第五話
「おう、活きが良いのがそこらじゅうにいるな」
「そうだな、これだけ居れば十分だろう」
日が昇り切った頃のとある山中、彼らの周囲には魔物の脅威を知っている人間ならば誰だろうと真っ先に逃げ出すほど、魔物が大量に蔓延っている。更に言えば、この周辺に居る魔物の約80%は街の周辺でも特に強力な魔物、フィールドボスとして有名である。しかし、この2人が逃げるという選択肢を持つことはまず有り得ないが。さて、彼らがこのような場所に居るのは理由がある。
彼らが山へと赴く数時間前、最近ギルド内では魔物の大量発生や本来の生息場所とは違う場所での魔物の目撃例などから大規模討伐指令が発令されていた。この大規模討伐司令はALOであればイベント、それも素材や経験値大量入手の絶好の機会として歓迎されていたものなのだが、もちろんこちらではそんな空気などではなくギルドどころか街中どことなく重い空気を漂わせている。しかし、そんな空気の中で嬉々としながら予定を話し合っている人物が2人。もちろん俊紀と悠司だ。この2人からすれば現実だろうがゲームだろうが素材が手に入れば金が稼げるということなので、現在金欠のこの2人からすれば完全にプラスの意味合いしかないのだ。そして、ここぞとばかりに街から出たのは良いものの行き先を決めていなかったので街を出てすぐのところで立ち話をしている形になっている。
「で、せっかくのチャンスな訳だが、どこまで行く?」
「思い切り荒稼ぎしたいならやはり人目の少ないところのほうがいいだろうな」
「やっぱそうなるか…、だけどこの辺で稼ぎが良くて人目の少ない場所っていうと」
「あそこだろう」
と、ある方向を指さす悠司。その方向には距離が離れているせいか薄らとしか見えないが、山が存在している。そしてこの山、大体魔物の大半はこの山で発生し街周辺の地域まで降りてくるのだが、理由としてはこの山を中心として活動している魔物が強力であるためであり、ゴブリンやその他の魔物として最下位として位置している物は降りてくるしかないのだ。しかし、この山はALO内では序盤の恰好のレベリングの場として良く知られている。と言うのもこの山に生息している魔物の最低ラインが街周辺地域のフィールドボスくらいなので経験値稼ぎにはもってこいなのだ。またこれと同様に素材もそこそこ良い値段で売れるものが取れることもあるのでどちらにせよ実力さえあれば狩り場にしかならないのである。
「おお、良いな!」
「しかもただでさえ獲物が多いのに大量発生と来た。後はわかるな?」
「それなら早速行きますか」
そして山の方向へを走りだした2人だが、この一部始終を物陰から見ていた人物がいる。ミーナだ。
「(本気であの山に行くつもりなんですか!?だってレベルが確か…いやでも技術はあるみたいだし、というか2人は一体どこに…風が吹いたと思ったら居なくなっているし…)」
このように絶賛混乱中だが、まあ気にすることはないだろう。
そして現在に至る。魔物の大軍を目の前にして恐怖することも怯むことも無い2人。ここで俊紀が悠司に1つ確認をとる。
「なあ、この辺って人少ないんだよな?」
「ああ。一番近くても山から数キロ離れた村だな」
俊紀の質問を少し不思議に思いながら返答をする悠司。一瞬間を置いて察した様子の悠司を見て、続けて俊紀がとある提案をだす。
「なあ、この辺に人が居ないんだったら普段使うアーツの確認でもしておこうぜ」
「やはりそう来たか、初期職業の上位までならまだいいと思うがそれ以上はダメだぞ」
「分かってるって、最大威力の技なんかやったらALOと似たような状況に…いや、もっと酷いことになるな」
ALO内ではある一定以上のラインを越したスキルをダンジョン外で使用することを控えるように良くアナウンスが流れている。過去に俊紀がやったことだが、いきなり現れた迫力のある魔物に対して反射的に超高威力の技を使用してしまったのだ。そのアーツの説明はここでは割愛させてもらうが、威力が通常の魔物どころかその辺のフィールドボスにすら使用するようなものではない上に本人のレベルも高いせいもあり、その時に狩りをしていた場所の資源、具体的には木々や湖の水などをまるまる吹き飛ばしてしまったのだ。
「やめろよ?フリでも何でもなく、こっちで使ったら山が吹き飛びかねないからな?」
