第一話
昼過ぎの人が最も賑わう時間帯。王都ランゲンの東部地区の広場はこの時間になると通りに出る屋台のおかげで活気が出てくるのだ。その中に俊紀、悠司、シロノの姿もあった。
「おー、ゲームの時もそうだったけど、リアルになると更に賑わうんだな」
「そうだな。向こうは決められたNPCと一部の旅人NPCが同じところを周っていたりするからほとんど人口や同じ場所に行く人間が少ないからな。リアルになれば必要な物を買いに来る人だっているし、国によっては輸入とかもするだろうからな。人の出入りも多い」
「人…たくさん」
ALOと違い本物の大勢の人の賑わいと言うものを体験し、気分が高揚している様子の俊紀に、自分から喋ることのないシロノが珍しく口を開く。その顔はほぼ無表情と変わりがないものの、雰囲気から驚いている様子が伝わってくる。悠司もいつもより饒舌になっているところからこの賑わいに影響を受けているのだろう。
と、屋台の並ぶ通りを進んでいると食欲を刺激される匂いが漂ってくる。それに反応したのか、シロノのお腹の虫が鳴き、人ごみの中でもそれを聞きとった悠司がシロノを見ると何もしていないとでも言うようにゆっくりと目をそらす。
「…そういえば昼食はまだだったな。適当に買い食いでもするか」
「ん?珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
「こういうところに来たら1度くらい金を使っても罰はあたらんだろう」
悠司にしては金を使うという珍しい選択を取ったことに対して俊紀が意外そうな顔で悠司の方を見る。シロノは目をそらしたままだ。一見無表情無感情に見えるが恥じらいはあるらしい。
3人はその場から一番近い、香ばしい匂いを放つ屋台をのぞきに行く。その屋台では何かの肉を串にさしタレをつけてから炭火を使い焼いている、一見焼き鳥のようなものを売っていた。
「すみません、これって何の肉ですか?」
「ん?ああ、これかい。これはね、今日の朝市で手に入れた牛鳥っていう魔物の肉だよ。ここじゃないもっと離れたところだと家畜として飼い馴らしたりするらしい。こいつは牛のくせに飛べはしないけど羽みたいなものを持っててな、この前の魔物の大量発生の時に狩られたから安売りしてたのを買っていおたんだが、保存したまま忘れていたんだ。品質は問題ないぞ」
「ふむ、3つもらおう。いくらだ?」
「600ゴールドだな」
屋台だけあってそこそこ値の張る買い物をする悠司だが、これは彼のポケットマネーである。ちなみに1ゴールドと1円の価値はほぼ同等であり、この世界の屋台の値段、そして素材を考えるとむしろ安い方である。
「はいよ、火傷しないように気を付けな」
「気遣い、感謝する」
銀貨1枚と大銅貨1枚を店主に手渡し、焼きたてであろう串を3本貰う。銀貨は500G、大銅貨は100Gである。
受け取った串焼きを俊紀とシロノに渡し、悠司は早速ばかりにかぶり付く。焼きたてであるため、その熱さで目を白黒させるものの、その直後に広がるこの串焼きの香りの正体であるタレの奥の深い味が口の中に広がり、牛鳥の肉からあふれ出る肉汁と程よい噛みごたえがもう一口へと進ませる。そして、気がつくと串に刺さっていた牛鳥の肉は全て食べ終わった後である。
「さて、次のとこに行こうぜ」
「少し待ってくれ。ほら、こっち向け。こんなに口の周りにタレが付いてるから」
「…子供が苦手な割には、お前って面倒見が良いんだよな」
シロノの汚れた口の周りを鞄から取り出したハンカチで拭きとる悠司を見て、俊紀が思ったことを率直に呟く。悠司は聞こえていないのか、気にすること無くシロノの口を拭き終わりハンカチをしまう。シロノは食べ終わった串を名残惜しそうにじっと眺めている。
「で、次はどこにするんだ?」
「あっちの麺料理が気になるから、そっちに行こうぜ」
「分かった」
俊紀が焼きそばのような麺料理を出しているところを指さし、そっちへ向かう。悠司がそのあとを付いていこうとすると、シロノが逸れないようにと悠司の手を握って付いていく。
「ふう、結構食べたな」
30分ほど経ち、つい先ほどまで食べていたカラムという汁気の多く糖度が高い柑橘系の果物の入っていた皿を片づけ、俊紀が満足そうにつぶやく。シロノは、それを絞ったジュースをちびちびと飲んでいる。
「次は何をしようか」
「どうせなら観光なんてのもどうだ?冒険者ギルドには寄っておきたいが、まだ人が集まるような時間でもなさそうだし、何より中世ヨーロッパ風の街並みの観光なんてそう簡単にはできないだろう」
「お、良いな、それ」
現代日本ではアニメや漫画くらいでしか目にすることのない中世風の街並み。そこに魔法などというファンタジーなものが付いてくるのだ。誰だって一度は実際にこの目で見てみたいと思うだろう。一応ALOでも街並みは作り込まれてはいたものの、ゲームであるものと、現実となったものではやはり雲泥の差があるのだ。
「やっぱりこういうのって雰囲気もあって最高だよな」
「そうだな、ゲームとは比べ物にならない」
