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第五話

「この後どうするか」

「俺は特にやること無いぞ」


 ギルドのニ階、食堂となっている場所の一角で日替わりランチを頼んで待っている間に今日この後の予定を話す俊紀達3人。シロノはほとんど黙っているので実質話し合っているのは2人だ。


「そういえば図書館にはいかなくても良いのか?あの場所はお前にとって聖地みたいなものだろう」


 暫く話し合っていると悠司が図書館の存在を思い出す。学者のレベルを上げるのに一番早い、そして唯一学者の経験値が大きく手に入る方法が本を読むことである。図書館に入り、この方法を見つけるまで俊紀は学者のレベルが2桁を超えていなかったのだ。また、この方法でレベルが上がりやすいことを知っているプレイヤーは俊紀、悠司を含めてもALO内に10人もいない。


「ああ、そうだった!じゃあ今から図書館に行こうか」

「俺はやることが無いんだが…」

「適当に本でも読んでろよ、何か面白いものを見つけるかもしれないぜ?」

「1冊読むのにどれくらいかかると思っているんだ…」


 2人の本を読む速さを比べると、俊紀の方がスキルの恩賜もあって圧倒的に速い。言語もALOでもこの世界でも独自の言語であるため、そこまでALOで物を読み書きすることの無かった悠司は俊紀ほどこの世界の言葉を使うのは難しい。悠司も最低限の言葉の知識は身につけているが、やはり、《学者》として活動していた俊紀にはかなわないのだ。


「折角の機会だから覚えれば良いじゃないか。暫くはこの世界に居る可能性が高いし、覚えておいて損は無いだろ。向こうに戻ってもALOで使えるんだしな」

「それもそうだがな…ん?」

「…」


 悠司が図書館に行くのを渋っていると、不意に袖を引っ張られる。もちろん袖を引っ張ったのはシロノで、悠司の顔を見るその目は図書館に興味津々と言った様子である。それに気付いた悠司は1度シロノから目をそらすが、シロノが悠司の腕に抱きついたことで悠司は深くため息を吐き、面倒くさそうに立ち上がる。


「分かった、分かったからくっ付くな。子供にくっ付かれると貧血になる…」

「決まりだな、早速行くか!」


 2対1という結果により、俊紀達3人は街の中央地区にある大図書館に行くことになったのだった。











 王都ランゲン中央地区。王都ランゲンが周辺諸国でもかなり力を持っていると言われる所以はここにあるのだろう。東部地区だけでもかなりの広さを誇るが、俊紀達が居たギルドのある東部地区から離れ、南北でも日本の本州が軽く入り、東西でもその半分以上はあると1つの地区にしてはとても大きく、周辺の小国よりも広い。ここら辺の広さはパラスト王国の建国に関係してくる。また、地区で別れてはいるが地区同士で開いた距離もかなりある。これもまた同様である。これがパラスト王国がかなりの大国となっている原因の1つだろう。街でこれだけ距離が開いているのはおかしいと思うかもしれないが、ALOでの呼び名がパラスト王城城下街だったので気にしてはいけない。


 また、これだけ広いのだ。王城はもちろん、様々な人材を育てる学園や図書館、多数の店が立ち並ぶ最も活気のある地区であり、どの時間帯も学園の生徒が行き来しているのが目に入る。しかし、俊紀達の目的はあくまで図書館なので学園には触れないでおく。


 学園の図書館や、王城の地下の図書館よりも遥かに多くの本を貯蔵しているのが、この王立図書館であり基本的にどのような人物でも出入りは自由である。その図書館の中に2人の姿はあった。もちろん、情報を得るためである。


「やっぱり広いな、ここは」

「ある程度は固まって行動しないと簡単に迷子の出来上がりだな」


 どこを見ても本棚がある上、その広さは王城よりも大きく入口から反対側の壁が見えないくらいである。それでいて地上4階、地下2階建と言うこの世界にしてはとてつもない大きさを誇る大型建築である。階段はフロアに12ヶ所設けられており、それでいてまだ足りないくらいである。恐らくこの図書館内にある本を一生のうちにすべて読みきることは不可能だろう。


「さて、何から探す?」

「異世界関連の魔法や、大陸の歴史を探ってみると良いだろうな。俺は探さんがな」

「少しくらい手伝ってくれよ…」

「こいつを見ていないと、見失いでもしたら一大事だ」

「分かったよ。じゃあある程度時間が経ったら連絡する」

「了解」


 それだけ話すと俊紀は受付横の案内板へと向かう。この図書館内には読書スペースとして8畳程の空間と机と椅子またはソファがセットになっていくつか置いてある場所が多数ある。そのすべてに案内板と図書館内の地図が設置されており、困った時はこの読書スペースを探すのが一番早い。正確な数はこの図書館を取り仕切る館長くらいしか把握していないが、わざわざ一般人が把握する必要も無い。


