アリス・マーガトロイド
魔理沙とゆっくり紅茶を楽しんだ後は、魔理沙の案内で森のなかを探検することになった。
上空から見た森は一見普通の森だったが、地上から見てみると、普通とはかけ離れたものだった。
動いたり光ったりする木もあったり、そこにいる生き物達も、紫に光っていたり、触れたところが凍っていたり、とおおよそ普通じゃないものばかりだ。
魔理沙に聴いたところによると「この森に生えてるキノコの胞子で突然変異したらしいんだ」とのこと。
吸引するだけで突然変異を起こす胞子なんてどう考えたって体に悪そうだ。ハエに放射線を浴びせて、無理やり突然変異を起こすなんて言う昔の実験が自然に起こるなんてたまったもんじゃない。
まぁでも、マスク無しで歩きまわってるいま気にしたところで遅いことだ。「大丈夫、大丈夫、来た時みたいなことには絶対ならないからさ」なんて魔理沙の言葉を信じたのが悪かったのだろう。
さて、一旦その話は置いておこう、今は目の前に集中しないといけない。なぜなら、目の前にはいかにも毒がありそうな紫色の針を持ち、漫画の単行本くらいの大きさの蜂がいるからだ。
横の魔理沙に向けて聴いてみる。
「魔理沙、どうする?」
「どうするったって……私の家に集合だ!」
その言葉とともに魔理沙が箒にまたがる。俺も、手にしたボードに飛び乗って、引き返して飛んだ。逃げきれるか、といえば、魔理沙と違って俺はボード、固定していないと大きく加速はできない。それに、森のなか覇気で入り組んでいる。速度は期待できない。
それのせいか。魔理沙より加速の遅かった俺は、逃げる獲物を追いかける蜂に、執拗に狙われることになった。
「マジかよッ」
小声で悪態をついて、徐々にボードを加速させる。上に登るのは得策ではない、隠れた枝に当たる場合もあるからだ。魔理沙の姿はもう見えない、さすがここに住んでるだけのことは有るといったところだろう。正直に言えば助けて欲しかったところだが、慌てていたし無理な注文といったところか。
後ろから羽音が俺を追ってきている。背中を刺されるイメージが頭をよぎり、恐ろしさに血の気が引くのがわかった。さっさと逃げなければ、。
さて、逃げるとは思ったものの、避けるのに必至で迎撃もできない。必至に逃げる以外に手も思いつかない。
行きは胞子にやられてダウンして、帰るまでの遊びの時間には生物に追いかけられる。どんな超展開だ。
ふと、追いかけて来る音が大きくなる。後ろを向けないのでなんとなくの感覚だが、背中に合った気配が大きくなった。おそらく、敵が加速した。
背中を寒いものが走って行き、冷や汗が吹き出た。相手が加速したということは、まだ早くなれるということ、なら、このままでいたら刺されるということだ。
しかし、このまま加速することは俺にはできない。逃げるしか無いと諦めかけたその時、目の前に陽の光が見えた。開けた場所に出られるらしい。俺はそこに向け、一気に加速した。
光が迫り、扉にも見える木のスキマを通り抜けた瞬間。ボードを掴んで斜め上に上昇する。上空に向けいながら後ろを見ると、蜂がまだ追いかけてきているところだった。
今なら、攻撃ができる。そう考えた俺は、御札に向かって念じながら、ビーム状の迎撃弾をつかえるようにする。そして、あるところで、百八十度一気に振り返り、弾丸を放った。
追ってきていた蜂は飛んで行くビームをぎりぎりのところで避けた。一瞬、このまま追跡されるかと思ったが、今度は蜂が回転して去っていく。迎撃されたことに驚いたのだろうか、何にしても助かったらしい。
「ふー」
安心して息をついたところで、ひたり、と頬に冷たいものが触れた。振り返ると、可愛らしい人形が、自分くらいの槍を持ってこちらを睨んでいた。
人形ということは誰か操っている人がいるのだろう。姿は見えないが、何かをしてしまったらしい。
相手は可愛らしい人形だが、武器を向けられていることに変わりはない。俺は両手を上げて、人形に声をかけた。
「ごめんなさい、何かしてしまったか?」
