第1章:幼馴染の壁《断章1》
【SIDE:相坂神奈】
朔也の家でしばらくお世話になることになった。
久々に訪れる彼の家、と言っても1週間と少ししか経っていないけど。
千沙子と朔也が怪しい関係だったから、私もどう踏み入っていいのか分からない。
あのふたりって……実際はどうなんだろう?
花火大会の事がなんでもないとしても、特別な関係には思える。
千沙子は私よりも先に進んでいるとみていいはず。
そんなことに不安になっていた私だけど、朔也の思わぬ一言からすべてが始まる。
「――千沙子の告白は正式に断ったんだ」
彼の口から紡がれた言葉。
正式に、断った?
千沙子の告白を断ったってこと?
そのことを理解するのに少し時間がかかった。
「どういうこと?」
「千沙子には好きになれないって言った」
「……そ、それって、え?」
あの千沙子が負けた?
朔也には私も告白している……それじゃ、私は?
「あ、あの、朔也。そって、つまり私を選んでくれるってこと?」
「千沙子か神奈かどちらか、という意味ではだけど。恋人って意味じゃない」
「……はい? 千沙子は負けて、私を選んでくれたんだよね?」
喜んでいいのかどうか、ちょっと良く分からない。
千沙子との勝負に勝って、でも、恋人ではないってこと?
朔也は気まずそうな顔を見せて私に言う。
「ちょっと意味が違うんだが、怒らずに聞いてくれ。千沙子と神奈のどちらを恋人にするかって選択では神奈を選んだ。でも、俺、お前のことを幼馴染や妹以上に好きかどうかよく分からないんだよな。大事な存在だけど」
「ねぇ、朔也……思いっきり殴っていい? いいよね。殴らせなさい」
「だから、怒るなってば!?」
うぅ、怒りはないけど、なんか悲しい。
つまり恋愛感情は分からないけど大事にされているってことでいいんだよね?
考え方によれば、千沙子にはもう可能性はなくて、私には可能性がある。
それって、私も頑張って朔也に認めてもらえば……。
「……私にはまだ可能性はあるってこと?」
「だから、大事な子はお前だって言ってるじゃん。俺が恋をするのなら千沙子じゃなくて、神奈だってことだよ」
「そっか。喜んでいいのか微妙だけど、嬉しい」
少なくとも朔也が千沙子よりも私を選んでくれたってことだし。
私は朔也に好きになってもらえるように努力すればいいってこと。
前よりも少し進展、ううん、ライバルが消えたから勝ち目が見えてきた。
「私の事が好きかどうか微妙ってのはムカつくけど、千沙子よりも私を選んでくれたことは嬉しいよ。でも……千歳さんと私じゃどうなの?」
「千歳は関係ないだろ?」
「関係あるよ。だって、今でも朔也が好きなのは千歳さんでしょう?」
朔也の前の恋人にして婚約者だった女の子。
写真でしか見たことがないけれど、彼の心には今も彼女がいる。
「千沙子も神奈もちょっと勘違いしているんだよな」
朔也は苦笑いを浮かべていた。
「俺は千歳にはフラれている。今も好きとかそういうことじゃない。その辺だけ理解してほしい。いいか?変な誤解だけはしないでくれ」
「……ホントに?」
「千歳が今も好きなら、神奈を選んだりしないだろ」
「分かった。朔也がそう言うのなら信じる」
彼が他の誰でもなく、私を次の恋の相手に選んでくれた。
それならば、私は彼を振り向かせるだけのこと。
今までとすることはほぼ変わらない。
彼の気持ちの持ちようが変わっただけ。
素直に私を好きだって言ってくれればいいのに。
「あー、しまった。シャンプーを持ってきてない。あのお気に入りのやつ。でも、明日はもうリフォーム始まっちゃうし」
うちは1階がお店で2階が住居スペースになっている。
お店部分のリフォームはしたけど、今回は住居スペースの方のリフォームをするんだって。
お姉ちゃん……結婚して出ていくと思ったんだけどなぁ。
『どうせなら朔也君のところにお世話になっちゃいなさい』
お姉ちゃんにそう言われて、私も朔也に頼むことになったんだけど。
「朔也の傍にいられるからいいか」
数日をここで過ごすだけとはいえ、荷物は少なくない。
朔也がお風呂に入っている間に私は部屋で荷物の整理をしていた。
「もう1時か。私もお風呂に入ったら寝よう」
朔也もお仕事は休みだって言ってたけど、私もお店はしばらくお休みになる。
リフォームが終わるのはお盆が明けてからなので、営業開始もそれからだ。
「それにしてもお姉ちゃんも何を考えているんだか」
私をあのお店から追い出すつもりなのかな。
前々から自由にしていいとは言われているけども。
私はこの町から出ていくつもりもないし。
「今さらだよね……?」
自由になったところで、私にはしたいことは多くない。
「……はぁ」
小さくため息をついて私はふと目の前の段ボール箱に視線が向いた。
もとは物置として使ってる部屋なので、朔也の荷物も少し置いてある。
「いまだに段ボールに入ってる荷物って何?」
朔也に無断で私は段ボール箱をあけてみる。
中には雑誌やDVDの類のものが入っていた。
ちょっと不安だったけど……大丈夫、変なのじゃなかった。
もしも、エッチなDVDと雑誌ならゴミとして捨ててあげられたのに。
「あれ? これは……?」
中から出てきたのは小さなアルバム。
アルバムに入っていたのは私が何度か見たことのある顔。
「千歳さん……?」
朔也の元恋人の千歳さんとの写真が並んでいる。
「朔也の想い出かぁ」
見たくないような、見たいような。
複雑な心境ながらも私は適当に眺めていた。
恋人同士というだけあって、仲のいい写真が並ぶ。
千歳さんはどことなく子供っぽいイメージを持つ。
「童顔だし、可愛い子だよね。私と同い年だっけ」
会ったことはないけども、朔也に影響を与えてる女性として気になる。
千歳さん……今はどこで何をしているんだろう?
朔也のこと、今でも好きなのかな。
「千沙子がライバルじゃなくなったら、次は千歳さんか」
考えたらきりがないけれど、どうしても考えてしまう。
アルバムの中で朔也と千歳さんは楽しそうで、幸せそうで、羨ましい。
けれど、これは過去……今じゃない。
「……朔也を幸せにするのは、私なんだから」
朔也は気になる相手として私を選んだ。
その意思を私は信じると決めたの。
「おーい、神奈。俺は出たが、風呂、入るのか?」
「あ、うん。すぐに入る。朔也はもう寝るの?」
「いや、もう少しだけ起きてる。新人の先生はやることが多いんだ」
この数日の間で、私たちの関係をさらに進展させたい。
私も……頑張らなきゃ。
大切な人を振り向かせるために――。