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第四話

 冒険者登録を終えた翌日、2人は朝食の席で今後何をするかを話し合っていた。というのもなにもしなければ宿に泊まるだけの金を手に入れることも出来ない上、ギルドマスターと直接話をしたり、実力についても目をつけられてしまったために何かをしなければ怪しまれる可能性もあるからである。この2人はそもそも人付き合いが苦手なために静かに過ごせるならそれが一番いいと考えており、少し考えすぎかもしれないが、怪しまれ尾行などでもされたら面倒以外の何物でもないのだ。


「で、今日はどうするんだ?」

「適当に何かクエスト受けるのがいいだろ。どうせまだ元の世界に帰れると決まったわけじゃないしな」

「そうだな」

「じゃあ飯を済ませちまうか」


 と、話をしていたせいで完全に手が止まっていた朝食を再開する2人。この宿は基本的にどのメニューも安いため食堂の代わりとして利用する客も少なくない。また、ここの宿で出すパンは食パンなどと同じように発酵させてから焼いたものなのでやわらかいパンとして人気がある。そのため、中には持ち帰って家で食べたいという人も多くテイクアウトも提供している。


「よし、じゃあ行くか」

「ああ、報酬が高いものがあると助かるけどな」

「流石にEランクじゃ無理だろ」


 身支度を済ませた2人は他愛もない会話をしながら宿の外にでる。昨日の時点ではギルドの場所が頭から抜け落ちていた2人だが、ミーナの丁寧な案内によって思いだすことが出来ている。ALOを始めた時は2人ともこの街の構造が分からず迷子になったこともあったが、ここの町よりも入り組んだ場所などいくらでもあるのでこの程度の規模の街で迷っているようではどうしようもないことは2人とも経験から理解している。なお、街の中で迷う人は少なくなく、度々衛兵が人を連れて歩いているのが目撃されている。


「さて、何か面白そうなクエストはないかなっと」

「お前の基準の面白いってなんだよ」

「やっぱ戦闘多めの方がいいよな」

「ですよねー」

「なら、お主らにはこのクエストでも頼もうかの」

「ギルドマスター、いつの間に…」


 特に寄り道などすること無く、ギルドへまっすぐ向かいクエストボードを見ていた2人に声をかけたのは、昨日も色々とあったギルドマスターだった。その手にはクエスト用紙が握られている。


「戦闘系の依頼ですか?」

「そうじゃ、と言ってもお主が想像するような魔物じゃないぞ?ただのゴブリン討伐じゃ。最近数が増えてきておっての、人に被害は余り出ていないんじゃが作物に影響が出始めての」

「食料が手に入らなくなるのは問題ですからね、ありがたく受けさせてもらいます」

「頼もしいの、じゃあ頼んだぞい」

「さて、どんな内容だろうなっと…」

「…どうした?」


 ギルドマスターからクエスト用紙を受け取り内容を確認する俊紀。すると少し眉に皺をよせ悠司の方を向く。その様子を不思議に思った悠司が確認を取るが、見たほうが早いと言わんばかりに紙の方へ視線を動かすのでクエスト用紙に視線を向けると、納得したかのように頷く悠司。


「どう思う?」

「とても、簡潔です」

「流石にゴブリン討伐としか書かれてない依頼書は見たことが無いぞ…、どこのゴブリン狩ってくればいいんだよ…」


 ALOでもノルマがよくわからない物があった物は確かに存在はしていたが、場所まで適当なのは流石に俊紀、悠司2人の廃人に引けを取らないプレイヤーをもってしても初めての経験である。これと言うのも、ALOはゲームであったため討伐対象の魔物や指定討伐数が分からないのはまだしも、場所すらもわからないと言うクエストが存在していた場合プレイヤーからの苦情が殺到するのが目に見えていたからであり、スタッフ側もそこまで面倒な仕様にするのは正直どうなのかと思ったからなのだが、現実になってしまった以上魔物がどの位置に存在しているのかなどを完全に把握することが難しいのは仕方が無いと言えばそれで終わるが、明らかにギルド側が面倒臭がっているように思える依頼は普通の冒険者が見た場合ギルド側に文句を言いに行ってもいいのだが、この世界における経験が不足している2人は愚痴をもらすだけでそのままクエストの前の消耗品を買いに行ってしまう。


