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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
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第3章:2つの歓迎会《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 今日は朝から出勤して教師として初めての仕事があった。

 とは言っても、まだ生徒達は春休み中。

 俺の仕事は学校内の雰囲気に慣れる事と、雑用等の仕事程度だ。

 授業が始まるのは3日後で、その前に入学式があったりと準備に忙しい。

 新人の俺にとってはここから始まるという実感でいっぱいだ。

 俺の指導をしてくれるのは先輩の村瀬先生だ。

 歳も近いと言う事もあり、親切に教えてくれる。

 それとは別に学科担当の指導教師もいる。

 この学校には国語教師が俺を合わせて3人いるらしい。

 俺がこの学校に入る事ができたのも、定年でひとりが減ってしまった事が大きい。

 こうしてすんなりなれたのはある意味、運が良かったと言える。

 

「鳴海先生には1年生の国語を受け持ってもらいます」

 

 狩野先生という男性教師、歳は40代前半ぐらいだろう。

 もうひとりの教師は30代の沢渡先生、女性の人で2年生の国語を担当している。

 

「知ってると思いますが、この学校はそれぞれの学年、4クラスあります。最初から大変でしょうが、頑張ってください」

「あ、はい。頑張ります」

 

 まぁ、最初から2、3年ではなく、1年生の教師をするのは気が楽だ。

 先生達にも協力してもらい、俺も早く一人前の教師になりたいものだ。

 それともうひとつ、俺が決まったのは……。

 

「副担任ですか?」

 

 俺は村瀬先生から副担任の話を聞かされていた。

 

「えぇ、そうよ。私が正担任なの。鳴海先生は副担任。あっ、でも、副担任は2つのクラスを受け持つ事になってるの。地味に面倒だから大変よ」

 

 教師数もさほどいない学校なので、2クラス受け持つのは仕方ない。

 

「私は1年A組の担任になることが決まったわ。鳴海先生はAとB、二つのクラスの副担任よ。あとで、Bクラスの担任になる近藤先生を紹介するわ」

 

 まだまだ教師としては慣れない事も多い。

 そんな不安と期待を抱きながらの毎日をこれから過ごしていくのだろう。

 


  

 

 その夜、俺は多くの先生方と一緒に居酒屋にいた。

 神奈の店ではないが、ここも評判がある駅前の居酒屋だ。

 挨拶もそこそこにすぐに始まるのはおっさんたちの飲み会だ。

 あちらこちらの席で明るく酒を飲む教師たち。

 本日は先生たちの歓迎会です。

 

「……歓迎会という名のもとに、自分たちで勝手にお酒が飲みたいだけなのよ」

「村瀬先生もお酒好きですか?」

「少しはね。でも、ああいう人達と一緒にされたくないわ」

 

 お酒が入って騒ぐ彼らはの身のよくある光景である。

 教師と言っても人だからな。

 こういう所でストレス発散っていうのはよくあるのだろう。

 その中には彼女の父親でもある校長先生もいるわけで……。

 俺達の座る席は若手の先生が集まってきていた。

 彼らも逃げてきたと言ってもいい。

 俺を合わせて20代の先生は4人。

 数学担当の白井先生と日本史担当の南雲先生。

 

「鳴海先生もモノ好きだよねぇ。東京からわざわざこっちに戻ってくるなんて?環境的にも向こうの方がいいでしょう」

「それとも、地元愛ってやつかしら?」

 

 先生達の質問に俺は苦笑いで誤魔化す。

 実際、大学の仲間からも同じことを言われたからな。

 わざわざ田舎に戻るメリットなど傍目には感じないのだろう。

 俺も逆の立場ならそう思うに違いない。

 

「この場所に帰ってきたかったから、かもしれませんね」

「おっ、何か意味深? 誰か地元で待ってくれてる人がいたとか?」

「深い意味なんてありませんよ。えぇ、本当に」

 

 村瀬先生は「本当に?」とわざとらしく言う。

 

「……私は出来ればこっちに帰ってきたくなかったなぁ」

 

