第3章:まさかの出会い《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
東京に滞在して数日目。
明日には再び俺たちはあの町へと戻ることになっている。
ショッピングでもしたらどうだ、という俺が繁華街に誘った。
いろんなお店を回りながら神奈は感心するように、
「東京って人も物もあふれているのね」
「まるで田舎から来た人間みたいなセリフを言うんだな」
「田舎で悪かったわね。元は朔也も同じ場所に住んでた人間でしょうが」
「ははっ。俺も最初は色々と戸惑ったよ。あの町にはないものがここにはあって、でも、ここにはないものがあの町にはある。俺はどちらかと言えばあちらの方があってるようだけどな」
賑やかな都会暮らしはもちろん、楽しいけども。
大切な人たちがいる、あの町は今の自分には大事な場所だ。
「東京暮らしになれてたくせに、今さらよく戻る気になれたわよね。こっちじゃ朔也にとっては女の子とも遊び放題でいい場所なんでしょう?」
「うぐっ。俺は別にそこまで軽い男でもないんだけど。なぜか、神奈の中では俺ってナンパ野郎扱いですか。深いことは気にせずに。そういう神奈はどうだ?東京に来てみてこっちに住みたいとは思わないのか?」
「思わないわね。欲しいものが買える、これはいいと思う。でも、私は人が多いのはやっぱり苦手よ。あの町の方が私には合っているかも」
意外と人見知りをするタイプな神奈らしい。
俺がくすっと微笑したら、神奈は気になったようで、
「何を笑ったの?」
「いや、昔を思い出した。そういや、神奈って小さい頃は俺の後ろに隠れてばっかりだったよなぁ。初対面の人とか苦手でさ。千沙子もそうだったけど、ふたりとも今は接客業じゃん。そういう意味では人の成長って面白いなぁって」
千沙子もずいぶんと大人しかったから、今とは完全にイメージが違う。
そんなふたりが今の職業は人と接するという仕事だけに、何だか面白くてしょうがない。
「さり気に千沙子と一緒にされるのは不満だわ。あの子は朔也とあって性格まで変わっちゃったから。私とは違うの。それに、別に今はそこまで人見知りじゃない。お店してたら慣れたし。それに小さい頃は、その……」
「その?」
「単純に朔也を頼りにしてただけなの。いつだって、お兄ちゃんみたいだったから」
彼女は軽く照れくさそうにつぶやいた。
「なるほど。俺が神奈を甘やかせていただけか」
「……上から目線なのがなんかムカつく」
「そこに反応するのかよ」
不満そうな彼女だが、懐かしい過去を思い出して悪い気はしていないようだ。
「さて、と。欲しいものは買いそろえたのか?」
「そうね。服も適当にみてまわったし、あとは……」
「アクセとかは興味ないのか?」
「ブランド物とかよく分からないから興味ないもの。朔也がくれたピンキーリングは大事にしてるけども。それくらいかな」
前に俺が買ってあげたやつか。
ホント、神奈って今時の女の子としては物欲がなさすぎる。
都会の女の子は欲望だらけだが、これだけ欲がないのもどうかと思うぞ。
「欲がないなぁ、神奈は。メイク道具とか、いろいろとあるんじゃないのか?」
「適当に。朔也がそういうものが好きな女の子の方が好きって言うなら考えるけど」
「高級品ばかり好きな女の子の財布扱いされた嫌な過去は捨てておきたいが」
「……ジー」
変な発言で神奈の疑惑の目を向けられている。
「さ、さぁ、次はどこにいく? そろそろ、休憩でもするか?」
「あからさまに話題を変えて誤魔化そうとするし」
「えっと、今の失言は忘れてくれ」
「朔也が翻弄される女の子って、年上? そうだよね?年上の子だよね? 朔也ってば昔から年上相手だけは弱かったもん。ねぇ、そうなんでしょう? 絶対、そうに違いない」
神奈の前では千歳を含めて、元カノの話題は禁句だ。
下手につつかれるのはこちらとしてもよくない。
「そんな過去の話は忘れたよ」
「シリアスな顔で言うほどのことじゃないから。大体、朔也はねぇ……」
「あー、俺が悪かったから、それ以上の突っ込みはなしでお願いする。ほら、何か食べよう。ケーキなんてどうだ? 美味しいと評判のケーキ店がこの辺にあったはずだ」
ホント、女の子って難しい。
ご機嫌とりに忙しいのは今も昔も変わらず苦手だ。
「朔也の過去は気になるわよ。だって、私の知らない時間があるんだから」
「……それは、そうだけど」
「そう、その間に朔也がどれだけの女の子と付き合って、いろんなことをしてきたかは分からない。けれど、千歳さんみたいに婚約寸前までいった子がいるんだから不安になったり、知りたいって思っても仕方ないじゃない」
思わず本音が出た、と言った表情の神奈。
慌てた様子で「なんでもないから気にしないで」と誤魔化した。
神奈はこういう女の子なんだ。
言いたいことを言うようなタイプに見えて、気を使って本音を出さないタイプだ。
これまでの俺に対しての不満もあるんだろう。
それをあえて言わずにきた彼女が「不安」という言葉を口にした。
「……悪かった」
「別に謝ってくれなくてもいいし」
「ケーキ、食べさせてあげるからさ。ほら、行こうぜ?」
俺は彼女を連れてケーキ屋に入ろうとする。
しばらく歩いていたら、トイレに行きたくなってきた。
「っと、悪い、ちょっとトイレにいってくる。この辺で待っていてくれ」
「うん。いいけど」
俺はそう言って、彼女をひとり残して駅の方へと向かって行った。
……。
駅の方へと歩いていく朔也を見送る神奈。
彼女はベンチに座ると、人々の流れを見ながら楽しんでいた。
「人がいっぱいいるのも、面白いかも」
様々な出会いや、コミニティ、繋がりみたいなものが見えてくる。
その時、神奈に話かけてきた女性がいた。
「あの、もしかして、相坂神奈さんですか?」「はい、そうですけど……え!?」
こんな場所で知り合いにあうはずもなく、そして、その相手は知り合いではなかった。
だけど、彼女は驚きながら相手の顔を見て、それが誰なのかを理解する。
「よかった。本当に貴方で。なんて言われても分かりませんよね。初対面ですし」
「……いえ、分かります。その、貴方のことが誰なのか」
「そうなんですか? だったら、よかったです。いきなり話しかけて、びっくりさせてしまったようですから」
まさか東京で出会うとは思わなかった。
だから、神奈は驚きを隠せなかった。
写真でしか見たことがない相手。
でも、ずっと自分の中で意識してきた相手。
その儚げな女の子は“車いす”に乗っていた。
「――はじめまして、私は一色千歳(いしき ちとせ)って言います」
そう言って、千歳は神奈に笑いかけた。
「貴方に一度、会ってお話がしてみたかったんです。朔也ちゃんの大事な人である、貴方に――」
朔也の元婚約者。
今もなお、彼の心に居続ける女性。
まさかの出会いは、彼女達の関係にどんな影響を与えるのか――。