第6章:想いの指輪《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
過去の想いからの解放。
千歳への想いにとらわれていた俺を神奈が解放してくれた。
たくさん傷つけてしまった。
思い悩ませてしまった。
けれども、今、ようやく幼馴染の関係から抜け出せて恋人になれたんだ。
「……うぅ、朔也のエッチ。朔也のバカ。朔也の変態……朔也の……」
そのはずなのだが、なぜか神奈は俺の目の前で凹んでいた。
しかも、俺への文句を小さな声で連ねている。
あれから台風の中を何とか家に帰り、シャワーを浴びたのだが……なぜに彼女はここまで凹んでいるのだろう?
お風呂上がり。
着替え終わった後の彼女はソファーに座り、なぜかうつむいたままだ。
「神奈、どうしたんだ?」
また何か嫌なことでも思い出してしまったのか。
「だ、誰のせいだと思ってるのよ!?」
と、思ったら違うらしい。
顔を真っ赤にさせている神奈は怒っている。
怒りの矛先は俺に向けられている……なぜだ?
「えっと、俺のせいか?」
「そうに決まってるでしょ! 私の裸を見たくせに!」
「シャワー浴びるために、ちょっと脱がしただけで、ちゃんとは見てない」
「うぅ……それでも、見られたのには変わりないし」
あれだけの雨に打たれていた事もあり、神奈は身体が冷え切っていた。
一時的に調子を崩し、家に帰った頃にはぐったりしていたくらいだ。
だから、シャワーを浴びるために俺が彼女の服を脱がせた。
変な意味じゃないぞ?
その後は、特に何もなく普通にお風呂に入って出た、それだけなのだ。
残念ながら、色っぽいイベントひとつ起きてない……ホントに残念だ。
「ぐすっ、朔也にお尻を見られたぁ」
「お前は子供か!? それくらいで赤くなるなんて。大体、タオル着用だっただろう」
「……ふんっ。そりゃ、朔也はいろんな経験があるかもしれないけどね。私にとっては大事なのよ。人が弱ってるのをいい事に好き放題するなんて。朔也と付き合うと身に危険を感じるわ」
恋人になっても、神奈は神奈だということか。
「俺と付き合うのならある程度は覚悟しておけって言っただろ」
「……変な事はしないって約束しなさい」
「変なことってどこまでのこと?」
「アンタの頭の中にある欲望の事よ! 朔也のバカ~っ」
クッションを投げられて顔面に直撃する。
これくらいの元気が戻った事はホッとする所なんだろうな。
「……怒ってるのか?」
「恥ずかしいのよっ。朔也は気配りが足りない」
「気配りねぇ……?」
俺はパジャマ姿の神奈を見つめた。
神奈ってスタイルはあまりよくないんだよなぁ。
特に胸は寂しい……小柄な方なので、可愛さはあるのだが。
「ぐはっ!?」
神奈を見ていると、クッション攻撃(2回目)が俺の顔面を直撃する。
「じ、地味に痛いんだからな、それ?」
「うるさいっ。変な目で見ないでよ」
「別に見てないよ。スタイルがもう少し豊かだったらよかったなって願望だ」
「余計に悪いわ!? スタイルのことは気にしてるのに、うぅ……」
千沙子とかと比べても「もう少し頑張りましょう」なんだよな。
悪くはないが物足りなさはある。
「今、千沙子と比べたわよね? あの子と比べられるのは不愉快よ」
「ぐはっ!? な、なぜに分かった!?」
俺は本日3度目のクッション攻撃に襲われる。
「朔也の考えそうなことだもの。ツーン、私に触らないでよ」
「恋人関係になったというのに、ガードが堅い」
威嚇する子猫のような神奈の態度に俺は肩をすくめる。
「だ・か・ら、私には私のペースがあるの! それに合わせるのも恋人でしょう?」
「その考えだと俺に合わせてくれてもいいだろうに」
思ったよりも神奈は手ごわそうだ。
そうじゃなければ、これまで2人で暮らしていて何もなかったわけがないのだが。
昔から、そう言うネタはNGというか、ピュアっていうか。
今時いない純粋タイプを相手にすると戸惑う。
まぁ、恋人だっていう自覚が出てきてくれたら、神奈も変わると信じよう。
「キスぐらいならいいのか?」
「……普通のならいい」
「変なキスってどんなキスだよ」
過激なキスはパスってことだろうか。
俺は神奈を抱きよせて軽くキスをする。
「んっ」
照れてる神奈は可愛い。
キスの後、彼女は頬を赤く染める。
「朔也は今まで何人の女の子と付き合った事があるの?」
