第二十話
奴隷商人をギルドに突き出した翌日、目を覚ました3人はギルドに足を運んでいた。
「それで、シロノさんが攫われたから痕跡を追って行って結果的に奴隷商人を捉えた、ということでよろしいですか?」
「はい。それと、この奴隷商人が居た屋敷は全壊したうえで焼けてしまったので調べるのはほぼ無駄かと」
「分かりました。奴隷商人が連絡を寄越さないことで彼を雇っていた貴族も何か異変を感じて何かしらの行動を起こすことが予測できます。気をつけてください」
「はい」
昨日起きたことを、後で自分たちが調べる動力球以外の事を全て話して確認を済ませる。
なお、普通に対応をしているように見えるギルド職員だが、急に転がり込んできた奴隷商人という爆弾によって仕事が積み上がり始めているため内心ではかなり焦っていたりする。
この手の事件の取り調べは冒険者側で済ませていたとしても国が抱えている組織でも取り調べなければならないらしく、国に対しての報告書や商人の伝手、関わり合ったことの有りそうな貴族の洗い出しなど大きな問題が1つ解決する嬉しさとは別に細々として数の多い仕事が増える為ギルド内の職員は不満を抱えているという何とも言えない状態が出来あがっている。
もちろん、これを協力してもらっている冒険者、今回の場合は俊紀と悠司、それからシロノになるわけだが犯罪者を捕えたという点で有益という訳ではないが、面倒事を潰してくれた彼らに文句を言っても仕方が無いため仕事に不満をぶつけるしかないのだ。
ギルドを出る3人を表面上は笑顔で、内心では複雑な気持ちで見送る職員であった。
ギルドで用事を済ませ、小腹がすいていたので昼食前に適当な屋台で買い食いをしてから宿に戻った俊紀達はこの後の予定を話し合う。何か有る度にいちいち話しあうあたり、彼らの計画性の無さが出ていると言えるかもしれない。
「さて、この後は動力球を調べて貴族の居場所の割り出しだが……」
「出来るのか?」
「出来るには出来るんだが、その後が問題でな」
「何か有るのか?」
「あまり遠いと間に合わない可能性がある」
「そうか」
余り考えたくないことではあるが可能性を考慮せざるを得ないことに顔を渋くする俊紀。いつも朗らかな表情を浮かべている俊紀にしては珍しい表情である。
悠司の言った間に合わない可能性のことだが、飛行船はその名の通り空を移動する乗り物だ。空を移動すると言うことは地上では移動を困難にする要素、森や山その他地形の問題が無い。よって移動する場所によっては飛行手段を持たない彼らはそこまで行くのに非常に時間がかかる。
仮に場所が地上だとしても、昨日悠司が回収したような大型の動力球だとかなりの速度がでる。流石に現代日本の飛行機ほどの速さが出せるわけではないが、数人で使用するような飛行船に搭載する小型の動力球でも自動車くらいの速度はでる。それが大型にもなると200キロくらいは出せる。
直線距離が200キロだとしてもその間に山や森、迂回せざるを得なくなる大河や谷などが有ると全力で移動をしても1日や2日ではきかなくなり、その間に奴隷商人の雇い主である貴族に逃げられる可能性が高くなるのだ。
「と言っても使い魔で連絡が取れる程度の距離ってことは分かってるんだが」
「じゃあ何のための飛行船なんだ?」
「大人数を運ぶためのものだろう。今回はシロノ1人だったが、普通に考えて1回で10人以上は攫っていてもおかしくは無いはずだ。いかに長寿で子供が比較的少ないエルフでも集落にそのくらいは子供が居てもおかしくは無い」
「……そうだな」
だが、奴隷商人が使い魔という連絡手段を取ってしまったことによって俊紀達が間に合わなくなる可能性は貴族にとって有難くないことにほとんど無くなる。
使い魔はファミリアと言う魔法によって呼び出す、もしくは作成し使役するもので悠司も使うことが出来る。その使役範囲は術者の力量にもよるが、奴隷商人程度なら俊紀達の足で1日かからない程度の場所だろう。
それを考えるとランゲンのギルド職員がブルネンのギルドに使い魔を送っていたことを考えると、使い魔に関してはかなりの技量を持った人物がいると言うことになる。その場合、使い間に関しては現在の悠司はギルド職員に劣っていることになるが、少し使いこめばすぐに追い抜くことも出来るだろう。
「まあ、まずはこれを調べないことには何も始まらないよな」
「そうだな。そういえばこっちの世界では飛行船全く見ないよな」
「そう言われればそうなるな。ALOだと基本的なパーティの移動手段と言ったら飛行船だったからな。使わなかった俺達が珍しかったのかもしれないぞ」
「他のプレイヤーに言わせれば転移アイテムをぽんぽん使ってる方がおかしいのかもしれないけどな」
俊紀達がこちらの世界に来てから飛行船を見ていないのにはコストによる問題が有るからだ。
小型でさえそれなりの人数を乗せたうえで馬車よりも早く移動することが可能な利便性による価値の高さと、それだけの出力を出すことのできる動力球という魔法結晶の生産に莫大なコストがかかり、その上そのコストを帳消しにした上でかなりの利益を出そうと言う考えによって一般人は愚か、貴族ですらそう易々と手の出すことのできない値段になっている。
しかし、それだけに飛行船を持っているというのは貴族間ではかなりの力を示すことにもなり、小型程度ならそこそこ所有者が居るのもまだ事実だ。だが、販売許可を得るのにも厳しい条件が有り、図書館の禁書庫同様国からの信頼を得られなければ買うことが出来ない。また、販売の受け付けは冒険者ギルドを通して国に申請される。
だが貴族たちにとっては悲しいことに本物の動力球を見た悠司には城を建ててもお釣りが来るくらいの価値が有る大型の動力球を造ることが可能である。悠司がその気になれば動力球の価値が大暴落しわざわざ大見栄を張ってまで飛行船を手に入れた貴族は血涙を流す程度では済まないだろう。
なお、飛行船の値段のほぼ全てが動力球であり、本体は余程無茶な注文をするか内装にこだわらなければ大した額はかからない。
ちなみにALOでは飛行船はパーティでの移動に頻繁に使用され、それなりの実力を持つプレイヤー立ちならば1パーティに1つくらいは割と当たり前となっている。この世界の住人が100を超える大型の飛行船が飛んでいる姿を見れば卒倒物だろう。
また、俊紀の言った転移アイテムの使用に関しては飛行船を買うのとでは最終的なコストパフォーマンスが転移アイテムの方が悪いという理由で頻繁に使われてはいないだけであり、持っているプレイヤーが少ないということは決してないため湯水のごとく使っている俊紀達が異常ということは無い。
逆にこちらの世界では1回に払う金額が飛行船と比べ物にならないほど安く済むため転移アイテムの使用の方が多い。
「とりあえずこっちで動力球は調べておくから、適当に時間潰してもしててくれ。暇が有るなら金稼ぎを頼む」
「了解。シロノは連れて行こうか?」
「ああ」
悠司が俊紀の言葉に頷くのを見るとシロノが少し寂しそうな顔をする。犬か猫のような耳が有ればぺたんと垂れていたことだろう。
しかし、現在自分が着ている服も悠司が相当集中して作ったものだと分かっているうえに、邪魔をしてはいけないということを知っているために駄々をこねるようなことはせず、少しでも役に立とうと資金稼ぎをするために大人しく俊紀に付いて行くことにするのだった。




