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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第4部:願いごと、ひとつだけ 〈神奈編・相坂神奈END〉
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最終章:願いを叶えて

【SIDE:鳴海朔也】


 俺がこの町に戻り、教師として勤めてから6年が経った。

 その数年の間にもたくさんの思い出がある。

 千津は無事に一流の大学に合格することができたし、要も将来的に親の経営する美浜ロイヤルホテルを継ぐためにあのホテルで働いてる。

 知り合いの何人かは、この数年で町から出て行ってしまった。

 けれど、この町に残る同級生達とは今も仲良くやっている。

 千歳とはあれから一度だけ連絡が来た。

 今はアメリカで翻訳の仕事をしており、日々充実した生活を送っているらしい。

 神奈は結局、お店をやめて、時折、商店街で料理教室をしたりしている。

 調理師免許も持ってるくらいに料理が得意だからな。

 本人も人に教えるが楽しいと最近は感じてきているようだ。

 たった6年、されど6年、その時間の間に大きく変わったものがある。

 俺と神奈は5年前に結婚した。

 アイツが好きだったこともあるけれど、いわゆる“できちゃった婚”でもある。

 ……素直に認めよう、俺が悪い。

 恋人と同棲してたらそうなることもある。

 もちろん、結婚することは俺も望んでいたことだし、神奈も喜んでいた。

 生まれてきたのは男の子、名前は葵(あおい)。

 あれから時も過ぎさり、今年4歳になる息子と一緒に俺たちは海に来ていた。

 場所は隠れ浜、今も昔も変わらない俺たちの思い出の場所だ。

 

「葵? 危ないわよ、そんな所で遊んじゃダメよ」

「こっちに、おさかながいるんだもん」

 

 楽しそうに岩場のサイドプールにいる魚を眺める息子。

 それを母親として見守る神奈。

 既に彼女のお腹には2人目の子供が妊娠している。

 妊娠6ヵ月目で検査の結果は女の子らしい。

 子供ができてから、俺の意識も変わった。

 家族を持つってことは大切な物を守ると言う事だから。

 

「お父さん?」

「ん、どうした、葵?」

「今日はつりはしないの?」

「今からするぞ。今日は葵もするか?」

 

 葵は「うんっ」と元気よく頷いた。

 まだ葵には釣り竿をちゃんと持てないので釣りの雰囲気だけを楽しませる。

 

「朔也、あまり無茶はさせないでよ」

「させないって。今度、子供用の釣り竿でも買うか?」

「そうやって、葵を釣り好きにさせない。葵、お母さんと一緒にこっちで遊びましょ?」

 

 だが、葵はサイドプールで遊ぶよりも釣りをしたいらしい。

 よく俺の釣りを傍目で眺めているからな。

 

「僕はこっちがいいな」

「そうだろ? やっぱり、釣りだよな」

 

 釣りは男のロマン、葵も男の子ってことだ。

 俺もあのくらいの年頃の時は釣りがしたかったからな。

 

「うぅ……昔の朔也みたい」

「それはどういう意味だ?」

「朔也もさぁ、そうやってお父さんの影響を受けて釣り好きになったじゃない。私と遊んでいても釣りばっかり。私はいつもこの岩場でエビやカニを探しては海に投げると言う暇な遊びをしてたのよ」

 

 さり気にやることがひどい。

 カニとエビに謝りなさい。

 

「今日は久々の釣り日和なんだからさ。許してください」

「……朔也の釣り好きは分かってるからお好きにどうぞ」

「お母さん、どうしたの?」

「葵は朔也みたいに意地が悪い男の子にはなっちゃダメよ。好き放題で意地悪な幼馴染だって分かっていても、好きだから嫌いになれなかった過去の私のように辛い思いをする女の子を作っちゃダメなんだからね。挙句の果てに、それだけ尽くしても恋人にしてもらうまで時間がかかったもの。ひどい男にひっかかったわ」

 

 おいおい、よほど俺に恨みがあったのか。

 神奈って何気に根に持つタイプなので怖い。

 

「葵は朔也みたいに女ったらしになっちゃダメだからね?」

「おんなったらし?」

「子供に変な事を教えないでくれ。そして、俺は女ったらしではない」

 

 こんな俺にも若い時はいろいろとありました。

 ……って、感じですませてください。

 

「ほら、神奈。こっちに来てくれ」

「むぅ、元女ったらしの私の旦那さん。何か用?」

「ぐはっ……あんまり拗ねるなよ。まぁ、俺が悪いわけだが」

 

 俺は軽く抱きしめながら頬にキスをする。

 

「こ、子供の前なのに!?」

「神奈も大事だからな。過去の事で拗ねてご機嫌ななめになられるのも嫌だ。昔の俺がした事は素直に謝る。ごめんなさい」

「……今さらだけどね。朔也が意地悪なのは仕方ないから許す」

 