「お、おう…」
ALOは仕様上、地形が変化することはほとんどないが、実際に現実で使用したらとんでもないことになることは明快である。そのことを想像したのか俊紀が若干血の気を引かせて頷く。
「まあ、何はともあれ」
「やるか、丁度良くターゲットもこっちに向いたしな」
辺りを見回すと彼らの周囲にはおおよそ50ほどの魔物が一定の距離を保っているのがわかる。もちろんこの程度の数と強さの魔物ならば警戒する必要も無く、俊紀がやる気を出して魔物へと突っ込んで行く。それと同時に周りの魔物が一斉に動き出す。
「これだけいるなら思う存分動けるな!」
嬉々とした声でいいながらインパクトを乱発する俊紀。ちなみにインパクトは拳だけでなく、脚技でも撃てるので汎用性は高い。そして所々強力な一撃も混ざっている。中級アーツのメガインパクトだ。と言ってもインパクトの上位互換なだけで特に変わったところはない。アーツどころか通常攻撃でもこの周辺に居るような魔物でまともに彼らの攻撃を受けて耐えられるような魔物は居ないのだ。それだけ彼らを含めた攻略組がどれだけ強いのか分かるだろう。
「後ろの魔物は全部俺の担当か…まあ多対一は得意だから構わないが。…貫け!」
一匹の魔物が飛びかかって来た瞬間、悠司の言葉と共に地面から剣が突き出る。突き出た剣はもちろん魔物を貫いて磔にする。彼の職業のウェポンサモナーのアーツ武器召喚は手元にしか出せないわけではない。よってこのような使い方も可能なのだ。また数も1本だけではなく複数出すことも可能だが、1つ出せば後は本人の剣の腕前、探知との併用によってどうにでもなるので複数出すと言うことは少ない。
「良し、地面指定でも出せるな。くらえっ!」
しかし、現在の目的はアーツの確認である。よって、正確に1匹につき1本剣を出し残らず串刺しにする。と言っても周りにいる魔物を片付けただけなので魔物はどんどん集まってくるのだが。
「俊紀、ちゃんと素材が取れるだけの原型は残してるだろうな?」
「勿論だ!」
倒した魔物から素材をはぎ取らないといけないと言うのはALOの時から変わっていない。ALOでの彼らは一応金銭面的には何も困っていなかったので素材の事など考えずに魔物を粉々にしたりしていたが、今回はそういう訳にはいかないので内心ほっとしている悠司だった。
ここまでこの場所に出てくる全ての魔物を一撃で仕留めているが、適正レベルでもプレイヤー自身の動きによっては一方的に叩きのめされることがある。その理由はスライムのような粘性生物でも無ければ獣が魔物になったものでもない、つまりはそれなりに高い知能を備えた魔物であるからだ。大半のプレイヤーは一番最初に街周辺地域のフィールドボスで1回は躓く。それなりに高い知能を持っているだけあって単調な攻撃ばかりではそのうち向こうが避け方などを学んでしまい攻撃が当たらなくなるのだ。その点、このゲームは細かいことに人が相手だろうと魔物が相手だろうとフェイントが通用するのが面白いところだろう。この2人はそんなことお構いなしに圧倒的なレベルで敵を叩き潰しているだけだが。
「悠司、俺素材の回収するから魔物の相手宜しく」
「自分が楽しむだけ楽しんだらあとは人に押し付けるのか…」
「信頼して任せてるんだ、押し付けているわけじゃない」
「結果的に同じようなものだ」
と、先ほどまで暴れまわっていた俊紀がそこらじゅうに転がっている魔物の死骸から売れそうな素材をはぎ取る。一応はぎ取り作業中の俊紀にも魔物は襲いかかってきているが、振り返ることもせずに拳一発で仕留めている。
「大体どのくらい取れたんだ?」
「売れそうな物は40くらいだな、まだ少ない」
「お前なら魔物集められるだろ?」
「まあやってもいいけど、いいの?」
「ほどほどにな」
「分かった」
悠司が収穫数を聞きそれに対して不満そうな顔をしながら答える俊紀。通常でいえば初期の魔物とは言えフィールドボス級の魔物をこれだけの数倒しているだけでもおかしいのだが、2人からすれば普通以下の事なのだ。それを見た悠司が俊紀に提案を出したのだが、それに対して意外そうな様子で質問を返す俊紀。そして、悠司にGOサインを出されて一瞬にして顔に笑みを浮かべ、拳を地面に向けて構える。
「オメガインパクト!」
