第六話
「うわああああああああああ!!」
「悠司!落ち着け!」
恐怖に叫び声を上げながら先ほど自分の入って来た扉を攻撃する。しかし、恐怖と言うものは平常心を失わせる。そんな乱れた心の状態でスキルを使用したところで最高の性能を発揮できるわけも無く、悠司が扉を攻撃するために使っている武器は鈍らにも劣る。
鉄よりも硬い扉を鉄製の武器で攻撃する騒音の中、水が滴るよりも微かな、それでいて部屋中に響く音が2人の背後に確実に、少しずつ近づいてくる。
「クソッ!開けっ!開けええええええ!」
「やめろ!そんな大技をこんな場所で―――」
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魔物の大量発生が収まり、2週間後の朝。いつもより若干人の多いギルドを若干不思議に思いながら俊紀、悠司の2人はギルド内のお気に入りの場所、ギルド一階のクエストボード寄りの席に座る。
「人が多いな、何かあったのか?」
「何も無ければこんなに人は多くないだろ」
テーブルに頬杖をつき、眠そうな目で人だかりを見ていると、その中から1人が周りの人を退かせてこちらへ向かってくる。ギルドマスター、ジンだ。そのまま迷いのない足取りで2人の元へと来る。
「おはようございます、ギルドマスター」
「うむ、おはよう」
「今日は何か用ですか?」
「そうじゃ、といってもお主ではなく俊紀のほうにじゃがの」
「俺にですか?」
「うむ。確かお主は学者じゃったな」
「ええ、まあ」
俊紀が肯定したのを確認してからジンは何かを思いついたように頷き、話を続ける。
「今日、ギルド内に人が多いのは気がついておったかの?」
「はい、何かあったんですか?」
「なに、大したことではない。お主らがこのギルドに来る前に出発していた、この近くに発見された遺跡の探索チームが一旦こっちに戻って来たのじゃ」
ジンから遺跡という言葉がでた途端に俊紀の目が輝き始める。また、それを見逃すジンではない。口元をニヤリと吊り上げ話を更に続ける。
「そこで、お主らもその探索チームに同行してはどうか、と思って声をかけたのじゃよ」
「喜んで同行させていただきます!」
「と、言っておるが悠司、お主はどうじゃ?」
「こいつが行く場所なら付いていくだけです」
「そうか、なら良いじゃろ」
ジンが踵を返し、人だかりの方へ戻ろうとしたときにジンのもとに少女が1人駆け足で近付いてくる。
「マスター!」
「む?ミーナ、どうしたんじゃ?」
「先ほどの遺跡探索の話、私も同行させて貰えますか?」
ミーナが言いだしたことに対して言葉には出さないが、俊紀と悠司はまずいことになったとでも言うように目を見合わせる。もちろん2人には気づかれないように、だ。
「お主がそれでいいのなら構わんが、どうしたんじゃ?」
「この2人が心配なので」
「探索チームは人数も多く、比較的安全じゃが…まあもう1人増えても大丈夫じゃろ」
「ありがとうございます。2人とも、宜しくお願いしますね」
嬉しそうな顔で言ってくるミーナだが、悠司はどうしようか、というアイコンタクトを出している俊紀に諦めろ、と返し何か呆れたような顔をし、
「ところで、遺跡の調査の出発はいつですか?」
「あと1、2時間もすればこの街を発ってしまうじゃろうからそれなりに急いでほしいところじゃな」
「結構急なんですね、じゃあ準備してきます、悠司」
現在、俊紀は悠司とミーナを連れ、冒険者が良く利用することで知られている、と言うより2人もALOでよくお世話になった、この街に来た時もミーナに案内された通称、冒険者通りに顔を出していた。
「何を買いに行くんだ?」
「あー、野営用の道具…はあるな。回復系のアイテムも十分だし…」
「緊急帰還用のマジックアイテムは持ってないんですか?」
