第1章:幼馴染の壁《断章3》
【SIDE:相坂神奈】
朔也の気持ちを考えてみると、私は結構、大きな一歩を得たのかもしれない。
だって、最大のライバルの千沙子が消えた。
あとは朔也の心の奥底に今も思い続けている千歳さんだけ。
彼女の想い以上に私の事を朔也が思ってくれれば私の勝ち。
でも、幼馴染の壁っていうのは思っていた以上に高い。
朔也の妹という立場が中々、変わらないのは辛い。
「長い付き合いだからこそ、大変なこともあるってことかぁ……」
「は?なんか言ったか、神奈?」
「う、ううん。なんでもない。そうだ、朔也。何が食べたい?」
私と朔也はスーパーでお買い物中。
これから1週間ほど一緒に住むので食料は必要だもの。
「神奈に任せる。その辺、適当によろしく」
「人任せでいいの?」
「お前の料理はなんでも美味しいからな」
嬉しいことを言ってくれる。
女としてはそういう一言はかなり嬉しいかも。
「あっ、とりあえず今日の夕食はカレーが食べたい。お肉を希望する」
「オッケー。お肉は朔也の給料で言うとこの辺が無難かな。高すぎず、安すぎないお肉よ」
「うぐっ。俺の給料具合をよくご存じで」
高すぎないお肉をチョイスすると朔也は苦笑いを浮かべた。
そりゃ、毎日、うちのお店を利用してくれるから大体は分かる。
給料明細を実際に見たわけじゃないけども、給料間際はあまり高いものは頼まないし。
「それともうひとつ、言い忘れてた。食料は3日分くらいでいいからな」
「え? それってどういう意味? まさか、3日後には私も追い出されちゃう?」
「なんでだ。美帆さんから責任持ってあずかってるんだからそれはない」
何気に子供扱いされてない、私……?
まぁ、朔也のそういう責任感のあるところは好きだけど。
「そうじゃなくてさ。俺、3日ぐらい実家に戻るつもりだから。お盆くらいは実家に顔を出せって親がうるさくてな」
「そうなんだ……?」
朔也の両親は東京暮らしをしている。
元々、朔也の家柄って東京の方の人間だからね。
「何を他人事のように。お前も一緒に来ないのか?」
「え? え!?」
朔也の提案に私は驚いてしまう。
元々、実家に戻る予定があったのに、私が無理に彼の家に泊まることになった。
それなのに、ちゃんと私も付いて行くのを考えてくれている。
「……いいの?」
「お前を置いていくのもアレだ。来いよ。東京なんて行ったこともないだろ? 神奈ひとりぐらい増えても、問題はない」
「うん。朔也がそう言ってくれるならついていく」
「OK。うちの親にも話をしておくよ。その準備もしておいてくれ」
……でも、これっていわゆる親に紹介って感じ……だったらいいけど、違うよね。
どちらにしても、朔也のご両親に会うのも久しぶりだなぁ。
ふたりともとても優しい人だったのを覚えている。
うちの大雑把な両親とは大違い。
「あれ? そういや、神奈の両親も東京だっけ?」
「東京だけど、旅行中だって聞いてるよ」
うちの両親は旅行好きなので暇さえあれば旅行に行く。
この前、電話したときには夏の北海道に行く予定があるって言っていたっけ。
「そうか。タイミングが悪かったな。とりあえず、そういうわけだからさ」
「うん。3日分でいいんだね。それじゃ、適当に買おうかな」
私達は買い物を続けていると、目の前に女の子の姿が見えた。
朔也が彼女に気付くと声をかける。
「あれは千津か。おーい、千津」
「朔也先生と神奈さんだ。おはよう」
「おぅ。久しぶりだな。夏休み、楽しんでいるか?」
偶然にもスーパーで見かけたのは千津さんだった。
彼女はたくさんのお菓子をかごに入れている。
「うん。楽しんでるよ。これから、望月先輩と桃花と会う約束をしているの」
「部活仲間として、仲がいいのはいいことだ」
「えへへっ。仲のいい友達がいるっていいことだよね。先生たちは仲良くお買い物? 恋人同士って楽しそうでいいなぁ」
千津さんもすっかり元気になっている。
私が彼女と初めてあった頃はいろいろとあったけれど、今の彼女を見てるとその悩みもどうやら解決して順調みたいね。
それにしてもこうして、朔也の教え子と会うと彼も意外にちゃんと教師をしているんだって思えるから不思議だ。
「神奈さん。先生との恋人関係は順調? 浮気とかされてない?」
そうだ、千津さんの前では私と朔也は恋人設定だったんだっけ。
「順調、順調。このお盆には朔也も両親に紹介してくれるって言うし」
「えぇー。先生、すごい。それって、もしかすると?」
「もしかしないから。結婚とか違うから」
慌てて朔也が否定して、私を軽く睨む。
少し調子に乗りすぎたかな?
でも、こうやって他人から恋人みたいに思われるのって幸せなんだもん。
「なんだ、違うんだ。朔也先生ってこういう時、ヘタレそうだもんね?」
「こういう時ってどんな時だ。ったく、神奈も変なことを言うな」
「あははっ、神奈さん、頑張ってね。それじゃ、先生、神奈さん。バイバイ」
千津さんが去った後、朔也は独り言をつぶやくように、
「あの子もずいぶんと明るくなったな」
「……朔也のおかげでしょ? いい先生をしてるじゃない」
「俺のおかげ? 違うよ、俺はただ手伝いをしただけだ。あの子が立ち上がるためのな」
朔也がなりたかった先生と言う夢。
確実に教師として成長している。
夢をかなえている、そう思うとなんだか私まで嬉しくなる。
「何を笑ってるんだ、神奈?」
「別に。なんでもないよっ。買い物を続けようよ」
朔也みたいに私にも夢があったら……。
私には何か夢があったかな。
私の夢、あるとするのならば。
「幼馴染の壁を乗り越えたい……」
それは……朔也の横を堂々と歩けるような関係になること。
彼の後ろをついていくような今の関係から少しだけ前に進みたいよ。




