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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第3部:想い、遥かに 〈千沙子編・君島千沙子END〉
76/232

第4章:キミの隣で《断章3》

【SIDE:鳴海朔也】


 千沙子が悩みを抱えると聞いたのは神奈からだった。

 

「朔也って、千沙子の事が好きなんだよね?」

「……それは、好きだけど。それが?」

 

 神奈からその事に触れられるのは珍しい、というか内心は複雑なのだが。

 

「千沙子が不安に感じてるみたいだよ?」

「俺に対してか?」

「そう。美人たちと青年会をするのもいいけど、千沙子の事も考えてあげて」

 

 彼女から見れば、いや、千沙子からもそう言う発言があったのだろうか。

 俺は別に千沙子をないがしろにしている覚えはない。

 

「……千沙子との時間は大事にしてるつもりだ。お互いに一緒に暮らしているし、気にしているつもりだけど、相手には伝わっていないのか?」

「あの子は朔也の事を心の底から愛してるし、中学時代からずっと思い続けてきてる相手だよ。今さら不安になるのは、恋人になって距離が近づきすぎたせいじゃないかな。些細な言葉でもいい。あの子の不安を消してあげて」

 

 神奈からそんな発言が出るとは思わなかった。

 俺は千沙子を選び、神奈を選べなかったのに。

 

「神奈って……いい奴だよな」

「当たり前。私は良い女なの。それに私は朔也の妹だもん。私の分まで、朔也には幸せになって欲しいって思うだけ」

 

 神奈が苦笑いしながら俺に言う。

 本当に彼女は優しい子なんだなと改めて感じた。

 千沙子の気持ち、神奈の心。

 俺がすべきことは……。

 

 

 

 

 その日は久々の千沙子とのデート。

 最後に俺はレストランに彼女を誘った。

 最近の千沙子は神奈の言う通り、どこか変だ。

 不安が彼女をそうさせているのなら、それは俺の責任でもある。

 食事をしながら俺はタイミングを見計らって話しかけた。

 

「なぁ、千沙子。俺たちが付き合いだしてもう3ヵ月近くたつよな」

「そうね。時間が過ぎるのって早いと思うわ。でも、まだ8ヵ月しかたっていないんだよね。朔也クンが私のところへ戻ってきてくれてから。とても長い時間だと感じていたのに。あっという間な感じがする」

 

 いろいろと東京であって、あの町に戻ってきた俺を千沙子は優しく迎えてくれた。

 中学の時の告白から長い時間、ずっと俺だけを思い続けてくれた。

 だから、俺は彼女に惹かれたし、これからも関係を続けていきたい。

 

「私ね、朔也クンとこんな風に恋人になれた現実を今も夢みたいに思っているの」

「夢みたいな現実か」

「もしも、夢なら覚めないでほしい。ずっと夢を見ていたいわ」

 

 ワイングラスを見つめる彼女。

 赤いワインがグラスの中で揺れる。

 

「……初めて付き合う時にも同じセリフを千沙子は言ってたな」

「あの時は起きたら隣に朔也クンがいなかったんだもの。普通に驚いたの。夢ならどうしようって……すごく怖くなった」

「夢と現実、確かにこれが現実じゃないとしたら、それはとても悲しいことだよ」

 

 俺は食事の手を止める。

 彼女には言わないといけない言葉がある。

 それを言うために今日はデートをしてきたのだから。

 

「朔也クン。突然かもしれないけど、今の仕事をやめようかなって思ってるの……」

「今の仕事ってホテルの仕事か?気に入っていたんじゃないのか?」

 

 千沙子の性格は接客業に向いている。

 昔は内気だった千沙子だが、今の彼女は違う。

 辛いこともあるけれど、やりがいのある仕事だって言っていたのに。

 

「朔也クンと会える時間、少ないよね。私の不定期なシフトのせい。もっと朔也クンと一緒にいたいの。ずっと、一緒にいたい」

「仕事を続けたい、それが本音だろ?」

「私にとっては朔也クンがすべてなの。何事においてもね。……ダメかな?」

 

 千沙子がそんな選択をする必要はない。

 少なくとも今はまだ、互いにやりたいことをしてもいい時期だ。

 

「千沙子に無理をさせるつもりはないよ。仕事を続けたいのは分かっている。俺も、ちょっと考えていたことがあるんだ」

「え?」

「千沙子が不安に感じているのは、俺と過ごす時間か? 本当にそれだけなのか?」

「……」

 

 恋人になったからこそ、傍にいたくなる。

 それまでよりも、もっと近くにいたいと感じるのは普通のことだろう。

 お互いに仕事があり、忙しい毎日の中でも、互いに過ごす時間は幸せだ。

 

「俺が千沙子を不安にさせているのか?」

「ち、違うわ。違うのよ、朔也クン」

 

 千沙子は慌てた様子をみせ、思わずフォークを床に落とす。

 カランっと床に音が響く。

 

「……違うの、そういうことじゃないの」

 

 首を横に振りながらうなだれる彼女。

 

