第十ニ話
「…ナイフじゃ流石に通らないか」
「何でドラゴンにナイフなんですか!?」
着地したドラゴンに向かってどの程度の耐久度かを確かめようと果物ナイフを投げつける悠司。しかし、そのナイフは刺さること無く、灰色の鱗に浅い傷を付けたところで刃が砕け散る。その様子を見た悠司は次は何を試そうかと顎に手を当て考える。これにミーナが突っ込みを入れるが、悠司は何も言われ無かったかのように聞き流している。
「よし、クレイモア」
顎から手を離し、悠司が次に取りだしたのは、大剣としては少々小ぶりの、早さに重点を置かれたクレイモアである。力で叩き斬るよりも高い技術で確実に攻める悠司に良く合う武器の1つだろう。それを掴みドラゴンに向かって突っ込み、剣系統の中では一番初歩的なスキルのスラッシュを放つ。
「本当に堅いな。刃毀れが酷い」
「この手の敵はあんまり殴りたくないんだよな。鱗殴ると手が痛いし」
自分の使ったクレイモアの状態を見て再び顎に手を当て考え込む悠司。俊紀はさっきからドラゴンの周りを走り回り気を引いているが、悠司の攻撃によってそれも怪しい状態になっている。
「2人とも何でそんなに落ち着いていられるんですか!?」
「むぅ…」
ミーナとシロノが仲良く頭を下げて尻尾を避ける。俊紀はドラゴンの腹の下、悠司は攻撃の範囲外に居たためどちらも攻撃を眺めていただけだ。
「ミーナさんはシロノを連れて少し離れててください」
「それは良いですけど、貴方達はどうするんですか?」
「少し大きいのを撃ちます」
俊紀がそのひと言と共にチャージに入ったのを見てシロノを抱いて木の陰になるように移動する。チャージの間、悠司がドラゴンの背中を切りつけながら駆け抜けたりなどして俊紀に集中させるようにしているのが長い間コンビを組んでいるだけの事はあると言えるだろう。そして約15秒ほどのチャージを終えた後、悠司が自分の上、ドラゴンの腹を目掛けてアーツを放つ。
「オメガインパクト!」
自身の攻撃が当たる高さまで跳躍し、武術家スキル中、インパクトと名前が付くアーツの中では最強の一撃を鱗に守られていない、防御が薄いであろう腹に打ち込む。拳がその体を貫かんとばかりにめり込み、衝撃で一瞬巨体が浮き、地響きを立てて地面へとその体が沈む。俊紀はアーツを放った直後に脱出済みである。
「…まあ、これで倒せるなら昔はあんなに苦労しなかったよな」
「当たり前だ」
ゆっくりとではあるが、体を起こすドラゴンを見つつ、そんなことを口走る2人。しかし、倒せては居ない物のダメージはしっかりと入っているらしく、その獰猛な目で俊紀の事を目が光っているのではと錯覚するほどの殺気を含めて睨む。一般人ならその威圧感だけで動けなくなることは間違いないだろう。
「あー、完全にヘイト俺に向いたな」
「お前はあれで向かないと思ったのか?」
ドラゴンが完全に体を起こしきってから、背中に乗る俊紀。大きめのダメージを与えられた上に、背中に乗られたドラゴンは振り落とそうと暴れるが、周りに被害が出るのみで俊紀を振り落とすことはできていない。悠司はと言うと、ドラゴンが暴れまわることを予想していたのでミーナとシロノの居る場所へと行き巻き込まれない場所まで誘導する。
「トシキさんだけ置いてきて大丈夫なんですか?」
「問題ない。そもそもこの程度で死ぬならコンビなんて組んでいないしな」
「…むぅ」
1人で戻って来た悠司に口を開くミーナ。その答えに対してなぜかシロノが不満げな声を上げるが全力でスルーを決め込む悠司。実際、2人がゲーム内だったとは言えくぐって来た鬼門はどれも2人の実力とチームワークがあってこそのものだっただろう。その堂々と言いきった悠司の様子にほっとした表情を見せるミーナ。彼女が心配性なだけなのか、それとも別の意味があるのかは分からないが、とにかく悠司がこっちに来た時の不安げな表情は無くなっているのが見て取れる。
「…収まったようだな、様子を見に行く」
「私たちも行きます」
「…」
木々の軋み、倒れる音や地響きが収まったところで来た道を戻ろうとする悠司。そして、それに付いていくと言いだすミーナに呆れてのため息を吐きながら、黙って歩いていく。彼からすれば本当はここに残っていて欲しいのだが、どうせ止めたところで聞かないだろうと何も言わないことにしたのだ。
