最終章:想い、遥かに
【SIDE:鳴海朔也】
俺がこの美浜町に帰ってきてから3年の月日が流れた。
千沙子との恋人関係も良好で、お互いにいい関係を続けられている。
そして、季節は再び夏を迎えていた。
「はぁ、それにしても暑いな」
「今年の夏は去年よりも暑くなるかもってテレビで言ってたよ」
「マジかよ。夏が暑いのは仕方ないが、暑すぎるのは勘弁だな」
照りつける太陽の下、砂浜で俺たちは今、隠れ浜でバーべキューの支度をしている。
夏の暑い日差しを受けての作業は結構大変だ。
「美人、さっさと火をつけて。それくらいすぐにできるでしょ」
「分かってるよ。日陰にクーラー置いとくから。鳴海、ビールを冷やしておいてくれ」
「了解。これが終わったら、俺は千沙子を呼んでくる」
「おぅよ。こっちは相坂と任せてくれ」
神奈と斎藤が準備をしてくれているので、俺は千沙子を呼びに行く。
今日は久々に中学の頃の同級生たちを集めての同窓会だ。
同窓会といっても、ただ単に町に残っている連中が集まって騒ぐだけだが。
あれから3年、それぞれの事情で何人かはこの町を去っていった。
それでも、今、残っている人間はこの町に残り続けたいと考えている。
だからこそ、この町で暮らし続ける仲間は大切なんだ。
「みんなも集まりだすころだな。さて、俺も行くか」
俺はバイクを走らせてホテルの方へと向かった。
千沙子もまだあのホテルで従業員として働いている。
ただ、配置がかわり、以前よりはシフトも俺との生活に合わせやすくなった。
そういう意味でも今の生活に互いに不自由さは感じていない。
彼女との結婚もそろそろ、と考えている。
ホテルにとつくと、既に千沙子はホテルの前で俺を待っていた。
「おはよう、朔也クン」
「おぅ。おはよう。夜勤明けだが大丈夫か?」
「大丈夫だよ。久々の夜勤でちょっと疲れているけれど」
最近は夜勤シフトに回っていなかった千沙子だが、従業員の病欠で昨夜はそちらに入っていたらしい。
千沙子はバイクの後ろに乗ると、俺に抱きついてくる。
「それじゃ、行きましょう。みんなはもう来ているの?」
「まだだ。ちょうどいいころ合いだろう」
「そっか。なんだかんだで皆と会えるのは楽しみよ」
「……まぁ、同じ町に住んでいるんだから個々ではあったりするけども集まることってそんなにないからな」
定期的にだが、お花見やバーベキューなど、昔のみんなが集まれるような会を斎藤たちが作ってくれる。
この町に残っている連中同士、仲良くやっていこうという感じだ。
「そういえば、斎藤クンって結婚したってホント?」
「あぁ。俺も一昨日、聞いたよ。式はしないそうだが、神奈たちと話しているんだけど、俺たちで斎藤たちのパーティーでも開いてやるかなって。まだ秘密だけど、斎藤を驚かせてやろうかって神奈がさぁ」
「そうなんだ……って、私も混ぜてよ。仲間外れにしないで」
「千沙子にも今日、話そうと思ってたんだ。仲間はずれにはしていないって」
図書館の司書をしている恋人と斎藤は先日、結婚をした。
アイツなりに考えてのタイミングなんだろう。
その報告は今日の同窓会でもするはずだ。
「アイツもようやく一人前の漁師になってきたのを師匠に認められたんだってさ。それで結婚も決めたらしい。頑張るよなぁ」
「私は神奈さんから聞いたんだ。……ねぇ?」
海岸沿いの道をゆっくりとバイクで走る。
背中につかまる千沙子は俺の耳元に甘く囁く。
「……朔也クンはいつぐらいに私にプロポーズしてくれるかな?」
「え?えっと、それはだなぁ……」
思わぬところからの追求に俺は言いよどむ。
これは決して嫌な意味でではない。
俺も結婚は考えているけれど、まだまだ教師3年目だし、いろいろと考えてしまう。
結婚を期待する千沙子の気持ちも理解しているつもりだ。
「冗談よ、困らせたくて言ってるんじゃないわ。朔也クン」
くすっと微笑する千沙子に俺は微笑で答える。
「俺たちも……近いうちに、とだけ言っておくよ」
「本当に?」
「……本当に。まぁ、そういうことだから」
照れくさくなり、俺は言葉を誤魔化す。
「そっか。うん、考えてくれているなら嬉しい」
彼女はつかまる手の力を強めて、
「期待してるから。貴方の口からその“言葉”を聞ける日を楽しみに待ってる」
「最大限の努力はするよ」
もう少しだけ先の未来に。
俺も自分の未来を真剣に考える時期にきている。
海水浴場はまだ人はまばらだ、本格的に賑やかになるのはあと1週間ほどだろうか。
駐輪場にバイクを止めて、俺たちは少し離れた隠れ浜まで歩く。