 俺は子供の頃を思い出す。

 確かに俺が釣りをする横でつまらなさそうに見てる神奈がいた。

 

「でもな、俺も神奈がいるとさ、釣りをやっていても頑張ろうって気になったんだよ。だって、お前、魚が釣れるたびに嬉しそうに笑うじゃん。『朔也、すごい~っ』ってさ。男心として一緒に喜んでくれるのが嬉しくてな」

 

 あの笑顔は、正直に言って嬉しかったんだよな。

 

「……ぅっ……これくらいで機嫌は直らないんだからねっ」

 

 顔を真っ赤にさせて呟く神奈。

 もう2人目の子どもが生まれるっていう母親なのに、未だに純粋な面がある。

 そこは可愛いと思うけどな……。

 

「……?」

 

 俺は不思議そうな顔をする葵の頭を撫でた。

 

「さぁ、釣りをするか。葵、そっちのエサをとってくれ」

「えさ? このエビのこと?」

「そのエビをこの針に刺してエサにするんだ。指を刺さないようにこうやってな」

 

 もう少し葵が大きくなったら、一緒に釣りをする楽しみを期待している。

 

「葵は朔也に似てる。男の子だから仕方ないけど」

「次に生まれてくる子は女の子なんだ。思う存分に料理を教えてあげればいい」

「……あっ、そうか。そうよね?」

「できれば性格は神奈に似ずにお淑やかな娘に育つ事を望む……痛っ!? お前、こっちにカニを投げるな!?」

 

 そんなやり取りをしながら、のんびりと親子3人で海を眺めていた。

 俺たちはこれからもこの場所で暮らし続ける。

 蒼い海が綺麗なこの町が俺は好きだから、子供たちにも町を好きになってもらいたい。

 やがて、釣り竿に魚の当たりがくる。

 

「おっ、来たぞ。葵、竿を持ってみな」

「こう? うわぁ!?」

「ははっ。びっくりしたか? 魚が針に引っ掛かっているんだ。こうやって、リールを回して糸をまいていくと魚が釣れるんだよ」

「よく分かんないけど、おさかながあばれているんだね」

 

 竿の端を掴んで葵はその当たりの感触だけを楽しんでいる。

 やがて、釣りあがったのは中々のサイズの魚だった。

 

「お父さん、すごいっ」

 

 葵は楽しそうに笑い、ボックスの中に入れた魚を眺めていた。

 その様子を見つめながら神奈が俺の真横に座る。

 

「……神奈、お前って可愛いよな」

「え? や、やだ。私、もう28歳なんだけど? さすがにこの年で可愛いって言われるのは……」

「ホント、昔と変わらないんだよな。神奈は可愛いままだ」

 

 見た目もそうだが、性格も変わらない。

 今でもキスひとつで照れた顔を見せ、好きだと言ったら嬉しく微笑む。

 彼女のそういう純粋さに俺は心底惚れているのだ。

 

「朔也、私は今、本当に幸せなの。朔也がいて、葵がいて、これから生まれる子供がいて……私の家族と、大好きなこの町に住んでいる。本当に幸せよ」

 

 目の前に広がる大海原、海の香りを海風が運んでくる。

 

「大好きだった幼馴染と結婚して、子供ができた。それを私は何度も夢を見てきたの。朔也……貴方が私の願いを叶えてくれたわ」

「……神奈、それは俺のセリフでもあるぞ」

「え? あっ、朔也?」

 

 俺はそっと神奈を自分に抱きよせながら、

 

「お前はこんな俺をずっと支えてくれたじゃないか。この町に戻ってきたときから、いや、子供の頃からさ。誰よりも俺の傍にいて、誰よりも俺の事を理解してくれている。神奈だから俺も今の幸せを手に入れられたんだ」

「……うん」

 

 俺たちはそっと手を握り合う。

 これから先も、彼女に支えていて欲しい。

 神奈がいてくれるから俺は本当に幸せなんだ。

 ずっと何年も想い続けてくれた彼女の存在が愛しい。

 

「葵、そろそろまた釣りをするか」

「うんっ! 僕もがんばる」

「よぉし、それじゃ次は大物狙いだ」

 

 俺はこれからもこの町で、大切な家族と一緒にかけがえのない時間を過ごす。

 いつの日か、俺の子供たちも俺と同じように町を大事に思ってくれればいい。

 

「……神奈。俺にこれからもついてきてくれよ」

 

 俺は神奈の膨らんだお腹に触れる。

 子供の親として俺が守るべき、新しい命がここにはあるのだ。

 

「この子も、葵も、神奈も……俺が幸せにし続けるからさ」

「うん。信じてるわ、朔也」

 

 俺たちは微笑みあい、海を見つめながら幸せな時間を感じていた――。

 

【 THE END 】

 

神奈編、終了です。次回は一色千歳の大学編。過去の物語になります。

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