「まあ、大体の位置は気配探知でわかるだろ」

「確かにそうなんだがな?流石に人の生死が関わる仕事でこういうのはどうかと思うのよ」

「言いたいことは分からなくもないが…」

「あれ?お2人ともどうしたんですか?」

「あ、ミーナさん」


 2人が薬屋で愚痴をこぼしながら初心者冒険者が買っていくものを選んでいると、昨日の鎧姿とは打って変わって空色のワンピースを着ており、髪を括っているリボンも昨日より主張の強い色をしている。


「今日は随分とおしゃれをしているんですね」

「いや、そんなことは…」

「とても似合ってますよ」

「えへへ…、それほどでも…」


 異性と話すことも多い俊紀がミーナの対応をする。それを見ている悠司が今にも吹き出しそうなのを抑え何とかポーカーフェイスを保っているが、そんなことはお構いなしに会話を続けている。なおこの後約3分間にわたって俊紀の褒め殺しが発動し悠司が軽く地獄を見たのはまた別の話である。


「おっと、脱線しすぎましたね。ところで、ミーナさんはどうしてここに?」

「えっと、2人の姿が見えたので何をしているのか少し気になったので」

「そうでしたか、僕たちはこれからクエストに行くつもりだったので消耗品を買い揃えておこうと思ってここに来たんですよ、ミーナさんは何が必要になるか分かりますか?」


 悠司の様子をみて褒め殺しをやめ、話題を変える俊紀。当然この2人が何が必要になるのか分かってないはずはないが、一応肩書きとしては新米冒険者なので質問をしておく俊紀。なお、悠司は俊紀の陰で後ろを向き深呼吸をしている。


「基本的に冒険者に必要になるものは傷薬や野営用の道具ですが、具体的には松明やテント、それから寝袋に調理器具とかですね」

「詳しい事までありがとうございます」

「先輩として当然のことをしているだけです」


 ALOのチュートリアルにもあった道具の名前を並べていくミーナだが、なかなかこの道具も揃えることは難しいくらいには値が張ったりする。なので基本的に新米の冒険者はお使い程度のクエストしか受けられる物が無い。もちろんこの2人も現在の状況では資金不足なので必要最低限の物しか揃えていない。この2人がゴブリン討伐程度で1日も時間を消費することはまずないが、念のためテントくらいは買ってある。


「じゃあ、気をつけて行ってきてくださいね最近のゴブリンは数も余り多く無く大人しいですが、危険であることに変わりはないので」

「お気づかいありがとうございます」


 こちらの事を気にかけるミーナにお礼を言い、門の方へと歩き出す2人。なお、ゴブリンが居る大体の位置は俊紀がミーナと話している間に悠司が気配探知で調べ終わっている。


 ちなみにこの気配探知だが、どの職業でも取ることができ、自身のステータスによって範囲が左右される。俊紀や悠司と言った廃人レベルのプレイヤーならばキロ単位で魔物の位置を特定することが可能だ。また、方向なども正確にわかるのでこのスキルを取っていないプレイヤーは9分9里居ないだろう。


「で、こっちの門から出たほうが近いのか?」

「ああ」

「と言うかこっちの方向って昨日俺達がきた方向だよな」

「ん?…言われてみればそうだな」


 門から出て歩いている方向に気付いた俊紀が指摘をすると確かに昨日自分たちがきた方向であることに気がつく悠司。もちろんこの方向には遺跡があると言うことであり、その遺跡は2人がその場に影響を出さない程度のスキルを使用した場所でもある。


