第九話
ランゲンを出発してから3日後の日が昇り切るよりも前の時間。目的の村、ブルネンに到着した3人は村長の家へと足を運んでいた。村にしては珍しい、石造りの2階建の建物が村長の家である。
ここブルネンはALOでもかなり重要な立ち位置であり、亜人の大陸に足を運ぶためにはこの村の村長から貰うことのできる許可証が必要になるため、プレイヤーの全員が必ずこの村には足を運んでいる。滞在期間はプレイヤーによって違うが、なかなか許可証を貰えないプレイヤーは1カ月はこの村に居ることもあった。
村長は髪に白髪が混じりそれなりに歳を取っているようにも見えるが、村長だけあってそれなりの風格らしきものがある。
「と言う訳で亜人国への入国許可が欲しいのです」
「…なるほど。事情はわかりましたが、規則と言うものがありますから…」
「恩賞と言う形で払わなければならない、と言う訳ですか」
「そうなりますな」
暫く村長と話して見た俊紀だが、タダでは渡すことが出来ないのを確認しただけに終わり収穫らしい収穫は得られなかった。
「…とまあ、これと言って特に何かあったわけじゃないな。村長さんも忙しいらしくて帰らせられたし」
「なるほどな」
「で、そっちは?」
自分の得た情報とも言い辛い情報を、俊紀が村長の家で話を聞いている間に悠司が取った宿の一室で報告する俊紀。また、悠司もただ宿を取っただけではなく、村の住民に話を聞いて回ったものの、不審な人物や物音などは村人は聞いていないとのことらしく、完全に行き詰ってしまったようだ。
「亜人国で問題が起きているのにこの村に責任が来ないって言うのも変な話だよな」
「ギルド側が情報操作で外に漏らさないようにしているんじゃなかったか?」
「確かにそれもあるだろうけど、入国を管理しているのはこの村だし、何か起これば1番最初にこの村に報告が行くはずだと思う。それなのに、この村の全員が何も知らないような顔してるからおかしいと思ったんだ」
「…そうだな、たしかにそういう報告があれば、俺が村人に色々聞いたときに何か話題に出てもおかしくはないか」
「少しこの村がどうなっているのか知る必要があるな、似たようなクエストはやったことがあるし、どう動けばいいかわかるよな」
「ああ。餌を仕掛けて相手がかかるのを待つんだろう?今回の場合は…」
話しているうちに村について不可思議な点が浮上する。この村が仮に今回依頼された事件について犯人となにかしらの関係があることも頭に入れて今後の方針を話し合うことにするのだった。
「とりあえず、この村のギルドでクエスト達成して信頼を得るのが先か」
「そうだな、信頼を得ないことには許可証なんて貰えないし、宿だってタダじゃないから少しでも稼いでいく必要がある」
「金は最悪俺がつくった物を売ればどうにか…」
「最終手段だな。マジックアイテムとか売ろうものならば金は稼げるけど色々と面倒に巻き込まれる」
「おう」
最終的には許可証を得ることを目標にこつこつと村からの信頼を得ることにする3人だった。
ここブルネンには小規模ながらも冒険者ギルドがあり、ランクの昇給はできないが、報酬やギルドからの信頼を得ると言う意味では役割を果たしているだろう。同時に、ここのギルドから発行される依頼をこなせば村からの信頼を得ることができ、推薦を貰えば村長から許可証が貰うことが出来ると言うのがブルネンの冒険者ギルドの役割でもある。
「やっぱり、村だけあって手伝い系の物が多いな」
ギルドに設置されているクエストボートの内容を見て呟く悠司。手伝いの依頼はほぼ全てが村人からの依頼であり、報酬もたかが知れている。しかし、手伝い系のクエストの方が村人から得ることのできる信頼は大きいことは知っているので、信頼を得る方と金を稼ぐ方で分かれて活動しようと言うのが2人の考えである。
「じゃあ俺は畑の手伝い行ってくる」
「俺は周囲の魔物でも片付けてくるか」
何にしようかと考えているうちに依頼書を取って受付カウンターへと駆けて行く俊紀。それを見て人付き合いが苦手な悠司はギルドから出されている村周辺の魔物の討伐依頼を手に取り、提出する。
「トシキ様は畑仕事の手伝い、ユウジ様とシロノ様は魔物の討伐で宜しいですね?」
