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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第4部:願いごと、ひとつだけ 〈神奈編・相坂神奈END〉
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第3章:まさかの出会い《断章3》

【SIDE:相坂神奈】


 小さな頃、手を繋ぎあって朔也と一緒に歩くのが好きだった。

 優しくしてくれたり、甘えたり、時に悪戯もされたりするけど、私を可愛がってくれた。

 仲がいい兄と妹、はたからみればきっとそんな風にうつる関係。

 私たち自身も兄妹みたいに想いあってきた、大切な幼馴染。

 私は朔也が子供の頃から好きだった。

 自覚したのは私が溺れて、それを朔也が助けてくれたこと。

 でも、それ以前からも想いはあったし、自覚したのがあの事件だったということ。

 それから何年たっても、想いは消えなくて。

 むしろ膨らみ続けるこの想いは誰よりも大きくなっていた。

 けれども……私の思いはまだ報われていない。

 想いの年数は恋愛には関係ない。

 それは10年だろうが、1年だろうが、相手に気にいられなければ何の意味も持たない。

 私は朔也にようやく気にいられようとしている。

 私の想いに、朔也が応えてくれるかもしれない。

 幼馴染の壁を乗り越えられるのかも、という淡い期待。

 そんなことを彼の態度から感じ始めていた。

 朔也が私を愛してくれる、その時を待ち望んでいたの。

 だけど……そんな私に神様は残酷な試練を与えようとしていた――。

 

 

 

 

「はじめまして、相坂神奈さんですよね」

 

 まさかの出会いと言うのはこういうものなんだ。

 出会うはずがないと思っていた相手が目の前にいるの。

 朔也の元婚約者にして、ずっと心に残っている相手。

 写真でしかみたことがなかった千歳さん。

 

「私は一色千歳と言います」

 

 あの千歳さんと私は初めて実際に出会うことになる。

 彼女は足が悪いという話通り、車いすを利用していた。

 それにしても、可愛らしい少女だなって私は思った。

 女の子から見てもとても可愛いらしい顔つきをしている。

 

「どうして、私の事を?」

 

 気になったのは私の事だ。

 朔也の話だとあの町に戻ってきてからは千歳さんとはあっていないはず。

 ずっと探しても会えなかったって言ってたもん。

 私の存在なんて知るはずがない、それなのに……なぜ?

 

「普通は驚きますよね。でも、一昨日、朔也ちゃんに会ったんです。その時に見せてもらった写真があって覚えていました。あの写真通りの女の人が偶然にもそこにいてびっくりしちゃいましたよ」

「……朔也と、会った?」

 

 私は驚きが隠せずに身体が震える思いがした。

 もしかして、朔也が東京に来た本当の理由ってこういうことだったの?

 でも、そんな機会はなかった……ううん、一度だけあったわ。

 最初、東京の朔也の実家にきたときの会話を思い出す。

 

『おぅ、神奈。悪いがちょっと、出てくる』

『どこに行くの?』

『1時間ほどで戻るよ。俺の友人に会ってくる。母さん、神奈をよろしく』

 

(久々の実家で会いたい友人もいるはず……一応、確認だけども男の子よね?)

 

 あの時だ……会った人物は男じゃなかった、女の子だったんだ。

 しかも、あの千歳さんが相手ってどういうことなの?

 

「神奈さん?」

「あ、すみません。ちょっとびっくりして。朔也からはしばらく、千歳さんとはあっていないって聞いたんですけど」

 

 会えなかったから、あの婚約指輪も渡せずに別れることになった。

 そのはず、だった。

 

「朔也ちゃんと会ったのは最後のお話がしたかったからです。ごめんなさい。私、我がままばかりで……もう会わないって決めたのに、自分から去ったのに、どうしても最後にお話をしたくて。朔也ちゃんに2週間前に連絡を取ったんです」

 

 彼女は何だか悲しそうな顔を見せた。

 そもそも、愛情と言う意味ではふたりは別れる必要なんてなかったもの。

 あの事故がすべてを狂わせただけ。

 会いたいと思えば、会える関係なんだと、改めて気付いた。

 

「最後ってどういう意味ですか?」

「私……アメリカで暮らすことになったんです。この傷の治療もそうですけど、お仕事もあちらがメインになりつつあるので。最後に朔也ちゃんとけじめだけをつけたくて、彼と連絡を取ったんですよ」

 

 彼女はそっと私に頭を下げる。

 

「神奈さん、ごめんなさい。今は貴方の恋人なのに勝手なことをしてしまいました」

「え? 私のって?」

「……朔也ちゃんとよりを戻すとか、そういう話じゃないんです。ただ、会いたくて、話をしたかっただけなんです。貴方を不愉快にさせるつもりはありません。本当にごめんなさい」

 

 勘違いしてるんだ。

 彼女は私の存在を朔也の恋人だと思ってる。

 私には千歳さんに頭をさげてもらう立場じゃない。

 “恋人”でもない、ただの“幼馴染”の私には――。

 

