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第十話

「あ、おはようございます」

「はい、おはようございますトシキさん」


 前日、調査対象となっている山から少し離れたところにある村に無事に到着し、宿をとり一晩を明かした朝、目を擦って眠そうな様子のミーナに俊紀が声をかける。俊紀は先ほど宿の外にある井戸で顔を洗って来たばかりであり、その手には顔を拭くものとして使ったのだろうハンカチらしきものを持っている。


 余談だが、悠司と俊紀が使う日用品や俊紀の武器、防具を除く道具類は悠司がスキルで作ったものが大半だったりする。しかし、その場合は使い捨てである。ちなみに、このハンカチは店で買った物だ。


「ユウジさんはどうしたんですか?」

「寝ていたベッドにシロノが潜り込んでて顔青くして部屋の机に突っ伏してますよ。そろそろ朝食ですし、呼んできますか?」

「隣のベッドを見て居なくなったと思ったらそっちに居たんですね。10分くらいしたら呼んできてください。その間に私は顔とか洗ってきますので」

「分かりました」


 そう言って、宿の外へと水を汲みに行くミーナを見送り自身はストレッチを始めた俊紀。






 10分後、ミーナを除く自分たちの泊まっていた部屋をのぞいた俊紀が見たものは、机に頭だけを乗せ、うつ伏せになっている悠司とその向かい側の椅子に座り、悠司の頭を撫でているシロノの姿だった。シロノと悠司に顔を洗ってくるよう促すとシロノが悠司の手を引いて一旦宿から出て行く。


 そこから更に10分ほど経った後、悠司とシロノ、それからミーナが戻って来た。悠司の顔色は回復しており、シロノはミーナが代わりに手をつないでいる。にこにことするミーナとは裏腹にシロノはやや不機嫌そうに頬を若干膨らませているが、ミーナは気付いていないのか、それとも気がつかないふりをしているのかは不明だが、そんなシロノを気にせず宿の宿泊部屋とは別にある食堂の席に座る。


 席に関しては俊紀が既に取っていたので特にもめ事も問題も起こることは無く、それどころか不審な影の情報からか、彼らと宿の関係者以外に人は居ない。


「それで、今日はどうするんですか?」


 朝食が運ばれてくると俊紀が今日の予定について聞き始める。


「今日はシロノちゃんの戦闘能力でも見ておこうかと」


 対して、ミーナが考える様子も無く答えを返す。俊紀も悠司も、昨日の昼食の時の会話から大体の察しはついていたのか、このこと自体に口を出すことは無いが、少し間をおいた後悠司が口を開く。


「…まあ、それは良いとしてシロノには何をやらせるんだ?流石に近接なんかは無理があるだろうし、かといって弓は持ってないし、子供でも扱えるほど小さいものになると火力不足だ。それに、魔法は適正と時間をかけた修練が必要になると思ったが」

「いえ、戦闘能力と言っても武器や魔法の扱いを見るわけではありません。身体能力と魔力量を測るだけなので短時間で済むはずです。武器はナイフあたりでも持たせておけば良いですし、魔力量は魔力を放出してもらえばわかります。」


 悠司の問いに自身満々といった様子で答えるミーナ。その直後にスープが気管にでも入ったのか、咳き込むミーナ。その様子に悠司はやれやれといった様子で首を振り、俊紀はミーナに大丈夫か確認をとる。話題の中心に立っているはずのシロノは何も気にしていないどころか、何かを話していることすら耳に入っていないような様子で黙々と目の前の朝食を食べている。相変わらず表情が乏しい。


「ところで、シロノには何をやらせるんですか?」

「ある程度の距離を走ってもらったり、手ごろな大きさの石でも投げてもらうって感じですかね」

「…普通だな」

「まあ、普通だよな」

「貴方達は何を想像していたんですか…」


 ミーナから返って来た、自分達の想像を大きく裏切ってのごく普通の小学校でもやりそうな内容に拍子抜けする2人。その様子に呆れを滲ませるミーナ。ファンタジーというからには自分たちの常識など通用しない物が多いのではないかと覚悟をしていたが、意外にやることは世界が違っても同じような物が多いのだと実感する2人であった。







 朝食を終え、荷物を持って出てきた場所は振り向けば村の入口が見えるくらいのそこまで移動に時間がかからない草原であった。周りには障害物らしいものも無く、これと言った目の届かなくなるような場所も無く、魔物の姿も見えない。…仮に障害物が多数あり、目が見えなくともこの2人、特に悠司は魔物などが襲ってきても的確にその場所を見破ることが出来るのだが。


「ここなら十分運動もできますし、魔物に襲われるような心配もありません。最近は魔物の影らしき情報が出てしまっているか、子供たちも家に篭っていますが、普段はこの辺で走り回ったりしているものです」