「ああ、そろそろゴブリンの居る場所とぶつかるぞ」

「はいよ、数はどのくらいいる?」

「少し待て。えっと…ん?」

「…何かあったのか?」

「ああ、いや、とりあえず行ってみよう」


 数を確認しようと再度気配探知を使用した悠司の様子を不思議に思いつつもとりあえず付いていく俊紀。そして、ちょうど土地のくぼんだ所が見える位置に来たところで2人の足が停止する。


「何だこれ…」

「ゴブリンだな」

「いや、それは良いんだけどさ、多すぎねぇ?」

「まあ、そうだな」


 2人だからこそ平然としていられるが、そこに居たのは辺り一面を自らの体表の色で染めるゴブリンの団体だった。いくらゴブリンが弱い魔物と言えど王国騎士でさえ相手取れるのが30匹がせいぜいだ。それにも関らず、この場所には一瞬見ただけでも恐らく200匹を超えるゴブリンが存在している。これだけの規模のゴブリンが存在しているとなれば通常知らせがギルドに行くものだがここ100年ほどでここの近くの遺跡を乗り越える儀式が廃れてしまっているためにゴブリンの繁殖に気付くことが出来なかったのだ。それでもこの数は明らかに異常だが。


「良かったな、俊紀」

「何が?」

「大好きな戦闘の時間だ」

「…そうだな、やったぜ!狩り放題だ!」


 予想を遥かに越えた数のゴブリンに茫然としていた俊紀と悠司だが、なかなかの強かさを持つ悠司によって今ある状況が自分にとってある種望んでいたともいえる戦闘であることを伝えられ一瞬理解が遅れたものの次の瞬間には顔に笑みを浮かべていまにも突っ込んでいきそうなやる気を見せる俊紀。


「さて、じゃあ」

「始めるか!」


 最初に動いたのは俊紀だった。と言うのも悠司は職業の関係上少し時間がかかるからだ。その点、素手で戦う俊紀は戦闘で先制をとるのが有利と言えるだろう。


「良し、フィジカルブースト!」


 アーツを使用した瞬間にそれまでは普通に走っていた様子の俊紀の体がまるで弾丸かのように加速する。その種はもちろんアーツにある。このフィジカルブーストだが、効果は特に複雑と言う訳でもなく只の、しかも下級の身体能力を強化するアーツだ。しかし、フィジカルブーストの効果は本人のステータス、特に精神力に左右される。俊紀の場合学者と言う職業の特性上、文字を読み取るときに多大な魔力を消費する。魔力を消費する職業と言うことはもちろん魔力の最大値が上がるわけで、その最大値に補正をかけるのが精神力なのだ。要するに莫大なレベルと熟練された職業スキルによって膨大である魔力を持つ俊紀の精神力は言うまでも無くこちらの世界では計り知れないほどの数値を示している。よって、これだけの変化をもたらすことが出来るのだ。


「相変わらず無茶苦茶な奴だな」


 なお、このようにあきれている悠司だが、こっちもこっちで色々とおかしなことをしている。基本的に俊紀に印象を持って行かれがちだが彼の多対一の戦闘スキルは攻略組や廃人プレイヤーをもってしても一部目を見張るものがある。それは、気配探知による的確な敵の位置の把握とその洗練された各武器の扱いだ。そもそも気配探知は魔力消費量がそれなりに多く取っているプレイヤーこそ多いものの戦闘中などという長時間、ましてやアーツ等を使用するときにも魔力を消費するので悠司のように気配探知を使用しながら戦闘を行うなどと言うプレイヤーはまず居ない。また常に魔力を消費している状況にも関わらず上級のアーツを使用できるだけの魔力を持ち合わせているのは魔法職と言うもともと魔力が高い上にほぼすべての武器のを使用した結果の様々なスキルの恩賜だろう。


