第十七話
「日本と違って街灯もないと夜の外は真っ暗だなー」
「村も同じようなものだっただろう」
俊紀と悠司の2人は、こちらの世界に来ていまさらと言えるようなことを話しながら暗い森を足元に気をつけながら走っていた。
足場が悪いというわけではないが、明りが腰につけている淡い光を放つ石くらいしかないため余りスピードを出すと木にぶつかりそうになるため、余り速くは走っていない。とは言っても木にぶつかったところでダメージらしいダメージは入らず、その気になれば木という木を蹴散らしながら進むことが出来る。それをしないのは物を破壊しながら突き進むのが、ただ単に物にぶつかるのが痛いからと言うのが理由であったりする。
「しかしまぁ、煙幕なんかでやられるなんて思ってもみなかったな」
「あの煙幕は周囲の感知も阻害する効果があった。ALOでもそれが本来の使い方だったんだぞ」
「使ったこと無いから分かんないな」
「アイテム使うのは俺の仕事だったしな」
悠司の言うとおり、煙幕の効果は視界を塞ぐだけでなく感覚的な周囲の感知も狂わせることが出来る。もちろん感覚に関係するステータスが高ければ高いほどその効果は薄れて行くが、どんなに相手のステータスが高かろうと必ず一瞬は効果がある。
襲撃者のうち逃げた者は見事にその一瞬を突いてシロノを攫い、逃げて見せたのだ。逆に言えば、それだけ手慣れているとも言えるだろう。
「それにしても、森の中に拠点を隠すってのもベタだよな」
「森の方から魔力の残滓を感じただけで、森の中にあると決まったわけじゃないぞ」
「確かにそうだけど……、ここまで来たならそうとしか考えられないんだよな」
既に森の中を移動し始めて10分が経過しようとしている。2人の走る速さの事を考えると、俊紀の言うことも頷けるが悠司はそうでもないらしい。しかし、実際のところ悪事を働いている者が見られたくない物を森の中に隠すと言うのは珍しいことでもないので否定をするには悠司は材料が少ない。
悠司も否定したいわけではなく、ただ単にベタな展開だと詰らないと思っているだけだったりするのだが。落ちつき払っているように見えて、こちらに来てからは内心結構はしゃいでいるのだ。
「おっと……」
「結界が張ってあるな。侵入妨害と結界に入った者を探知するのが一般的だが……」
などと話しているうちに、巧妙に隠されている結界を発見し立ち止まる2人。ALOに置いても結界と言うものは様々なところで登場し、悠司がシロノの服を造った時に使った空間隔離とMP補助の魔法陣も結界の一種である。
「ステルス迷彩は?」
「まだ造ってない。今から造るなら魔法を浸食する道具を造った方が早い」
「そうか……」
悠司の答えに明らかな落胆を浮かべる俊紀。なければならないと言うほどではないが、やはりあった方が楽しいと言うのが俊紀の考えであって、ステルス迷彩をチョイスするのにはやはり某ステルスゲームが関わっている。
ALO内での正式な名称はステルス迷彩ではないのだが、プレイヤーのほとんどがステルス迷彩と呼ぶため正式名称は要らないものと化してしまっている。なお、姿は消すことが出来ても音やにおいは隠すことはできず、古代の遺跡にいるような熱で敵を判断する機械には通用しない。だが、どういう訳か、今回のような敵を探知する結界などには有効なようで、持ち歩いているならこういうときに役に立つのだ。
「でも、魔法を浸食している間に別の場所に移動されたら困るぞ?」
「そもそも、今ここに居るのかも分からないし、誘拐犯の拠点なのかも分からんだろう」
「……面倒だし、突入するか?」
この場で話しあっていても埒が明かないと思ったのか、俊紀が突入を提案すると悠司が頭を抱える。突入すれば、仮に誘拐犯の拠点だとすれば逃げられる可能性が高い。かといって結界を浸食する道具を造ったとしてそれが完了するのには時間がかかる。また、時間をかけて結界を何とかしたとしても誘拐犯の拠点でなければただの時間の無駄になってしまうのだ。
「やっと戻ってきやがったのか!一体どこほっつき歩いて―――あっ……」
「あ?」
しかし、このまま時間を無駄に浪費するのが続くと思いきや、頭から足の先まで黒一色の男が結界の中からあらわれる。そして、俊紀と悠司の顔を見ると一瞬固まり、即座に逃げようとするが時すでに遅し。
後ろに回り込んだ俊紀に足を払われ地面に顔面から倒れこむ。すぐに立ち上がろうとする男だったが、悠司が苦無で男の服を地面に縫い付けたためそれもかなわず、一瞬で無力化されてしまうのだった。
「さて、きりきり吐けよー」
「時間が無いからな」
「くそっ、何で分かった?」
そして、俊紀と悠司は男の顔が見える高さに屈むと俊紀は楽しそうな顔で手をパキパキと鳴らし、悠司は無表情で男の顔を見る。それに対して男は苦虫を噛み潰したような顔で呻くように聞く。
「残りの3人が色々と話してくれたからな」
「で、お前が居るってことはつまりそういうことでいいのか?」
「どうだろうな?」
悠司の質問に男は急に余裕そうな顔を作り答える。瞬間、俊紀と悠司の顔が真っ黒な笑みに染まり、悠司が男を縛るための縄を出し、俊紀が手際よく簀巻きにしていく。それでも男は不敵な笑みを崩さず大人しくされるがままになっている。余程話さない自信があるのだろう。
そして悠司が羽ペンを取り出し、俊紀が手を怪しく動かし始めた時、結界の内側から轟音が鳴り響き結界が粉々に砕け散る。男はそれを見て驚愕していたが、俊紀と悠司は驚くことなどは無く楽しみを奪われたように舌打ちをする。
結界のあった先には半壊し炎上している屋敷と、屋敷の上に落下した飛行船と思わしき残骸が周囲に散らばっている。そして、炎上中の屋敷内から飛び出してくる鼻の下に髭を蓄えた男が1人。
「ベタだなぁ……」
「えひぃ!?お、お許しをぉっ!?」
落胆とともに俊紀と悠司が男に接近すると、鼻水と涙で顔を滅茶苦茶にしながら変な声を上げて尻もちを突く。
「俊紀、簀巻きは頼んだ。俺は屋敷内を探してくる」
「あいよー。……急げよ」
「分かってる」
悠司の言葉に軽く返事した俊紀は、次の瞬間には真面目な顔で男を簀巻きにしながら悠司に言う。それに短く言葉を返した悠司は炎上を続ける屋敷へと突入していった。