「隠れ浜って私は久しぶりかな。朔也クンと仲良くなれた思い出の場所だよね」
「……そういや、そうだったな」
あの場所で俺と千沙子は仲良くなるきっかけを得た。
ただのクラスメイトから友達へ。
そして、友達から恋人へ。
関係が変わっていくたびに、あの場所が俺たちの想い出の場所になっていく。
隠れ浜にはすでに十数人の同級生たちが賑やかに雑談をしたりしていた。
男女関わらず、うちの同級生は繋がりが深い。
「おっ、来たな。鳴海に君島、お二人さんの到着だ」
「相変わらず、仲がいいよね。ふたりって、お似合いの恋人っぽい」
「ふふっ。斎藤君の次はおふたりのゴールインが近いかな?」
彼らにそんなことを言われて気恥ずかしさを感じつつ、俺たちもその場に加わる。
「さぁて、と。これで皆も集まったか? 相坂、準備は?」
「お肉もお野菜も準備はOKよ。美人、アンタはまず報告があるでしょ」
毎度ながら幹事をする斎藤がこの場を仕切る。
「まぁ、その、なんだ。知ってる奴もいると思うが、俺は先日、結婚したんだ。高校の時に付き合っていた恋人だ」
「おめでとう、斎藤君っ」
「しっかり、嫁さんを幸せにしろよ。斎藤!」
皆からの祝福の拍手が砂浜に響く。
あちらこちらからの祝福の声に斎藤も照れくさそうに笑いながら、
「皆、ありがとう。この町で俺は彼女と生きていくって決めた。もちろん、小さな町の未来はこれからどうなるかは分からないけどさ。俺たちで、変えていける、守っていけると思っている。皆もそういう気持ちを抱いてくれていると嬉しい……」
「何をいまさら。僕たちの町だぞ、ここは」
「そうそう。私達だってこの町が好きなのよ?」
皆からの言葉を受けて斎藤もうなずいた。
ここに集まる同級生たちは、この町が好きでここに残り続けている。
田舎の小さな海辺の町。
確かに都会は楽しいけれど、そこにはないものがここにはある。
都会よりもほんの少し穏やかでゆっくりとした時間の流れるこの町が俺は好きだ。
俺たちの町で、俺たちはこれからも生きていく――。
それじゃ、ここからは俺の出番だな。
「斎藤、今日は俺が音頭をとるよ」
「おぅ。……鳴海に任せた」
「さて、斎藤が無事に結婚できたことに祝福を。あと、今年も暑い夏になるそうだ。この町が一番盛り上がる時期だから、皆も盛り上がっていこうぜ。というわけで、準備はいいか?」
俺は皆の顔を眺めながら手に持つビールを空へとかかげて、
「それじゃ、乾杯っ!」
「「乾杯~っ」」
あとは楽しく、皆でバーベキューパーティーだ。
神奈が俺になんだか含みを持った感じで言う。
「朔也って、本当に昔から変わらないよね?」
「俺が?何が?」
「皆のリーダー的な立場がってこと。美人もリーダータイプだけど、朔也が一番だわ」
別にそういうつもりはないんだけどな。
人の中心に立つというのは斎藤の方が性に合っているように俺は感じる。
実際、青年会でも引っ張っているのはアイツだし、頼りになるからな。
「まぁ、皆でこういう関係を続けていけたらと思うよ」
「私もそう思う。はい、どうぞ。千沙子の分も」
「ありがとう。神奈も楽しめよ」
「うんっ。……あっ、ビールはこっちにあるよ」
あわただしく神奈が皆のところへ行ってしまう。
俺は彼女からもらったバーべ―キューのお皿を千沙子のところへ持っていく。
「ほら、千沙子もお腹がすいているだろ」
「あっ、ありがとう。んー、おいしそう」
「こういういい天気の下で、海を眺めながら食べるのが美味いんだよ」
俺と千沙子は岩に座りながら海を眺めた。
海鳥の鳴き声と波の静かな音。
俺はビールを飲みながら千沙子に告げた。
「俺さ、この町に戻ってきてよかった。今は本気でそう思えている」
「うん。私も……私の人生には朔也クンが必要なんだ」
そっと俺に寄り添ってくる彼女を俺は肩で受け止める。
心地よい海風を肌で感じていた。
「こらぁ、そこだけ甘い雰囲気を作らない!今日は皆で楽しんでいるんだからね?」
後ろで神奈の声が聞こえて俺たちは苦笑しあう。
「俺たちも皆に混ざろうか。せっかくの機会だしな」
「えぇ、そうしましょう」
俺たちは立ち上がり、皆のもとへと歩き出す。
自然に手を繋ぎ合いながら、千沙子は囁いた。
「朔也クン、願いは思い続ければ叶うんだね――」
千沙子がずっと昔の願いを大事にしてくれたからこそ、今の俺たちがあるんだ。
【 THE END 】
蒼い海への誘い、千沙子編終了です。次は神奈編になります。第2部終了の案際の時間軸からの始まりになります。