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第九話

 日が昇ったばかりの宿の一室。ここは俊紀と悠司、2人の共同部屋であり広さもそこそこと言うところで、もちろんベッドは2つあるのだが片方のベッドに人の姿は無く、その代わりに椅子に虚空を見つめ、真っ青な顔のまま背中を背もたれに預け疲れ切った様子の悠司の姿があった。


 その原因はもちろん昨日遺跡で拾って来た少女であり、昨晩悠司がこの少女にベッドを譲ったはずで自分が寝る前には確実にベッドで寝ていたはずなのだが、日が昇り始めたかどうかという時間帯、悠司が悪夢にうなされ目を覚ますと譲ったはずのベッドではなく、悠司の膝の上で少女が寝ていたのだから、子供が苦手な彼の気持ちがわかると言うものである。一部の人からすればご褒美かもしれないが。


 また、そこまで苦手ならば少女をどかせばいいと思うかもしれないが、その際に起こしてしまっては可哀そうだという、悠司のなんだかんだで子供が好きな一面がそれを許さない。それに伴って、少女が悠司の膝の上から落ちないように抱いているのが更に何とも言えない、彼の面倒くさい性格を表している。






「悠司、大丈夫か?」

「逆に大丈夫に見えるか?」

「…いや、全然」

「はぁ…」


 約3時間後、青い顔をした俊紀と悠司が少女を連れて朝食の席についていた。なお、宿の主人と食事関係を請け負っている彼の奥さんは、俊紀達が少女を連れていることを最初は何か危ないことをしようといているのではないかと疑ったが、2人は昨日の帰りの途中で迷子になっていたのを拾ったと理由を付けて誤魔化している。


 少女の朝食は宿の代金も含めて支払っていないため、食事に関しては追加料金を取られたが、部屋はそのまま共同で使っているため金を払う必要はない。


「…ギルドに言って正直に話すか…」

「それは色々まずいんじゃないか?特に遺跡に居たってところが」

「それはそうなんだが…」


 朝食として出てきたパンを一緒に出てきたシチューに漬しながら会話を続ける2人。そんな2人の会話など気にせず、自分の事だとも思わずに黙々と小動物的な可愛さを醸し出しながら朝食を続ける少女。近い位置に居ると言うのに、なぜか全く別の空間に居るのではないだろうかと錯覚させるようなこの2つの空気を融合させたのは、勢いよく開かれた宿の扉の音であった。


「トシキさん、ユウジさん!ギルドマスターから緊急の呼び出しです!すぐ来てください!」

「まだ飯食ってるからその後で良いか?」

「…その程度なら…、どうでしょう?」

「いや、俺達に聞かれても困りますよ。呼ばれてるのこっちですし」


 息を切らせて宿の扉を開け、2人に話しかけてきたというのに悠司の真顔での返しによって何もなかったかのように平常運転へと移行するミーナ。そんなミーナに多少困惑しつつも真面目に対応する俊紀だったが、ミーナの目線は既に悠司の隣に座って静かに朝食を食べている少女…と言うにはやはり幼い、まだ自分と言うものが確立していないような年齢だと思われる子供に移っていた。


「その子、どうしたんです?」

「…ギルドに言ったら説明しよう。遅かれ早かれ気付かれるのは時間の問題だったし、俺達も対応に困っていたところだからな」

「面倒なことになりそうな匂いがプンプンするんだが、大丈夫か?」

「そもそもここに居ること自体が面倒なことだろう」


 この先の事を考えると気が重くなる2人の心中を全く察すること無く、会話の内容のみを聞き頭に疑問符を浮かべながら、目の前の少女に首を傾げるミーナだった。






 場所は変わり、ギルドの応接室。俊紀と悠司が横に並んで座って、その向かいにはミーナとギルドマスターであるジンが座っている。そして、悠司の膝には当然のように少女が陣取っている。これによって多少悠司の顔色が怪しいが、そんなことは誰も気にしていない。唯一心配して居るのは俊紀くらいなものだが、場の空気に押され声をかける余裕も無い。


「さて、今日来てもらったのは緊急の依頼を頼もうと思っていたからなのじゃが…、その前に少し聞いても良いかの?」

「…どうぞ」

「ユウジ…の膝に座っている少女は一体どこから連れてきたのかの?」

「…遺跡で拾いました」

「え!?だってトシキさん遺跡では特に何も見つからなかったと…」

「これから説明しますんで、少し静かに聞いてください」


 と、場が静まったところで俊紀が話を始める。所々、特に自分たちの能力に関わるところは伏せ、不自然にならない程度に自分たちの体験したことに色を加えながら語る。この間、悠司と遺跡で拾って来た話をややこしくする原因となった少女を含み、俊紀以外の全員が一切口を開かず、沈黙を守っている。そして、俊紀が話し始めて十数分が経過した頃、俊紀が口を閉ざしジンが口を開く。


