弾幕
「あ、調度良かった。魔理沙、あんたに頼みがあるのよ」
「ん? なんだ?」
「魔理沙に統治を強くしてもらおうと思って」
俺を強くする? そういえば、博麗の巫女は妖怪退治もするのだったか。
霊夢のお手伝いさんは妖怪退治も手伝えるように、ということだろう。
「えー、私がかぁ?」
魔理沙はずいぶんと不服そうだ。
自分がつけようと想わないのに誰かの稽古をつけるのは嫌だろう。
魔理沙の考えは至極最もだ。
「あ、じゃあ、やってくれたら……これあげるわ」
霊夢は先程買ってきたものの中から、一つだけきのこを取り出した。
人里に先程行った時「めずらしいわね」なんて言いながら採ってきたものだ。
見た目はすごくカラフルなきのこ程度のものだが、
それを見た魔理沙の視線はレア物でも見つけたように輝いている。
「本当か!?」
「いいわよ、私は必要ないし、あげるわ。
あ、でも、統治を強くしてくれるなら、ね」
「わかった、わかった。任せとけって」
「じゃ、頼むわね」
霊夢は魔理沙にきのこを渡すと、さっさと神社に入っていった。
魔理沙は、それを手を降って見送ると、くるりと俺を振り返った。
「じゃあ統治、お前を強くするように頑張ってみようか」
「ああ、うん。頑張るよ。で、何で戦うんだ?」
魔理沙は俺を強くしてくれるらしいが、
どうやって戦うのか、それを知らなければ始まらない。
それに、できれば殺したり何だりというのは避けたいところだ。
「『弾幕』だよ」
「弾幕……危なくないのか?」
魔理沙が言ったことが、俺には一瞬よくわからなかった。
俺の十七年の知識で弾幕といえば、銃撃戦くらいしか思い浮かばない。
「ああ、大丈夫大丈夫。怪我はするけど、死なないから……たぶん」
「たぶんってことは、万が一も一応あるわけだ」
「おう、当たりどころが悪ければ死んじまうぜ」
おそらくかなり物騒な戦闘法なのだろう『弾幕』というのは。
正直に言うのであれば、命の危険があるならば避けたいところだ。
が、今の俺にはうれしい特典が有る。元凶の零に、蘇生してもらえるらしい。
紫いわく「粉微塵になろうと大丈夫」らしい。なら、大丈夫か?
「うーん」
「大丈夫大丈夫、向こうも加減してくれるはずだしさ」
「それって希望的すぎないか?」
「……大丈夫だって!」
魔理沙は俺に大きく迫ってきた。
まぁ、そこまで言うからには……少し信じてみようか。
「わかった。じゃあ、よろしくね、魔理沙」
「おう、任されたぜ!」
魔理沙は大きく胸を叩いた。
****
魔理沙によると、『弾幕ごっこ』という決闘方法が流行りらしい。
技名として名をつけ、その名に合った技を契約書などに書き記し、
その技を相手と任意の枚数ずつ使用し決闘する。
被弾して体力が尽きるか、提示した技を全て攻略されると負けとなってしまう。
そして、肝心な部分は、美しさを争う勝負ということらしい。
勝負といえど、『殺し合い』ではなく、あくまで『遊び』らしい。
故に、当たりどころが悪かったら死ぬですんでいるらしい。
まぁ、まず最初の基本として相手の弾幕を攻略しないといけない。
そのための訓練として魔理沙が選んだのは単純なものだった。
「そらそらー! 当ったっちまうぜー!」
「弾幕の嵐とはこういうことを言うんだろうな!」
魔理沙から放たれるカラフルな弾丸が俺を襲う。
『遊び』の弾幕らしい、とてもコミカルな感覚を受ける。
遠目から弾幕を大きく見ると、撃つ必要がないはずの後方含め、
四方八方いろいろな方向に弾幕を放っている。
撒かれた弾幕は一枚絵のようであり、これで美しさを競うということなのだろう。
カラフルでとっても綺麗だ。
「………いでっ」
見とれて弾幕に被弾してしまった。意外と痛い。
当たりどころが悪いと死ぬかもしれないとは嘘じゃないな。
これを受けて倒れたのに、無理をすればそのまま死んでしまうだろう。
そんなことを考えていたら、目の前に弾丸があった。
「あいたっ」
思い切り、頭を弾丸に強打してしまう。
それによって少しふらつくと、一気にいくつも被弾してしまった。
大勢に殴られたような感覚になって、息が詰まる。