「そんな容量埋めるだけの邪魔なアイテム持ってくようなレベルじゃあ無いんですよ」
「え?」
「あ、いや、いつも使わずに帰ってくるから要らないだけなんですよ」
ミーナの出した提案をナチュラルに却下し、ミーナの反応を見て自分たちの立ち位置を思い出した俊紀が慌てて取り繕う。
「そうなんですか…(絶対に何か怪しいなぁ、何か隠しているのかな)」
「と言う訳だ、帰還石は要らん。(俊紀、もう少し気を付けてくれよ…)」
「そういえば俺武器買ってなかったな、なんか買っとくか。(大丈夫だ、まだ問題ない)」
割と自然な会話をしつつアイコンタクトでも会話するという地味にレベルの高いことをしながら武器屋へと入っていく3人。ミーナ以外は武器を必要としないので実際2人には用が無く、ミーナも最近武器を買い替えていたので完全な冷やかしになっているが、とある保険の為に俊紀が自分用の武器を購入する。
「じゃあ、他には特に要るような物は無い、かな」
「そうだな、残りの時間をどう潰すか…」
「一度ギルドに戻って、帰って来た探索班にどの程度遺跡を探索したのか、遺跡はどんな魔物が出るのかとかを聞いた方が良いんじゃないですか?」
「そういえばそうですね。じゃあ戻りましょうか」
特にやることも無くなってしまい、残りの約1時間弱を無駄にすることになりそうだったが、ミーナの提案によって暇な時間を回避することが出来たのだが、本業の俊紀、生粋の冒険者のミーナの2人はともかく、悠司は人から話を聞くよりかは自分で実際に見て知ることを好む傾向があるため、悠司のみ暇な時間を過ごすことになるのだった。
「では、気をつけてな」
「分かってますよ」
「ミーナ、2人を頼んだぞ」
「任せてください、マスター。こう見えてもBランクは持ってますから!」
「ほほ、頼もしいの」
ギルドに戻り約1時間後、探索班との顔合わせと挨拶を済ませた3人は遺跡についての情報収集も終え、出発前にジンのところへと顔を出していた。とは言っても、気をつけろ、楽しんでこい、などと言ったまるで修学旅行にでも行くかのような軽い会話だったのだが。
「全員そろったな?」
3人がジンとの会話を終え、俊紀と悠司が来た門とは違う門に集合後、遺跡探索班のリーダー、カインが確認を取る。今回は移動に探索班の所有している高速馬車で数時間、遺跡に付き次第、前回の中断場所から調査再開、日が落ち始めたら撤収という予定らしい。通常ではこのような時間を切り詰めるような予定は組まないのだが、前日の魔物の大量発生が響いているらしい。
「では、出発だ」
カインの合図とともに、待機していた高速馬車に乗り込み出発する。この高速馬車、外見は通常の馬車と変わらないものの、全体的に軽い素材でできているうえ、振動が中にまで来ないよう魔法的処置がされている。また、手綱を握るものを除き、6人乗りで各馬車には学者4人護衛の冒険者が2人という編成である。それが5台、つまり計35名の大人数での探索となる。ちなみに俊紀は一応学者としてこの班に参加している。それの専属の護衛として悠司とミーナが同乗している。
そして、この探索に高速馬車が利用されているのは単純な時間短縮だけが理由ではなく、荷物や環境の問題があったりする。大概の遺跡には、遺跡内に研究材料として優秀な物が発見されることが多い。もちろん、食料などを持ってきてしまっている場合には鞄の容量がそっちに食われてしまうため、必要最低限の持ち物で済ませるためにも今回は高速馬車が使われている。また環境の問題は前日の魔物の大量発生による一時的な生態系の変化が発生している可能性ともうひとつ、信憑性に欠けているものの外に出ていた冒険者が大きな影を見た、という報告だ。いくら信憑性に欠けていると言っても現代日本のような正確な判断が瞬時に出せるような便利な道具が全くと言っていいほど存在しないこの世界では、いかに小さな問題であろうと無視するのは危険だと判断されるのだ。よって、今回の遺跡探索には高速馬車が持ち出されている。
