第五話
「強者の気配がするから手合わせ願いたいと思いながら待っていたら上手そうに飯など食いおって……」
「……なんかすみません」
その体躯で3人を見下ろし、威厳と風格を溢れさせ登場したかと思いきや翼を折りたたみ目を悲しそうに伏せ、不貞腐れながら呟くように言うガルーダ。
ALOではもっと高圧的な個体が多かった、と言うより命令口調かつ脅すように発言するのがガルーダだったため、曖昧な表情で返す俊紀。それにつられて悠司も曖昧な表情で沈黙している。シロノは特に反応することはなく、こくこくと手元のお茶を飲み続ける。ガルーダには興味が皆無のようだ。
「さあ、昼餉も済ませたであろう。手合わせ願おうか」
「……無風の宝剣」
「ぬ……!?風が、吹かぬだと……!?」
ガルーダの言葉を聞き、面倒くさそうに悠司が取り出したのは、持ち手の後ろに鮮やかな緑色の宝石のついた灰色のピアス程の大きさの短剣だ。この短剣は名前の通り、周囲を強制的に無風状態にする。
カテゴリこそ短剣に入るものの、実際の使い道といえば純魔法職が武器枠に装備し、ガルーダやそのほか風を操る相手を無効化するのが定石であった。武器として扱われることはまずない。
それに対して、ガルーダは風を使った攻撃や、風を利用しての高速移動などを行うため、この武器とは相性が悪い。それどころか不戦敗が確定している。風の吹かないガルーダなど泳げない魚と同じようなものだ。
「で、まだやる?」
「ぬぅ、風がなくては我が翼も羽ばたかぬ……」
全く何もしていない俊紀が攻撃手段のほとんどを奪われたガルーダを挑発するようにわざとらしくドヤ顔気味でガルーダに聞く。しかし、ガルーダは目くじら1つ立てることなくすんなりと負けを認める。
「……まあいいか。じゃあ俺たちはこの山を登りたいだけだから邪魔はしないでくれると助かるんだ」
「そうか、分かった。貴殿らの邪魔になるようなことは控えよう」
手段としてはかなり卑怯とも言えるかもしれないものではあったが、勝利の対価としてガルーダに今後の登山で邪魔をしないことを約束として取りつけることにした俊紀。少なくとも今回はこれで邪魔することはないだろう。なお、下山した後にもう一回勝負を挑んでくる可能性はある。
「しかし、この山を登ったところで貴殿らの特になるようなものがあるとは思えないが」
「頂上にあるかもしれないものを確かめに行くんだ」
「なるほど、我が翼といえど頂上付近の環境では羽ばたかす事も難しい。頂上に行ったことはないのでな、そこに何があるかもわからぬ。しかし、かなり強力なものもいるだろう、十分に気をつけよ」
「ああ、そうするよ」
ALOではまずありえなかったガルーダとの対等での会話。と言ってもガルーダが多少話好きだというのが分かった程度ではあるが、ガルーダの意外な一面が知ることができて俊紀は満足そうな表情で返事をする。
「しかし、ガルーダがまさかあんな性格になっているとは思わなかったな」
「そうだな。なんというか、寂しがり屋のおっさんみたいな感じがしたぞ。この調子だと他の奴も結構残念なことになってそうだな……」
さっきのガルーダの性格について駄弁りながら、昼食前に上っていた崖とは打って変わって緩やかになっている山道を進んでいく3人。現在のシロノのお気に入りの位置は悠司の肩の上のようだ。ALOで培ったステータスのおかげで決して重いわけではないが、興味のあるものが目に付くとシロノが動くため少しばかり煩わしそうではある。
「しかし、妙だな。周りに生き物らしい生き物の気配が少ない。向こうだとレベリングスポットの一つとして人気になるほど魔物が沸いたのにな。ガルーダももっと複数個体が居てもおかしくはないのだが……」
現在3人が進んでいるこの山道は、ALOでは魔物が沸きやすい場所として認識されており、適正レベルよりもそれなりに育っているプレイヤー達が大量の魔物を狩りに来るのに絶好の場所であった。俊紀たちも多いときは1度に十数匹の魔物を相手取ってパワーレベリングをしていたのだが、当時の思い出と現在の風景を比べるととても同じ場所とは思えないほど魔物の数が少ない。
「その代わりと言って良いのかは分からないけど、結構変なのがちょこちょこいるな」
「ここの魔物が変質したのかもしれないな。ストーリーの途中にたまに居ただろ?黒い霧を纏ってたような感じのやつが」
観察のために少し離れた位置でたまたま見つけた魔物と思わしきものを観察する。記憶の中の魔物とは姿が変形し、体の色が毒々しくなっている魔物たちを見て、ストーリーの中盤付近で出現するようになったものを話題に挙げる。
「ガルーダの言ってた強力な奴らってこれのことなのかもしれないな。あの劣化種を始末できなかったのはこいつらを相手取ってた可能性もある。まあ相手するのも面倒だし、スルーするのが理想だったんだが……」
「あの犬だか狼だかわからない奴には気が付かれたな。刺激しなければ襲ってこないなんてことは言えそうにない」
俊紀たちのほうを獲物を見つけた時のようににらむ四足歩行の獣型の魔物。その眼は確実にエサを発見した時の好戦的な魔物のそれであり、俊紀たちと自身との力の差も判断できていないだろう。
しかし、姿を見る限り、エサに困っているようなやせ細ったような体ではなく、変形しているせいもあってか、通常のまともな状態よりも4割ほど筋骨隆々となっている。
「元に戻るかもしれないことを考えると気絶くらいで納めておきたいよな。個体数も減ってそうだし」
「力加減が面倒だな」
「まあそういうなって。ほら、来るぞ」
「ふっ―――」
飛び掛かってくる魔物に何かを飛ばす悠司。それが魔物に当たった瞬間、重力に任せて地面に落下し、速度のままに地面を滑る。
悠司が飛ばしたのは某名探偵が腕時計に仕込んで飛ばすような麻酔針で、悠司が使用したものは悠司たちと同じくらいのステータスがあれば軽い麻痺程度で済んでしまうものなのだが、人よりも大きいサイズの、通常の生物の枠に当てはまらない抵抗力を持つ魔物を一瞬にして行動不能にしているあたり、その強力さがわかるかと思われる。
それを軽い麻痺程度で済ませてしまう彼らについては考えてはいけない。
「じゃあ行きますかね」
「ああ」
約1年ぶりの更新となります。更新までに間が開いてしまい、申し訳ありません。
不定期での更新とはなりますが、完結までは書き続ける予定ですので、どうかお付き合いいただければ幸いです。




