第十一話
書き終えたら投稿を我慢できない病気なんです。許してください。
生き物の気配が不自然なまでになく、風すらも通るのを避けているかのように吹いてこない。自分たちの呼吸と足音を除いて一切の音が立たないまるで別空間にでも来てしまったかのように錯覚をしてしまうほど、4人の進んでいる山は異常であることを主張するでもなく、悟らせる。
周りは木々に覆われ視界は悪く、かつて整備された道も最近になって開通した別の道を利用するものが大半になってしまって獣道と大差ない。しかし、4人の進んでいる先はこの獣道ですらなく、つい最近人以外の生物によって短時間に踏み固められたであろう木々の隙間を縫うように蛇行する道なき道である。
そして現在4人はある1つの理由により足を止めている。見る人が見ればはっきりとわかるカーボンのように黒く、しかし水晶のように透き通り、こちら側と向こう側を分け隔てている薄い膜のような物に阻まれているからだ。恐らく俊紀と悠司のどちらかでもない限り見落とし、そのまま付き進んでしまっていたであろう。それくらい、この膜は巧妙かつ大胆にその場に存在しているのだ。
「どうしたんですか?急に立ち止まって…」
「これまた厄介な物にぶち当たっただけですよ」
俊紀、悠司の2名ほど感知力が高くないミーナは急に立ち止まった2人を訝しげな目で見つめ、質問を投げかける。それに対して厄介と口では言っている物のいつもの態度を崩すことなく笑いながら言い放つ俊紀。
「見えるかどうかは知らんが、丁度目の前にな、こちらとあちらを分ける…まあ簡単に言うと恐らくこの山の最深部と言っていい場所に居る強大な魔物のせいでこの先がダンジョン化しているんだ。ダンジョンごと破壊してもいいが、下手したらこの山が吹き飛ぶだろうな」
「…随分とんでもないことを平然と言いますね」
「こう見えても色々あったんですよ。俺達の故郷だと」
悠司の発言に眉間を抑えると同時に疑わしげな視線を送り口を開くミーナ。それを見て慌てて取り繕う俊紀を見て一旦疑うのを止めるミーナだが、俊紀は自分たちに対する疑念が視線から伝わってくるのを感じ冷や汗を流す。
「それよりも今解決するべきなのは目の前のこれなんだが、突入して原因を探り解除するか、それともこれを壊すか。この2つくらいしか方法は無いが、どうする?」
「山が無くなるのは色々とまずいので、多少危険が伴っても突入します。そもそも、この依頼を受諾した時点で自分の身の安全が確保できる何て最初から思ってないですよ…。シロノちゃんはしっかり守ってあげてくださいね」
覚悟を決めて前に進むと言うよりも半ば諦めたかのような顔で方針を決める。その顔はいつもの明るさは無く、やはり状況を重く見過ぎているのか、迷っているような雰囲気が俊紀にもわかるくらいに滲みでていた。
「まあ、何とかなりますよ。気を引き締めるのは大切ですけど、気にしすぎて自分に枷を作っても仕方がありませんから、肩の力を抜いていきましょう」
少し暗い表情をしているミーナを見て俊紀が気楽な発言をする。どんな状況に立たされていてもなお自分を崩さない様子の俊紀にある種の尊敬を抱きつつ、前を向くミーナ。それを見て俊紀は口の端をニヤリと吊り上げ頷く。
「さて、もういいか?」
「ああ、ミーナさんも大丈夫そうだ」
「何で私が貴方に心配されているんでしょう?」
「ミーナさんが似合わない表情をしているからです」
タイミングを見計らったように悠司が口を開く。本来は逆であるべきの立場に気が付いたミーナが疑問を口にすると、俊紀が悪戯が成功した子供のような顔で口を開く。それにむっとしたような顔をするミーナだが、先ほどまでの暗い表情は何処かへ行ってしまったようだ。
「…行こうか。シロノ、離れるなよ」
「ん」
「そこまでくっ付かんでも良い」
声をかけると足にしがみつくシロノを引きはがしながら黒い膜、ダンジョンの入り口をくぐり抜ける。俊紀と悠司の2人がこの形のダンジョンに入ったのは、ALO内で数か月前にとある街の近くで自然発生した時だった。その時は街のNPCすら目視できるほど入口を隠す力が弱く、また元凶も雑魚と言っていいほど弱かったため難なく突破出来たが、今回は2人がは面倒くさがるほどには難易度が高い。この形のダンジョンは元凶が強力であればある程、内部で発生する魔物の強さも上がり、ダンジョンは広くなる。この場合はこの山に出現する魔物と同種類のクラスでいえば3つほど高い強さの魔物と、山の中腹から頂上辺りまでの広さのダンジョンと言ったところだろう。
「…特に見た目が変わるわけではないんですね」
「見た目は変わりませんが、気配を探ってみるとなかなか賑やかなことになってますよ」
