第10話
卒業しましたああああああああ!!
「いなくなった?」
私はわざとその言葉を繰り返した。
「ああ!!そうだ!!姉上にばれないうちに早く小娘2人を探さなくては...!!」
牢屋の鍵を開けておいたことを気がついてくれて良かった。なんとか逃げるとは思ったけどまさかお姫様連れていくとはね。まあ、記憶がなくてもあの子は変わらないと。
「王位継承者の者が城から一ヶ月以上いなければ...」
「分かってるクソアマ!!この城の魔力は消えて、崩れるんだ!!」
ブレインは壁を何度も何度も蹴りつけた。後頭部の髪の毛は血で固まっている。
「秘密の抜け道が厨房にあったらしい...料理人共が2人殺られてた...」
殺られた...?ああ、そういうこと。面倒なことになったわね。
「陛下に知られたら大変ね...」
と言ったと同時に素早く呪文を唱え、バリアを作る。案の定次の瞬間には拳が一つ鼻の先にあったかとおもえば、パキパキと何かが折れる音が廊下に響いた。
「っ!!!」
「残念。このバリア、衝撃が丸々攻撃してきた人間に跳ね返るようになっているから。で、どうするのかしら?あなたは手が離せないでしょうね。」
「っかぁっ!!こ...の...!!」
「早くしてくれないかしら?私も忙しいから命令下すならさっさとしてよね。」
手を抱えながらのたうち回ってる男は見るに耐えない。さっさと呪文を唱えて手を治そうとした時だった...
「お呼びですか?」
背後から低い男性の声が降ってきた。
この声は...まさか...!!
「ああ...やっと来たかジョーカー...」
後ろにいた男は、金髪の髪に血の気のない真っ白な肌、身体には真っ黒いコートを羽織っていた。彫刻のように美しい顔には一つも感情はない。
「はあっ、はあっ、任務は分かってるな?」
「ええ。脱走した姫君と少女を1人連れてくるということでしたよね?」
「ああ...この銀髪クソアマと一緒にな。」
銀髪クソアマね...。
ちらっとジョーカーと目が合う。一瞬私に向けて軽く口角を上げ、またすぐにバカ男と向き合った。
「期間は?」
「三日だ...」
「三日...」
さすがに短すぎると思ったのか、彼はわざとらしく目を泳がす。
「生贄の女の血痕が料理人の服についてた。血を食らうバケモノならそれで分かるだろ?」
どす黒い液体が付着した白い布を渡されたジョーカーは鼻にそれを近づけた。
「分かりました。すぐに見つけられるでしょう。」
「銀髪クソアマは食料だ。勝手に使え。」
は...?
このチビ男。黒魔術で背骨ひねってやってもいいのよ?
「承知しました。」
顔色一つ変えないジョーカーをブレインは気味悪そうに見てから、踵を返して去って行った。
「何かおかしいかい?」
鼻で笑ったのがどうやらジョーカーに聞こえてしまったらしい。
「いえ、別に。ただ...」
「ただ?」
「あのチビ男から布をもらって匂いを嗅いだあなた...一瞬だけど、ものすごい顔してたわよ。」
「ものすごい顔?」
「ええ。こんなはずじゃないって感じ。」
ジョーカーは少し考え込んだ。
「まあ...そうだね...思ってた匂いじゃなかった。」
「記憶とは違った?」
今まで一切の感情を見せなかったジョーカーの顔に初めて感情が浮かんだ。驚いていた。だがそれはすぐに悪魔のように歪んだ笑いに変わった。
「なんか知ってるんだ。」
「兵器番号22番。本名ナンシー、みんなからはイリーナと呼ばれていて...あなたと親交が深かったんでしょ?」
ハッ、と乾いた笑いはコツコツと歩くブーツの音に紛れた。そこまで知れてるとは思わなかったらしい。
「誰から聞いたの?」
「本人。あなたのことロリコンのストーカーって言ってたわよ。意味分かってたかは分からないけどね。」
また笑った。今度はさっきとは全く違う、天使のように穏やかなものだ。こいつは多重人格なのだろうか。彼女の話をしただけでこんなに変わるなんて...
「なんで君がイリーナと話してるの?」
一歩発言を間違えばきっとこいつに殺されるだろう。今は可愛い妹の話をしているみたいに朗らかだが。
「いろいろとね。」
「話してはくれないんだ。」
「話したら彼女に怒られるわ。」
「ふーん。」
沈黙が流れた。
2人の人間が歩く音のみが鳴り響く。ジョーカーは聞きたいことを絞ってるようだ。
「お姫様と少女は同じ名前なのね...」
「ああ。そうだね。」
「どっちも捕まってほしくないんでしょあなたは。」
「まあね。君もだろ?」
「ええ...」
「良かった。同じ意思の人とペアで堂々とできるよ。」
どうやらこいつは仕事をする気はないようだ。