第4章:キミの隣で《断章2》
【SIDE:君島千沙子】
朔也クンと恋人関係になってから私には一つの不安があった。
それは彼と一緒にいられる時間。
傍にいられることが幸せなのに、もっと一緒にいたいと望んでしまう。
「千沙子は、それでいいわけ?」
神奈さんのお店で皆でお酒を飲んでいると、彼女にカウンター席に連れてこられた。
朔也クンが好きだった神奈さん。
今は少しずつ私達を認めてくれて入るけども、私達の関係自体は以前のまま。
「それで、とは?」
「朔也が青年会に入る事。あれ、思ってる以上に大変なの」
「でも、斎藤クンには恋人がいるじゃない。恋と仕事、青年会の3つを両立している」
「美人はうまくやってるわよ。だけど、朔也はその辺、どうかな」
「……言っている意味が分からないわ」
私は意味も分からずに彼女に尋ねる。
彼女はチューハイのお代わりをいれてくれながら、
「朔也は昔から私達の友達の中でも中心的な、いわゆるリーダー的な存在だったの」
「それくらい知ってる」
「だったら、青年会が彼をリーダーにしたがってるのも分かるよね?」
「今も昔も彼を慕う同級生が多いのは知ってるけど……」
私はチューハイを受け取ると、神奈さんは苦笑いをする。
「朔也ってば、皆から好かれているから」
「……ますます、私との時間が取れなくなる?」
「仕事をやめるつもりは今はないんでしょ?」
「朔也クンが続けていいって言ってくれてるもの。私は今の仕事が好きだし」
結婚して、子供ができたら、さすがに考えるけども。
今の時点でやめるつもりはない。
「朔也が千沙子の事をどれだけ考えているのかは知らないけど、少しくらい話しあえば? まぁ、私にはアンタと朔也がどうなろうが関係ないけど……」
そう言いながらも私の事を心配してくれる。
「神奈さんって意外といい人なのよね」
「別にっ。私は……朔也にフラれたから、ある意味、吹っ切れただけ。千沙子の幸せは願っていないけども、朔也の幸せは願っているもの」
「……神奈さん」
ホントに彼女は素直でいい子なんだと思う。
言い方はアレだけども心配してくれているみたいだ。
「朔也は千歳さんの事があるから結構、結婚とかは慎重かもよ?」
「そうかもしれないわね」
「朔也って、鈍いふりをするからさ。アンタの方からアピールした方がいいんじゃない。そういうのが得意でしょ」
彼女の言うとおり、朔也クンには消せない過去がある。
千歳さんという婚約者がいた事実。
彼女に指輪を渡せなかった事は本当に辛かったはず。
私は彼との結婚を望んでいるけども、時間はかかるとある程度の覚悟ははしていた。
「アピール、ね。でも、私は彼の負担になるような面倒な女にはなりたくないの」
「面倒な女って……まぁ、気持ちは分かるけども。千沙子はそれでいいの?」
彼の心の傷を癒す、そのための交際だから。
私は千歳さんには負けない。
いずれは彼の心を自分だけのものにしたい。
そのためには彼から嫌われたくないと言う気持ちが一番働いてしまう。
だから、私は彼の行動についてとやかく言う気はなかった。
「ねぇ、千沙子?」
「何かしら?」
「最近、朔也の様子がおかしいのには気づいてる?」
「え……?」
思わぬ発言に私は彼女に尋ねていた。
「いや、なんでもない。私の気のせいかも、だし」
「待って、気になるから。教えてよ」
「ふ、服を引っ張らないでっ。もうっ、買ったばかりの服なのに。ていうか、千沙子の幸せを応援するようで、私は嫌なの」
何だか不満そうに呟く彼女。
私が夜勤でいない日はこのお店で食事をする事が多い。
私の知らない朔也クンの様子を気づいているのは大いにある。
「気になる事を言って終わるのはなしにして。何が気になるの?」
「それじゃ、ヒントだけ。千沙子が思ってるよりも……」
「思ってるよりも?」
「朔也はちゃんと千沙子の事を思っているはず」
そして、彼女は男の子達と一緒に騒ぐ朔也クンを見ながら言うんだ。
「……心配しなくても、アンタは朔也に愛されてる。そんな千沙子が羨ましいわ」
そう呟いた彼女は寂しそうな横顔をする。
私は朔也クンに愛されている、そこに自信はあるけども。
神奈さんの言葉の深い意味を知るのはそれから数日後の事だった。
「千沙子、どうしたんだ?」
それから数日後。
「え?」
今日は以前から約束していた朔也クンとのデート。
隣街の繁華街でデートを楽しんでいた。
食事や買い物を楽しんでいたのにふとした瞬間に悩みがよぎる。
「あ、ごめん。何でもないよ」
「最近、考え事をしてる事が多くないか?何か悩みなら相談にのるが?」
「ううん。本当に何でもないわ」
せっかくのデートなのに。
もっと彼との時間を大切にしないといけない。
「それならいいけど。デートがつまらないのかと思った」
「そんなわけない。朔也クンとのデートだもの。楽しいよ」
私は笑みを見せると彼も安心してくれたようだ。
楽しくないワケがない。
彼とこんな風に恋人関係になれて、嬉しくて仕方がない。
毎日が幸せなのはうそ偽りのない事実。
「……っ……」
だけど、心のうちに抱いた僅かな不安が大きくなり始めていたの。
「これからどうする?何か欲しいものでもあるか?」
「私はもう特にないけれど」
「だったら、最後に俺に付き合ってくれ」
朔也クンの隣を歩きながら、彼が向かった先はレストランだった。
あまり入った事のない、フランス料理のお店。
お値段的にはちょっと頑張る必要がありそう。
「へぇ、いいお店ね。でも、いいの?こんなお店に来て」
「まぁ、デートだし。たまにはいいだろ」
彼が微笑するワケを私はまだ知らない。
『朔也は千沙子が思ってる以上に、千沙子を想ってくれている』
神奈さんが言っていた言葉の意味も――。