俊紀に言われ、自分も周りの気配を探るのに集中する。すると、自分たちから一番近いところで10メートルほどのところに魔物が8体ほど固まっているのがわかる。索敵範囲を100メートルにすると数えるのが面倒なくらいには魔物の気配が引っかかる。
「結構居ますね…」
「はい、この感じだとダンジョン内に軽く4ケタ、強さをランクでいえばBの上位くらいでしょうか。でも連携が出来そうな魔物は少ないはずでしょうし、全ての魔物を倒さなくてはいけないわけではないので出来るだけ戦闘は避けて行きますよ。悠司、頼んだぞ」
「…任された。この程度ならダンジョン内全体でも把握できる」
俊紀に先行を任された悠司が迷いも無く歩き始める。その横にシロノ、後ろに悠司とミーナが続く。悠司は常に索敵をしながら進んではいるものの、やはり向こうに気付かれてしまえば真正面から戦うしかない。魔物の索敵範囲を避けながら進むため、なかなかに奇怪な進路を取る。
進み始めて約5分ほどだろうか。不意に悠司が立ち止まる。
「気付かれた。武器を抜いておけ」
「お前にしては気付かれるのが早いな」
「それだけ数が多いのと、それから自然に見えて誘導されるように魔物がこっちに近づいてきている。恐らく元凶には俺達の侵入がばれているんだろう」
ため息を吐きながら悠司が答える。そして悠司がシロノの前に立ち剣を握ったところで魔物が飛び出してくる。
「さ、サーベルダイガー!?」
「1、2、…5体か。ミーナさん行けますか?」
「1体なら何とか…」
「なら、それが終わったら加勢してくださいね!」
その言葉と同時に俊紀が前に躍り出る。一応実力を隠すために手を抜いてはいるが、それでもミーナがぎりぎり目視できるくらいの速さである。それを見て驚いたミーナが一泊遅れて自分たちの左側に移動し始めていたサーベルタイガーに切りかかる。周りの状況を観察し、自分の思った最善の策を取れるところはさすが上級冒険者と言ったところだろうか。
「悠司、そっちは平気か?」
「ああ、だが早めに来てくれるに越したことは無い」
シロノを庇っているため下手に動けない悠司に俊紀が声をかける。俊紀は前に出ているため、ミーナは苦戦しているのか、悠司をシロノから少しずつ離れて行く。2人が担当している以外の3匹のサーベルタイガーが悠司とシロノの2人を狙っているのだ。
「この山に居た獣系の魔物で一番強かったのは精々グレートウルフ程度だったが、ここまで変化するとは思わなかったな。それにしてもイヌからネコにどうやって変わったのやら」
「…敵?」
「ん?ああ、危ないからな。離れるなよ」
悠司に庇われ、くっついていたシロノが珍しく口を開く。くっついているのは危機感を覚えているのか、それともただ単に言われたことを守っているだけなのかは分からない。しかし、悠司の陰に隠れがらもその目は興味津々と行った様子でサーベルタイガーを観察している。
1分ほど睨み合いが続いただろうか、悠司を中心として円を描くように動いていたサーベルタイガーの1匹が動きを見せる。丁度悠司の後ろに来たところでその鋭い爪を振りかぶり飛びかかって来たのだ。もちろん、それを把握した悠司はそちらを向き迎撃しようとするが、振り向き背中を見せたのを見て他の2匹が爪と牙を光らせ襲いかかってくる。
それを把握した悠司がやれやれと呟き、魔法を使う…よりも先にシロノが動いた。
「…アゾット」
シロノが短く呟くと同時に、柄に宝石の付いた短剣がどこからともなく大量に現れ、その無数の刃で3匹のサーベルタイガーを串刺しにしていく。悠司もこればかりは予想すらしていなかったようで驚愕に目を見開きシロノを見つめる。
「悠司、こっちは終わったぞ。お、そっちも終わったのか。流石だな」
丁度サーベルタイガーを倒し終わった俊紀がこちらに戻ってくる。彼の来た方向には完全に骨格が変形している無残な死骸が転がっている。そして、こちらの状況を見ると、悠司が既に倒し終わったものと見たらしく口を開く。
「いや、俺は何もしてない」
「え?じゃあ一体誰が…」
「ん」
それに対する悠司の答えに疑問を持つが、小さく自己主張する手がその答えを明らかにする。悠司と同じく驚いた様子を見せる俊紀だったが、それよりも重要なことを思い出しその表情を焦りへと変える。
「ミーナさんはどっちに行った?」
「…こっちだな。戦闘音もしている」
ミーナが居ないことを思い出し、どの方向に離れて行ったかをスキルを使い見つけ出す。それと同時に悠司はシロノを抱えて走り出す。彼にしては珍しく多少焦っているようだ。
「スキルの準備をしておけ。向こうには魔物が集まっている」
「了解!」
木々の間を通り抜けていると開けた空間、と言うよりは木々が怪力によりなぎ倒され広がってしまった空間に辿り着く。彼らの視界には気を背面にしてサーベルタイガーと戦っているミーナの姿。そしてその更に背後から魔物の大群が向かってきているのがわかる。
