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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第4部:願いごと、ひとつだけ 〈神奈編・相坂神奈END〉
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第6章:想いの指輪《断章1》

【SIDE:相坂神奈】


 嵐の夜に私は大きな罪を犯す。

 それは己の弱さが招いた出来事。

 

「私が忘れさせてあげる。朔也の思い出、すべてを――」

 

 私は指輪を暗い海へと放りなげようとする。

 こんなものがあるから、朔也は前に進めない。

 思い出なんてなくなってしまえば……。

 そうすれば、私のことも見てくれるよね?

 きっと、そうに決まってるもの。

 

「これさえなければ、朔也は私に振り向いてくれる」

 

 幼馴染以上の関係になることができるはず。

 ずっと好きだった朔也が私を愛してくれる。

 千歳さんの思い出さえ、消えてしまえばいいんだ。

 私は彼の思い出を破壊しようとしていた、その時――。

 

『お幸せに、と。それだけを言わせてください』

 

 脳裏に千歳さんの言葉がよみがえる。

 あの優しい笑顔を、思い出す。

 

『神奈さん、貴方には朔也ちゃんを幸せにしてほしいんです。私にはできなかったから』

 

 彼女の気持ち、託された想い。

 私の行為はその気持ちすらも否定することになる。

 

「うっ……ぁああぁあっ」

 

 私は泣き叫ぶことしかできなかった。

 自分の気持ちがただの嫉妬だと気付いていた。

 とめどなくこぼれ落ちていく涙。

 自分の愚かな行為、その罪の重さを思い知る。

 

「……ひっく……できるわけ、ないよぉ……」

 

 私は膝から崩れおちて、座り込んでいた。

 できないよ、こんなこと……出来るはずがない。

 

「神奈……」

「ごめんね、朔也」

 

 千歳さんがどんな気持ちで言ったのか。

 あの一言を、想いを踏みにじって私はどうするの?

 朔也の過去を消したい、なかったことにしたい。

 それは私自身の我がままだ。

 勇気がなくて告白できなかった私の我がままで、他人の想いを否定する権利なんてない。

 

「ぐすっ……うぁあ……ぁっ……」

 

 この指輪に込められているのは、朔也の千歳さんへの想い。

 その人の想いのこもった指輪を他人が否定するなんてできない。

 どんなに羨ましくても、どんなに悔しくても。

 千歳さんを朔也が愛した形だから。

 

「……ごめんなさい」

「神奈が悪いわけじゃない。悪いのは中途半端な態度だった俺だ」

「私は千歳さんが羨ましかっただけ。朔也に愛されて、想われている彼女が……」

 

 嫉妬、羨望、私の中に入り混じる感情。

 誰だって好きな人に振り向いて欲しい。

 好きな人に愛されている人がいると羨ましい。 

 どうして、私じゃないのって思ってしまう。

 告白できなかった私が悪い。

 彼に好かれることができなかった自分が悪いの。

 それを他人のせいにするのは間違いなんだ。

 

「……朔也、これを」

 

 嗚咽を漏らしながら、私は朔也に指輪を返そうとする。

 これは私が持っていて、いいものじゃない。

 けれど、吹き荒れる風が私の邪魔をする。

 

「きゃっ」

 

 強い風が私の手から指輪の箱を奪い、海へと舞う。

 

「だ、ダメっ」

 

 私は思わず叫んで手を伸ばそうとする。

 あれは朔也の大事なもので、失うわけにはいかない。

 でも、届かずに箱は荒れ狂う海に飲み込まれていく。

 

「……っ……!!」

 

 私はそのまま海に飛び込もうとする。

 あれだけは、朔也に返さなきゃいけないのにっ!?

 

「神奈!? 何をするつもりだっ」

 

 だけど、朔也が私の腕をつかんで止めた。

 

「だ、だって、あれは、朔也の大事なものなのに」

「バカか、お前は!? 今の海に飛び込もうとするやつがあるかっ」

「でも、あれは……朔也の、思い出で……ひっく、私は……」

 

 こんなつもりじゃなかった。

 本当に海に捨てるつもりじゃ、なかったのに。

 

「神奈。もういい、もういいんだよ」

「よくないよ。だって、千歳さんへの想いが……」

 

 もう取り戻せない、暗い海に消えてしまった指輪。

 その喪失感は、彼だけじゃなく私の心も傷つける。

 私が朔也の思い出を奪ってしまった罪の意識が私を苦しめる。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 私はあふれる涙を隠すように両手で顔を覆いながら、朔也に謝ることしかできない。

 取り返しのつかない事をしてしまった。

 私の嫉妬が、朔也の思い出を壊してしまったの。

 身体を震わせる私を朔也が抱きしめてくる。

 

