第七話
俊紀、悠司、シロノの3人がギルドへと足を運ぶと待ち構えていたかのようにベテラン風の受付嬢が駆け寄ってくる。確実に指名での依頼の事だろう。
「トシキ様、ユウジ様、シロノ様でよろしいですね?」
「はい」
「図書館の管理人から依頼が届いております。指名での依頼と言うことですので、カウンター裏の談話室までお願いします」
「わかりました、このまま行っても?」
「問題ありません、こちらへどうぞ」
受付嬢に連れられ談話室に入る3人。これと言って豪華なわけでは無く、部屋の中央に長テーブルが置いてあり、椅子が16脚置いてあるだけの部屋である。ギルドでは談話室や応接室が会議室を兼ねることもあるためどの部屋もそこそこの空間が設けられている。
そのまま椅子に座るように促され、素直に座る俊紀達。3人が座ったのを確認してから受付嬢も同様に席につき、依頼書を広げる。3人を話の聞かれないところに呼んだと言うことは、指名の依頼と言うのは他の冒険者などには聞かれてはいけないような規則があるのだろう。
実際、この世界に置いて指名されるまで名のある冒険者と言うのは同時にそれ相応の信頼があると言うことであり、その信頼に任せて依頼を出しているというのに、他の人物が依頼の内容を知っている状態と言うのは依頼内容を口外してしまうほど口が軽いと思われるか、またはギルド側の不手際ではないのかと疑われる。つまり、指名依頼が他人に知れてしまうと冒険者はもちろんギルドの信頼も失われてしまうということなのだ。よって、ギルド側は指名された冒険者のみを個室に移動させ周りに目や耳が無いことを確認してから依頼内容を指名者に開示するよう義務付けられている。
「では、依頼内容のご確認を。図書館の管理人、ハンス様からの指名の依頼となっております。依頼の達成条件は、表沙汰にはされておりませんが、最近奴隷商人が犯罪を犯した人間を犯罪奴隷として確保する他に、用心棒などを雇いほかの大陸、近くだとエルフの森の大陸になりますが、エルフの集落を襲い違法に奴隷を売買している可能性があるとのことです。人間国家間では人間以外の人類の奴隷化は違法とされているので、このことについての調査が依頼となります」
ALOでもこの世界でもそうだが、基本的に人の形をしている者を人類と呼び、その中で人間、エルフ、ドワーフなどと種族別に呼ばれることが一般となっている。しかし、魔族は例外となっており、人型でも異形の者でもひとくくりにして魔族と呼ばれている。
「なるほど…、しかし表沙汰になっていないことを図書館の管理人が知っていると言うのも不思議な話ですね」
「冒険者ギルドの一部の人間やその他公共施設などの責任者にあたる人物はそういう裏の事を色々と知っているのですよ」
俊紀が疑問に思い質問したことに対して目の前のベテラン風の受付嬢は余裕な態度で答える。この世界で言う責任者にあたる人物は民衆からの信頼の厚い人物が抜擢されることが大半で有り、信頼から抜擢された人物は大抵国がらみの仕事を任されることがある。図書館の管理人であるハンスの場合は目立った仕事は来ない物の、未解決の犯罪の調査を依頼という形で一部の冒険者に任せることのできる権限を持っている。
国から信頼された人物が、自身の信頼できる人物に対して物を頼む。これは間接的ではあるものの国からの依頼と言っても良いのである。ハンスはこのように考えたため信頼が必要となってくる禁書庫の入場権を3人に渡す前にこの依頼をしたのだ。ちなみにハンスが俊紀達にこの依頼をした理由と言うのは見た目こそ新人に見えるものの雰囲気が熟練の冒険者であると感じ取れたからという、少々アバウトとも言える理由からである。
「と、言うことは貴女も?」