「ピアッシングナイフ!」
「闘気砲!」
木に背中がぶつかり、一瞬動きが止まったミーナを斬り裂こうと腕を振り上げたサーベルタイガーを悠司が貫通性ある、発動が早く自身の筋力に攻撃力が比例するアーツで貫く。俊紀は後ろから来ていた魔物の群れに自らの闘気を練りかためた弾を撃ちそのアーツの特性の爆発により群れを蹴散らす。
「間に合ったようだな」
「ああ、ギリギリってところか?」
悠司の正確な攻撃により心臓を撃ち抜かれ崩れおちたサーベルタイガーの下敷きになってしまったミーナを助け出しながら悠司に返事をする。
「すみません、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ遅くなってすみません」
自分を助けてくれた俊紀にお礼を言いながら服の裾の汚れを払って立ちあがり、剣を鞘に収める。事路どころ怪我をしているのが目に入った俊紀は自分の持ち物からポーションを取り出し手渡す。
「かすり傷ですし、要らないですよ」
「この先何があるかわかりませんから、一応回復はしておいてください。俺も悠司も回復系の魔法は使えないので」
「…わかりました」
受け取るのを少々渋ったが、心配そうな俊紀の顔を見て自らの意見を折り、ポーションを受け取りその場で飲み干す。そしてここで悠司が口をはさむ。
「…しまったな。さっきの爆発で魔物が集まってきている」
「マジか…しょうがない、走る?」
「俺は構わないし、シロノは俺が抱えるから良いとして、そいつはどうするんだ?」
周りの索敵をして苦虫を噛み潰したような顔をした悠司に俊紀が適当に案を出す。しかし、問題点を突きつけると共にミーナの方を見やる悠司。それを見て少し考える素ぶりを見せた後、再び口を俊紀が口を開く。
「…じゃあ俺が持って走る」
「えっと、何の話をしているんですか?」
「周りから魔物が近づいてきていて、逃げるときに貴女をどうやって運ぼうかと話していたんですよ」
「で、俊紀さんが私を抱えて走る…ってことですか?」
「まあ、そういうことですね」
「…えっと、本当に抱えて走るんですか?」
ここまでの話をほとんど聞いていなかったミーナが俊紀に質問をする。そして、その内容を聞いて顎に手を当てて考えた後、顔を赤くして同じ質問を繰り返す。それを見て悠司がため息を吐く。
「もう時間が無い。余りもたもたしていると囲まれる。俊紀、良いから早く」
「仕方ないな…。失礼しますね」
「あ、はい…」
悠司の様子を見てこのままだと本当に囲まれそうだと判断した俊紀がミーナをお姫様だっこの形で持ち上げる。途端にミーナは借りてきた猫のようにおとなしくなり顔を俯かせてしまった。そして、次の瞬間には足に力を込めて走り出す。
片腕にシロノを抱え前を走る悠司の後ろを負う俊紀。前から時々飛んでくる魔物の部位は前を走る悠司が倒しているのだろう。後ろにはもちろん追いかけてくる魔物も居るが、この2人のスピードには付いてこれず後方へと消えてゆく。
「このままボスの居る所まで走り抜けるぞ!」
「了解!」
「こ、このまま行くんですか!?」
「幸いボスが居るところはダンジョンの外のようでな、他の魔物に追いつかれるよりはましだ」
悠司の言葉に悲鳴とも取れる声で叫ぶミーナ。しかし、理由を聞いて納得したのか、それ以降は何も言わなかった。シロノはもともと人形のように悠司に抱えられぶら下がっているだけである。そもそもボスの事を脅威に思っているのかすら怪しい。
「…抜けたな。着いたぞ」
走ること十数分。一体どれだけの距離を走ったのか怪しいところだが、ダンジョンとは空気が変わったのを感じ取り、足を止める悠司。それにならって俊紀もミーナに負担がかからないように立ち止まる。その場所は木々に囲まれた場所には似つかわしくない、不自然に出来た広い空間だった。良く見れば周囲の木が最近になって焼かれたのか、ある程度原形を残したまま炭と化している。
「…あー、大分面倒な相手だな」
不意に空を見上げた俊紀が呆けたように言い放つ。巨大な体躯、それを覆う頑強な鱗。強靭そうな顎、丸太よりも太い四肢、そしてそれらを支え、更には空中を自在に飛ぶことを可能としている1対の巨大な翼。東洋に伝わる龍ではなく、西洋で伝説上の存在と謳われる竜、ドラゴンが丁度戻って来たのか、こちらへと飛んでくるのがこの場に居る誰の目にも映った。
そして、降りてくる灰色のドラゴンを討つべく戦闘態勢を取る。
「鱗が灰色か…まだ弱い方で助かったなぁ…」
「さて、ボス戦と行こうか」
さて、ようやくミーナさんがヒロインをし始めた気がする。
え?そんなことは無い?そんなバカな。
次の投稿は…いつでしょう。書き終えたら投稿します。




