第十四話
時間は少々巻戻り、悠司が装備の素材とエンチャントについて迷っている頃。半分ほど姿を隠した太陽を見つめながらため息をつく。
「あの時はこんなことになるとは思ってなかったな…」
彼が思いだしているのはこちらの世界に来る直前の事。新しい何かが見つかるかもしれない、という期待に乗せられ遺跡の暗号を読み解き目的の物を見つけることが出来たと、喜んだのもつかの間。気がつけば見慣れたようで見知らぬ世界に来させられ、その衝撃と興奮のようなもので忘れてはいたものの、時間が立ち冷静になり始めるとまだ大人とは言い難い高校生には精神的に来るものがある。
しかし、寂しさを感じて今のように黄昏ることこそ有るものの、来てしまった上に現在方法が見つからない以上、いつまでもくよくよしていても仕方が無いと割り切り、今まで過ごしているあたり強かであると言えるかもしれない。
「一応努力の結果とも言えるのかな」
ALOプレイ開始時から悠司を除き、他のプレイヤーに除け者にされていた俊紀としては現在の状態に後悔はしていない。自分が信じて貫いて来た道を進み続けた結果として受け止め、不安が無いわけではないが最大の発見と最高の冒険でもあると思っている。
「まあ、過ぎたことを考えても仕方が無いか」
伸びをして過ぎたことではなく、思考を切り替え、現在に視線を向ける。その後、寝ているシロノの元へ向かう。勝手にシロノが悠司のところへ行くのを防ぐためと、シロノが悠司のところへ行ったことによって集中力を乱さないためだ。
「お前も随分と苦労する奴に懐いたもんだな」
さっき悠司に寝かしつけられたままの体勢で眠っているシロノを見て、悠司の事を思い出しながら苦笑する。子供が苦手な人に子供が懐いた場合懐いた側はどう思うのかは分からないが、俊紀の主観では悠司のあの子供に抱いているトラウマが有る以上必ず苦労するときは来るだろうし、その時はサポートをしなくてはいけないだろうと思っている。
「早めに慣れておいて欲しいけどな。いつも何考えてるか分からないけど絶対気にしてるだろうし」
基本的に無口無表情の人形のようなシロノでも感情くらいはあるだろう。と、口には出していないがそれが俊紀の心配点でもある。表情が乏しいと言うことは内面的なことが表に出て来ることが少ないとも言える。その上、口を開くことが少ないとなるとシロノが何を考え、何を思っているのかそのほぼ全てが分からない。
それを改善できるとすれば唯一好意を寄せていることが明確に分かる、悠司のシロノに対するアクションが必要になってくる。だが、度々シロノにくっ付かれたりしている悠司ではあるが、自分からシロノに何かをすることはほぼ不可能と言えるかもしれない。
「…よし」
問題点が多く時間にして10分ほど考えことをしていた俊紀は、唐突に頷くとやることが出来たかのように動き始め、必要最低限の物を持つと置手紙をして宿から出る。逆に今まで何もしなかったというのに先ほどは何に気合を入れていたのか気になるところではある。
約1時間後、作業を終えた悠司が戻ってくる。片手には作ったばかりの服を持ち、俊紀が居ないことに首をかしげる。そして、すぐに目に留まったのが借りている宿の部屋に1つしかない丸テーブルの上に置いてある1枚の紙だ。
「なになに…、少しでも金に余裕が出来るよう魔物の素材取ってくる、か。本当は暴れ足りないだけなんじゃないのか?全く、夕食もまだ済ませてないから早めに戻ってきてくれるといいが…」
決して影響が無いとは言い切れない疲労と倦怠感から深いため息を吐き、丸テーブルとセットになっている椅子に腰かけ服をテーブルに置く。そして手紙を読んだ悠司は後半は愚痴を言うようになりながら呟く。
そして、そのままテーブルに頬づえを突き何の気も無しにベッドの方に視線を向けたところで、はっとなる。現在の状況は同室の中に悠司とシロノの2人のみ。そのことに気がついた悠司は窓の外を睨む。
「…あいつわざと出て行きやがったな」
その通りである。置手紙に書かれいることは悠司とシロノを2人きりにさせるためのただの建前であり、俊紀が宿の外にでた理由はちょっとしたお節介のようなものが目的だ。自分と言う逃げ道をなくしたうえで苦手対象となっている人物と2人きりにさせることで、苦手を緩和させようと考えたのだ。
トラウマを持っている者にトラウマを刺激するようなことは非常に危険なことでもあるが、これからどの程度長い付き合いになるか分からないと言うのにいつまでもまともに接することが出来ないのは不味いを考えた上でこの強行手段をとったのだ。だが、効果があるかは別である。
「…ん?」
頭を抱えながら出来る限りシロノが起きないように動かなかった悠司だが、ふと後方から聞こえた布の擦れる音に反応し視線を向ける。すると、シロノが体を起こし半眼で周囲を見回している。見なかったことにしようととっさに視線を逸らそうとしたところで目が合ってしまい、悠司の動きが止まる。
シロノは視界に映っている人物が悠司だと認識すると、1度視線を落としベッドを叩く。その反動で体が浮くと体を丸め、ベッドのクッション性を利用して跳ねムササビのように両手両足を広げて悠司の方へと落下してくる。
自身でもやろうと思えば可能なことだが、普通にベッドから降りて近づいてくると考えていた悠司は、全くの予想外の動きに唖然とする。
「うわ、っとと…」
はっとなって飛んできたシロノを抱きとめ、すぐさま床に降ろそうとしたが、それよりも早くシロノが悠司の首に腕を回して抱きつく。抱きついてくるのは割といつものことなので多少は平気だが、それでもトラウマを刺激されることには変わりないので何とかして引きはがそうとする。
「離れろ、っていうか危ないだろ、何やってるんだ」
「…おなか、へった」
子供にしては強すぎる力で抱きついて離れようとしないシロノをとりあえず諦め、シロノの行動を危険だったと判断しそれを叱るとそのままの状態でシロノが答える。それと同時に切なそうな音が聞こえる。よくよく考えればまだ夕食を済ませていないので当然のこととも言える。
「よしよし、大成功」
シロノのお腹が鳴ってから沈黙をしていた2人だが、その静寂を破ったのは窓から入ってきた俊紀である。その顔は悪戯が成功した子供のような表情と計画通りと言ったような多少の黒さが混ざっている。
「ふざけろ、何が大成功だ」
「確かにそうだな。欲を言えばその服まで着せてやって欲しかったんだが」
「そういうことを言ってるんじゃない。大体―――」
「おなか…」
俊紀の言葉に若干腹を立て、悠司のこめかみに血管が浮き出て来る。そのまま早口で愚痴を言おうかと言う時に抱きついたままのシロノが耳元で実に悲しげな声を上げたことで悠司が沈黙する。
「…まあいい。とりあえず夕食を済ませに行こう」
「お、おう」
俊紀は表情は怒りのまま顔だけ若干青くなると言う、器用なのか良くわからないことをしている悠司への反応に困りつつもとりあえず夕食を済ませに再び宿を出るのだった。