 また、受付は各フロアに1つしかないが、どのフロアの受付に、どのフロアの本を持って行っても貸出許可が得られるという点ではなかなか便利だろう。それに加え、貸出許可を得た本を受付に預けておけば、1階の受付で受け取ることができる。わざわざ貸出許可を貰うたびに重い荷物を背負って歩き回る必要は無いのだ。


「懐かしいなー、こっちでは初めて来たけど、向こうの時に学者レベルを上げる方法として本を読む方法が一番早いって気付いたときに、この図書館の存在は本当に有難かったな」


 俊紀がこの図書館に来た当時の事を思い出しながら目的の本が置いてある場所へと向かう。戦闘スキルとして武術家を取っていたため、ストーリーの進行にはそこまで困らなかったが、メイン職業が伸びないため、全体的なステータスが他のプレイヤーと比べて劣っていたのだ。


 王都ランゲンに図書館があることは認知していたが、この当時は生産系の職業でやる、建築や錬金、調薬等が経験値がたまりやすいのではないか、という考えのもと色々な町や村に寄りながら仕事の手伝いなどをしていたのだ。


 そして、この学者の経験値稼ぎの方法を知ったのがストーリーの第1章が終盤へと向かい、いざ他の大陸に向かう前にとある村に立ち寄った時の話である。大陸を渡るとあって、このランゲンからはかなり離れていたが、この方法を村人から聞いた時は、多少ショックを受けたものだが、1度ランゲンに戻りレベルを上げてから改めてストーリーの攻略に進んだのだ。王都と村の行き来はマジックアイテムを使ったので数だったが、かなり伸びていた武術家のレベルと同じくらいまで学者のレベルを上げるのに3日を費やしたのは本人にとって、今は良い思い出である。


「さて、確か歴史の資料は2階の第4区分7列目の1178番の棚、上から12段目だったな」


 この王立図書館では、各階28区分にジャンル分けがされており、そこから96列、棚に番号が1200まで割り振られている。さらに各棚36列あり、1列に50冊ほどの本がしまわれている。更に、地下1階、地下2階は禁書庫となっており半分異界化しているので正確な本の冊数などわかったものではない。流石の俊紀もALOでは1階から4階までの本は全て読んだものの禁書庫は諦めたほどである。しかし、ALOのサービスが始まり2年半が経ち、スキルの恩賜があることを考えても、図書館1階から4階までの約200億冊と言う数の本を読んだ俊紀もいかがなものかと思う。


「結構遠いな、ALOなら走っても特に何も無かっただろうけど、こっちだと流石に走るのはマナー違反だよなぁ…」


 現代日本の図書館と比べると余りの広さに、ALOと同じように走って移動しようかと考える俊紀。しかし、どこの世界であっても図書館内では静かに過ごすと言うのがマナーなのだろう。そこそこ人がいるが誰一人として大声で喋るような人はいない。


 これがALOであったなら、その時と同じ移動方法を取っ手いるところだが、リアルであるという実感が俊紀の選択肢から走るという行為を除外する。走ることさえできるなら、普通ならば迷惑極まりない、とあるスキルを持っていることにより、俊紀はとある読書法が可能である。


 その俊紀のALO内での本を読む方法は、こちらに来る1年半ほど前にさかのぼっても、もはや読書と言っていいものか怪しいものであった。その読書とは言えない読書法を可能にしたのが、《触読法》というものであり、このスキルの効力は本に触れるだけで実際に読まなくとも内容がわかり、その上その本を読んだことと同じ扱いとなる、というもので、もちろん本を読むたびに経験値を手に入れることのできる学者はレベルが上がる。更に読書に使う時間の大幅な短縮にもなるのだ。


 そこからのレベル上げは早く、残りは某1粒300メートルのように両腕を広げ本に触れながら本棚の端から端までを駆け抜けるだけである。《速読法》を手に入れた当時は本棚の端から端まで約3秒、更にレベルが上がるたびにステータスも上がり、それに比例して走る速度も上がるので、いくら図書館が広いとは言えど1秒で数キロメートル程の距離を走れるようになった俊紀には最終的に図書館の端から端まで走り抜けるのに1秒もかからない。


 しかし、この移動速度の速さはALOではあまり役に立たなかったのも事実である。移動にはマジックアイテムか魔法を使えばいい。戦闘でも敵の後ろに回り込むのに地面を強く蹴る程度だ。よって、実際にこの移動の速さがまともに役に立ったと言えるのはこちらの世界に飛んできてからと言えるだろう。