「…大体の事情は分かった、しかし、だからと言ってその少女をわしらに何の報告も無しに居るのは行かんぞ」

「報告をすれば引き取られ、最悪研究材料だと言って実験や解剖をされかねないと思ったんですよ」

「そんなことはせんよ。いくら遺跡から見つかったからと言って何でもかんでもバラして調べるような連中でもないし、人が出てきたのなら何故この時代まで生きているのかを聞く程度じゃろう」

「そう言いきれる理由がよくわかりませんが、まあ置いておきましょう。ところでこの少女は結局どうすれば?」

「学者たちは今日の早朝に別の街に行ってしまったからのぅ…、おっと、忘れるところだったわい」

「何でしょう?」


 少女をどうすればいいのか分からずジンに相談しようとした俊紀だったが、突然話を切り替えるジンに少し首を傾げる。


「その学者達から先刻連絡があってな、山の方で不審な影を見かけたそうなのじゃよ。それをこちらに伝えた後、向こうは予定通りに他の街に行ってしまったから、お主らと、ミーナに実態を確かめてきてもらいたくてこっちに来てもらったんじゃ」

「あ、はい」

「私もですか?」

「そうじゃ、良い経験にもなるじゃろう」

「それで、この少女は…」

「お主らで預かってくれ。正直わしも対処に困る」


 ジンの正直すぎる返答に苦笑する俊紀。悠司にとってはご愁傷様とも言うべきことだが、子供が苦手だと言うことを知らないジンにしてみれば、そうでなくとも、誰であってもこういう身分のわからない人間が絡む面倒事は出来るだけ避けたいので、どちらにせよ俊紀と悠司に面倒を押しつけただろう。


「じゃあ行きますかね。悠司、行くぞ」

「…分かった」

「悠司さんは何でそんなに疲れた顔してるんですか?」

「放っといてやれ」


 妙に疲れた様子の悠司を気にかけるが、俊紀に放っておけと言われたので悠司の様子を不思議に思いながらも依頼の為の準備に入るミーナであった。






 約20分後、門の前には手早く準備を済ませたミーナに連れられる俊紀と悠司、そして何も分かっていない様子の少女の姿があった。俊紀達は何か特別な物を持っている様子も無く、それだけにミーナの万全に万全を期した恰好が周囲からは滑稽に映っている。


「いくら何でも持ち物が多すぎる気がしませんか?」

「貴方達がおかしいんですよ!最初に会った時に買った装備のまま新調もせず、武器も持たない上、何かあった時野宿するための道具は持たないで、その上、この子は服1枚じゃないですか!」

「下着くらい着けさせてますよ」

「それを防具とは言いません!」

「俺達の知り合いには鉄でできた鎧よりも防御力を持った服を着ている奴もいたもんだがな」

「ああ、居たな。一体何をすればあそこまで丈夫な物が出来るのかと思ったもんだが、そこから1カ月後には大分出回ってたな」

「え、えっと…」


 突如次元が違うのではないかと言う話をされて頭が痛くなってくるミーナ。ミーナ自身も同じような話は聞いたことはあるが、大体は寿命で死んでしまっていたり、おとぎ話のような物であるため、信憑性が低いと言うこともあり、何をそんなことを鵜呑みにしているのかと、ため息も漏らす始末である。


「…で、その子はちゃんと守ってあげられるんですね?」

「そういえば名前とか聞いてなかったな」


 ミーナが若干話題をそらしたところで、俊紀がこの事実に気がつく。そもそも、遺跡で俊紀に悠司から引き離されそうになった時と、扉を開けたとき以外言葉らしい物は聞いていない上、自己主張の類も無くコミュニケーションもまともに取っていないのだ。


「よし、悠司。頼んだ」

「おい、何でそこで俺が出てくる?」

「いや、だって今のところお前が一番仲が良いだろ?」

「そうなんですか?」

「そんなことはない」

「でも、ユウジさんから離れませんよね、その子。どう見ても傍目からでは貴方になついているように見えますよ?」


 自分にとって最も辛いと言えるであろう事柄で役目を押し付けられる悠司。また、他の人間から見ればそうとも見えなくもない理由で逃げ道を潰そうとする俊紀に、客観的視点から見た言い文を加えられ、結果、逃げ道を完全に潰された悠司が渋々と言った感じで少女に話しかける。


