第4章:信じられない想い《断章3》
【SIDE:相坂神奈】
夜空を見上げながら、朔也と花火会場の海まで歩いていく。
浴衣姿の私を朔也は褒めてくれた。
「昔と比べたら、ちゃんと出るところも出てるしな。浴衣はスタイルがよく分かる」
「……朔也、変な目で見ないで」
「褒めてるのに」
昔の朔也はこんな露骨な態度をみせる男の子じゃなかった気がする。
人の成長はいい方向ばかりじゃないみたい。
「朔也って本当に男の子らしくなったわよね。悪い意味で」
女の子慣れしているのを悪いとは言わない。
都会ではそれが普通のこと、何だと思う。
それを嫌に感じるのは私が子供っぽいせいなのかな。
「神奈は昔と同じで純粋過ぎるんだよ」
「ふんっ。朔也と比べるよりはマシだもん。私が男慣れしてたら嫌でしょ?」
「……確かに。はいはい。俺が悪かったよ」
まぁ、私が朔也以外の男の子に興味を持つことはないんだけど。
もしも、彼じゃない相手を好きだったら……私に人生は何か変わっていたのかな?
「……ていっ」
私は彼の手を勢いで掴んでみる。
「ん? なんだ、手でも繋ぎたいのか?」
「朔也がどうしてもって言うのなら」
「俺かよ。俺は神奈の口から聞きたいけどな」
そう言いながらも彼の方から手を握ってくれる。
そのまま花火会場に入ることになった。
花火は海から上がるので、浜辺には人があふれている。
「ほぅ、祭りの時期になるとこんなにも人が来るのか。驚きだな」
「この花火大会はホテルができてから始まった祭りだもの。観光客も増加して、ホテルも大忙しみたいよ。千沙子がこの前、愚痴ってたもの」
ホテルの従業員である千沙子も、今日は忙しくて大変だ。
私たちは適当に食べ物を買うことにする。
「何を食べたい?」
「神奈の好きなものは……わたあめか」
「どこまでさかのぼった記憶を頼りにしてるわけ?」
それは私の幼稚園の頃の話だってば。
幼馴染としての付き合いの長さがあるのも、考えものね。
「冗談だよ。それなら、たこ焼きか?」
「それは私が作った方が美味しい。こう言う場所の焼きそば、たこ焼き、お好み焼きって値段だけ無意味に高いだけで味は最悪。スーパーでパックを買ったがマシ。どうにも食べる気がしないのよね」
「うわっ、言ってはならんことを……。こういう場所で言ってはいけないセリフは『出店のものがまずい』『自分で作った方が美味しい』。雰囲気を楽しめよ、雰囲気を! この人々に賑わい、お祭りという盛り上がる雰囲気をさぁ」
「力説しなくても。それなら、たこ焼きでいいわよ。私が作った方が美味しいけど」
朔也はお祭りとかの雰囲気を大事にするタイプらしい。
そう言えば朔也って基本的に場の空気を乱す事を言わないなぁ。
「ほら、朔也のおごりで何か食べましょ」
「なぜに俺のおごりなのか、聞きたい」
そのあと、朔也のおごりでたこ焼きと焼きそばを食べることにした。
別に文句は言うけど嫌いじゃないもの。
適当にお腹を満たしてから、隠れ浜の方へ行くことにした。
あの場所は花火もよく見えるのに、人気はない絶好の場所だ。
「他に誰かいるか?」
「美人とかならいるんじゃないの?」
「斎藤か。アイツは……いないなぁ?」
隠れ浜は仲間内なら知ってる場所だし、美人も恋人を連れているかもしれない。
そう思っていたけども、隠れ浜には誰の姿もなかった。
「ここまでくると、人気も全然ないな」
「うるさいよりいいけどね」
「適当に座って花火を見るとするか」
私たちは2人っきりの時間を楽しむことにする。
「……朔也と花火を見るのってホントに久しぶりよね?」
「そうだな。中学の頃に隣街の花火大会に行った時以来か」
この町にまだ花火大会がなかった時は、隣街で大きな花火大会があり、そちらに見に行っていたのを思い出す。
「まさか隠れ浜から花火が見れるようになるなんてな」
「……朔也は、東京にいた頃は誰かと花火を見に行ったの?」
「別にいいだろ、昔の話は。神奈にするようなことじゃないよ」
朔也は今まで何人もの女性と交際をしている。
その誰かと比べて、私はどうなのか不安なんだ。
私は朔也にとって、幼馴染で、妹で……でも、好きな子じゃない。
私の顔を見ていた朔也がいきなり私の頬を軽く引っ張る。
「な、何するのよ?」
「神奈、お前……変なことを考えてるんじゃないよな?」
「変なことって?」
「自分を誰かと比べるな。俺はお前と誰かを比べたりしない」
朔也の一言が私に嬉しく思えたの。
欲しかった言葉、ちゃんと彼はくれたから。
やがて、夜空には花火が打ち上って行く。
色鮮やかな花火の光が夜空を照らす。
「花火の光って幻想的よね。どうしてこんなに綺麗なんだろう」
「見ている人を楽しませる光だからな」
他に誰もいない浜辺から眺める花火。
私は気がつけば彼に抱き寄せられていた。
「……朔也」
雰囲気に乗せられて、私たちはキスを交わす。
「んぅっ……」
唇が重なり合うように、心と心が交わりあう。
私が朔也を好きなように、彼も私を愛してくれている。
そんな期待を抱いてしまう。
「朔也……大好き」
花火の音にかき消されそうな小さな声を。
「……うん」
彼はちゃんと聞いてくれて私の頭を撫でた。
朔也から聞きたいよ。
私をどう思っているのか。
その思いを言葉にしてほしいよ。
そうすれば、私の心の中にある悩みもすべて消えてしまうのに。
私は朔也から一言でもいいから“好き”という言葉が聞きたいの。
繋いだ手のぬくもりと、キスの高揚感が私を包む。
2人で見上げた花火は夏の終わりを意味していた――。