「俊紀、大丈夫か?」
「ん?ああ、余裕」
睨み合いの状況となっているところで悠司が先ほどの広場に到着する。見れば、そこかしこに余程暴れたのだろう幹から強引にへし折られた様子の木や爪の形に抉れた地面、ガラス状になっている場所も見て取れる。
「こいつが結構暴れるもんでなぁ…」
「硬いだけじゃなく、体力もあるのか」
「いや、さっきは乗っかってただけで攻撃はしてないんだよ」
周りの惨状を見て、俊紀が何故背中に乗っているうちに攻撃をしなかったのか、なんとなく察する。実際これだけ暴れている魔物の上でバランスを取りながら攻撃するのは至難の業である。俊紀なら出来ないことも無いだろうが、現実となってしまった現状それを躊躇いも無くできるほどまだ肝が据わっているわけではない。
「仕方が無いな。俺でも向こうの攻撃を受けないようにするだろうしな」
「まあそれは良いんだ。一応聞いて置こう、何で2人をこっちに連れてきたんだ?」
「いえ、私たちが勝手に付いて来ただけです」
俊紀が話題を露骨に変えた途端、ミーナが割り込んで口を開く。
「ミーナさん、こいつ危険な魔物なんですよ?」
「いや、こっちの台詞ですからね!?」
それに対してミーナに呆れたような表情で返す俊紀に思わずミーナが大声を出す。そして、それを好機を見たのか、ドラゴンがブレス攻撃の態勢に入る。開かれた口には熱が集まり、周辺の気温を上昇させる。
「こっちが話してる最中に攻撃は流石にどうかと思うな、俺」
ドラゴンの口から蓄えられた熱が放出されるかと思われた瞬間、俊紀が顎に強烈な打撃を撃ちこむ。それによって閉じられた口の中で熱が暴発しそのダメージからか悲鳴と思われる咆哮を上げる。
「なかなかエグいことをするもんだな」
「お前が言うのか?」
いつの間にか俊紀の後ろに居た悠司が話しかける。すると俊紀が本当にそう思っているのかとでも言いたそうな顔で悠司に返す。
一方、ミーナはドラゴンがブレスの体制に入った時に一番近くの木にシロノを抱えて身を隠している。なかなかに逃走スキルが高いのかもしれない。余談だが、実際ALOでも逃走スキルと言うのは存在していたが、その効果が自分より強力な敵に背中を向けているときのみ移動速度がアップすると言う物だ。習得していたプレイヤーは少ない。
「まあ、さっさと倒そうか、長引くのは余り良いことではないからな」
「…そうだな」
悠司の言葉に何か言いたそうに口を開いたが、ため息でそれを押し殺す俊紀。ドラゴンも丁度自らの攻撃の暴発の反動から立ち直ったようで、実に殺意の篭った目で2人を見ている。が、この2人からすれば多少タフな雑魚と変わらない扱いをされているところがなんとも可哀そうなところだろうか。
「少し足止めできるか?」
「久しぶりに影縫いでも試すか」
俊紀の要求に三度顎に手を当てる。そして彼が取りだしたのは忍者の飛び道具として有名な苦無である。形状は持ち手の後ろに穴が開いている良く知るあの形である。ALOでは一部武器には専用アーツが存在し、これもそのうちの1つである。苦無を相手の影に一定数撃ちこむことアーツ影縫いが発動し、一定時間相手の動きを封じることが出来る、一部のマニア向けの武器として作られたのだが、その効果から使用者はなかなかに多い。
両手で10本ほど苦無を取り出すと、それをドラゴンの影に向けて突き刺さるように投げる。ちなみに失敗すると使用した苦無は全て壊れてしまうのが扱いの難しいところだろう。
「本来コストが結構かかるのにお前のそのスキルだとありがたみが薄いんだよな」
「その代わりMPの消費と使い捨てという縛りがあるんだがな」
微妙な顔をしながらチャージを続ける俊紀に、若干眉間に皺を寄せて答える悠司。周りからすればその程度なら良いだろうと思うかもしれないが、実際使う側にしてみればなかなかに辛いものがあるのだ。
「…まだ浅いな」
苦無を投げた後、ドラゴンの様子を見てまだ若干動いていたので影に刺す苦無を追加する。ちゃんとした使い捨てではない苦無を使っているプレイヤーが見れば文句どころの話ではないだろうが、そんなことは悠司からして見ればどこ吹く風と言うものだろう。
「ダメ押しにもう1本…」