初期職業の中では上位のアーツに入るオメガインパクト。メガインパクトの更に上位互換だが上位アーツに入るだけあって威力は高い。それを地面に叩きつけたのだ。結果、周辺の土地が揺れ、活発な魔物はその原因の場所、つまり俊紀達のところへと集まってくる。
「予想はしてたが流石に多いな」
「あー…、どうする?吹き飛ばす?」
「面倒だからな、頼む」
「了解」
彼らの周囲にはまだ視界には入ってきていないが、地面を埋め尽くすほどの魔物が集まってきている。また、悠司も探知を使って魔物の数を把握しようとしたが、100体辺りから面倒になって数えるのを止めている。この100を軽く超える数の魔物が全て街ではそれなりの脅威として扱われているものばかりなのだからその辺の旅人や商人が見たら失神してもおかしくは無い。それを前にしてもどうやって生き残るか、ではなくどうやって手早く済ませて金を手に入れようかとしか考えていない辺り、2人の底が知れない。
そしてそれに対してまたもやGOサインを出された俊紀は軽くガッツポーズをしてから上位アーツ発動の準備に入る。両手を右腰辺りに構え、魔力を圧縮させる。
「オーラブラスター!」
2秒ほどの短い時間だがその体制の後、両手を前に突き出し、圧縮した魔力をビーム状にして発射。見た目でいえば完全にか○は○波だろう。だが、見た目は別として威力は高い。そしてこのアーツの強みは魔力を放出し続ける限り攻撃が継続するところだろう。俊紀の魔力量ならば2時間程度は軽く放出が可能だ。それを撃っている本人はその体制のまま横薙ぎに一回転し、周囲の魔物を一掃する。
「俺、大活躍!」
「おう…。そ、そうだな…」
アーツの発動を止め、大きくガッツポーズをする俊紀だが、その周りには数えるのも億劫なほど魔物の死骸が転がっている。もちろん、魔物を倒したと言うことは素材をはぎ取らなければいけないと言う訳であり、それを理解している悠司は頭を抱えているが、俊紀はそんなことはお構いなしとばかりに上機嫌である。…もちろん、その後俊紀もはぎ取りの事を思い出し、上機嫌さは何処かへと吹き飛んでしまったのだが。
数時間後、日も傾きそろそろ辺りも暗くなると言う頃、午前中の重苦しかった空気は何だったのかと言うほど日常と変わりのないものになっていた。その理由はとある冒険者があるものをギルドへと持ってきたのが原因である。そしてその原因となったものを持ち込まれたギルド内はと言うと、
「彼らの持ち込んだこの大量のキラーサーベルタイガー、バーサクコブラ、ポイズンウルフの一部分、これらを本物と見た上で彼らのランクをEからDへと引き上げる、これがギルドマスターの決定となります。よって、トシキ様とユウジ様のギルドカードを更新させていただきます」
「分かりました」
「おめでとうございます!トシキさん、ユウジさん」
「これで一歩貴女に近づけましたよ、ミーナさん」
30分ほど前まで発令されていた大規模討伐指令は取り消され、俊紀、悠司の冒険者ランク昇進を祝った宴会となっていた。更に言えばランクが上がっただけでなく、大規模討伐指令も取り下げとなったためそれも含めての、その場に居合わせた冒険者全員を巻き込んでの宴会である。その様子は見ていて楽しくなってくるほど純粋な喜びから来ているものだろう。宴会と言っても俊紀と悠司は酒が飲める都市では無いので柑橘系の果実を搾った飲み物を片手に参加している。ちなみにこの世界では飲酒に対して規制があるわけではないが大体18歳くらいから、という暗黙の了解が成立している。
「さて、明日から本格的に依頼をこなしたいからこれたちはそろそろ宿に戻るか」
「そうだな」
明日からもっと忙しくなるだろうと思い、2人がギルドを出ようとすると、
「トシキさ~ん、もう帰っちゃうんですか~?」
空になったグラスを片手に俊紀の腕に抱きついてくる。
「ミーナさん…酔ってるんですか?」
「まだ酔ってないですよ~、それよりもっと楽しみましょうよ~」
「悠司、何とかしてくれ…って、帰りやがったな…」
結局この後、ミーナからの酔った自分に付き合わせた謝罪の時間も含めて夜が明けるまでギルドから出ることの無かった俊紀であった。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
投稿が遅れ年を跨いでしまいましたが、これからも宜しくお願いします。