 お酒が入ってきたからか、彼女は愚痴っぽく言った。

 

「やっぱり、都会の方が楽しいもの?」

「当たり前じゃないですかー。ここって何もないし、遊び場所に困るし」

「そう言う事を気にするのは村瀬先生はまだ若いわね」

「南雲先生だってほとんど変わらないでしょ。それが既婚者って言う余裕ですか? いいなぁ、結婚相手がいて。子供のご予定は?」

 

 南雲先生も白井先生もふたりとも結婚しているらしい。

 

「村瀬先生も綺麗なんだから相手くらいいるでしょう?」

「……ぐっ、私にも男友達くらいはいますけどねぇ。彼氏とかはいません」

 

 南雲先生たちが話しているのに介入する事ができず、俺は男の先生である白井先生にある事を尋ねてみる事にする。

 

「あの、聞いてもいいですか? うちの学校の生徒ってどういう感じです?」

「世間的な意味でかい? そうだな、都会とかでよく崩壊する教育現場とか言われているけど、うちではそういういのはないから安心してもいい。暴力的な子も少ないからね」

「そうですか。でも、イジメ問題程度はあるようですが」

 

 俺は先日の女子生徒の話を思い出す。

 望月要、大人しそうな女の子だったな。

 あの子の事は学校でも問題になったのだろうか?

 

「それは望月のことか?あの子の事件は少し特別だよ」

「特別? それはどういう意味ですか」

「……イジメ、というよりも子供達同士の痴情のもつれというべきかな?」

 

 彼の話では同じ部活内である男子生徒が望月さんに好意を抱いた。

 だが、彼を好きだった女子がそれを気に入らず、望月さんに嫌がらせをしたらしい。

 

「暴力沙汰ではなく、精神的な責めみたいなものだったみたいだ。結局は3人を話し合いさせることで無事に解決できたようだから。子供とは言え、女と男の問題はいつももつれるものさ」

「それも立派なイジメよ。彼女が受けた苦痛は簡単な言葉で消せるものではないわ」

「そう言えばあの事件は村瀬先生の……?」

「そうですよ。私が彼女の副担任だったんです。あんな一方的なものはなかった。彼女、大人しすぎるから反論とかしないだけで、すごく可哀想でした。あの子、我慢強いから……」

 

 確かに恋愛絡みのこういう問題は扱いが難しい。


「それにあの子は特別ですから。妬む気持ちもあったのかもしれない」

「特別?」

「生徒個人の問題。先生として関わると面倒なことも多いのよ」


 ただの生徒同士の問題と取るべきか、それともイジメ問題と取るべきか。

 先生によっても受け止め方が違うのだろう。

 

「いい? 鳴海先生。ああいうのはねぇ……」

 

 と、今度は完全な愚痴&説教モード突入。

 酒の入った女の相手をするのは苦手だ。

 白井先生と南雲先生は俺に任せたとばかりに二人で話をはじめてしまった。

 逃げ場をなくした俺は仕方なく彼女の話に付き合う事に。

 ……はぁ、これも新任の教師の務めって奴ですか?

 

「鳴海先生!? 聞いてるの?」

「あ、はい。聞いてますよ。ほら、少しはお酒も控えて」

「まだ飲み足りないの~っ! 次のお酒を持ってきて。チューハイのレモンで」

 

 さらに注文を初める始末。

 他の先生たちは対応を俺に丸投げしおった。

 深いため息をつくしかない。


「村瀬先生、お酒のペースを落としたほうが」

「私、お酒が好きなの。鳴海先生も飲みなさい」

「……絡み酒ですかぁ。お酒が入ると雰囲気が変わりますね」


 俺は嘆きながら、お姉さんの相手をすることにする。

 これが社会人の付き合い方。

 覚悟くらいはしておかなくては……はぁ。 



  

 

 あれから1時間後。

 散々、俺に愚痴って完全に酔い潰れた村瀬先生。

 次の飲み屋行こうとする校長先生たちと別れて、俺は彼女を送る事にした。

 南雲先生に家の場所を教えてもらい、俺は彼女の面倒をみることになった。

 

