第三話
「ごちそうさまでした、ミーナさん」
「ごちそうさまでした」
「はい、じゃあ登録を済ませに行きましょう…と言いたいところですが」
「何でしょう?」
昼食を終え早速とばかりに登録を促されるが、言葉を濁すミーナ。それを不思議に思い首をかしげる俊紀。
「登録の為に一応実戦で実力を測るんですが、お2人の職業を聞いてもいいですか?」
「あ、はい。えっと、俺は一応学者なんですが…」
「えっ?あ…」
学者という言葉を聞いた瞬間に何かかわいそうな物を見る目になるミーナ。これには深い理由があり、学者という職業について良く理解している俊紀と悠司を除けば全ての人がこんな顔をするだろう。そしてそれはALOでも同じことだった。その理由は、学者が戦闘にも製作にも属さない「その他系の職業」だからだろう。大体、学者に限らず「その他系の職業」と言うのはほとんど趣味で取るようなものであり、メイン職業で取るようなものではない。また、学者と言うからには研究などに観点をおかなければ行けないため戦闘などではレベルは全く上がらず、戦闘することでに入る経験値を数値で表すならその効率は通常の約1000分の1以下である。よって、学者の職業を取ったプレイヤーからはALOで最悪の評価を受け、一時期は頑張れば何かあるはずと言うプレイヤーも1カ月後には全て居なくなっていることが確認されている。更には学者を持っていると言うだけで他のプレイヤーから嫌がらせを受けたり、パーティ拒否をされたりということもあることが原因だろう。また、そのような待遇はこちらの世界でも無いわけではない。戦闘に向かないため、冒険者になるものはごく少数だが、遺跡調査などに連れて行かれるため、それなりに重要視をされていたりはする。しかし、学者の生かし方を知らないALOのプレイヤーやこの世界の住人はやはり学者を嫌っていることに変わりはない。よって、このような顔をされても仕方が無いと言えるだろう。
「うわぁ、なんか懐かしいなぁ、この扱い」
そして、同じ不遇な扱いを受けていた悠司とパーティを組み他のプレイヤーから離れていたこともあり、久々にこんな扱いをされることに懐かしさを嫌な意味で感じる俊紀だった。その目には光が映らず、目は斜め下を向き顔には絶望が刻まれている。
「スイッチ入ったか…暫くは駄目だな」
「えっと、あの、すみません」
「大丈夫ですよ、一番ひどかった時に比べれば…」
「と、ところでユウジさんの職業は…」
「ウェポンサモナーです」
「…?」
「やっぱりか、畜生」
さて、彼の職業ウェポンサモナーだが、召喚士の派生スキルである以上魔法職であり、普通は武器を使わないと言うことを再度記しておこう。更に言えば職業が進化を果たした人間すらほとんどこの世界には居ないため、単純な初期段階の職業しか知られていなかったりする。そんな人ばかりの中で上位にあたるものを職業を言ったところで理解できないのは当たり前かもしれないだろう。また、悠司の場合はALOでもウェポンサモナーを知っているプレイヤーが出会った中で誰も居なかったのでこうなることは予想がついていたが、こちらでも同じような扱いを受けるのはやはり悲しくなってくるものがあるのだろう。
「あの、えっと…」
「そうですよ、どうせ学者なんて見向きもされないゴミみたいな職業ですよ…」
「知ってた。うん、知ってた。でも悲しいな。こっちなら少しくらい知ってる人がいてもいいかなって思ったけど、そんなこと無かった。うん。でも、知ってたよ。こうなるって。悲しきかな。」
「あ、え、う…、あうあう…」
微妙な雰囲気にどうすればいいかわからず、激しくうろたえるミーナ。彼女は思ったことが表に出やすい性格なのだが、今回は悪い方向に発揮されたようだ。決して悪気があったわけではないのだが、その職業にある種誇りを持っている2人からすればここまで落ち込むのも無理はない。そして、周りから見れば1人は半笑い半泣きしながら全てを諦めたかのように落ち込み、1人はテーブルに両肘を付きその両手を組みその上に頭を乗せブツブツと絶え間なく独り言を言い続け、もう1人はひたすらに言葉にならないことを言いながら周りをキョロキョロとしている人が1つのテーブルに同席している状況である。これのせいでミーナが新米冒険者2人を振ったのではないか、と噂が立つのだがそれはまた別の話。
「あの、本当にすみません…」