強打で怯み、落ちそうになったところを、箒に乗った魔理沙に受け止められた。
「大丈夫か? 途中まで良かったのに、一気に当たったな」
「ああ、うん。ちょっと見とれちゃってね」
「え? ああ、そうか、うん。……ありがとう」
魔理沙は照れくさいのか少し顔をうつむかせて頬を掻いた。
彼女は意外と小柄なようだ。帽子があるから気付かなかったが、
霊夢より少し小さく、ちょうど撫でたくなる高さだ。
帽子が邪魔しているので、やらないが、なかったら撫でてたと思う。
理由は、魔理沙がとっても可愛いからだ。
さて、それは置いておこう。
「魔理沙、続きをやろうか」
「あ、おう!」
今度は俺の弾幕をどうするかを考えてくれるそうな。
****
思いの外、目の前の統治は物覚えがいい。
彼が乗っているボードに弾幕を撃つ機能があるというので、
彼に撃つ側をやらせることにしてから少しだけ時間が経った。
今日はじめて使うといっていたが、案外使いこなしている。
統治の弾幕はルールにある通り、被弾を直接狙うものもあるし、
相手の動きを制限できるように囲う弾幕も存在する。
初めて弾幕を造ったとは思えない出来だと感じた。
でも、打ち出される弾幕はなぜか白と黒と赤の三色だけ。
美しさの点では、まだまだだと言わざるをえない。
「お前器用だなぁ」
私は弾幕を正面で躱しながら、一番最初に感じた印象を言ってみた。
「ありがとう。そこそこに器用なこと以外に何もなくてね」
彼はそう言って笑った。が、私にはその笑顔がどこか悲しそうに見えた。
半ばあきらめの入った、飽きたとでも言うような悲しさが。
ふと、その笑顔の質が変わる。どこか、不敵な笑みに。
嫌な予感がして、後ろを振り向く。そこには一際大きい弾丸。
「あぶっ」
慌ててそれを躱そうとすると、統治が指を鳴らした。
その音につられるように、その大きな弾幕が弾けた。
「うわぁ!」
弾けた弾幕からは、小さな弾幕が射出され、私を嵐のように襲ってきた。
躱すことはできない、ならば……奥の手だ。
****
『全方位拡散弾丸』物騒な名前の機能を使ってみた。
あえて、後方から当たるように円曲弾として撃ってみたところ、
魔理沙は後ろの弾丸に気付かなかった。
『指を鳴らして本領発揮☆』
こんなうざったい説明文に従って、指を鳴らすと、
弾丸が弾け、その中から、更に小さい無数の弾丸が魔理沙を襲った。
捉えたと、完全にあたっているはずだと思った。
次の瞬間に、大きな大きな光が空に向けて放たれるまでは。
「ふいー、危なかったぜ。危なく負けるところだった」
「……何あれ」
「あ、あれか? あれは私の『マスタースパーク』だぜ」
『マスタースパーク』つまる所は極太レーザーといったところか。
あれで、自分への弾丸を全部吹き飛ばしたのか……無茶苦茶すぎる。
「どんな火力してんだよ」
口から出た素直な感想。魔理沙はそれに頷いた。
「そう、どんな火力ってこんな火力だ。
いいか、弾幕に必要なことをもう一個教えてやる。
弾幕はパワーで決まる。弾幕はパワーだぜ」
「弾幕はパワー」
そうか、さっきみたいな細かい弾幕で追い詰めて、
高火力で吹き飛ばすのがいいのか。そうか、そうなのか。
「なるほど、よくわかったよ魔理沙」
「ふふん、魔理沙師匠って呼んでもいいんだぜ?」
胸を張る魔理沙、これは乗るべきところか……乗ってみよう。
「魔理沙師匠!」
「ああ、どうした?」
「ご指導ありがとうございました!」
「おう、いつでも頼ってくれよな!」
ここまで言ったところで、二人共が真顔で見つめ合った。
数秒後、俺達の間で大爆笑が起こった。
「師匠って……似合わねー」
「うんうん。私も師匠って柄じゃないしな」
こうして俺は基本的な弾幕を覚えた。
次は、スペルカードだったんだが、その前に霊夢に呼ばれてしまった。
「早く入りなさい。ご飯にするわよ」
「え? 私も食べていいのか?」
「統治が世話になった礼よ。きのこのおまけ」
「本当か? いやー得したなー」
そんなことを言いながら、魔理沙は神社に入っていく。
俺もその後を追いかけた。居間には霊夢の味噌汁の香りが漂っていた。