第六話
日もすっかり落ち、周りが夜の深い闇に包まれた頃。2階では毎晩のように酒飲みの冒険者たちがドンチャン騒ぎをしている。そんなギルドの1階、受付からも離れた隅の方のテーブルに座り、今日の事を報告し合う俊紀と悠司の姿があった。
「で、結局目的の物は見つからなかったというわけか」
「そうなるな。異世界に関しての本なんて御伽話か空想で片付けられていたな。中には真剣に考察したようなものもあったがけど、それもほとんどが役に立たなかった。世界を渡る魔法なんてものは存在しないっぽいな。ただ時々、人が不自然にいなくなる、とか言うことはあったらしい」
「なるほどな、しかし人が居なくなるなんてこっちの世界じゃ日常茶飯事だろう。いつどこでどんなことがあるか分からないだろうし、人間にとって最も危険となる魔物というものが居るんだからな」
「そうなんだよな。で、大陸の歴史も調べたが、こっちはALOの時とほとんど変わらないな。太古の昔は技術が優れていたが、それ故に機械を動かすためのエネルギーを奪い合うような戦争が続いて滅びたってところか」
「それを聞くとやはりシロノが何者かがますます怪しくなってくるがな。あんな所に隠されるようにして、しかも大規模な設備を使ってまで生き残らせていたんだからな」
普段の2人からは余り見られないほどの真剣な顔で話しあっているこの雰囲気に、近くを通りかかったダンですら話しかけるのを躊躇うほどだ。とは言っても話しかけたからと言って特に不機嫌になったりすることは無いのだが。
俊紀の見た場所では目的の本が無かったことに少し難しい顔をする悠司。これと言って良い情報もあったわけでも無く、言うなればALOで得られる世界設定がこの世界では実際に起きていたことだと言うのが確認できただけだろう。そして、謎の深まるシロノの存在である。歴史を調べてみたものの、古代人の生き残りが居ると言う情報も手に入らず、人間を仮死状態、または冬眠に近い状態にして数百年、あるいは千年単位で生き延びらせる装置などは見つかったという報告も無い。更に言えば俊紀達が発見したのは2世代ほど前の技術によって構成されていた施設であり、その時代にシロノがどのような地位の人間だったのかも気になってくるほどである。
「…まあシロノに関しては置いておこう。今この時代にこうして生きているのだから現代人だろう。言語に関してはどうにかしたいが、ゆっくり覚えさせればいい」
「お前にしては結構妥協してるな」
「だろうな、結果を急ぎすぎて面倒なことが起きるのも嫌だからな」
「お前らしいと言えばお前らしいか」
結局何1つとして現状は変わってはいないが、ここで俊紀が大きく伸びをして話を一旦切る。それにつられたのか悠司は首を左右に鳴らし、緩んだ空気のせいか、シロノが欠伸をして眠そうに目を擦る。
「…ところで、禁書庫はどうだった?」
「駄目だな、権利所が無いからと言われて入れなかった」
「そうか、そうだよな。実力の提示はもちろん、信用できる人間じゃないとあそこは入れないからな。おまけに禁書庫は膨大な数の本を保管するために半異界化させているんだったな」
「ああ、まあいくら本が多すぎるとは言え、図書館の地下を半異界化させてまで保管するなって話しなんだよな。これの影響で魔物と言うかなんというか、本が襲ってくるから結構困る」
「初めて入った時は俺も驚いたぞ」
王立図書館地下書物保管庫という名前の付いている、この半異界化禁書庫はダンジョンとも言うべきの危険度を誇っている。といっても、基礎戦闘訓練を積んだ人間でも対処出来るためダンジョンといっても難易度的には低いが、街中では最も危険度の高い場所である。しかし、仮にも禁書と呼ばれるものが保管してあるため実力が必要と言うのは身の安全の為では無く、国からの信頼と言う意味合いを持っている。
「本が飛び交うなんてまさにファンタジーって感じはしたよな」
「映画でなら叫び声を上げる本とか見たことあるな」
「あそこは植物だって叫んでたよな」
禁書庫の話をしていると、とあるシリーズ物の映画が思いだされていく。恐らくファンタジーには魔法が付き物という固定概念を作った原因でもあり、世界では続編が発表されるたびに話題になっていただろう。
「まあ、この話は置いておこうか」
「そうだな。じゃあ、次は禁書庫に入れるようにすることが目標か?」
「そうなるだろ。実はな、ALOでも地下の2階には入ったこと無いんだ」