なお、この高速馬車、馬車と言っているものの馬は使われておらず、魔力駆動性のゴーレムやホムンクルスと魔力によって発生させている推進力によって進んでいるので手入れが面倒なうえ、MPポーションなどのアイテムを大量に消費するため非常にコストパフォーマンスが悪かったりする。しかし、この世界では人の命に比べればだいぶ安いのだが。
「あ~、懐かしいな」
「そうだな」
「お2人ともどうしたんですか?」
「ああ、いや、高速馬車に乗るのが大分久しぶりだな、と」
「乗ったことあるんですか?」
「ええ、まあ」
しみじみとALOでのゴーレム馬車に乗っている時の事を思い出す2人。大抵の場合、この2人が高速馬車と呼ばれるものに乗ったのはALO内の金が余っている時や、なんとなく乗りたくなったから、が理由だったりする。実際、こうして依頼や冒険と言った要素で高速馬車を利用するのは今回を含めても両の手の指に収まってしまう。
「お2人とも何処かの貴族の出身ですか?」
「そんなことはないです。それよりも、外を流れる景色が綺麗ですよ」
「わあ、本当ですね!私こんなに早く景色が流れて行くのは見たこと無いです!」
自分たちの事を怪しむような目で見始めたミーナの気をそらすために俊紀が無理矢理話題を変える。周りから見れば意図的に話を変えたと言うのが隠す気があるのかと数時間ほど問い詰めたくなるような切り替え方ではあるが、それに引っかかってしまう人物が実際に居るため、3人以外の同乗者は首を突っ込まないようにしている。逆に言えばそれだけミーナが可哀そうな目で見られていることになるが。
「なあ、悠司」
「どうした?」
馬車に付いた小窓から外を眺めるミーナには聞こえないように俊紀が悠司に話しかける。その顔は何か面白いものでも見つけたかのような少年のように爛々としている。
「ルーンロードから高速馬車で数時間以内に行ける遺跡なんてALOにあったか?」
「無かったな」
記憶を深く探るまでも無く答える悠司。こちらの世界に来る直前までルーンロードの近くの洞窟まで来ていたのだから間違えるはずもないと確信しているからの行動である。
「ってことは、だ」
「おう」
「向こうには無かった、俺達には新規の遺跡じゃないか?」
「そうなるな」
ここまで話したところで良く見なければわからないだろうが、微かに悠司の顔が引きつり始める。
「新規の遺跡って、素晴らしいよね。だって全くの未知の領域だぞ?何も分からない場所にもしかしたら見たことも聞いたことも無い宝や古代の遺産が残ってるかもしれないというこの浪漫!本当に素晴らしいよなぁ…。それに、遺跡には現代と関わりの深いものがあって、現代で何気無く使われているものの起源があったりすると考えるともう興奮が収まらない!遺跡とかの別の時代にのみ見られる言語とかも不思議が詰まっててそれを解明した時なんか雷に打たれたかのような―――」
「分かった、分かったから落ち着け」
と、いつまで続くか怪しいくらいのマシンガントークを悠司は強引にぶった切り、小窓から顔を出し外を見る。
「良かったな俊紀。どうやら到着のようだぞ」
「遺跡だぁーーーー!乗り込めーーーー!」
「まぁ、待て新人。騒ぎたい気持ちもわかるが、そんなに騒いでは学者班の集中力が持たん」
「あ、すいませんカインさん」
「何、気にするな。俺も素人冒険者だった頃は騒ぎっぱなしだったさ」
と、遺跡の入り口に着くなり叫び始めた悠司をカインが嗜める。その後ろでは迷いも無く次々と学者達が遺跡内に入っていく。
「すいません、俺この遺跡に来るの初めてなんで、後ろから付いて行ってもいいですか?」