「このあたりだと山に篭って魔物は余り出てきませんからね。逆に金銭目的で魔物を狩るならすぐそこの山に篭れば良いこの村は結構条件が良いのかもしれませんね」

「はい。私も1年ほど前まではこの村を拠点に魔物を狩ってお金を稼いでましたし。今は大量発生と謎の大型の魔物のせいでほとんど居ないかもしれませんが」


 実のところ、村が出来る前までは魔物は山から結構数降りてきては居たが、この場所に村を作るときの土地整備とこのあたりに蔓延っていた魔物を殲滅した人の影響でここら一帯が半ば聖地と化しているのだが、この場にいる全員そのことは知る由もない。大抵魔物のよりつけない聖地はこの世界に何かしらの影響を与えるエネルギーを流している地脈、もしくはそれに準ずるものに影響され自然と出来るのだが、人の手でできた物と自然にできたものを見分ける手段は今のところ見つかっていない。


「さて、まあ最初は短い距離を走ってもらいましょうか」


 一旦話しを切った後、何を考えるわけでもなく口に出して自分の考えを口に出すミーナ。その後、屈んでシロノと目線を合わせる。


「シロノちゃん、これから少しここから離れるけど、私の合図が出たらこの2人の居る方に向かって思いっきり走ってほしいんだけど、良いかな?」


 ミーナの言葉に黙って頷くシロノ。ミーナが目線を合わせた時にペンダントのようなものを弄っていたため言葉はちゃんと通じているだろう。シロノが頷いたのを確認してからシロノの手を取りある程度の距離を歩いて離れていくミーナ。そしてこれくらいかと感じたところで足を止める。その距離は大体100メートルほど。シロノの歳を考えれば約20秒で走れば身体能力が十分すぎるほどに高いと言えるだろう。


 一方、俊紀と悠司は、少しずつ離れていくミーナとそれに引かれるシロノを横に並んで眺めがら自分たちの日本での身体能力を思い出す。2人とも運動自体は嫌いではないが能力がそこまで良いかと言われればそうでもなく、しかし努力をすればそれなりに伸びて居たため、体育の成績は悪くは無かった。そんな他愛もないことを思い出し、話しながら待っていると用意が出来たようだ。こちらに確認を取ってきている。


「お、そろそろか」

「こっちに特に問題は無いだろう」


 手を振って確認を取るミーナに手を振り返して合図を出すと、念のためにと言ったところだろうか、シロノと少し話し、それからこちらに指を向けているのが見える。そしてミーナが手を振り上げ、そのまま振り下ろす。






 それからどれほどの時間だっただろうか。一瞬、刹那、あるいはもっと短いかもしれない。手が振り下ろされ切ると同時シロノと悠司の姿が消えたかと思うと、すぐ横に居た悠司は20メートルほど後方で倒れており、シロノはそんな悠司にがっしりと抱きつき上に乗っかっていた。俊紀は後ろを見て驚愕を隠しきれず、悠司は何か困ったような顔をしており、ミーナに至っては手を振り下ろした姿勢のまま辺りを見回している始末だ。


「ゆ、悠司!大丈夫か?」

「…フフ、速いなコイツ。普通に見える速さだったが初速とそこから更に加速したのとそれに耐えきれる耐久力についての考察で頭が埋まっていてな…。抱きつかれた瞬間まで体が一切動かなかったし、跳び付かれた後どうなるかなんて予想はできていなかった」

「意外に冷静だな」

「こう何度もやられれば多少は慣れる」

「大丈夫ですか!?」


 ここでようやくこちらの事態に気が付き、ミーナが走って来た。一見重傷を負ってそうな悠司だが、シロノが跳び付いた時点でシロノを優しくキャッチし、しっかりと受け身まで取っているのだからその能力の高さがうかがえるところだろう。悠司が倒れている理由は、平然と立っているのを見られては自分たちにどんな疑いを持たれるかが不安だったからである。


「…次は何をします?」

「ま、まあこの石を…あの木に向かって投げてもらってどのくらい飛んだかを測ろう…かな」


 驚愕の余り敬語を使うことも忘れてそこそこ離れた場所に生えている木を指差すミーナ。昨日の昼食の時の木ではない。


 …結果は言わずともわかるかもしれないが、シロノの投げた石はそのまま真っすぐ、プロ野球選手の球など比較にもならないくらいの速さで飛び、飛んで行った進路の草がハラハラと舞い、一瞬遅れて強い風が吹き、衝撃で木が倒れることも無くそのまま貫通していったという事態を見た俊紀と悠司は何も見なかったと言う様子で目をそらし、これも目視すること敵わなかったミーナはとりあえず石を投げたであろう方向に、石を探しに走って行った。