「いえ、私は直接のかかわりは有りません。時々ギルドマスターから話を聞かされることがあるくらいですね。…本当ですよ?では調査の方宜しくお願いします。エルフの大陸で被害に遭ったとされる場所を書き留めておきましたので、ご活用ください。それから、奴隷商人は貴族のように豪邸に住んでいる者もいれば、隠れるように住んでいる者もいます。違法な取引を行う奴隷商人は恐らく貴族との関係が深いでしょう」
「…随分と詳しいですね」
「結構長い間受付嬢やってますから」
やけに詳しいことを知っている受付嬢に多少の疑問を抱くが、笑顔での返答に苦笑する俊紀。長年の経験とそれによって培われた知識と考察力によって提供される情報はとても有力なものであると言うことは俊紀も知っているので、これ以上詮索はしないようだ。
なお、ALOでも一定以上のランクのクエストになると担当のNPCが変わったりする。それが、こちらの世界でいう彼女のようなベテランと言える受付嬢である。基本的にベテランに位置する受付嬢はALOでは当たりと言われており、クエスト遂行中は能力値に補正が入ったりなどのメリットが多い。ALO風に言うなら、今回の恩賜は詳細情報を提供してもらったと言ったところだろう。
「よし、悠司。早速行こうか」
「ん、ああ。まずは食料の買いだしになるだろうな。一番有力な情報を手に入れられるのはやはり現地、亜人の大陸だろう」
話しを終えると、早速とばかりに立ちあがり今後の予定を組み立て始める2人。その様子を見て受付嬢が頬笑みながら口を開く。
「ここから亜人の大陸となりますと、馬車で約20日、徒歩では1月半ほどかかるかと」
「ありがとうございます。出発はどうする?」
「明日の早朝で良いだろう。そうすれば最寄りの村には日が落ちる前には着くはずだ」
「了解、じゃあ後は…」
予定を話しながら談話室を出て行く3人を見る受付嬢。自分にもあんな頃があったな、と元気な少年たちの様子を見て自分も業務に戻ろうと談話室を後にするのだった。
昼時、この時間帯ではほとんどの住人が昼食をとる時間である。王都ランゲンの城下町には食堂や屋台などがあるため広場にいる人の数は昼時でもさほど変わりないが。そんな中を必要を思われるものを探しながら様々な店を巡る3人。とは言っても大半がシロノ用に買い足しているものであり、俊紀と悠司の2人は日用品以外で買い足した物は無い。消耗品はルーンロード滞在時にミーナに貰った物がそのまま残っているため、コスト削減も兼ねてシロノに持たせる分以外には買っていない。
「ふむ、この位でいいだろう」
「服は俺とお前が3着ずつ、シロノが5着。下着も同じく俺らが3着でシロノが5着だな」
「消耗品はこいつの分だけだな、他は調味料くらい買っておくか?場合によっては野宿だろう」
「そうだな、保存食も買ったとは言えその位は持ってても良いかもな。普通の鞄だとこういうのは真っ先に省かれるんだけど、マジックアイテムってこういうとき便利だよな」
「用意したのは俺だがな。多大なMPと時間を浪費して」
「そこは感謝してるよ、制限があるとは言えお前が居れば大半の職人プレイヤーが涙目になるくらいには物資の供給が可能だったからな。攻城戦イベントの時とか大分助かった」
「あれは戦闘と物資の供給両方同時にやってたからな。MPの管理が非常に面倒だった」
「1人で永久機関やってたくせに何言ってるんだか」
昼の時間を使って買った物を確認しているうちに話題が反れ初めているが、気付かずにそのまま会話を続ける2人。ちなみに俊紀の言っている永久機関とは悠司がスキルでMPポーションを出し、それを飲みながら戦い、MPが少なくなればまたスキルでMPポーションを出す。という実にシンプルなものである。一応の永久機関らしきものは出来あがっているように思えるかもしれないが、本物に比べて大分回復量と品質が落ちるため、長続きはしない。その上、一定時間の間にポーションの使用数が一定数に達すると回復量が著しく低下、終いにはダメージを受ける状態異常を発生させるためどちらにせよ永久機関と言えるものは完成していない。