「いいですよ、もう気にしてませんから…」
「右に同じく」
2人のが落ち込んでから十数分。ようやく立ち直ったのを確認してからミーナが頭を下げる。表面上では大丈夫だと言っているものの、実際は心が大きく抉られていたりするのでまだ完璧には立ち直っていない。しかし、そんな状態はあるがつぎにやることはちゃんと理解しているようで色々と頭を抱えている。
「ところで実戦で実力を測るって、何をするんですか?」
「ギルドの教官の方との模擬戦です。これに不合格だと教官から色々と教えてもらうことになります」
「…(まじか…)」
「…(やばい、どうする?)」
聞かされた内容を頭に入れてからアイコンタクトによる会話に移る俊紀と悠司。この2人の実力からするとこの世界の中で彼らとまともに戦える人間など居ないと言ってもいいだろう。よって、少しでも加減を間違えると教官がゴブリンよろしくはじけ飛んでしまう。
「えっと、どうかしましたか?」
「あ、いえ。何でもないです、じゃあ早速行きましょうか」
「はい。じゃあ付いてきてください、と言っても下の階の受付なんですけどね」
ミーナに連れられ、下の受付の前に並ぶ3人。すると、呼びだすまでもなく職員が奥から出てくる。赤く艶やかなショートヘアにブラウンの目をした、若い女性である。やはり受付嬢は若い女性のほうが人気があるのだろう、彼女が奥から出てきた瞬間に俊紀と悠司は大量の視線が目の前の職員に向いていることを感じとる。その感覚のせいで背筋をゾクリとさせている間に受付嬢が口を開く。
「ミーナさん、今日もお疲れ様です。そちらのお2人は?」
「こんにちは、レヴィアさん。えっと、この2人は冒険者登録希望者です」
「そうなんですか、これから宜しくお願いしますね」
「宜しくお願いします」
「よろしく」
「ああ、それとこの2人の為に身分証明証の発行もお願いします」
「はい、わかりました。ではここに名前の記入をお願いします。そのあとは…」
そして、指示された作業をすること約10分。色々なことを書き記した書類を持って奥の事務所にレヴィアと呼ばれた受付嬢が入っていき戻って来た時には現代日本ではまず見ないであろう銀色のカードとカード状のものが複数入りそうな手帳のようなものを2つずつ手に持ってきていた。
「こちらが、身分証明証とそれを入れる手帳です。無くさないようにしてくださいね」
「はい」
「続けて冒険者登録をするので、お2人の実力を文章化してギルドカードに写すのでこちらの水晶に手を置いてください」
「えっと、この水晶に手を置くと俺達の職業やスキルが全部表示されるんですか?」
「はい、その後ギルドカードに写すので私と俊紀さん、悠司さん、ミーナさんには見られることになります」
「わかりました」
それだけを確認して水晶に手を置く俊紀。すると水晶が光りホログラムのようにデータが表示される。この水晶自体は読み取りに使われているだけで表示するためには投影の魔法を使うので地味にそれなりの実力を受付嬢の職業についている人間は持っていたりする。そして、レヴィアがそれを読み上げながらギルドカードであろうものに写していく。
「えー、学者兼武術家でスキルのほうが武術家スキルの初級を半ばまで習得した程度…レベルは12、なかなか高いわね。うん、悪くない。むしろ良い人材だわ」
「ありがとうございます」
「次は俺だな」
と同じように水晶に手を置く悠司。俊紀と同じように悠司のステータスも表示され先ほどと同じように作業を進めていくレヴィア。
「えっと、ウェポンサモナー?聞いたこと無いわね…まあいいわ、レベルは12、スキルは…色々のスキルがあるけれど剣のスキルが特出しているわね。他は特になし…。貴方もなかなかの人材ね」
「お世辞として受け取っておこう」
「では、こちらがギルドカードです」
ギルドカードを受け取り、顔を見合わせる2人。そして、アイコンタクトで会話をし始める。
「(それにしてもすっかりわすれてたな)」
「(俺は一応覚えて居たぞ?お前は学者のスキルを使うときは色々すごいが、普段の生活だと色々抜けているよな)」
「(そうだな、自分でもわかってる)」
「(まあこうして何の問題になっていないのもお前のおかげだから助かっているが)」
「(まさがALOで役に立たないと思ってたEXスキル「隠蔽」を使う日が来るとは思わなかった)」