広場から離れ、住宅街となっている場所をあたりを見回しながら歩く。白煉瓦造りの家が立ち並ぶその風景は言葉では言い表せないほど、魅力を感じさせる。白い壁に太陽の光が反射して一層王都の街並みを明るく照らす。現代の街並みが作りだす100万ドルの夜景も素晴らしいものがあるが、こちらにはそれとは違う別の魅力があるのだ。
住宅街を暫く歩き、日が大分傾き空の端がオレンジ色になり始めたところで、珍しく思える高い建物が目に入る。外壁の数か所に立てられている塔の一つだ。その役割は高いところから遠くを見渡せる、という利点を生かし魔物を早期発見、または弓兵や魔術師たちが門の外で戦う騎士や兵士を支援する為の物である。先日の魔物の大量発生時も利用された。しかし、塔を登るのに誰かの許可が必要なわけでもなく、もう少し早い時間帯ならば子供たちの集会所になっていたりもする。
「結構高いな、20~30メートルくらいか?」
「そんなもんだろうな。ここまで来たのはいいが、どうするんだ?」
「まあ、1回くらい上ってもいいだろ」
塔の目の前まで来た俊紀がせっかくだからと、上ってみることを提案する。塔の内部は最低限光が入る程度の穴があいているだけで、あとは螺旋階段以外になにも無い。3人は螺旋階段を上りきり、周囲を見渡せる所へと行く。王都の外壁は厚さがあるため、その上は連絡通路としても使われる。連絡通路となっている所に立ち、町の方へ視線を向ける。
「すげぇ…」
「…」
「ん、綺麗」
いつの間にか傾いた日のオレンジに当てられ、それを白煉瓦の家が反射する。それはさながら街全体が黄金色に染まっているようであり、3人ともそれぞれの感想を漏らす。俊紀は単純でありながらその素晴らしさの全てを語り、シロノは少し眩しそうながらも小さく呟く。悠司に至っては無言になり、感無量と言った様子である。
「いつまでも見ていたいけどな、そろそろ降りるか」
「ああ」
とても長いようで短い時間を過ごし、塔を降りる3人。日が傾き始めた時間と言うのはそろそろ店に人が入り始める時間である。数時間前の広場の喧騒は既に無くなり、その変化を比べるとやはり人が集まっていると言うことがわかるだろう。冒険者ギルドの場所は俊紀、悠司の両名とも覚えている。
ALOでの王都の立ち位置と言うのは目標であり、通過点であり、それでいて1つの到達点だ。ほとんどのプレイヤーがこの王都ランゲンを中心に活動する。ここの他にも王国が2つ連合国や帝国などもあるのだが、ストーリークエストを進める都合上、ランゲンで過ごす時間が一番長くなり、そして物価が安く料理も美味、なによりもなじみやすいと言うのが一番の要因だろう。
更には他の国や大陸に行く為の通行証もここで発行され、スキルのレベルを上げるのに丁度良い施設や闘技場もあり、よく運営側からプレイヤー同士のバトルイベントがあったりなどもする。俊紀はここに来るのは久しぶりだが、以前はここを拠点に活動していた。その理由は王都の中央区にある、王立大図書館である。学者のスキルは書物を読むことによって成長を大きく促すことが出来る。よって必然的にここが拠点となったのである。悠司はプレイヤースキルを磨くためにバトルイベントが発生するたびにランゲンへと足を運んでいたため俊紀ほど期間は開いていないが、久しぶりと言えば久しぶりである。
丁度良い時間帯となり、冒険者ギルドに足を運ぶ。王国内では最も大きい冒険者ギルド、一階ですら学校の体育館を軽く超えるほどの広さがありながら、ルーンロードと同じ構造をとり、と言うよりはルーンロードがここの造りを真似たのだが、二階建て、そしてギルドの裏口から修練場に出ることができる。ギルドの扉を開けると、珍しい容姿の3人に会話が止み視線が集まるが、大半の人物が身につけている物を見ると鼻で笑いまた元の相手と酒を飲み交わしながら会話を続ける。
「ルーンロードから来た冒険者です。確認手続きをお願いできますか?」
カウンターへと歩み寄り、俊紀がそこに立っていたスカイブルーの髪をした受付嬢に声をかける。
「了解しました。ではギルドカードをご提示願えますか?」
「どうぞ」
悠司からギルドカードを受け取り、自分のものと一緒に差し出す。それを見た受付嬢が首を傾げる。
「そちらの方はギルドカードをお持ちでは無いのですか?」
「ああ、そういえばシロノは作って無かったな…、今作ることってできますか?」
「はい。ご確認が終了次第承ります」
俊紀はシロノのギルドカードを作ることを依頼し、それを受付嬢が了承したところで悠司が口を開く。
「シロノのステータスは俺達は知らないがどうするんだ?」
「あー…、忘れてた」
「厄介なステータスとか出てきても知らんぞ」
「まあ、何とかするよ」
「お待たせいたしました、トシキ様、ユウジ様。ご確認終了いたしましたのでギルドカードをお返しします」
「ありがとうございます」
受付嬢からギルドカードを受け取ったところで俊紀はふと、自分たちの方へと近づいてくる人物が居ることを感じとる。不自然に見えないように振りかえると、怪しい動きで近づいてくる赤色の髪の男が目に入った。
諸事情により1時間遅れました。ごめんなさい。