念には念を込めたのか、それとも何かこだわりがあるのかは分からないが、完全に動きが止まっているように見えるドラゴンに更にもう1本追加する。
「相変わらず好きだな、それ」
「良いだろ、別に」
「まあいいか、効果が無いわけじゃないからな」
呆れを含んだ笑みをしながらチャージが完了した俊紀がドラゴンの丁度額の位置に跳び上がる。その振り上げた拳をまるで何かを刈り取るように振るいながらアーツを発動する。
「フルブレイク!!」
その拳が額を捉えた一拍後、衝撃が灰色の鱗をガラスをいとも容易く叩き割るようかのように砕きながら頭から体、手や足、尻尾の先まで伝わり、ドラゴンがその巨体を地に沈める。
「…本来は相手の防御を剥がす技だったと思うが?」
「まあ、ほら、ダメージも大きいし…ね?」
これから自分も攻撃をしようと思ったところでドラゴンが倒れてしまい、内心がっかりする悠司。それに少し戸惑いつつも苦しい言いわけを放つ俊紀。そこに今まで隠れていたミーナとシロノが2人のところまで駆けてくる。
「た、倒したんですか…?」
「そのようです。さっさと解体して帰りましょう」
駆けてきた割には恐る恐ると言った様子でドラゴンの方を見るミーナ。シロノは既に悠司に張り付いている。そして、2人がドラゴンを解体しようとした瞬間にドラゴンの目が開く。
「何!?」
「しまっ…うわ!?」
目を開き突然羽ばたいたドラゴンによって発生した風圧で吹き飛ばされる。木に叩きつけられ、風が幾分か届かなくなった場所で俊紀が目を開くと、近くにシロノをかばった俊紀の姿はあったがドラゴンとミーナの姿が見えない。
「…まさか!」
焦りとともに空を見上げると空へと上がって行くドラゴンとその腕に掴まれているミーナの姿があった。その顔は恐怖によって青ざめており、数秒すると水滴が俊紀の顔に落ちる。涙だ。
「…悠司」
「良いんだな?」
「緊急時だ、仕方が無い。それに、大分久々にキレたわ」
その言葉を普段の彼からは想像もつかないほどはげしい殺気と怒りを滲ませながら、無表情で言い放つ俊紀。それを見てニヤリと笑うと頷く悠司。
「さて、ミーナさんを離してもらおうか!」
怒気を含んだその言葉と共に悠司の隣から俊紀の姿が消える。否、自身の能力を抑えること無く発揮し跳躍したのだ。
「トシキさん!?」
「大丈夫です。すぐ終わります」
突然すぐ横に現れた俊紀に驚きながらも、普段と全く違う雰囲気を纏う彼に目を奪われる。
「拳王技・二重剛断脚!」
アーツの宣言と共に放たれた蹴りは、ミーナを掴んだドラゴンの丸太のような手を重い音を立てて切断する。急に得た浮遊感に悲鳴を上げそうになるミーナだが、次の瞬間には俊紀の腕の中におさまっていた。そして、そのまま落ち始める。
「悠司!頼んだ!」
「仕方が無いな」
「こ、このまま落ちて大丈夫なんですか!?」
「舌を噛まないように口を閉じててください」
ふっとさっきまでの雰囲気が無くなり、いつものやわらかい俊紀に戻った瞬間に自分の状況を思い出し、声をかける。そのあとは俊紀に言われたとおり口を開かず黙って落ちる。
「…顕現せよ、ケイローンの弓」
そのひと言と共に左手に握られたのはそれそのものは形を持たず、まるで光そのものであるかのような弓。そこに番われるのは同じく光でできている矢である。
「敵の心臓を貫け!昇る流星!」
まるで隕石が衝突したかのようなクレーターを穿ちながら放たれた矢流れ星のように光を振りまきながら空へと微塵も曲がること無く、目標へと突き進んでいく。その矢はドラゴンを射抜き、流星の通った後には何も残らず青い空が広がっていた。
「派手にやったな」
「頼まれたからな」
「一体何者なんですか?貴方達は…」
「…ただの、冒険者ですよ」
「…もう、いいです。それで。シロノちゃんはどう思います?」
「…かっこ、良かった…?」
地面に着地し、ミーナを降ろしてから、とんでもないことをやっておきながら、平然と何もなかったかのように笑う俊紀に呆れながらも何か胸に熱い気持ちを抱えながら、無事に助かったことを喜ぶミーナだった。
ここまで書いてて楽しかったです。次回は恐らく第一章エピローグ的な話になると思います。
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