「(まあ今はこれだけは言えるな)」
「「(取ってて良かった、隠蔽スキル)」」
それを最後に頷きあってアイコンタクトを終える2人。さて、ここで少し隠蔽スキルについて説明をしておこう。事の発端はALOからこっちに移って来る約2カ月前。俊紀が学者の職業を生かして遺跡の文字を解読することを初めて数カ月が経ったときの古代文の解析をした時の話である。
―――時は遡る
「ほほう、こんなところにこんなものがあるのか」
「何だ、一体?」
「いや、余り実用的ではないんだがEXが取れる場所があってな」
「どうせまたダンジョンとかだろう?」
「それは否定しない」
周りは少し暗く、それでも視界がしっかりと保たれているとある教会の地下室。俊紀は悠司を連れて底に来ていた。もちろん目的は普通のプレイヤーから見ればただの模様にしか見えない文字を解読しに来ていたのだ。そして、スラスラと解読を進めているうちにEXスキルの場所が記されているのを読み取ったのだ。
「まあ、今からでも十分間に合うから取りに行くか」
「まあそういうなら良いけどな」
現在時刻は午後10時47分。寝る時間としてはもう遅いのだが、2人からして見ればまだ早い時間だった利する。そもそも俊紀の言う間に合う、と言うのはこの日に行われる3時からの定期メンテナンス及びバーションアップのメンテナンスの時間このことであり、決して午前0時のことではない。
そして、教会から出るや否や転移魔法を使って件のダンジョンの最寄りの村に移動をする。その村から移動すること十数分。
「さて、ここだな」
「ああ確かここには前に来たことがあるな」
「そうなのか、だか入口はここじゃない。この裏だ」
そう言ってダンジョンの入り口の裏に回る俊紀。このダンジョンの入り口は鎌倉状の入口の先に地下へと行く入口があるものだ。その裏側に周り何やら色々と作業をしている俊紀。そして3分もしないうちに…
「よし、開いたぞ」
「と言うよりは移動魔法陣が出てきたって言うべきだな」
つい先ほどまで作業をしていた場所に魔法陣が浮き出てきている。もちろん他のプレイヤーには見えないように作業をしているがために気付かれることはない。と言うよりはこのダンジョンに来るプレイヤーは少ないのでばれる心配も少ないが。
「まあダンジョンと言えばダンジョンだけど、そんな時間かかるようなものでもないんだよな」
「そうなのか?」
「ああ。教会には魔法陣をくぐってまっすぐ的なことが書かれてたし」
「結構アバウトだな」
そして、魔法陣をくぐって暫く行った先にあった宝箱に入っていた書物を呼んで手に入れたスキルがEXスキル「隠蔽」だったりする。
さて、この「隠蔽」の効果だが単純に言えば自分のステータスやスキルを詐称するだけなのだが、その力は大きい。プレイヤー同士の対戦で実力を隠すことが出来る上、通常の「詐称」スキルだと看破されてしまう可能性があるのだが、そこはEXスキル、生半可な魔法では破ることなど不可能である。もちろん上位の魔法ならば魔法を行使するプレイヤーの実力によっては破ることは出来るが相手の実力を見るためだけにそんなに魔力を消耗するわけにもいかない。更に言えばプレイヤー間の対戦は下位の情報を読み取るスキルで読み取れた物がすべてだという風習があるためまさかEXスキルで実力を隠しているなんて思うプレイヤーは居ないと言ってもいいのだが。また、この実力を読み取る水晶も例のごとく「隠蔽」を破ることは出来なかったようだ。
「じゃあ次は実戦によるテストです、頑張ってください」
「おお、新人かの?」
「ギルドマスター、何故こんなところに?」
「なに、ちょいとな。やはり新人と言うのは目が眩く希望を持っていて実にすばらしいのぉ。さて、実戦テストだったかの?付いてきなさい闘技場まで案内しよう」
突然出てきたのはギルドマスターと呼ばれた見た目初老の人物である。なかなか気さくに話しかけてきているがその姿は威厳に満ち溢れている。とは言ってもそれだけある種の気迫を持っていれば俊紀と悠司の2人が気付かないわけがないため、2人はさほど驚いていない。
「案内ありがとうございます」
「ほっほっほ、何気まぐれじゃよ。それにしてもレベルが12とはなかなかじゃの」
「ここに来るのにも戦闘は避けられなかったもので」
「そうか、それは御苦労だったのぉ。ほれ付いたぞ」