「さて、とりあえず今日の所はこれで宿に戻ろうか」
「そうだな、暫く戻って来れないから宿の荷物とかも回収しておかないといけないしな」
俊紀の呆れたような一言で一旦会話を切り、宿に戻ろうとする3人。その途中で冒険者ギルドの前を通り過ぎようとすると、聞きなれない、基本的に成人した人の多い冒険者たちのものとは思えない声変わりもしていないような子供の声が聞こえる。
「珍しいな、まだ昼過ぎだと言うのにもう酒盛りをしているのか?」
「子供の声が聞こえるから多分違うだろう。気になるなら入って確かめてみようか…うわっとと」
「痛てっ!」
2人がギルドの入り口をくぐろうとしたとき、俊紀が1人の少年と正面からぶつかる。ぶつかられた俊紀は軽くのけぞったがすぐに体勢を立てなおす。ぶつかって来た少年はと言うと尻もちをついて倒れている。意識も有り怪我もしていないようだが、顔を良く見ると泣きはらしたかのように目が赤くなっている。その上、人間ではまず見られない尖った耳と自然の色をそのまま映したかのような若草色の髪が目に入る。俊紀はそれをみて何かを察した様子で少年に手を伸ばす。
「大丈夫かい?」
「…うん」
目の前の少年は少し呆気に取られたような様子を見せたものの、俊紀の手を取り立ちあがる。しかし顔は俯いたままだ。
「…何かあったのか?」
少年の明らかに子供らしくないほどの元気の無さを不思議に思った悠司が質問をする。それに反応したのか顔を上げ目に涙をためる。
「話なら聞いてあげるから中に入ろう、悠司は何か適当な飲み物でも持ってきてくれ子供向けの奴だぞ」
「わかった」
今にも泣きそうな少年の手を取ってギルドに入って行く4人。俊紀はいつも3人で座る隅の席を確保し俊紀はギルドの2階にある食堂に飲み物を買いに行く。少年が席に着いたのを確認すると俊紀も同様に席に着き少年が落ち着くのを待つ。
「待たせたな」
「悪いな、わざわざ頼んで」
「気にするな」
少年が落ち着いてきたところで悠司が飲み物を持って戻ってくる。持って来たものは自分用にコーヒーのようなもの、俊紀に紅茶、シロノと少年にココアだ。シロノを座らせてから飲み物を配り自分も席に着く。
「で、単刀直入に聞くけど君はエルフ、だよね」
「…」
悠司の質問に黙ったままだが、首を縦に振り、ココアに口をつける。
「名前と、それからここに来た理由を教えてくれれば助かるんだけど」
「ユーヤ、ジルエルドの集落のユーヤ」
「ユーヤって名前なのか。それで何でここに来たんだい?」
「ユーカが…、妹が…」
そこから、目に涙をためながらも自分の集落で起きたことを出来るだけ克明に伝えようとするユーヤ。時折涙がこぼれながらも何とか最後まで話をする。
ユーヤがここへ来た理由と言うのは、自分の住んでいた集落が複数の人間の男によって蹂躙された後、彼が妹のユーカを連れ去られたから、そしてその助けを求めるためである。
エルフの大陸からは大分離れているランゲンだが、人の手を借りれば子供でも1人で来ること自体は難しいことではない。また、ランゲン含む国の中心である都市と言うのは他の大陸にすんでいるエルフにも場所と名前が一致するくらいには有名である。その情報をもとにここまで来たのだろう。
一連の話を聞き終えると俊紀はユーヤの頭に手を置き、口を開く。
「大丈夫、君の集落を襲った犯人も見つけてみせる。君の妹も必ず助けてみせるさ」
「…本当?」
「ああ、約束する」
依頼だけではなく、目の前の少年との約束を守るためにも今回の依頼に今まで以上のやる気を見せる俊紀だった。
第二章はこれで大体半分くらいですかね、場合によってはあと数話で終わるかもしれませんが。




