第4章:信じられない想い《断章2》
【SIDE:相坂神奈】
朔也の事を意識すればするほど気まずくなってしまう。
彼が隠していることを私は既に知っているから。
東京で朔也が千歳さんと会っていたこと。
それだけと言えば、それだけなのかもしれない。
2人の関係がこれ以上、発展する様子もなく、千歳さんはアメリカに行った。
そのことにはホッとしつつも、私は気が重い。
気にしているのは朔也の心。
彼の想いは誰に向けられているのか。
朔也にとっては1年以上、探し続けていた最愛の人。
千歳さんとの再会は彼にどんな影響を与えてるのか。
私はそれが怖いんだ。
例え、恋人としてのよりは戻らなくても。
朔也の心の中に、再び彼女への想いがよみがえるかもしれないから。
自宅の改装が終わったと聞いて、私は一度、家に戻ることにした。
そこにはお姉ちゃんが先に来て、荷物の片づけをしていた。
「あら、神奈。帰ってきたの?」
「帰ってくるわよ、私の家だもん」
「朔也君の家に暮らし続けるんじゃないんだ?」
「……当たり前だし。そんなつもりじゃないんだから」
そう言いながら、私はリフォームされた自宅を見て、驚くしかなかった。
「あの、お姉ちゃん。これはどういう意味かしら?」
「どうって……見たまんまだけど?」
私の部屋だったはずの場所が、子供用の部屋にリフォームされている。
部屋の壁紙も女の子が好きそうなピンクの感じだ。
「さすがにこの年でピンクはちょっと……」
「心配しないでも、そこはもう貴方の部屋じゃないわ」
「……はい?」
「悪いけど、神奈の部屋はなくなりました」
お姉ちゃんの衝撃的な発言に私は言葉がでなかった。
今、この姉はなんて言ったの?
「そこはこれから生まれる赤ちゃんのためのお部屋なんだ」
「そりゃ、いずれは子供も生まれるだろうけど、女の子だとは限らないんじゃ……」
新婚夫婦だもの、子供もいずれはできるだろう。
そこまで、考えて私はあることにハッと気づく。
改めて、部屋を見ると、内装が変わっただけじゃなくて、中にはベビー用品もそろい始めているように見えた。
気が早い親戚からのプレゼント?
違う、これって……もしかして……。
「あ、あの、お姉ちゃん?」
おかしいと思っていたんだ、このタイミングでのリフォーム。
お姉ちゃん夫婦が住むだけなら、慌てて改装しなくてもいいはず。
それをした本当の理由は……。
「実は妊娠5ヵ月目で、女の子なんだって」
「……ホントに?」
姉が妊娠してたなんて驚きでしかない。
「本当だって。私も驚いたけどね。旦那と相談して、ここで育てることにしたの」
「……私を追い出すつもり、じゃなくて」
「そうね。自発的に出て行ってくれたら嬉しいな?」
「いや、既に私の部屋もないし。私を追い出す気、満々じゃん!?」
あまりにも突然の宣言に私は呆れるしかなかった。
まさか実家をこういう形で追い出されるとは思わなかった。
何か企んでいるとは思っていたけども。
「お姉ちゃん、有無を言わさないやり方はどうかと思う」
「貴方のためでもあるのよ。いつまでも、この家やお店に縛り付けられちゃいけない。貴方はまだ若いんだから自由にしていいのよ?」
「自由って言われても困る」
「それに朔也君には話を通してあるから。二つ返事で、しばらくの間、神奈を引き受けてくれるって言ってたわよ」
恋人としてなら堂々と暮らせるけども、そうじゃないから気まずさもある。
それに、今は大きな問題でそれどころじゃないのに。
お姉ちゃんは私の現状を知らないので、何だか楽しそうに言うの。
「朔也君のご実家にも挨拶をしに行った仲なんでしょう? もう、そのまま一緒に暮らしちゃいなさいよ。その方が彼にとってもいいわ」
「……そんな単純な問題じゃないの」
「単純でしょ? 神奈は朔也君の事が好きで、彼も貴方を気にかけている。あとは少しのきっかけがあれば、2人の中は進展する。違う? 今は同居でも、いずれは同棲になるかもしれない。可能性は増えるわよ?」
勘違いしている姉に何かを言って説得するのは無理そうだ。
今は何を言っても私の照れ隠しにしか思わないんだろう。
「うぅ。ひどいよ、お姉ちゃん。勝手に決めるのはずるい。朔也と相談してくる」
「どちらにしても、貴方の部屋はこの家にはないわけだけど」
「そこがおかしいって言ってるの! 私に話を通してからのリフォームでしょ」
本格的に追い出されることが決定的になってしまった。
私はお店を出る前にお姉ちゃんにこれだけは言っておく。
「お店はやめないからね」
「このお店にこだわる必要はないでしょうに。……神奈も強情なんだから。誰に似たのかしら?」
「少なくとも、お姉ちゃんには似てない」
「あははっ。それは違いない」
彼女みたいな性格をしていれば、私はこんなにも悩んでいない。
それにしても、私もこの年で叔母さんになるわけだ。
その辺はちょっと微妙な心境になりつつも、家族としては姉の妊娠を喜ぶべきだと思う。
「あのさ、お姉ちゃん。妊娠、おめでとう」
「うん。ありがとう。我が家に神奈のお部屋はなくなっちゃったけどね」
「さ、最後の一言がよけいなのっ!」
好きな人と結婚して、子供まで生まれる。
そんなお姉ちゃんの人生を私は羨ましく思えた。
私もいつかは朔也と、そんな関係になれたらいいな。
家に戻り、話をしてみると、どうやら朔也に話を通していたのは本当らしい。
「え? 私って、ここに住んでいいの?」
「あぁ、俺はいいぞ。昨日の夕方くらいかな。美帆さんが菓子折り片手に挨拶にきて、話は聞いた。この物件も元は神奈の一族のものだし、別に部屋はあまってるわけで、俺は断る理由がないからOKした。なんだ、一人暮らしがしたかったのか?」
私の立ち位置が微妙だから変に感じるだけで、ここは喜んでいいところだよね。
彼が私と暮らすのを容認したということだもの。
嫌いな相手と暮らすなんて考えるわけがない。
少なくとも、幼馴染以上に彼も思い始めてくれているという証。
「それにしても、美帆さんに子供かぁ。なんていうか、時の流れとは早いというか。知り合いが子持ちになるって、自分も年をとったなぁって感じにならないか?」
「そうかもね」
私も朔也も、もう22歳で大人なんだって実感をする。
私の友達も、何人かは結婚しているし、そういう年ごろなんだって思う。
「それよりも、そろそろ花火大会の準備だろ?」
「あ、うん。浴衣を着てくるから……」
私と朔也も、そう遠くない未来に家庭を持てるような関係になれたら……。
淡い期待をしつつも、私はある不安を抱えていた。
千歳さんへの想いが復活していたとしたら、私は彼に……必要なくなる。
朔也が私の事を本当に好きかどうか、彼の想いを信じられない自分がいたの――。