「あら、人がお茶を楽しんでいる時に風をかけておいて『何か』とは酷いわ」
人形から声が聞こえる。おそらくこの人形の持ち主だろう。逃げている最中に迷惑をかけたらしい。
「あーごめんなさい、巨大な蜂に追っかけられていたものでね」
「へーずいぶん災難だったわね。でも、許すとはいってないわ」
人形の主はそう答え、人形のやりは相変わらず俺を狙い続けた。
言い訳はダメだろう。ここは素直にお詫びをするほうがいいか。
「すまない、迷惑をかけたのは謝るし、お茶の用意も俺がし直すから槍をどけてもらっていいかな?」
「あら本当に? ならいいわよ。謝るだけなら指していたけど」
命を拾ったらしい。ずいぶんと運が良かったようだ。
さて、人形の主は何処だろうと周囲を見回してみる。すると、先程上昇した開けた所に、家が見えた。そして、誰かがこちらに向けて手を降っている。アレが人形の主らしい。
ボードをゆっくりと地上に降下させ、人形を操っていた本人の眼の前に降り立つ。
降りてきた俺に、彼女は微笑して言った。
「こんにちは、ご迷惑さん。私はアリス・マーガトロイド」
彼女の政府を聞いたあと、俺は少しの間固まっていた。
目の前にいたのは、操っていた可愛らしい人形よりも、もっと人形のような整い方をした。美しさと可愛らしさを保つ女の子。つまるところ『ものすごい別嬪さん』だ。
呆けた顔の俺に彼女が首を傾げたところで、俺はやっとこさ返事を返した。
「あ、ああ、俺は境統治っていうんだ。博麗神社に住まわせてもらってます」
「あら、じゃあ霊夢の知り合いの人か。ふうん」
アリスは珍しそうに俺を眺めた後「家に入って。台所は使っていいから、お茶の用意よろしくね」と言って家の中に入っていった。
かなり、優しい人のようだ。やりを向けられたから少し身構えていたが、外見の綺麗さと、さっきの軽い言葉に一気に気を抜かれた。
さて、約束だし、さっさとお茶の用意をした方がいいだろう。そう思って用意を始めると、アリスが窓から顔を出していった。
「あなたの分も用意してね」
「わかった」
どうやら魔理沙と落ち合うのは先になりそうだ。
****
「遅いなぁ」
統治の道具によって片付いた部屋で、私はそう呟いた。
やはりついていったほうが良かったのかもしれない。慌てていてそのまま別れてしまったが、後から考えれば、障害物の多い場所なんてあいつは飛んだことがないのだから、別れたのはまずかったのだ。
もし、あのまま蜂に刺されてたら……悪いことしたなぁ。
「霊夢は『なにされてもどこかの誰かが生き返らせてくれるらしいわ』とか言ってたけど……刺されるのはどっちにしろ事実だしなぁ」
そんなことをぶつぶつ言いながら俯いて、助けに行こうと決意するのに時間はかからなかった。
そして、みつけたところ……どうして女とお茶をしているのか。
しかも、アリスと。おそらく逃げてるうちにあったんだろうが、せっかく探しに来てやったのに、お茶をしているとはいい身分なことだ。
「よう、統治」
統治の後ろに下りながら、私は声を少し低くしてそう言った。
統治は大きく肩を震わせたかと思うと、そのまま動かずに弁明する。
「すまない、別にほったらかそうと思っていたわけではないんだ。
誘われたのを断るのも無礼だし、親切心を無碍にするのは忍びないと思って、それで……」
早口な口調から、ずいぶん慌てていることが見える。だが、まだ許さないぜ。
「酷いなぁ、私は別れたお前が心配でずいぶん探したんだぜ?
それなのに女とお茶をしているとは酷いじゃないか」
「いや……その……」
「魔理沙」
声が詰まる統治に、アリスが助け舟を出した。ここまでのようだ。あまりいじめすぎるのもよくないだろう。
「いいよ、私も入れてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ」
アリスを加えて三人でお茶を始める。ずいぶんと楽しい一日になった。
赤い霧が魔法の森を覆ったのはその次の日の事だった。