「不安だから、仕事を辞めると言い出したんだろう?」

「不安は不安だけど、私はもっと朔也クンと同じ時間を過ごしたいだけ」

 

 店員が新しいフォークと交換してくれる。

 それを受け取った千沙子は自分を落ち着かせようと深呼吸をひとつした。

 

「勘違いしないでね。私は朔也クンに不満があるわけじゃないの。朔也クンが青年会や教師の仕事をすることを邪魔するつもりもない。ただ、私が朔也クンの傍にいたいだけ。恋人になってから、私はその思いが強くなってきたの」

「……千沙子」

「朔也クンがいない7年間、私はさびしかったよ。でも、強い想いがあったから寂しさを我慢できた。けれど、今は違う。手が届く、近くにいるのに……恋人同士なのに、一緒に暮らしているのに、同じ時間を満足に得られないのが辛いの」

 

 お互いに社会人、プライベートの時間が少ないのは仕方ない。

 だが、俺たちは生活の時間も違うことが多いため、時間を合わせづらいのも事実だ。

 

「仕事をやめて、本当にいいのか?」

「それは……」

「なぁ、千沙子。俺は千沙子が好きだし、いつまでも一緒にいたい。その気持ちは常に感じているよ。恋人同士としてデートしたりするのも楽しい。そして、いずれは……結婚だって視野にいれてる。もちろん、今すぐにとはいかないけれど」

「朔也クン……」

 

 うつむき加減だった千沙子が顔をあげた。

 不安そうな表情が少しだけ和らいだ気がする。

 はっきりとした言葉で結婚の二文字を口にしたのは初めてだった。

 未来への不安、それはお互いにあるものだから。

 

「心配も不安もするなとは言えない。千沙子が感じる不安、寂しさってのは俺も感じたりすることだからさ」

「……朔也クンも?」

「当然だろう? 俺だって、千沙子の顔が朝から見られないと寂しいぞ? 寝顔ばかりみていてもな。生活リズムって同じじゃないとつらい時もある」

 

 いつまでも今の生活が続くわけじゃない。

 いずれは関係も、恋人から先の関係に変えたいと望んでいる。

 

「ごめんね……」

 

 やがて、千沙子は俺に静かにつぶやいた。

 

「ごめん、朔也クン。ひとつだけ、許してくれる? 私、本当は……少しだけ疑っていたのかもしれない。朔也クンが本当に私を愛してくれているのかって……本当に私でよかったのかって」

「千沙子……それは……」

「本当にごめんなさい。そこだけは信じなきゃいけないことなのに。朔也クンには神奈さんや千歳さん、大事に思える相手が何人もいたじゃない。私が恋人に選ばれたことに不安があったんだと思うの」

 

 千沙子が語る本音。

 俺の知らない千沙子の本心。

 

「幼馴染として盤石の立場の神奈さん。婚約者として朔也クンに愛されていた千歳さん。……でも、私はただの同級生で、朔也クンにとっては……特別な関係じゃない」

「そんなことはないよ。千沙子」

「うん……今、朔也クンが私との関係を、恋人の先まで考えてくれるんだって知って、私は少しでも貴方を疑ってしまったことを恥じてるわ。貴方の想いを知れて嬉しい」

 

 彼女はやがて、嬉しそうにほほ笑みを浮かべていた。

 

「……ありがとう、朔也クン。私を選んでくれた、貴方の気持ちを信じるから」

「まぁ、不安になって、不安をため込まずに言ってくれたほうが俺もいいよ。互いにさ。そうやって勝手に勘違いされてしまうこともあるわけだし。小さなことでも不安は解消するに限るよ」

 

 言いたいことは言う、それが大切なんだって俺は改めて思う。

 俺の過去、千歳とはそういう関係になりきれなかった。

 

『さよなら、朔也ちゃん』

 

 あの子は自分ですべてを背負って、俺の前からいなくなってしまったから。

 話し合えればよかったと後悔ばかりしていた。

 今度こそ、俺はそんな過ちを犯したくない。

 些細なことでも、関係に溝や亀裂を作りたくないんだ。

 

「お料理、冷めちゃうから……食べよっか」

「それにしても、やっぱり高いお料理はうまいなぁ」

 

 料理は値段相応って感じがする。

 こういう雰囲気のあるお店で食べるのもたまにはいいよな。

 

「なぁ、千沙子。確認だけしておきたいんだけど?」

「何、朔也クン?」

「……逆に言うと千沙子は俺でいいんだよな?」

 

 俺の言葉に千沙子はそっと手を差し出して、俺の手を握る。

 テーブルの上で握り合う手と手。

 

「当たり前だよ。朔也クンがいいの」

「つまりはそういうことなんだよ。俺と千沙子の気持ちは同じだろ?」

「うん……ありがとう、朔也クン」

 

 俺の気持ちがそうであるように、千沙子も同じだということを知っておいてほしかった。

 今の俺たちに不安になることはないんだ、と。

 一緒にいられる時間は少なくとも、俺たちの心は繋がりあっているんだって――。

 

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