「はい」
「問題ない」
「アンタ若いのに良い働きするな」
「一応一通りのことはできるようにしておきましたからね」
「そうかい、前はこの村にも力自慢の奴が居て色々な人の仕事を手伝って周っていたんだが、いつの間にやら傭兵か何かになってどっか行っちまった」
「…その傭兵になった人はどこに行ったのか分からないんですか?」
「たまに顔を見せたりはするが、どこで何をしてるかは分かんねえな、人のやってることにケチつけんのもどうかと思ってな」
畑作業を手伝いながら持ち主の主人と会話をする俊紀。ちなみに農作業はとある人物の手伝いでやったことがあるのでスキルにして初級ほどの働きはできる。
なお、力自慢の村人が傭兵になって街に出ると言うのは別段珍しいことではない。中には騎士を目指して鍛錬をする人もいれば、冒険者になったり村に来た冒険者にスカウトされて他の街や国に出て行くこともある。
「他には何か無いんですか?」
「あー…、後は魔法の才能があるとか言われて何処かでっかい街のお偉いさんに付いてったのが居たな」
「そのお偉いさんと言うのは?」
「そこまでは知らねえが、馬車を持ってて豪華そうな服着てたから多分でっかい家に住んでるんじゃねえか」
「そうですか」
「お前さんもそういうところで働きたいのか?」
「いや、俺は仲間と一緒に冒険者を続けていくつもりなんでそういうのは興味ないですね」
「そうか、仲間は大事にしろよ」
「はい」
村の門からさほど離れていないところでは、俊紀とシロノが魔物の討伐をすっぽかして周辺の草から色々なものを採取していた。サボっているわけではないが、魔物が見当たらないため、出来ることをやろうと思っただけである。今回は薬草の他に解毒作用のある草を集めている。
ちなみにブルネン周辺はエルフの森の影響もあって、所々肥沃な土地があるので様々な植物系のアイテムが手に入る。ALOでも大量に低級素材が必要だと言う場合にはブルネンに来るプレイヤーも多かった。ALOでは薬草と解毒草以外にも様々なものが手に入っていたのだが、向こうの栽培するための条件と、こちらの土地の状態が合わないからかそれ以外の珍しいものは見つかりそうにない。
「ああ、それが解毒草だ。前みたいに取り過ぎるなよ?」
「ん」
薬草の時にしてしまった失態を繰り返さないようにシロノに釘を刺しておく。取り過ぎると周囲の植物のバランスが崩れ、かといって放っておくと育ち過ぎた植物によって土地の栄養が無くなり砂漠と化すことが無いこともないのだ。ALOでも土地の栄養その他土の質などの管理を怠ると作物が育たなくなったりするのでなかなか厳しいところである。
完全なドロップでのみ手に入るようなものを栽培するにはそれこそギルドを組んで空いている時間に当番制で畑を見守ると言うことが起きていたのも事実である。よって、徹夜組を馬鹿にすることが出来ないのがALOである。
「…ようやくか」
悠司が徐に採集をする手を止め、呟き立ち上がる。依頼を受けたからには最低でも1匹は魔物を狩らなければ魔物が出現しないのが原因だとしても最悪違約金が取られる場合もある。
しかし、1時間街の外に居て魔物に出会わないなんてことはまずないので金に困った場合はとりあえず魔物の討伐クエストを受ければいいのが冒険者の間での見解である。
魔物の姿を確認したところで剣を出し、体の筋を伸ばして構える悠司だった。
俊紀達3人の居る村から離れたとある建物内、その一室。石造りの冷たい雰囲気を纏った一室には明かりと言えるものは蝋燭1本で、その人物が作る影は怪しく揺らめいているようにも見える。
「なるほど、それでそいつらは今何を?」
その場には自分のほかに人はおらず、独り言を言っているようにも見えるだろう。しかし、この人物は確実に何者かと会話をしているようだ。
「…何?それは本当か」
「―――」
「なら、あいつをここに帰らせる前にそっちに送ろう。邪魔な他の奴は殺しても構わんが、人の居ないところでな」
「―――」
「…ふむ、こちらを探っていると?ならば確実に始末しろ。明るみに出れば貴様もただでは済まないだろうからな」
そのあと1匹の蝙蝠が飛び立っていった…。