「ぶっ飛べ、インパクト!」


 俊紀のアーツ宣言と共に拳が空気のようなものを纏いそのままゴブリンめがけて拳を振う。わざわざアーツなど使用しなくても十分に倒せるのだが派手じゃ無けりゃ戦闘じゃない、と考えている俊紀なので仕方が無いだろう。ちなみにこのアーツ、フィジカルブーストと同じように下級のアーツで具体的な効果は素手での物理攻撃の威力を1.2倍にして放つと言う地味な技だがやはりそこは俊紀である。武術家の職業を極め、その上位に達している彼の攻撃力は素手でゴブリンの頭を豆腐か何かのように潰せるほどの筋力と攻撃力を持ち合わせているだけに地面にクレーターを残せるくらいには威力がある。もちろんこのアーツを使用しなくても地面を陥没させる位造作もないのだが。


「余りやりすぎるなよ、俊紀。…そこだ、スラッシュ!」


 洗練された動きで振われる剣の軌跡はまるで光が通ったかのように速い。そしてそこに残るのはただ真っ二つにされたゴブリンだけである。悠司が人の事を言えない程度に攻撃力があるこのスラッシュだが、もちろん下位のアーツだ。このアーツはスキルの熟練度、プレイヤー自身の筋力と素早さに左右されやすい。筋力が高ければ剣が軽く感じ振う速さが上がるのはもちろん、素早さは全ての行動の速さに影響がでる。冒険者になるときの実戦訓練の際相手の動きが遅く見えたのは動体視力に影響が出たからである。言うまでも無いことだがゴブリンを軽く手を振っただけでバラバラにするだけの筋力と、普通に歩けば5日はかかる距離を数分走っただけで1日もかからない時間にするだけの素早さ、敏捷を持っているのだ。こうならないわけがない。ちなみに廃人プレイヤーはスラッシュだけでその辺のボスを瞬殺出来るほどにはステータスが高い。











「ふう、いい運動になったな」

「ああ」


 数分後、目に映るゴブリンが居なくなったところで動きを止める2人。最初は大量のゴブリンのせいで見えなかったが、そこらじゅうに洞穴があるのを見るとどうやらゴブリンが巣を作っていたようだ。決してこの2人のせいで開いた穴ではない。


「それにしてもこんなところに巣が出来ているとは思わなかったな」

「本当だよな、でも巣があるにしてもこの数は流石に多すぎると思うけどな」


 と、討伐証明部位のゴブリンの爪が入っている袋を見ながら呟く俊紀。その大きさは小学生が背中にしょうくらいのナップザックほどの大きさである。これにはち切れそうなほど爪が詰っているのは余り想像したくないところだろう。


「じゃ、帰るか」

「ああ」


 なお、この後この辺を巨大な影が通り過ぎたのだが、2人は気付くこと無く街へと帰ってしまった。










「て、事があったんですよ」

「なるほどのぉ…しかしよく無事じゃったの」

「そこは単数で相手の気を引いて撃破して行ったので」


 2人はギルドに戻り報酬を受け取ってから今回のクエストの不可思議な点をギルドマスターに伝えていた。ギルドマスターも眉間に皺を寄せ何とも険しい表情で2人の報告を聞いている。この2人に軽く話しかけたりとなかなか暇そうに見えるギルドマスターだが、実際はそんなに暇な時間など無く今回の依頼もその辺の旅人が見たゴブリンの情報を調べる時間すらなくクエストボードに貼りに行こうとしたとき、たまたまこの2人がクエストボードを見ていたから頼んだだけだったりする。クエストの説明が適当だった点についてはすでに謝罪をされたので2人はすでに気にしていない。


「じゃが、少なくとも何かが起きているのは確かかも知れんの…」

「俺達も何かあったらこまめに連絡を入れさせてもらいます」

「頼んだぞい…」

「悠司です」

「頼んだぞい、ユウジ」


 いくつか、と言うよりは数多くの不思議な点を抱えて終えたこのクエストだが、少なくとも異変は始まったばかりだと言うことをこの2人は知る由も無かった。

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