敵もドレインを使い、その上異常なほどタフな敵でも出ないかぎり不可能だろう。これに関しては最大MPの量が俊紀とほぼ同等の悠司にも同じことが言えるだろう。
「よし、片付いたな」
「パーツは回収しておくか?」
「宜しく!」
いかに一般的な魔物と構造や硬さが違うとは言えど、この2人にかかれば何の変哲もないドリルを付けただけの機械兵など玩具と大差はない。戦闘開始から3分と経たないうちにガラクタの山と化した機械兵たち。一部はまだ電力のようなものが残っているのか、赤く光るセンサーが点滅したりしている。それも十秒と経たないうちに消えてしまうが。
「なかなか良いもん手に入ったぜ」
「俺にとっても時々ありがたい事があるから出来れば損傷は少なく済ませたいんだがな」
「今回は数が多かったから仕方が無いってことで」
機械兵の散らばったパーツを鞄から取り出した袋の中に放り込む2人。ちなみにこの袋は悠司のスキルを使って作ったもので、この袋は武器のように消えることは無い。また、中に入れたものの重さは感じること無く、袋が嵩張ることも無い。一応ここまでの性能の道具だと一つ作るのに悠司のMPは2割ほど持っていかれる。
「さてと、じゃあ行きますか」
「おう」
後ろから迫りくる壁に戻るという選択肢を無くさせてから進むこと数十分。途中で先ほどと同じような機械兵が数えるのか面倒になるくらい出てきたりもしたが、2人からすれば研究材料にしかならない上、敵としても遥かに格下であり、特に変わったことも無いためこれと言って触れるような点は無い。
「あ、やべ」
「どうした?」
「罠踏みつけた。しかもALO界極悪3本指に入るくらいの奴」
「…鳴子か?」
「正解!」
俊紀がここまで鳴子の罠を問題視しているのか、もちろんしっかりとした、開発陣に対する恨みも込めて全プレイヤー共通の認識がある。そもそも鳴子の罠と言うのは大抵盗賊等を捕まえるクエストに登場してきた罠であり、その罠を踏むとダンジョン、もしくは洞窟内に音が響き渡り、討伐もしくは捕縛対象に逃げられるのだが、最近の運営は何を考えたのか、ダンジョン内で鳴子を踏むと逆にボス魔物を除くダンジョン内全ての魔物をその場に転移させるという最悪な仕様に変わり、幾度となくプレイヤーを泣かせた罠に早変わりしたのである。なので、魔物が近寄って来ずとも鳴子を踏んだ場合は先の2人の会話のようなやり取りがテンプレートと化している。
「魔物は…流石に転移はしてこないな」
「こっちに向かってきてる可能性が高いけどな」
「出てきたら出てきたで倒すだけだがな」
「それもそうだな」
魔物が転移して襲って来ないことを知ると何も無かったかのように平常運転へと戻る2人。こういうところでは優秀な2人なのだが、俊紀なら今回の遺跡の探索のように何かしら特定のものが関わると平常心を失うのが玉に傷だろうか。
「おっと、噂をすれば…」
「鳴子につられてこっちに来たか」
先ほど踏んだ鳴子の影響であろう機械兵の大群がこちらに来ているのを見つける2人。とは言え、俊紀がすでにアーツ使用の体制に入っているので向こうの未来は見えているようなものである。
「かーめーはー…」
「それはもういいから」
「はいはい、オーラブラスター!」
地球が壊せそうな必殺技の名前を言うのは止めたが、ポーズだけは取る俊紀の突き出した両手からビームと化した魔力が迸る。この技、射程は長いが、左右に移動すれば意外に避けられるため、正面以外の敵は討ち漏らしているが、そこは悠司が果物ナイフを投げて倒していく。悠司は一応武器として果物ナイフを投げているがもちろん台所用品としても使える。店で売っている物に比べれば今投げているのは若干切れ味が鈍いが。
「この程度ならいくら来たって問題ないな」
「いくら何でもこのレベルの敵しか出ないと言うことは無いだろうけどな」
「それもそうか、まあ適当に気を付けていけば問題ないだろ」
目の前の大軍を蹴散らし意気揚々と進み始める俊紀に一応釘を刺しておく悠司。鳴子によってダンジョン内全ての魔物が引き寄せられ、2人に倒されたからと言って油断は出来ない。この手のゲームでは時間経過で魔物が復活するのは当然ともいえることであり、現実になったからもう出てこないと言うことは無いとは言い切れないからだ。