「そうなのか、意外だな」
「まあな、階段も見つからないんじゃ入りようが無いし。まあ、地下1階の本を読みきるまで行くつもりはないけどな」
ランゲン王立図書館の地下2階禁書庫は禁書庫の入場権さえあれば入ることは出来るが、今のところ俊紀は地下2階への入り口を見つけたことは無い。攻略情報サイト等には行ったという書き込みはあるが、階段の場所が一定の時間の感覚を空けて移動しているらしいため、特定の場所に行ったからと言って入れるわけではない。こればかりは運でしかないため、俊紀にはツキが来ていないと言うことだろう。
「じゃあ、今後の方針は何かしら大きな事件かクエストかをこなして禁書庫に入れるようにすることだな」
「そうだな、地上フロアに無いなら禁書庫にしかないだろ。正しい名前があるかは知らなないけど異世界にいく魔法なんてそんなホイホイ教えていいものじゃないだろうしな」
一応ではあるが、今後の方針が決まった2人は宿屋に戻り夜を明かすのだった。
夜が明けると、2人は再び図書館に足を運ぶ。しかし、今回は本棚の迷路には向かわず受付の方へいく。シロノが若干残念そうにしているように見えたが、俊紀も悠司も気づいていない。
「すみません、すこしいいですか?」
俊紀が受付の前まで行くと、後ろを向いて作業をしているらしい、司書らしき人物に向かって声をかける。すると、一瞬こちらに振り向き、手に持っていたものを纏めると、俊紀の方へ目立つ薄緑色の髪を揺らしながら小走りで近づいてくる。
「お待たせしました、御用件は何でしょうか」
「禁書庫への入場権が欲しいのですが…」
「え…、禁書庫の入場券、ですか?」
「はい」
「…すみません、少しお時間頂きます…。管理人の方を呼んできますので…」
俊紀が正直に用件を伝えると、司書は慌ただしい足音をたてながら奥に行ってしまった。
「…俺何かいけないことしたかな?」
「色々あるんだろう、待っていればいいと思うぞ」
数分ほど待っていると、薄緑色の髪をした司書が1人の男性を連れてやってきた。見た目は初老くらいで金色の頭髪の大半が白くなっている。しかし、腰が曲がっていると言うことは無く、まるで現役の騎士のような威圧感を持っている。
「お待たせしました、禁書庫の入場権が欲しい、と聞いたのですが、それでよろしいですか?」
「あ、はい」
「冒険者の方々でよろしいですか?」
「はい」
「では、冒険者ギルドの方へ依頼を出しておきます。名前の方をお聞きしたいのですが」
「はい。俺が俊紀で、隣の奴が悠司です。この子はシロノです」
「ありがとうございます。トシキ様、ユウジ様、シロノ様ですね。では指名での依頼の方を出しておきますので、司書が戻ってきましたらギルドで受注してください」
男性は俊紀に確認をすると、紙に色々と書き込み、その紙を薄緑色の髪の司書に持たせ、司書は図書館の外に行ってしまった。恐らく、彼女が持っていったのが依頼書だろう。
「それにしても久しぶりですね、この図書館の禁書庫に用がある人は…」
俊紀達が司書の出て行った扉を見つめていると男性が一言つぶやく。振り向くと何となく笑っているような顔をしている。
「久しぶり、と言うと?」
「最近は地下の禁書庫なんて使わなくても疑問なんて解決してしまいますから。そもそも、禁書庫にいかなければならないほどの事なんて起こらなくなってきていますから…。最後に地下の入場権が欲しいと言う人が来たのはのは20年ほど前になります。確か若い冒険者だったと思いますよ。貴方達と同じような黒い髪と黒い目をしていました」
「俺達と同じような黒髪と黒い目、ですか」
「少し詳しく聞かせてくれないか」
「…どうやら司書が戻って来たようです。少し長くなってしまいましたな。私はこれで失礼させていただきます。歳をとると昔の事を語りたくなってしまうものです…」
「あ、ちょっと…」
「お待たせしました、ギルドへの依頼が完了しましたので、冒険者ギルドで受注の方をお願いします」
「…わかりました」
司書が戻ってくるのを確認すると奥の部屋に戻ってしまう管理人の男性。その後ろ姿を見ながらとある可能性が思い浮かぶ俊紀と悠司。2人は司書に一言お礼を言った後、少しでも早くそれについて調べる必要があると思い、足早に冒険者ギルドへと向かうのだった。
最近気温が上がってきましたので、熱中症には気をつけてください。