「やめてください、千歳さん。朔也から話は聞いてます。ふたりがどういういきさつがあったのかも。だから……貴方が気にすることはないと思います。朔也も、千歳さんも、いろいろとあったんでしょう?」

 

 あの事故さえなければ、朔也と結婚していたかもしれない。

 運命が邪魔さえしなければ、朔也はまだ東京で彼女と楽しい日常を暮らしていた。

 そう考えると、私には何も言えなかった。

 

「朔也と話せてよかったですか?」

「えぇ。とても、よかったです。私は彼から逃げてしまいましたから。やっぱり、話をして、けじめをつけられたのは必要でした。彼から今の貴方の話も聞いたんです。だから、もしも、逢えたら話をしてみたかったんです。あの、神奈さん……」

「はい、なんですか?」

 

 お互いに向き合いながら、彼女は私にこう言った。

 

「……お幸せに。と、だけ言わせてください。私は朔也ちゃんから逃げて、彼を深く傷つけました。でも、今の朔也ちゃんは幸せそうでした」

「千歳さん」

「彼を傷つけた私が言う資格はないのかもしれませんけど、あの人には幸せになってもらいたいんです。だから、神奈さん……貴方に彼を幸せにしてあげてほしい。自分勝手ですけどお願いします」

 

 一途な思いが私に辛かった。

 本当ならば自分が隣にいるべきだと、色々と言いたいこともあるはずなのに。

 千歳さんは強い、心が強い人だと思った。

 私には……自分の気持ちを我慢して、他人の幸せなんか願えないもの。

 

「はい……」

 

 私は一言だけうなずくと彼女は嬉しそうな微笑みを浮かべる。

 

「今日、ここで偶然、貴方にあえてよかったです。できることなら、直接言いたかったんです。私、実は今から飛行機でアメリカに行くんですよ。こんな場所で出会えるなんて思ってもみませんでしたけどね」

 

 彼女は「運命の出会いってあるんですね」と嬉しそうに語る。

 

「あ、あの、ひとつだけ千歳さんに聞いてもいいですか?」

「いいですけど?」

「……千歳さんにとって朔也ってどんな人だったんですか」

 

 私は卑怯だ、今の彼女にこんなことを聞くなんて。

 千歳さんは少しだけ「うーん」と考えてから言ったの。

 

「朔也ちゃんは太陽ですね」

「太陽ですか?」

「いつだって、どんな時だって、私を明るく照らしてくれる。いつも温かく、優しく元気をくれる。初めて会ったときから、私にとって彼は太陽みたいな人でした。神奈さんにとってはどうですか?多分、私と同じような気持ちを抱いてると思いますけど?」

 

 千歳さんは不思議な人だ。

 その不思議な魅力に朔也も惹かれたのかもしれない。

 

「あっ、そろそろ行かないと。飛行機の時間があるので、失礼します。飛行機に乗るのは事故のせいで苦手意識があってビクビクしてますけど。ふふっ」

「千歳さん……お気をつけて」

「はい、ありがとうございます。神奈さん……さよなら」

 

 微笑みを浮かべて去っていく彼の後姿を眺めていた。

 彼女は日本を去る、そう言っていた。

 最後に会いたかった人が……朔也だったなんて。

 

「……そして、朔也と会ったんだ。朔也は……千歳さんに会いに来た」

 

 どんな気持ちで彼は彼女に会ったんだろう?

 よりを戻したくて、気持ちを、過去を取り戻したくて?

 

「私がいなければ、あのふたりは、よりを戻してたの?」

 

 言葉に出して余計に不安になる。

 千歳さんは私に会ってよかったと言ったけども、私にはそう思えなかった。

 

「あんなにいい人だなんて知らなかった。……私は千歳さんと会わない方がよかったよ。あんなに優しい人だったなんて」

 

 あまりにも優しい人だったからこそ、会わずにいた方がよかった。

 ……彼女の事を想うと、とても辛いの。

 運命って残酷なことが平気であるから怖い……。

 

 

 

 

 それから数分後、ようやく朔也がやってくる。

 彼は私と千歳さんがあった事を知らないんだよね。

 そして、今もなお、彼女と会ったことを私に黙っている。

 それが何だかとても嫌なんだ。

 私の知らない所で、というのが……秘密を抱え込んでいるのが嫌なの。

 

「悪い、待たせたな。ちょっと混んでたから別の場所を探してた。……神奈?」

「……」

「あれ? 待たせ過ぎて怒ってる? それともなにかあったか。あれだろ、ナンパか? それは悪かったな」

 

「違うって。なんでもないから気にしないで。それよりも、ケーキ、おごってよ」

 

 気持ちを切り替えようとしても、すぐにはできない。

 朔也とのデートはそのあとも楽しかったはずなのに、どこか楽しめない自分がいた。

 私には分からない。

 朔也の気持ちも、千歳さんの思いも、私の心も……。

 ううん、少し違うのかな。

 分からないんじゃない、分かりたくないだけかもしれない。

 いろんなことを考えて、悩んで答えを出すことが辛いから私は分かろうとしないんだ――。

 

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