第3章:まさかの出会い《断章1》
【SIDE:相坂神奈】
数日後、私は東京にいた。
電車を乗り継いで、初めて来た東京は想像以上に人が多い。
「へぇ、本当に都会は人が多いのね」
あの町から出ることがほとんどない。
私にとっては隣街くらいしか行動範囲がないので、こんな場所に来るのは滅多にない。
実際に東京まで来たのは初めてだった。
「お前にとってもいい経験になるだろ」
「別に都会がどうとか思わないけどね。人も物も多いだけ、興味があるかは別でしょ」
「今時の女の子としてその考えはどうかと思うぞ。美帆さんが心配するはずだ。最新のファッションや文化に興味を持ちなさい」
朔也が何を心配してくれているのかは知らないけど、私は今の生活で満足してる。
私はあんまり人が多い場所が好きじゃないの。
だから、都会というのは少し息苦しさを感じるくらいだ。
「田舎をバカにしてない?」
「してないっての。ほら、適当に回りながら行こうぜ」
私たちが向かった先は朔也の実家だった。
朔也たちが家族ごと引っ越したのは私たちが中学を卒業した頃。
もう7年近くも前になるのね。
「ホントに私がついてきてよかったのかな?」
「気にするなよ。話はすでに通してある。母さんも、久々の神奈に会いたがってたぞ」
「そう言ってくれると嬉しいけども。気にはなるわ」
朔也は恋人でもない私をどう紹介するつもりなの?
それが気になっていた。
ただの幼馴染としてか、私はまだ関係として呼べないから。
さらに電車を乗り継いで、私たちは住宅街の方へとやってきた。
朔也の実家はそれなりに大きな家で、朔也のお母さんが私たちを出迎えてくれる。
「ただいま」
「おかえりなさい、朔也。あっ、後ろにいるのは神奈ちゃんよね?」
「は、はい。ご無沙汰してます」
久しぶりに見る朔也のお母さんは今も変わらない美人だ。
昔からすごく素敵な人だったけども、年齢を重ねてもほとんど変わっていない。
「昔と比べてとても綺麗になったわねぇ。それにしても朔也も、神奈ちゃんと交際するなんてこれも運命っていうのかしら」
……交際?
どうやら、おばさんは私と朔也が交際してると思いこんでるみたい。
朔也の性格だから、面倒で誤解を解かずに放置してるのかもしれない。
「とりあえず、荷物を置きたいんだが?」
「そうね。部屋は別々でいいの? 一緒がいい?」
「別でいいよ。俺は自分の部屋を使うから、神奈に部屋を案内してやってくれ」
「分かったわ。神奈ちゃん、こっちよ」
私はおばさんに案内されて客間に通される。
和風な部屋で、すでに布団のセットなどが用意されていた。
「この部屋を使ってね。ここにいる間は自由にしていいから。ホント、あの神奈ちゃんがこんなに大きくなって、また朔也と一緒にいるなんて」
「朔也があの町に戻ってきたのは驚きました」
「私たちもよ。あの子の決断を聞いた時は驚いたわ」
生まれ故郷に戻る、その決断は彼だけの意思じゃない。
その背中を後押ししたのは……千歳さんだ。
今にして思えば、彼女のおかげで私と彼は再会できたんだよね。
「小さい頃から二人は仲が良かったものね。交際なんて驚いたけど、自然なことかもしれないわ。神奈ちゃんみたいな子が朔也の傍にいてくれると私も安心だもの」
ここまで好意的だとなんだか私も照れくさくなる。
「そう言えば、朔也から聞いたけども、神奈ちゃんはお店を引き継いだんですって?」
「えぇ、両親がしていたあの居酒屋です」
「若いのに大変ねぇ。お店の経営って……」
「好きでしていることですから」
あの町と、あのお店が私の大事な居場所。
他に私の居場所はないもの。
部屋がノックされたのでそちらを見ると朔也が顔をのぞかせる。
「おぅ、神奈。悪いがちょっと、出てくる」
「どこに行くの?」
「1時間ほどで戻るよ。俺の友人に会ってくる。母さん、神奈をよろしく」
おばさんは「神奈ちゃんを放っておくなんて」と朔也をたしなめる。
けれども、私は別に気にしないので彼の好きにさせる。
久々の実家で会いたい友人もいるはず……一応、確認だけども男の子よね?
それから、私とおばさんは夕食作りを一緒にしていた。
「悪いわね、お手伝いなんてさせちゃって」
「料理は好きなんです」
「ホントに神奈ちゃんはいい子ね。あの頃と変わっていないわ」
そう言えば小さい頃も朔也の家に遊びに行ったときにお菓子の作り方をおばさんに教えてもらったりしたっけ。
なんだか懐かしい気持ちになりながら料理をしていると、
「……ありがとう、神奈ちゃん」
「え? 何がですか」
「朔也の事よ、あの子、東京にいた頃はすごく何かに落ち込んでいたの。あの町に就職が決まった時も何だか辛そうにしていたわ。それなのに、今はすっかりと元気を取り戻している。神奈ちゃんのおかげでしょう?」
朔也は千歳さんの事でショックを受けていた。
それは誰から見ても辛く見えたに違いない。
「朔也が元気になったのは私だけの影響じゃありません。中学の同級生や友達、それに彼の学校の生徒たち……たくさんの人々に触れて朔也は元の朔也に戻ったんだと思います。私はただのお手伝い程度しかできてませんから」
「神奈ちゃんがいたからこそ、だと思うの。朔也は電話で言っていたもの。あの町に戻ってきて本当によかったって」
朔也が戻ってきてくれて嬉しかったのは私だ。
例え、どんな事情でも彼が帰ってきてくれたのが嬉しかったの。
「これからも朔也を支えてあげてね?」
「はい、私にできることなら」
私たちは笑いあいながら料理を続けた。
そのあと、朔也とお仕事から帰ってきた朔也のおじさんと4人で食事をした。
おふたりとも私を歓迎してくれていたのが嬉しく思えたんだ。
そして、少しだけ朔也の気持ちも見えた気がしたの。
こんな風に私を扱ってくれる朔也。
……今は本当に私の事を思ってくれているんだって。
私には自信がなかったんだ。
朔也に愛されているか、どうか。
だけど、彼の気持ちが少しずつでも私に向いてるのを知った。
私だけに与えられたチャンス……。
朔也の心を私に振り向かせたいって改めて強く思えたの――。