魔物の大群を蹴散らし、再度気を引き締め歩を進めること十数分。目前には物々しげな重厚そうな、遺跡には似合わない冷たい空気を放つ扉が立ちふさがっている。特に鍵などがかかっている様子も無く、開けようと思えばいつでも開けられるが、2人はこの扉の奥にある大きな気配を感じ取り扉をくぐればボス戦と言うことを察しているため、扉の前で作戦を決めている。
いかに敵が弱くとも、いかに相手が小さかろうとも、決して油断してはいけないのがボスと言うものである。2人がALOに慣れ始め、ストーリーを進めるために遺跡やダンジョン、クエスト等をこなしているときにそのボスは現れた。見た目は人の背丈よりも低く、いうなれば犬や猫などと同じくらいの大きさのボスだったのだが、体の小ささを生かした俊敏な動き、更には状態異常攻撃と言った長期戦によってそのボスに一度敗北したため、それ以来ボス手前では何があろうと対処できるよう作戦会議を欠かさないようにしている。
「こんなもんか?」
「普段からすれば足りないが現状ではこんなものだろうな」
こちらの世界に飛んできてしまったことによる、この2人のボス戦準備の最低ラインすら越えられないことに多少の不安を覚えつつ、いつまでも時間を食う訳にも行かず、出来るだけの準備をして妥協する2人。
2人の決めている最低ラインはALOで十分上級を名乗れるほどのプレイヤーから見ても少しばかり過剰だと思えるものであるため、どちらにせよこちらに来て間もない今の状況では最低ラインを超すことは到底不可能である。
「じゃあ行こうか」
「ああ」
消耗品などの確認を最後に終え、扉の方を向くと扉に手をかけることも、近づくことすらも無くただ静かに扉が開く。そしてその奥に居たものは、まず一般人から見ればその場で生きることを諦め、この遺跡に来ている冒険者でも戦うこと無く逃げると言う選択肢しか無くなるだろう。鋭い牙、噛まれればただでは済まないだろう巨大な顎、光を乱反射する1枚1枚が人の腕ほどもある鱗、強靭な四肢、そして一振りのみでこの遺跡を沈めることが出来るのではないかと思える尻尾。万人が想像する典型的なドラゴンの容姿をするそれは生き物のような雄たけびではなく機械的な駆動音を部屋に響かせた。
「なるほど、生体反応が無い、こいつも機械か」
「そのようだ」
「それにしても、随分と硬いな」
「らしいな、その様子だと思ったようにダメージが入ってないんだろう」
相手の特徴を瞬時に見抜き、その上で後ろに回り込み背中に拳を叩きつけ、戻ってくるという動作を常人では見切れない速さでやってのける俊紀。しかし、小手調べとは言えクリーンヒットした拳が破壊したのは鱗の1枚程度。俊紀の攻撃力を考えると相当固いことが知れることだろう。
「上級スキルの出番かな」
「武術家のスキルにしておけよ?」
「当たり前だ。それより上だと初級でも色々問題があるからな」
敵の硬さに見当をつけると手首の関節を鳴らし呼吸を落ち着かせる俊紀。能力的には何の関係も無い行動だが、程よい緊張感と冷静さを保つためにとる行動である。
「ソウルオブファイター!」
アーツの宣言と共に俊紀の体から闘気が抑えきれんとばかりにあふれ出る。このアーツは攻撃力を飛躍的に上昇させ、アーツ発動中のみの特殊な行動が可能になる代わりに防御力が大幅に下がると言う欠点がある。しかし、そこは熟練のプレイヤーと言ったところだろうか、相手の動きを見切り攻撃の隙を着実に攻めていく。打っているのは先ほどとは変わらない只の打撃だが、その威力は敵の体を陥没させるほど。
念のために言っておくとこの敵の動きは決して遅いなどと言うことは無く、初級冒険者等であれば防御が間に合うかどうかと言う速さで攻撃を繰り出してきている。敵としてはこちらの世界で出てきた中で確実に一番上の実力を持っていると言えるだろう。
「俺も何かしておくか。…トライデント」
少し離れたところで傍観していた悠司だが、俊紀のみに任せきりだと言うのも何か釈然としなかったらしく、おもむろに三俣の槍を機械竜の足に向けて投擲する。そのまま槍は吸い込まれるように体重の乗った方の足に直撃、相手は転倒する。もちろんこの隙を俊紀が無駄にするはずが無い。
「よし、爆散!」
アーツ発動によってあふれ出ていた闘気を両手に集中し、転んでいる機械竜に叩きつける。名前の通り着弾と共に球状になって敵にぶつかった闘気は爆発を起こし敵を木端微塵に破壊した。
「よし、終わったな!サンキュー悠司」
「礼を言われるような頃はしていない」
ひとまず目の前の障害を退けた2人であった。