第十九話
「シロノは寝てるな?」
「ああ。泣き疲れたんだろう」
俊紀が悠司に聞くと、先ほどまで泣いていたのは嘘だったかのように穏やかに眠っているシロノの顔を見ながら答える。安心しきっているのだろう。
なお悠司から離れるつもりは無いらしく見た目からは想像できない力でがっちりとホールドされている。
「……さて」
「つ、包み隠さず話しますから、命だけは御助けを……」
俊紀と悠司はシロノから視線を離し足元に転がっている男を見下ろす。かすれた声で許しを請う男は焦って出てきたためか実年齢よりも老けて見える。
「俺が戻ってくるまでに何か聞きだしたことは?」
「まだ大したことは聞いてない。少なくともシロノを攫った奴らはこいつが依頼の為に雇った奴らってことくらいだな」
「そうか」
自分が戻ってくるまでそこそこの時間があったので何か聞きだしたことは無いかを悠司が確認する。俊紀は大したことではないと言っているがかなり重要な情報だったりする。
なお雇われた男たちは犯罪に手を染め追われている者ばかりであり、まともな方法で金を得ることが出来ないところをこの奴隷商人に声をかけられ引き受けたのだ。
俊紀達に頼み込んできたエルフの少年の居た村を襲ったのは今回シロノを攫った男達ではないが、この奴隷商人が関わっていることに変わりは無い。
「シロノを攫った理由は?」
「俺を雇った成り上がりの貴族が好きそうな子供が居たから、それを伝えたら連れてこいと言われて、そいつが貴族になる前からの知り合いをこっちに寄越して来たんだ」
「……」
「なお年齢で考えると」
奴隷商人の答えに眉を顰める悠司。彼が考えていることは容易に想像がつく人も多いだろう。
ちなみに俊紀の言っている年齢の問題だが、シロノの眠っていた期間も含めて言っているだけである。それを除けば普通に子供だ。
「それで、お前の雇い主は誰だ?」
「若い成金貴族だ。顔は1度しか合わせたことはない」
俊紀と悠司の2人が見る限り嘘を言っているようには見えないが、何かしら話していないことは有るだろうとあたりをつける。
「一応聞いて置こう。エルフの集落を襲った理由は?」
「エルフのガキが欲しいと言われたんだ。それで適当に前にも仕事を頼んだ犯罪者共に金を寄越して……」
「……変態紳士か」
「なお年齢で」
「それはもういい」
叫ぶように答える奴隷商人の返答を聞くと悠司が引き気味の顔で呟くが、自身の現状を何も知らない第三者が見れば恐らくお前が言うなといわれる状態であることを分かっていない。
2度目ではあるが俊紀の言っているエルフ年齢についてはよくあるファンタジーと同じように人間よりも遥かに寿命が長い。子供とひとくくりにしても桁が2つか3つ変わってきたりする。
「それで貴族とやらはどこにいる?」
「場所は知らない。そいつを攫った時も、エルフのガキどもを攫った時も場所を指定されてそこまで運んで行っただけだ。その場所で攫った奴を引き渡したんだ」
「指定された場所は?」
「毎回違う上に目的の奴を捕まえたのを確認できた時しか場所を伝えてこないんだ」
「犯人の居場所は分からないか……。どうする、悠司」
奴隷商人の答えに俊紀が落胆しため息を吐く。一番重要とも言える情報が手に入らないのだから当然のことだと言えるだろう。彼らなら生体感知の魔法を使い反応のあった場所を1つ1つしらみつぶしにするという方法も取れるがそれだと時間がかかり過ぎる。
生体感知の範囲を広げ過ぎるとこの奴隷商人の屋敷に貼ってあった結界やマジックアイテム等による魔法への抵抗を破る力が弱くなるのも1つの要因だ。人間の大陸は関所近くは人気が少なくまだどうにかなるとしても、亜人の大陸、エルフの居る森になると急激に厳しくなってくる。
森と密接な関係にあるエルフ達はそれなりに整った森さえあれば住むことが出来るため、亜人の大陸の広大な森の事を考えれば魔法に反応がかかり過ぎるため、虱潰しとなると移動も考えて月単位で時間が必要になって来る。
「……悠司?どこ行った?」
悠司が返事をしないので振り返ってみると近くに悠司の姿は無い。魔法が使用された感覚や痕跡が無いことを見るとその辺で何かをしているということになる。
「悪い悪い、少し向こうの瓦礫を漁ってた。飛行船のようなものがあったからな、これを探してたんだ」
3分もしないうちに悠司が戻ってくる。彼の左手にはソフトボール大の宝玉が握られている。
「それは?」
「飛行船の動力球だ。これだけ質のいいものなら飛行履歴も記録されてるだろう」
「……」
悠司が手に持っている物の正体を言うと奴隷商人が苦虫をかみつぶしたような顔をする。このアイテムについて知られたくなかったのだろう。
悠司のいう飛行履歴というのはどの方向にどれくらいの速さでどれくらいの時間を進んだかの記録である。これを調べれば大体どの場所に行ったのかを読み取ることが出来る。
「別にこれが見つからなくても、お前はさっき雇い主にシロノを見たということを伝えたと言っていたからそれを聞き出そうと思っていたんだがな」
「……」
悠司のその言葉で奴隷商人がしまったというような顔をする。普通の彼ならばそんなことをうっかり話すことは無いだろう。しかし、恐怖に怯えてしまえば人間などそんなものだろう。
一見優秀に見える人間でも危機に直面すればパニックを起こし正しい判断が出来なくなることもそう珍しいことでもない。彼には危機に対する対応力が足りなかったのだろう。
しかし、それなりの時間が経ち多少の冷静さを取り戻している現在の奴隷商人からはこれ以上の有力な情報を聞き出すことは話術に長けているわけでもない俊紀と悠司の2人には厳しいだろう。
だが、それも動力球が悠司に回収されてしまった時点で調べれば分かることであり、わざわざ手間をかけて奴隷商人から聞きだす必要は無い。ようするに詰みである。
「じゃあこいつはどうするんだ?」
「今日のところは転移魔法でランゲンのギルドに引き渡して向こうで休むことにしよう。宿は向こうで取って夜が明けたらこの動力球を調べる」
「分かった」
俊紀が奴隷商人の処理について悠司に聞くと、この後の予定について片手間に転移アイテムを造りながら答える。なお屋敷突入前に縛っておいた男だが、完全放置をくらったためか大きく口を開いて居眠りをこいている。
この後、ランゲンのギルドに転移アイテムを使って戻り眠っている男と奴隷商人を引き渡した後、夜が明けたら詳しい話を聞くというギルド側の言葉を飲みその日は宿を取って休むのだった。




