第4章:信じられない想い《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
東京から戻ってきて、神奈の様子がおかしいことに気付いた。
どこかおかしいと言われたら、どこがとはっきりは言えない。
雰囲気とか、いろいろと変だと感じることはある。
東京で何があったかと言えば、あったわけだが……。
「あの件を知られた?」
俺が東京で極秘に千歳と会っていたことを。
千歳から連絡を受けたのは数週間前だった。
夏の始まり、突如、俺の携帯電話にかかってきた電話。
『朔也ちゃん、貴方に会いたいの』
今さらだと分かってはいたけども、俺は彼女に会うことにした。
その頃、ちょうど俺は千沙子の告白を断り、神奈に想いを傾けようとしていた。
だからこそ、俺は会ってけじめをつけようとしたのだ。
「……神奈はこのことを知らないよな?」
千歳は今はもうアメリカに行ってしまったはずだ。
情報を知るすべはない、はず。
「だとしたら、他の事か?」
都会の空気に影響されたとか?
あの神奈が……?
それこそ想像できないな。
「分からん。何があったのかな」
今は様子をみていることしかできない。
俺はそう感じていた。
アイツの悩みが何なのか、気づいてやれずに。
忘れてしまいそうになるが、神奈はまだ俺の家で暮らしている。
こちらに戻ってから数日後。
俺は仕事から帰ってくると神奈が何かの準備をしていた。
「何をしてるんだ、神奈?」
「ん? あ、おかえり。これはね、今年の浴衣の準備してるの」
「……浴衣?」
言われてみれば、神奈が用意しているのは浴衣だった。
色鮮やかな神奈に似合いそうな浴衣。
「……もしかして、忘れてる?」
ジト目の神奈に俺は焦りながら首を横に振る。
「い、いや、忘れてない。花火大会だろ?」
この町で花火が見られるようになったのはつい最近のことだ。
ホテルができて、観光客誘致のイベントとして作られた花火大会。
俺が町を出た後のイベントだけにピンっとこなかっただけだ。
神奈とも夏前に花火大会に行く約束をしている。
「明後日だっけ。ちゃんと覚えてるぞ」
「それならいいんだけど。私と行く約束も覚えているわよね?」
「当然だろう。そっか、もうそんな時期なんだな」
お盆が終わればもう学生たちは夏休みも終わり。
さらば、静かな日常よ。
夏休み中は教師の仕事も普段と違い地味なものになりがちだった。
またあの忙しい日々の始まりというわけだ。
夏休みが終わって憂鬱になるのは学生だけじゃないってね。
「今年は浴衣を新調したの」
「そうか。それは期待してるぞ」
「うんっ。そうだ、ご飯の方はもう少し待っていてね」
いつもと変わらないように見える神奈。
だが、持ち前の明るい笑顔が最近、曇り気味だ。
「……あのさ、神奈?」
「どうしたの?」
「最近、何かあったのか?」
「別に? あったと言えば、お店に出られないってのは暇なのよね」
神奈にとってはあの居酒屋は仕事以上の意味があるのかもしれない。
だが、それだけなんだろうか。
他にも違う何かがあるような……。
俺の考えすぎならいいんだけどさ。
「そんなに変だった?」
「変というか元気がないというか」
「……そう。朔也には私がそう見えるたのね。それはきっと……ううん。何でもないわ」
神奈は言いかけてやめる。
本人も何か心当たりはあるらしい。
そのあとは話から逃げるようにキッチンに行ってしまう。
俺は気になりながらも自室に戻った。部屋の片隅に置いてある小さな箱。
千歳へ渡せなかった婚約指輪の箱だ。
「……もう俺には必要のないものだ」
そのうち片付けようとテレビの上に置いておく。
この部屋も掃除しておかないとなぁ。
神奈が家に来てからやたらと掃除したがるので困っているのだ。
「アレな本とかは……こっちに置いておくとしよう」
女の子が家に住むってのは単純じゃないんだよなぁ。
「そうだ、せめて、写真だけは代えておくか」
写真立てについこの前、撮った写真を飾ることにした。
東京に行ったついでにデジカメの画像を現像してきたのだ。
俺と神奈が仲良く映る写真を飾ると、俺は実感する。
「昔とは違うんだよな」
この写真を見れば一目で分かることがある。
月日の流れが変えるもの。
俺も神奈も大人で、子供のころとは違う。
それは容姿だけじゃなく、抱える想いも昔と違うという事を――。