「…運動能力は、測るのをあきらめましょう」


 戻って来たミーナが最初に発したのはそんな言葉だった。その表情は超常現象を立て続けに見てしまった人のように困惑に染まっており、そんな顔をミーナを見た俊紀と悠司は目を合わせとても気まずそうにしている。この原因となっている悠司に張り付いている幼女は何かを気に負う訳でもなく、相変わらずの無表情である。変わったことと言えば自分が関わらない時間が退屈なのか時折ゆらゆらと横に揺れていることだろう。


「えっと、運動能力の次は…魔力でしたっけ」

「はい」

「どうやって測るんですか?」

「えっと、結構荒技ですが、威圧系スキルと同じような感じで魔力を周りに放出してもらってその威圧感で測ってみようかと」

「確かに随分な荒技ですね」


 ミーナの考えに俊紀が苦笑気味に答える。ちなみに威圧系スキルは複数あり、各ステータスに比例するものが少なくとも一種類は存在している。悠司は取っていないが、俊紀は自身の攻撃力に比例するものを習得している。


 この威圧系スキルと言うのは相手を怯ませるだけでなく、戦意を喪失させたり自らに攻撃対象を移す、場合によっては相手を硬直状態にさせたり、発狂させるなどその度合いによって効果が変化する。もちろんこれは調節可能である。ALOではこのスキルを使いこなしていたプレイヤーが威圧スキルのみでクエストをクリアするなどの実績をあげていたりする。


 2人がそんなことがあったな、などと思いだしているとシロノに説明が済んだのかミーナがシロノを連れ1メートルほど離れてからこっちに戻ってくる。


「じゃあ、始めますね」


 シロノ、それから2人にも確認を取った後ミーナが一つ頷くと、周囲に凄まじい魔力が迸る。この小さな体のどこにこの膨大な魔力が蓄えられているのかと思うほどで一瞬で空気ががらりと変わったのが肌で感じてわかる。俊紀と悠司はその魔力量に感心した様子を見せ、ミーナは全身を襲う圧迫感と自分がそこらに転がる小石のように小さくなってしまったような錯覚を受け、身動きが取れなくなっている。






「…結局魔力量以外は大体のことすらわかりませんでしたよ」

「そうか」


 我に返った後、宿に戻りがっくりと肩を落とすミーナ。自分が身動きが出来なくなるくらいにはシロノが魔力を持っていることしか分かっていないミーナだが、簡単に使える魔法を教えれば何とか戦闘で薬に立つだろうくらいにしかミーナは思っていないが、俊紀と悠司はここで再び厄介な拾いものをしたと頭を抱えていたのだった。


「何はともあれまだ日も昇りきっていませんし、もう山の調査に行きましょうよ」


 暫く続いた沈黙の後、これ以上は何を測ろうとしても無駄だろうという結論にたどり着いた俊紀が口を開く。それにミーナが顔を上げる。


「魔力があれだけあるとは言え、心配点が多すぎると思いますよ?」

「…問題は無い」

「俺は悠司と同意見ですかね、恐らく魔力の制御もちゃんと出来るでしょうし、魔物からも身を守れますよ」

「そうですかね…?」


 悠司、それに続いた俊紀の言葉に眉間に軽くしわを寄せるミーナ。しかし、2人がここまで言うのにはちゃんとした理由、もとい検証結果がある。ミーナが放心状態の内にミーナに気付かれないよう悠司が色々な魔力の使い方、更にはスキルを見せたところ、魔力の扱いに関しては非の打ち所がないほどに制御して見せたのだ。悠司のみせたスキルにしても、8割方真似をして見せた。もちろんそれだけ再限度が高ければ武器は刃物ならしっかりと斬れるものが作れるし、杖ならば魔力の効率もあげることが出来る上、どの武器の大きさも自分に合った大きさにすることが出来ていた。また、これまでの戦いを見て魔物と戦えそうかも聞いたところ、考えるまでも無くシロノ本人が首を縦に振ったのだ。


 これだけの才能を持ち合わせていれば十分だろうと思い、悠司は問題ないと言い切り俊紀はそれに賛同したのだ。そしてこの2人の妙な自信を感じ取ったミーナが再び口を開く。


「じゃあ、多少不安ではありますが行きましょうか」


 ミーナは残念ながらも、自身を含めたこの4人の中で一番戦闘能力が低いことに気が付いていないが、万が一の場合が起きても全員が生き残れるように、一旦部屋に戻り、俊紀と悠司からすれば過剰にも思える準備を済ませてくる。その間、俊紀と悠司はシロノに何が出てきても慌てないことが大切だと言い聞かせ、戦闘の基本のいろはを教える。


 そして、ミーナが戻って来た後再び4人は村の外に出る。しかし2度目のその足はしっかりと山へ向いていた。

次の投稿は…多分土曜日です。


感想、愚痴、不自然な点などあったらご自由にどうぞ。

紙に書き写した後袋に入れて友人に届けたあと、その返答を友人に丸投げします。

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