「まあこればかりは仕方が無いか、流石に他の人とぶつかると危ないし、走らずにできるだけ急いでいくかな」


 結局、ぶつぶつと色々なことを呟きながら目的の本棚へ向かう俊紀であった。











「色々な本があって目移りするのはわかるが、俺の目の届くところにいてくれ。流石にこの広さの図書館から探すとなると骨が折れるからな」

「…」


 一方、悠司は読書スペースに設けられたソファに足を組んで座りながら、様々な本に目を爛々と輝かせているように見えるシロノに声をかける。シロノはそれに頷きはするが、薬草の時の前例がある。いつの間にか居なくなっていてもおかしくは無い。


「全く、前にもここは来たことあるがあの時はこれと言って何かあるわけでも無かったしな…」


 ため息を吐きながらも、近くにあった棚に目をやり、適当に本のタイトルを眺めて行く。もちろん、悠司が言っているのはALOの時のことであり、こちらの世界に来てからは1度もこの図書館に足を運んではいない。よって、図書館内にある本が全てALOの時と同じとは限らないため、彼の興味を引くものが無いとも言い切れない。ALOの時の本、書物系アイテムと言うのは、使用することでアーツが手に入ったり、特定の職業に大量の経験値が手に入るほか、ゲーム内の世界設定について語られた本や、ごく稀に開発スタッフの愚痴が書かれた日記などもあったりする。中にはそれを見つけるのを生業にしているプレイヤーもいたが特に目立って活動をしていたわけでもないので、俊紀はともかく悠司はそのプレイヤーのことは知らない。


 適当に棚にある本を眺めていると、ある1冊の本が悠司の目に留まる。どうやら武器の図鑑か何かの用だ。それを手に取り、先ほど座っていたソファにに戻り、開く。特に変わった武器は乗っていないため、軽くがっかりする悠司だが、他にやることも無く静かにベージを捲っていく。


「もう少し細かいところまで乗っていれば、俺のスキルの再現精度も上がるんだがな…」


 時々、目を凝らして細かなところまで見ようとするが、この世界の印刷技術では限界があり、結局知りたいところまで知ることはできなかったのだった。本を元の所に戻すと再びソファに座り大きくあくびをして、目を閉じ、そのまま眠りに就くのだった。










 自分の知りうる限り、これほどの数の本は目にしたことがない。その本の数に普段は静水のごとく並みの立たない自分の気分が高揚していることを感じ取る。普段では考えられないことにシロノは若干の戸惑いを凍っているかのような心の奥底で抱えている。しかし、それも目の前の本の数による興奮には微々たるものであり、関係の無いものでもある。


 悠司が言っていたことも、気分の高揚により生まれた戸惑いと、それを飲み込むかのような興奮によりほとんど聞き流してしまっていた。今のシロノに見えているのは視界に広がる空間とそれを埋めるようにおかれた自分の身長よりも遥かに高い本棚、それに隙間なく収納された無数の本。


 気になった本を手にとっては首飾りを弄り、興味を無くしたように本をしまう。かと思えば本を開き中に書かれている文章を読む。偶々手に取った本を読み終わると、本棚にそれを戻し、ふと周りを見渡す。そして変わることのない表情で首を傾げる、ここはどこだろう、と。


 気がつけばどこを見ても本だらけ。自分の来た方向もあっちの本を見ては他の方に目を留め、移動するを繰り返したせいで分からなくなってしまっている。何もかもが面倒くさそうな顔をしている彼を探して歩き回ってみるがそれらしい場所が見つかるわけでもなく同じようなところを進み続けるだけで自分の見える空間に変化が見られない。


 ここでシロノに遺跡で目が覚めてから初めて、焦りと言うものが生まれる。妙な、何とも言えない寒さのようなものを感じながら自然と足が動きを速める。だんだんと高揚していた気分が冷たくなっていき、逆に体が熱を持ち始める。心と体の矛盾に冷や汗をかき、視界が狭まる。時間の感覚も良く分からなくなっていき、1分が1秒にも1時間にも感じられる。


 暫く、焦りに身を任せて行動していたが、首飾りの宝石に魔力を込め短く一言つぶやく。それから数秒ほどじっと宝石を見つめ、それから顔を上げると、独り言をつぶやき、今度は迷うことなく歩き始める。


 数十分ほど歩き続けると、ソファに身を寄りかからせ眠っている悠司を見つける。すると、嬉しそうに走って近づくと膝に座り、身を凭れ掛らせる。それで安心したのか、顔を顰め始めた悠司の事を気にせずに背中に温かさを感じながら寝息を立て始める。


 そのあと、俊紀が眠っている悠司とシロノを見つけたのは約3時間後の話である。

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