「ん?ああ、構わんぞ。もしかしたら俺も含めて先輩の見逃したものがあるかもしれないな。そういうのは持って行ってもいいぞ。新人に自分たちが気付かなかった物を見つけられた悔しさがあれば、益々こっちもやる気を出すだろうしな」
「そこまでしていいんですか…」
「おう、ミーナかいつから居た?」
「ずっといましたよ、カインさん」
ここで説明しておくと、ミーナとカインは同時期にギルドに加入した冒険者である。入ったタイミングが近いと言うことで何回かパーティーを組みクエストをこなしたことも当然ある。ちなみに、ギルドに加入した順でカインが一応先輩となる。
「じゃあ、お前らはゆっくり来い。せっかくの遺跡なんだ楽しんで行け」
「好都合だな」
「俺の本領は出来ればお前以外には見せたくないからな」
「えっと、どういうことです?」
カインが遺跡に入って行き、俊紀が呟いた内容にミーナが首を傾げる。それを見て俊紀が少し面倒くさそうに目を細め、
「あー…ミーナさん。ちょっとこっち来て貰えますか?」
「あ、はい」
「失礼します」
「―――っ!」
自分の言った通りに近づいてきたミーナの脊髄のあたりに手刀を当てる。いくらミーナがこの周辺では優秀な冒険者と言えど、レベルの桁が違う俊紀に敵うはずもなく、そのまま意識を手放してしまう。
「それなりに親しいと言えど、そう簡単にスキルのフル活用を見られる訳にはいかないからな」
「睡眠の魔法が使えれば良いんだけどね、唱えてるの見られると面倒だし、それ以前に悠司は使えないからな」
「まあいい、早く行こうか」
遺跡内部、入口から5分ほど進んだあたりの分かれ道で2人は立ち止まっていた。道は2つに分かれており、片方は行き止まり、もう片方はまだ道が続いている。しかし、彼らが見ているのは行き止まりの道の方、正しくは行き止まりの道の途中の壁に刻まれている、一見只の模様にしか見えない鵺的表現の謎の羅列である。しかし、それを見て2人は顔を見合わせ口元を吊り上げる。
「解析された形跡は無し…、どうやらあのチームの中に居るどの学者をもってしてもこれが古代文字であることには気付けなかったみたいだな」
「で、何が書いてあるんだ?」
「まあ少し待てよ、今解析中だ」
謎の羅列に魔力を通し、頷きながら話し込む2人。そんな様子をとある人物に見られていることには全く気付いていない。余程気が緩んでいるようだ。
「あの2人やっぱり怪しいんですよね…トシキさんなんかは特にさっきから壁を見てにやけてますし…」
2人をこそこそと除いているのは先ほど俊紀に物理的に眠らされたミーナである。眠りが浅かったのは恐らく俊紀が手加減をし過ぎたせいだろう。ちなみに、眠らされた本人は俊紀に眠らされたなどとは微塵も思っていない。
「それにしてもあの真剣さ、見惚れてしまうほどにすごい…って、ちがうちがう…」
一瞬、別の感情に支配された頭を振り、観察を続けるミーナ。すると…
「なるほどな」
「何かわかったか?」
「壁のここに1つだけ地味に大きさの違う、更に言えばちょうど手の大きさに会う石があるだろ?」
「ああ、あるな」
「これをな、こうだ!」
少し声を上げると共に壁に付いた手を押し込む俊紀。すると、その押し込んだ位置から半歩ほどずれた石壁が沈み、その先に真っ暗な空間が見て取れる。
「まあ、やっぱあるよな。こういう隠し通路」
「ベタな展開もたまには一興だろ?」
「そうだな」
何気ない会話をしたまま奥へと足を踏み入れると壁は元の位置に戻る。尚、一部始終を見ていたミーナだが、俊紀が何やら色々やっていた壁を叩いたり押したりして見たが、後を負うことが出来なかったのはこの直後の話である。
はい、久しぶりの更新となります。
大体1カ月ぶりくらいですね。本当に長らくお待たせしました。
次話はもう少し早く更新したいです。