第十六話
「やっぱりこの手段はよく効くな」
「そうだな」
俊紀達によって顔を隠していたフードをはぎ取られ、疲弊し切った様子の襲撃者達を見下ろしながら、悪戯が成功した子供のような顔で言葉を交わす俊紀と悠司。2人の行ったことは一応拷問と言えば拷問なのだが、襲撃者達にそれらしい傷は見られない。
理由は簡単で相手を痛めつけるようなことをしたわけではなく、ただのくすぐり地獄だったからである。ゲームの時でも襲撃者や暗殺者の類から情報を得る必要があった時に、痛みに耐える訓練はしていてもくすぐられるのに耐性を持っているのは少ないだろうと思い、やり始めたのが発端である。
しかし、まだ襲撃者達は情報を言ってはおらず、そろそろ何かを喋ったりはしないだろうかと一旦くすぐるのを止めただけである。
「で、まだ何も話さないのか?」
「俺は口が堅いんだ、時間稼ぎに使われたならとことんやってやる」
そう言ってのける適当に切りそろえられただけの茶髪をしている男だが、他の2人を方に視線を向けると、まだ整っていない呼吸のまま恨めしそうな顔でその男を睨んでいるように見える。飽くまで個人の意見らしい。
「くすぐり10分コース3人だそうだ」
「アイアイサー」
「ま、待ってくれっ!」
悠司の言葉に嬉しそうに手をわきわきと動かしながらいざ作業に取り掛かろうとしたとき、黙っていた男の片方が口を開く。ばさばさと揺れる薄汚れた金髪がその必死さを物語っている。
「俺は何も言わないとは言っていない!何も話さないのはこいつだけだ!」
「お、俺も話す、話すから止めてくれ!」
簀巻きの状態のままもがきながら悲鳴を上げるかのように叫ぶ2人の男に俊紀は手を止め悠司の方を振り返るが、悠司は残りの1人を見下ろしたまま黙っている。
「……他の2人はこう言っているが、お前はどうする?」
「この……」
自分の両横に同じように転がされている2人を怒りの表情で睨む茶髪の男だが、金髪の男と、もう1人のスキンヘッドの男は気にする様子もなく荒い息を吐いている。
「残念だが、こいつが首を縦に振らないんじゃあやるしかないよな」
「うおおおお!ザック!やけになってねぇでさっさと首を縦に振れぇ!!」
俊紀が実に楽しそうに言うとスキンヘッドの男が叫ぶ。茶髪の男はザックという名前らしい。
ザックと呼ばれた男は手や足が使えれば今にも切りかかりそうなほどの勢いに一瞬怯んだように体を跳ねさせると、反対側の金髪の男を見る。
そっちはそっちで静まり返った水面のような怒気らしきものを放ちながらザックを睨みつけるのみだ。
「……(なんかものすごい仲間割れ始めたな)」
「……(1人でも意見の食い違いがあると足並みがそろわなくなるのが団体行動の厳しいところだな)」
睨みあいを続ける3人から視線を外し、アイコンタクトで会話をする俊紀と悠司。自分たちが撒いた種だと言うのに他人事のようなのは自分に被害が来るわけではないからだろう。
「お、おい!」
「ん?」
適当なことをアイコンタクトでやり取りをしていると、金髪の男が声をかけてくる。
「話してやる。このままだと俺が殺されそうだからな」
俊紀と悠司の2人が男たちを見下ろすと、ザックが仕方が無さそうに口を開く。他の2人からのプレッシャーに耐えられなくなったのだろう。
「簡単に言うと俺達は雇われてやっただけだ」
「今回以外にもやったのか?」
「ああ。1回の報酬が良かったから断ったりはしなかった」
男の様子を見るに嘘だとは判断せず、話を続けさせる。もちろん、多少誤魔化したりはしていることもあるだろうと思いながら聞いているので、全ては鵜呑みにしない。
「雇い主は誰だ?」
「分からない」
「…ふむ」
男の返答にちらりと俊紀の方を見ると、ニヤリと口の端を吊り上げた俊紀が見せつけるように先ほども使ったであろう鳥の羽を取り出す。
それを見た男が慌てて口を開く。
「待ってくれ、本当に知らないんだ!俺達の雇い主は直接は顔を出さずに使い魔を通して指示を出してくる!」
「使い魔の特徴は?形でも大きさでもいい」
「確か、そうだ。蝙蝠だ。いつも蝙蝠が来ていたんだ」
「なるほど」
叫ぶように言ったザックは俊紀達にとって有益な情報を喋る。基本的に使い魔は術者の魔力によって構成されている。また、活動時間は作成される時の魔力によって左右され、時間とともに魔力が散りやがて消滅する。
「お前らは転移魔法か何かでここまで来たのか?」
「ああ。4人で来たが、1人はあの小さい奴を抱えて、そいつだけは持ってた帰還用の転移魔法のアイテムで逃げた」
「アイテムで逃げられたのか。それじゃあ追い辛い訳だ」
逃げられたのなら仕方が無い、と付け加えて俊紀は悠司の方を見る。
「使い魔がいると言うのなら、距離はそこまで極端に離れているわけではなさそうだ。まだ聞きたいことは山ほどあるが、次で最後にしよう。お前らの雇い主は権力を持ったものと関係があるか?」
「…?分からない。だが、やけに高そうな武器やアイテムを支給してくるから、金の力は有ると思う」
地面に転がされているため、良くは分からないが首を多少傾げながら答えるザック。その答えを最後に悠司は頷くと何かを取り出し、男たちに向かって投げる。
「…分かった。お前らは近くの村にでも転がしておくか」
「な、おい何を…」
悠司が使ったのは転移魔法の込められたアイテムだ。男たちが使ったのと恐らく同じものだろう。男たちがその場から消えたのを確認した後、俊紀がつい先ほどまでしていた野営の道具を片付け、荷物を纏める。
「場所は分かったのか?」
「詳しくは分からないが、痕跡らしきものは有った。まずはそこからだろう」
そう言ってわずかな魔力の残滓が感じ取ることが出来た方向へと歩き始める悠司。何時の間にやら周囲うの魔力の反応を調べていたようだ。
「とっとと助けて早く寝るぞ」
「はいはい」
すっかり日の落ちた空の下を歩き始める2人だった。