「…遺跡の時と同じ言葉で話せるか?」


 体がまるで全身錆だらけになったかとでも言うようなぎこちない動きでしゃがみ、少女と目線を合わせ話しかける悠司に、意味は伝わったらしく、無表情のままの頷きで返す少女。その後、首飾りの青い宝石を弄ると、口を開く。


「ん、正常」


 遺跡の時にも聞いた、鈴が鳴るような、それでいて感情を含まない、静かな声。静寂の中であれば辺りに響き、喧騒の中であれば飲まれてしまうその声に、遺跡であったことが脳裏をかすめ、悠司の顔色が一気に悪くなる。


「…名前と年齢…、それから…何で俺にくっつくのか詳しく…」

「名前…シロノ?年齢?…9…くらい?」

「随分曖昧だな…、で、シロノ…だったか?最後の質問に対して何か」

「安心…できる?」

「何でそこまで疑問形なんだ…」


 容量を得ない返答にがっくりとうなだれる悠司。そんな悠司の頭を小さな手でよしよしと撫でるシロノという少女。それを見て笑いを堪えている俊紀を尻目に、ミーナが口を開く。


「で、シロノちゃんは何で遺跡に居たのか分かる?」

「……覚えてない」

「ん、そっか。ありがとう」


 ミーナの質問に少々の沈黙の後、返事を返すシロノ。やはり無表情なので何を考えているのか俊紀や悠司、察しの悪いミーナは尚更わからない。ただ、傍目から見ても当事者たちから見ても確実に言えるのはなぜか悠司に良く懐いていると言うことだけだ。


 なお、ここまでのやり取りで、悠司がシロノに話しかけた辺りまでは会話しながら進んでいたため、時間のロスは意外に少なかったりする。しかし、目的地である山まではまだ長い。


 この調査対象となっている山だが、2週間ほど前、魔物の大量発生があった時期に俊紀と悠司の2人が行った山と同じ場所である。前回は2人のみだったので日帰りで行けたのだが、今回はミーナが居るため走って行くと言う手段が取れないのが今回の調査が長くなると思われる原因だろう。仮にミーナが居なかった場合、シロノは悠司が背負って行けばいいため、移動の速さに関係は無い。


「このペースで進んでいけば、夜には山の麓の村には着きますよ」

「そうですか、結構かかるものなんですね」

「走れば…いや、言わないでおこう」


 先ほどのやり取りが終わり、再び進み始めて5分ほどでミーナが口を開く。悠司が少し危うい発言をしそうになったが、途中で押さえる。この後ちまちまと同じような会話が続くが、重要なことは特にないので割愛する。






「日が大分登ってきましたね」

「そろそろお昼時ですかね」


 日が昇りきった頃、丘の上に1本生えている、この近くを通る冒険者や旅人などからは一休みするにはちょうど良いとされている大木の陰に腰をおろし、昼食として持ってきた弁当を広げる俊紀達。ミーナを除く3人は宿で作ってもらった物を持ってきているが、それだけでは物足りないだろうと、悠司が裏で肉は食料として使える魔物を狩ってきて調理したりしている。ミーナはギルドで買った、多数の冒険者に人気のあるバランスの取れた弁当を持ってきている。


「ああ、忘れてた。シロノは何か食べれない物はあるのか?」

「……無い?」

「何故疑問形なんだ…」


 ミーナや俊紀は自分の苦手、もしくは体質的に食べられない物を把握しているため問題は無いが、昨日拾って来たばかりのシロノはそうはいかない。アレルギーにあたるものを食べさせて危険な目に晒してしまってはいけないと考え、出来れば余り近づきたくない(と言っても常に物理的にくっついているが)気持ちを抑えつつ質問をしてみる悠司だが、やはりと言うべきか要領を得ない返答に額を抑える。朝食の事を考えると、まあ大丈夫だろうかと調理した魔物の肉を全員にいきわたるように分けて行く。


「私の分もあるんですか?」

「要らなかったか?」

「いえ、そういう訳ではなくて…」

「余り話していると冷めるぞ」


 悠司が肉を乗せた皿を当然のように全員に配ったところで、ミーナが意外そうな反応をする。基本、冒険者の間では追加の料理が欲しければ、自分で自身の分のみをとってくるという風習が半ば成り立っているため、このような反応を見せたのだ。こういうところが、異世界と、日本との違いとも言えるところであろうか。


