第十話
それぞれ受けたクエストをこなし、昼食には丁度よさそうな時間。俊紀達は宿で昼食を摂っていた。
「やはりこの辺の魔物だと戦闘が成立しないな」
「いつものことだろ。凍土とか北の方に行けばそれなりに強いのがいたから戦闘がしたいならそっちに行けばいい。それに安全に倒せるなら、それが1番いいと思うけどな」
「それもそうか」
注文して運ばれてきたパスタに胡椒の風味が強い野菜をからませた料理を口にしつつそれぞれの有ったことを話し出す2人。
「俺の方は割と最近この村にいた若い奴が雇われたかなんかして村の外で働くようになったとか言う話を聞いたな」
「なるほど、それで?」
「たまに顔を見せに帰ってくるらしい。他には魔法の有るとか言われて豪華そうな服を着た奴に付いて行ったとか」
「ふーん」
それなりに怪しい雰囲気は有るものの、特に注意するべき話ではないと思い適当に聞き流す悠司。どちらも村によっては良くある話なので気にすることでもないと思ったのだ。
「この後はどうするか」
「現在の所持金は4日ほど宿が取れる程度の分しかないぞ」
「今回のことが終わったら暫く稼ぐ必要があるよなぁ…」
「向こうなら余るくらいには有ったのにな」
昼食後の行動を話し合う2人。現在の所持金が少ないのも彼らを悩ます1つの原因ではあるが、この村にあるクエストの報酬がいまいち良くないのも1つの原因だろう。
「今はとりあえずクエストをこなすしかないな」
「ああ」
それだけ話すとそれぞれ目の前の食べ物を胃に収め、料金を払って外にでる。そのまま他の村のギルドに足を運びクエストボードを眺める。
ギルド職員は、1日に2度クエストを受けにくるような冒険者など滅多にいないため若干の新鮮味を感じながら対応にあたっているが、これは職員達が現在勤めているこの村のギルドに訪れる者が少ないからであり、王都ランゲンのような大きなギルドでは2度来る冒険者は割と多かったり、それ以上に2度も来られたら困るほどには忙しい時があったりする。
「冒険者ランクは無視しても良いので何か報酬の高いクエストって無いですか?」
「いえ、ランクの無視は私たちが困るので流石にそれはできません」
「じゃあせめて何か報酬の良いクエストを…」
今後の為にも多少多めに稼いでおきたいと考えた俊紀だが、実力はともかく冒険者ランクが不足しているために報酬の高い、つまり難易度の高いクエストは受けられないと断られる。こちらの世界では冒険者をクエストに送り出して死者を出したとなると、本人の問題とは別にギルド側でも受けさせた側に責任が問われることが多々ある。
責任に問われる例を出すならば、ランクが上がったばかりの冒険者にそのランクでも魔物が関係するものを受けさせた場合や、ランクを無視したものを受けさせるなどが一般的である。一部緊急などの場合は例外もあるが、基本的に人の命がかかる仕事なのでそのあたりは厳しいものがある。
「そうですね、現在のランクで許可出来るクエストは…、こちらになります」
「…よし、これなら良いかな。これでお願いします」
「畏まりました」
結局と言うべきか、カウンターの裏側で色々と音を立てながら探した後、かなり渋りながらも出したクエストに目を通し、よしと頷く俊紀。そのまま受注すると悠司のところへと持っていく。
「…なるほどな、確かに村ならこういうものがあるか」
悠司が目を通すと納得した様子で頷く。基本的に村では良くある依頼の一種であり、定期的に出てくるものでもあるので2人もこれと同じような内容のものは受けたことがある。
この俊紀が受けてきた依頼と言うのは一言で言うならありきたりな魔物、それもゴブリン退治ではあるが、村になるとその重要性は変わってくる。壁で守られている街や都市と違って村は柵によって囲われている程度の守りしかなく、魔物に対する守りが万全とは言い難い。
また、ゴブリンは単体なら一般人でも道具を使えば3人程度で勝てるような相手ではあるが、基本的に集団で襲ってくる。さらに、作物を狙って荒らしに来ると言うのが村での1番痛い点だろう。村は基本的に自給自足の色が強く、街に買い物に行くときは農具などを買い足しに行くのが基本で食料は買うことが無い。よって、ゴブリンによって村が襲われると一時的な貧困状態に陥ってしまうのだ。
今回はその原因となるゴブリンが巣を張っていると言うので底を潰してくるのが目的の依頼だ。難易度としては低く、一応最低ランクの冒険者も受けることが出来るものなのだが、見た目若いと言うよりまだ少年と言った方が正しい2人と、その2人よりも幼い少女にこの依頼を受けさせるのはどうかと思いギルド職員は渋っていたのだ。
ゴブリンは3か月に1度ほど大量繁殖することがある。これは寿命が3年から5年ほどのゴブリンが少しでも多く子孫を残そうとする本能から来るものであり、この繁殖時期になると巣を作る山の中だけでは食物が足りなくなる。このためこの依頼が定期的に発生するのだ。
「早速行こうか。ゴブリンの巣はどの辺にあるのか聞いてきたか?」
「あ、悪い。ちょっと聞いてくる」
「分かった」
「…」
俊紀がゴブリンの生息している場所を聞きに行った時にふとシロノの方を見る。遺跡の奥で半ば誘拐のような形で連れてきた幼い少女。外見は人形のように繊細で流れるような灰色の髪と作られたような灰色の目。しかし表情を表に出すことが無く、悠司が話しかけなければ基本的に一切喋るようなこともない。それが彼女の人形さを強くうき立たせる。
一番最初の出来事とそれなりの期間を過ごし、もはや気のせいではなく、悠司のことを気に入っているようだが、当の本人が子供が苦手と言う理由でコミュニケーションがほとんど取れていないのが、シロノの自我を育てていない1つの原因だろうか。
2人の知らないことではあるが、図書館での一件で小さなものではあるが確実に自我なるものが存在していることは確かだ。彼女のそれがはっきりと表に出るのはいつになるのだろうか。
シロノが自分の方を見ているのに気がつくとはっとしたように顔を前に向ける悠司。それに気にする様子もなく自分の髪を弄り始めるシロノ。この2人の隙間が埋まるのがいつになるのかはまだ分からない。