「バカ。ホントにバカだよ、神奈。あんなものより、お前の方が大事に決まってるだろうが。思い出は大事だけどな、今の時間の方が俺は大切だって思ってる。指輪なんかよりも、神奈の方が大事に決まってるだろう」

「……朔也」

「分かっていたんだ、本当はアレを捨てなきゃいけないって。でも、俺にはできなかった。千歳への想いを捨てきれなかった。それが神奈に誤解を招いて、お前を傷つけているなんて思いもしなくて……謝るのは俺の方なんだよ、ごめんな」

 

 子供のように泣きじゃくる私をなだめるように。

 優しく温かい手が私の頭を撫でる。

 それは、小さな頃から泣いてる私を慰める時の朔也の行動。

 昔と何も変わらない、朔也の優しさ。

 

「……俺が過去を振り切れなかったせいで、神奈を傷つけてきた」

「そんなことないよ。私が悪いんだもの」

「神奈は何も悪くないんだよ。不安にさせたのも、すべては俺のふがいなさだ」

 

 違うよ、幼馴染の関係を乗り越える事を怖がっていたのは私だもの。

 恋人になりたいと願いつつも、本当はいつまでも都合のいい関係でいたかった。

 

「答えは最初から出ていたのに。この一言が言えずにいた。遅いかもしれないけどさ。言わせてくれよ、神奈……」

 

 激しい雨の中で、彼は私の耳元でその言葉を囁く。

 

「俺は神奈が好きだ。愛しているんだ」

「朔也……?」

「東京に行って、千歳に会ったのは俺の覚悟のつもりだった。アイツと完全な形で別れて、神奈に想いを向けるつもりだった。騙すつもりも、隠すつもりもなかった」

 

 朔也の告白が夢か、現実か私には分からなくて。

 それでも、それは私の人生で一番嬉しい言葉。

 ずっと望み続けていた彼からの「好き」と言う言葉だった。

 

「……幼馴染の関係、今日で終わりにしよう」

 

 朔也の言葉に私は「うん」と頷く。

 ようやく長い時間をかけて、私達の関係は変わる。

 

「お互いにびしょ濡れだな。さっさと家に帰るぞ」

「あ、あの、朔也……指輪の事は本当にごめんなさい」

「もういいって。あれは、これでよかったんだと思う」

 

 海に沈んで行ってしまった指輪は当然ながらもう見えない。

 

「思い出を捨てるのは嫌だって言ったけどさ。思い出ってのは人の心にあるものだろ? それに今の俺には、もう必要のないものだから。神奈が気にする事はないよ」

 

 千歳さんとの過去を、朔也は振り切った。

 その横顔を私はただ寄り添い見つめるだけ。

 

「これからは神奈との思い出を作っていきたい。幼馴染じゃなくて、恋人の思い出を」

「……私も、作りたいよ。もっと、たくさんの思い出を作りたい」

「それにしても、こんな変なシチュエーションで告白し合ってるのって俺らぐらいだろ? まったく、台風のど真ん中で告白するとは思っても見なかったよ」

 

 彼は苦笑い気味に言うと、私の手をしっかりと握りしめる。

 いつしか、私の瞳から涙は止まり、笑みが浮かべるようになっていた。

 

「神奈、手が冷たすぎ。ずっと雨に打たれてただろ。まったく、風邪をひいたらどうする。家に帰ったら、シャワーを浴びるぞ」

「……何で、朔也がにやけてるの? ……え? ちょ、ちょっと待って!?」

 

 彼の表情から私は変な事を想像してしまった。

 彼はしれっとし態度で当然のように、

 

「何を言ってる? 俺も濡れて寒いんだから一緒に入るのは当然だろうが」

「そ、そっちこそ何を言ってるのよ!? 朔也のエッチ!」

「別に恋人なら普通だと思うんだけどなぁ」

 

 恋人モードに変わった朔也は私に遠慮がなくなりすぎてびっくりだわ。

 ……それが彼の特別な人の扱いなのかもしれないけども。

 

「俺の恋人になるってことは、神奈もお子様から卒業するってことだし。その辺、覚悟しておいてくれよ」

「なんだか私が不安になる意味深なセリフなんだけど?」

「言葉の通りだ。まぁ、俺も年頃な男なわけで。その辺、ちゃんと理解してるよな?」

「――り、理解したくない~っ」

 

 幸せなのに、私の身に危険がせまってるのは気のせいなの?

 朔也はそんな私を見て「ホント、神奈って反応が可愛いよ」と笑っていた。

 その笑みに私もついつられて笑ってしまう。

 嵐の夜に、私達の心は初めてちゃんと繋がりあえたんだ――。

 

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