ギルドマスターに案内されて闘技場に到着する俊紀、悠司、そしてミーナ。ミーナはギルドマスターを前にして借りてきた猫のようにおとなしくなっているがちゃんと付いてきている。
闘技場は半径150メートルほどの円形の建物で、その片隅で複数人が木剣を振って訓練をしている様子が見てとれる。そして、それを指揮しているであろう人物にギルドマスターが声をかける。
「カイ、少しいいかの?」
「何でしょう、ジン殿」
カイと呼ばれた髭を生やした、若い男性がギルドマスターに呼ばれて近づいてくる。一応教官であるからか、その実力は高そうだ。こちらを見据える眼光からそのことを感じ取る3人。俊紀と悠司からすれば脅威でも何でもないため身構えることもなく自然体でいるが、ミーナは少し萎縮してしまっている。
「なに、武術家の教官と剣術の教官を少しばかり貸してもらいたいのじゃよ」
「そこにいる2人の試験の為ですか?いいですよ。ジーク、ダン、この2人の試験だ。用意をしてこい」
名前を呼ばれた若い教官2人が一旦奥に行き道具を持ってくる。その手には木剣が2つ用意されていた。見た目でいえばごく普通の訓練用の物だと言うのがわかる。実際今はカイと呼ばれた教官がこっちに来ているため中断しているが講義を受けていたであろう2人と同じ新米の冒険者と見れる人たちが持っている物と変わりないものだ。
「じゃあ、後は頼んだぞ」
「「はい」」
「先に俺がいきます」
そういって一歩前に出たのは俊紀。軽く拳を振うことで武術家だと言うこと読み取ったのかダンと呼ばれた人物が口を開く。
「貴方が武術家の冒険者でよろしいですか?」
「はい。宜しくお願いします」
短く会話を済ませそれなりに距離を開けて双方構えを取る。双方拳を顔の手前に持ってくる基本的な構えだと言えるだろう。そして、ギルドマスター、ジンが開始を宣言する。
「では、初めっ!」
開始の合図とともに走って近づいてくるダン。それをやけにスローに感じながら動かない俊紀。そして、俊紀は頭の中で全く別のことを考えていた。
「(動きが遅い!向こうはもう殴るモーションに入ってるけど、いつ避ければいいんだ!?あんまりに引きつけてから避け過ぎても周りから不自然に見えるだろうから)…っうおおおおお!」
「なっ―――オゥブ!?」
俊紀にはものすごいスローモーションだった拳を不自然に見えないような速さで避け、カウンターを繰り出す。もちろん俊紀が放った拳はダンと同じくらいの速さで振われている。そして、カウンターで放った拳は寸分の狂いもなくダンの顎に命中する。そして彼を数メートル吹き飛ばし肩で息をする俊紀。
「はあ、はあ、ふぅ…」
「見事なもんじゃのぅ」
「いえいえ、結構きつかったですよ(手加減するのが、だけどな)」
「では次は、悠司と言ったかの?」
「はい」
「頑張って来い(手加減しろよ?)」
「ああ。大丈夫だ(手加減する)」
そして、俊紀と同じように距離をとり、ジークと向きあい構えをとる。お互いに正面に剣を構え…
「では、初め!」
「行くぞ!」
ギルドマスターの合図でジークが最初に動く。強い踏みこみでミーナ等の普通の冒険者から見れば十分早いと言える速度で近づき、横薙ぎに剣を振うジーク。しかし、やはりと言うべきか悠司も俊紀と同様に向こうの動きが遅すぎて反撃に困る速さで相手の動きをとらえている。
「ふっ―――」
「うおっ」
悠司は横に振われた剣を下から上に自分の持っている剣を振うことで相手をかち上げ、剣を横に振りジークの剣を破壊してから素早く首筋に剣先を当てる。
「そこまで!」
そして、首筋に剣が当たったことを確認したギルドマスターの終了の合図が入る。悠司は剣を降ろし、ジークに軽く頭を下げる。
「良い太刀筋だったのでどうやって避けるか戸惑いましたよ」
「武器を砕くと言う粗技をやっておきながら良く言う」
「ほほほ、2人とも良いセンスじゃのう…。本当ならCランクくらいまで資格をやりたいくらいなんじゃが、決まりでの。Eランクから頼むぞい。なに、お主らなら簡単に上がって来れるじゃろう」
「はい、宜しくお願いします」
「2人とも何か分からないことがあれば私に聞いてくださいね!」
「ミーナさん、居たのか」
「その扱いはひどくないですか!?」
「いや、余りにも静かだったらな…」
こうして、無事にEランクの新米冒険者として登録を終えた俊紀と悠司だった。