「……こういうのも俺の役目なのか」

 

 先生たちには悪いが、このあたりで退散できてよかった。

 あまり年上と飲む機会がないから、少し対応もし辛い。

 明日は日曜でお休みだからこそ、この惨事も仕方ないと諦める。

 

「村瀬先生。もう少しですから頑張ってください」

「う~」

 

 酔い潰れた彼女は俺の肩につかまりながら暴れる。

 

「村瀬じゃないもん、真白だもん。今はプライベートなんだから先生はいらない」

「そうですか。真白って可愛い名前ですね」

「あははっ、そうでしょ? 鳴海先生の名前はなんだっけ。教えなさいよ」

 

 意識があるのか、ないのか……酔っ払いの相手は難しいから苦手だ。

 足元をふらつかせながら彼女は「早く教えて」とねだってくる。

 一応、俺も名乗ったはずなのだが覚えてないのかな。

 

「鳴海朔也ですよ。さくや」

「じゃ、朔ちゃんだ~っ」

 

 それって近所のおじさんやおばさんによく呼ばれる愛称なので勘弁願いたい。

 ちゃん付けされるのも、とある過去の人物を思い出させるし。

 それにしても、真白ちゃんって……彼女は酔うと子供っぽくなるんだな。

 お酒というのは人を変えるものだ、と実感する。

 

「んー、真白ちゃん、歩くの疲れたぁ」

「子供ですか。しょうがないですね、背負ってあげますから」

「うわぁ、ありがとう。朔ちゃん、やさしー」


 呂律すら回らない酔っ払いを歩かせるほうが怖い。

 俺は彼女を背負いながら歩き出す。


「ふふっ。いい気分。私、軽いでしょ」

「そーですね」


 普通の女性並みで安心しましたよ。


「この先をまっすぐに行ってくれたら私の家だからね。えへへっ」


 彼女は暴れることなく俺の背中にもたれる。

 おー、胸の感触が程よく当たります。

 これで訴えられたら泣くしかないね。


「朔ちゃんがぁ、うちの学校に来てよかったよー」

「そう言ってもらえると嬉しいですね」

「でもねー、真白ちゃん的にはぁ、朔ちゃんは残念なところがあるのー」

「俺に残念なところ?」

 

 女好きとか言わないでくれよ。

 彼女は俺の背中に抱き付きながら、思わぬ言葉をつぶやいた。

 

「なんか辛いものを背負ってここに来たって顔してる」

「……村瀬先生?」

「それが何かわからないけど、悲しい顔はしないでほしいなぁ」

 

 思わずいい当てられてドキッとする。

 学校ではそんな顔をしていただろうか。

 顔には極力出さないとしていたのに。


「顔というか、雰囲気? 若いのに変。なんか達観してる感じがする」

「村瀬先生。俺は……」

「村瀬先生じゃなくてぇ、真白だってば。私の事はそー呼びなさい。先輩命令~。私も朔ちゃんって呼ぶから……うっ」

 

 いきなり会話の途中で止まる彼女。

 こ、これは、まさか……?

 俺は顔を青ざめさせながら背後の真白お嬢さんに尋ねた。


「あ、あの、村瀬先生? もしや、ですか?」

「……うぐっ、気持ち悪くなってきた」

「が、頑張ってください、先生っ!? もう少しで家ですから!?」

 

 背中でナイアガラリバースをやられるのだけはマジで勘弁してくれ!?

 新品のスーツが台無しになるのだけは嫌だぁ!!

 その夜の発言が酔っ払いの戯言だったのかどうか判断できず。

 この人の勘は鋭いとみておくべきかな。

 ……ちなみに彼女は無事に何事もなく家まで届ける事ができました。

 本当に無事でよかったよ。

 今度、飲む機会がある時はここまで酔わせることがないようにしよう。

 大人の付き合いって大変なのだと実感させられた夜だった。

 

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