「……プライベートな質問にはお答えできません」
「千歳さんを含めた数を言いなさい。恋人として聞くわ」
今まで聞きたくてもきけなかった質問らしい。
神奈らしいと言うか、ただ俺としてはそんなに言いたくないと言うか。
「朔也が東京で遊びまくってた過去があるのは知ってる。さぁ、覚悟はしてるから」
「何の覚悟だ。えっと……付き合った数だっけ」
俺は指折り数えながら考えてみた。
「高校時代は含める?」
「もちろん。当たり前でしょ。朔也って浮気とか平気でしてたっぽいから。それも含めての数よ」
「千歳の時は……まぁ、反省してるけどさぁ」
あの頃は俺もまだ若かったんだよ、若い頃は誰も過ちを犯すものでしょうが。
という言い訳が通用すればいいのだが……神奈に通用するはずもなく。
「えっと、4人くらいかな」
「嘘つき。次に嘘ついたらひどい目に合わせるわ」
「な、何で嘘だって分かるんだよ?」
「朔也の写真立てに入ってる子はもっと多かったもの。過少申告は許さないからね?」
写真立てに俺の歴代の恋人の写真が残ってる。
俺は必ず恋人の写真を飾るこだわりみたいなものがあるんだよな。
くっ、あの写真立ての秘密にも気づかれていたとは……。
「って、それなら数も分かってるんじゃ?」
「できれば本人の口から聞きたいじゃない。7年間で何人?」
「7年間で付き合ってた子の数は……」
言わなければいけないのか。
俺の過去を、ちょっと、あまり人には言いたくない過去を。
「リアルに言うと、9人くらいです、嘘はついてません」
「普通の交際人数がどれくらいの平均か知らないけど、多くない? そりゃ、朔也はカッコいいし、モテるだろうけど……はぁ、朔也って本当に遊び人だよねぇ。私は付き合う自信がないわ」
「大きなため息をつきながら言うなよ!? だから、言いたくなかったのに」
付き合って数週間で破局、合コンで気が合う子と付き合う、また破局。
そんな繰り返しが、大学の1年の頃にあったのだ。
大学の初めごろって合コンが楽しいっていうか、女の子も積極的でつい勢いで、何て言う、そんな時期があるだろう?
と、心の中で言い訳をする。
「千歳さんとは長かったんでしょ?」
「アイツとは実際には1年ちょい、その後、1年は留学してたからな」
「……ふーん」
完全に信頼を損ねてしまったらしい。
神奈はふてくされて拗ねている。
「あのな、神奈。人には人の過去がある。それは仕方のない事なんだ」
「また話を戻すけど、中学の時に告白しておけば、その9人の交際歴はなかったわけだよね? それを思うと、少し辛いの。私は朔也にとって10番目なんだなって」
「ぐさっ。そう言われると俺はとんでもない悪い奴に思えるのだが?」
「そう言ってるの。聞こえなかった? はっきり言いましょうか?」
思いっきり、責められてました。
「私は初恋なのに、相手は10番目の恋……正直、辛いわ」
「……謝るべきところなのか、これは?」
俺にも反省するべきところはあるが、こればかりはどうしようもできない。
神奈には大いに不満があることだろうけどな。
俺も逆の立場なら悲しくなるね。
「それなら、私を最後の恋人にするって約束できる?」
「善処はするよ」
「ちゃんと約束して。そうしたら許してあげる」
……最後の恋人か。
その意味、神奈はちゃんと分かって俺に約束を求めているんだろうか?
「それって、深い意味での約束?」
「朔也はまだ気持ち的に決まってないかもしれないけど。私には安心が欲しいの。朔也の言葉で安心させてほしい」
過去は消えない、俺の過去も、神奈の過去も……だから気になるのも仕方ない。
これは俺の責任だな。
俺が不安にさせてきた分、彼女を安心させるのも俺の役目だ。
俺はポンッと彼女の頭を撫でながら、
「俺にとって神奈が最後の恋人であって欲しい」
「うん。私も……最初で最後の恋人が朔也でいてほしいの」
神奈と付き合うこと。
「神奈ってさ……結構、独占欲がある方なのな?」
「悪い? こっちは朔也の事をずっと好きで、恋人になれるのを待ってたんだからね?」
「そうか。それなら、素直に独占されておくよ。好きな女に独占されるのはいいことだ」
俺のさりげない言葉に彼女は照れくさそうに笑う。
俺は神奈から愛されているって実感する。
幼馴染から恋人へ変わる関係……その変化を俺は楽しんでいた。