「そういえば気になったんですが、調査の途中は必ず戦闘があると思うんですよ」

「まあ、戦闘が無いなんてことはまず無いと思うが…」

「シロノちゃんは戦闘の時とかは守ってあげるんですよね?」

「一応そのつもりだが、それなりに自分の身を守れるようにはなってほしいとは思っている」


 持参した弁当を食べきり、皿に盛られた肉へと手を伸ばしたとき、ミーナが思いついたように質問を投げかける。今回の調査だけでなく、今後も旅を続ける予定の2人からすればこの問題は避けられないものだろう。


「しかし、少なくとも俺はこの年の子供に武器を持たせるのは抵抗がありますよ」

「ついでに言うなら、本人がどう思っているのかも聞いておかないとな」

「むむむ…」


 2人からの正直な意見に顎に手を当て、考え始めてしまうミーナ。しかし、表情こそ真面目ながら空いている方の手で料理を口に運んでいるせいで真面目に考えているようには見えないのが残念な所だろう。


「まあ、そんなものは後にすればいいだろう。俺は片付けに入るからな」


 いつまでも悩みながら食事を続けていたミーナの前にある、料理が無くなり綺麗になった皿をとりながら話を切る悠司。片付けると言っても調理器具から食器まで悠司がスキルを使用して作った物なので洗う必要はなく、魔力に分解するだけで済む。


「でもまあ、今は村に着くことを優先しましょうよ。シロノの戦闘能力は明日でも良いでしょう?」

「…そうですね。1日くらい調査が伸びてもその程度の時間で何かとんでもないことが起きるなんてないですもんね」

「終わったか?出発にするぞ」


 話が終わったと判断した俊紀が、お腹いっぱいになり、昼の陽気にちょうどいい気温という条件がそろってしまい、昼寝に入ってしまったシロノを背負い、俊紀とミーナに声をかける。なお、シロノを背負った時に悠司の顔色が悪くなった事をここに記しておこう。






「ブレイク!」

「スラッシュ!」


 昼食を終え約40分後、幾度目かの魔物との戦闘を終わらせる4人。実際戦っているのは俊紀とミーナだけだが、十分な戦力と言えるだろう。


「やはりと言うべきか、魔物が多いな。いつもこんなに出るのか?」

「いえ、いつもはもっと少ないはずなんですけど…、しかも大量発生も収まってこの数と言うのは大分おかしいですね」


 楽に倒しているように見えるが、その周りにはどう少なく見積もっても30ほどの魔物の死骸が転がっている。大量発生の時に倒された魔物の数はこれの20倍を容易く越えるものの、普段の魔物発生の頻度からすると相当おかしいと言って良いのである。


「山から下りてきたって言うのが一番説得力ありそうだなぁ…」

「全体的に弱い魔物ですが、どれだけ弱くとも群れを成せばランク2つくらいの差は埋まりますから、確実に何かが居るって考えても良いと思います」


 ミーナは経験から繁殖期に入った魔物が餌を求めて山を降りてきた考えていたが、大量発生の後だと言うことを考えるとその考えも怪しいと思い始め、少し不安になってくる。ミーナの視点から見れば、実力があるとは言え何かあった時、冒険者としてはまだ日の浅い2人を守りながら戦えるかと考えると危ういと言う確率を通り越し、絶望的なところまではいってしまうことも考えられる。そうなってしまった場合はどうすればいいだろうかと思考を巡らせている。対して2人は、大物が出てきても自分の使える上級スキルを使えば何とかなるだろうと、余裕の表情である。


「まあ何かあった時は、その時はその時で」

「何かあったらもうお終いなんですよ…」


 どこまでも気楽な言葉を返す俊紀と、口には出さないものの態度がどうということは無いと言っている悠司に若干の呆れを滲ませるミーナだった。


 この後も何度か魔物との戦闘はあったものの、シロノが寝たままで居られるくらい問題無く殲滅でき、予定より大分早い日が落ちる直前には村に着いた4人だった。

実際、こういう身の危険が身近にあるような場所で主人公のように気楽に過ごせるのか大分疑問に思い始めたウェイターです。


主人公2人のせいで余りそうは見えませんが、ミーナさん本当は強いんですよ?残りの問題は普通すぎることでしょうか。


感想、愚痴、不満などありましたらどうぞ。私の答えられる範囲で返答を友人に丸投げ致します。

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